2012年10月23日

ぶらりネット探検記

とくにテーマはないですが、ネットを徘徊していて面白かったものなどをいくつか。
見出しにリンクを貼っていますので、クリックすると関連サイトに飛びます。

寿司職人が怪獣と闘う短編映画『モンスター・ロール』
個性的な寿司職人たちと巨大魚介類との壮大なバトルを描く『モンスター・ロール』 。予告編っぽい作りですが、記事を読むとこれが本編全てのようです。製作期間1年というだけあって、かなり丁寧な映像です。西洋人が想像する日本のイメージって、異次元感覚があふれていて面白いですね。ぜひとも長編で見たいものです。

カナダで放送されたサッポロビールのCM
ニッポン異次元幻想という感じのスケール感のある面白い映像です。アルコールは強くないのでビールもほとんど飲んだ事ないのですが、こうした実験映画のような凝ったCMって脳に気持ちいい刺激を与えてくれますね〜

文字化け風の変なテキスト
YouTubeのコメント欄で見かけたのが最初でしたが、日本語バージョンもあるようで、ニコニコ大百科では「荒らし書き込み」という扱いで解説がありました。いったいどうやって打ち込んでるのかすごく気になっていましたが、「合字」という直前の文字に合成される特殊な字を使ったもののようです。1文字につき1つの合字を当てるのが普通ですが、同じ文字に当てれる合字の数ははっきり決められていないために大量の合字を1文字に重ねてしまうことも可能になってしまってるようで、そうした仕様上の盲点を利用した入力方法の裏技です。いろんな事を考える人がいるものだな〜と感心しますが、あまり広まってほしくない技ですね。
hennamoji.jpg

Rosas『Hoppla!』トレーラー
ローザスはアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルが率いるベルギーのコンテンポラリーダンスカンパニー。ローザスの来日公演は2度行きました。ローザスといえばパンチラです。個人的に最もローザスの素晴らしさを表現しているのは『Hoppla!』だと思ってますが、残念ながらこの作品はライブで見た事はありません。しかし、ありがたいことにDVDが出ています。昔NHKで『ダンスの世紀』という数回のシリーズがあり、その中で最もぐっときたのがローザスで、そこで紹介されていた作品が『Hoppla!』でした。長い事全篇を見たいと思ってたのですがようやくDVDで見れて良かったです。2部構成になっていて、前半は男女ふたりのダンスで、後半が4人の女性ダンサーによる舞踏です。ベルギーのゲント大学図書館という舞台のチョイスも素晴らしく、黒いワンピースからチラリチラリと見え隠れする純白のパンツと厳粛な場の雰囲気のミスマッチがとても美しいです。バルテュスのパンチラのような気品と背徳の妙を存分に楽しめる逸品。パンチラが作品の一部として融合しているドキッとする表現は日本でも多くのアーティストに影響を与えているようで、椎名林檎のPV(東京事変「OSCA」)でもローザス風のダンスが挿入されてましたね。

非常事態のサイレン音が不気味すぎる
2ch系のまとめサイトの記事ですが、そこに動画のリンクがいくつか貼ってあります。どれも不気味な音です。いかにもこの世の終わりに響き渡る音って感じですね。

終末感あふれる空模様
不思議な形をした雲の写真。現実は芸術よりシュールですね〜 一度こういう景色を見てみたいです。

名作クソゲー
幻のSFCソフトに『手紙』という作品があるそうです。スーファミ時代のゲームは全く未体験だったので、その存在すら知りませんでしたが、つっこみどころ満載のホラーゲームで妙な癒しを感じました。ホラーとギャグは紙一重といいますが、そういうレベルさえ超えた何かを感じます。ゲームとしての質は低くてもいわゆる「クソゲー」としての質はかなり高いですね。限度を超えたダメさは、ときに意図した部分とは全く別の所で評価されることもあり、映画でいうエドウッドなどの評価と似たそこはかとない癒しが上質(?)なクソゲーにはありますね。10年に一度のクソゲー とゲーマーに評される『たけしの挑戦状』『デスクリムゾン』『四八(仮)』はあまりにも有名ですが、昔プレイした『ダークシード』(サターン 1995年)も素晴らしいクソゲーでした。付属の解説書にそのまんまクリアまでの攻略が書いてあるのも常識破りですが、そうしないと誰もクリアできないような鬼畜難易度なのでしょうがないです。シナリオもぶっとんでるんですが、それなりに面白い物語で、唯一の売りであるギーガーのデザインした魔界の描写は圧巻です。『サイレントヒル』の発売より4年も早い時期に表の世界と裏世界のような重なりあってリンクする異次元を描いているのも見所です。これらの有名なクソゲーはニコニコ動画でどれも実況されてるので、再生数の多い実況付きで見るととても楽しいです。

日本ツインテール協会
ツインテールという髪型が独り立ちして新たな文化として発展していきそうな悪寒、いや予感を感じさせますね。
posted by 八竹彗月 at 23:29| Comment(0) | 雑記

2012年10月17日

異世界通信

最近は電子メールでやり取りする機会が増えて、切手の活躍の場も徐々に狭まりつつあります。便利さの追求は人間の当然の欲求であり、非難するつもりは毛頭ないのですが、新しい便利さの影で消えてゆきつつあるモノへの愛好というのもまた人間的なものです。覚めた見方をすれば、たかが小さな紙切れに過ぎないのですが、「切手」という人から人へ想いを伝える架け橋としての機能に、紙切れ以上の愛着とロマンをコレクターたちは感じているのではないかと思います。

PA150032.jpg
世界的文豪エドガー・アラン・ポーの肖像が描かれたアメリカの切手。そういえばポー自身を題材にした映画「推理作家ポー 最期の5日間」が上映中のようですが、評価がよければ見てみたいですね。

先日から目白にある「切手の博物館」で開催されている企画展のテーマが「宝石と鉱物」ということで、出かけてきました。展示だけでなく関連した切手も販売されてるのでいくつか購入しました。今回はそれらを中心にコレクションを紹介します。真面目なコレクターではないので、いつものようにあまりちゃんとした分類はしてません。私の好みに準じた切手だとついコレクションしたくなってしまいます。「色数が1〜3色とフルカラーでないこと」「幻想的なもの」「博物学的なもの」「好きな偉人」「銅版画のような細密線画」「クラシックなデザイン」「自分がはまった他の趣味と関連するテーマもの」「少女」「錯視画などのトリックアート」そして、なにより「切手らしい切手であること」。東欧の切手はとくに私好みで、チェコやルーマニアの古い切手が大好きです。機会があれば、またそのあたりのコレクションを紹介したいと思います。

PA150002.jpg
(上)2色刷りの色合いが絶妙なハンガリーの薔薇の切手。(下)トンガのバナナ切手。ヴェルベットアンダーグラウンドのジャケットアートをつい連想してしまいます。

PA150004.jpg
スウェーデンのトリックアート切手。シンプルな版画調の線画がカッコイイ。

PA150006.jpg
ソビエト連邦の鉱物切手。正方形の中に標本のように置かれた鉱物が良いですね。

PA150007.jpg
東欧の国エストニアの毒キノコ切手。真っ赤な背景色といい、右下のドクロといい、妖しげなデザインですね。好みのセンスです。

PA150009.jpg
ソビエト連邦の少女切手。可愛いです。

PA150010.jpg
フランスの少女切手。赤十字関係の切手はなぜか惹かれます。銅版画で描かれるクラシカルな少女の図像がまた素晴らしい。

PA150018.jpg
フランスの切手。版画調の奇妙な怪人の絵がユニークです。何をモチーフにしたものなのか興味がありますね。

PA150014.jpg
現在発売中の国際文通週間の記念切手。これは普通に郵便局で購入しました。

寺山修司は写真集『犬神家の人々』の中で、「出されなかった絵葉書」のシリーズを創作しました。郵便物のロマンティシズムを寺山流のポエティックな発想で作品化したもので、架空の消印まで自作しているこだわりが素晴らしいです。まさしく異世界通信といった様相の奇妙な絵葉書は、世界を知る事よりも世界の「未知」を発見する事のほうが断然興味深く面白いものなのだという彼独特の思想を反映していて惹き込まれます。

PA170001.jpg
『犬神家の人々』寺山修司 読売新聞社 昭和50年

PA170002.jpg
同上写真集より。「出されなかった絵葉書」というどことなくデリダなどのフランス現代思想を連想する哲学的叙情性がいかにも寺山的な感性で素敵です。
posted by 八竹彗月 at 18:34| Comment(0) | コレクション

2012年10月15日

盆栽

盆栽というと、漫画文化の文脈の中では、空き地で野球してる子供がうっかり近くの老人の庭にボールを投げ入れてしまい盆栽を倒されたカミナリ親父に怒鳴られるという、長谷川町子や藤子不二雄の漫画でお馴染みのシチュエーションにしばしば登場するアイテムで、老人の趣味の代名詞のようなイメージがなんとなくあると思います。昨今では、海外でも盆栽愛好家は増えているらしく、また相羽高徳さんの制作によるジブリのアニメみたいなファンタジックな盆栽アートが今年の3月あたりから世界各所で話題になったこともあり、老人の趣味というイメージも徐々に変化しているようにも感じます。80〜90年代に憩いの芸術家・沼田元気さんが盆栽のコスプレパフォーマンスで脚光をあびたこともありましたね。私もここのところ、なんとはなしに盆栽に惹かれています。今のところは自分で育てるのは無理なので、盆栽展などに出かけて見事な盆栽を鑑賞してみたいと思っています。

PA130071.jpg
雑誌『太陽』特集・盆栽 vol.197 1979年 平凡社
真柏(しんぱく)の盆栽。日本の産地は昭和初期にほとんど採り尽くされてしまって現在では国産の真柏は採取困難だそうです。

PA130059.jpg
同上

PA130077.jpg
同上
江戸時代の書『占景盤』に描かれた箱庭のようなユニークな盆栽。


盆栽は日当りのいいディスプレイ空間の確保や毎日の手入れ、剪定や肥料など育て方の知識が必要な煩瑣な趣味ですから、時間やお金に多少の余裕のある層の趣味になりがちなところもあり、それが中高年の愛好者が多い理由のひとつなのかもしれません。私も安い梅の盆栽を勢いで買った事がありましたが、手入れを怠って枯らしてしまった事があります。最初から整った形で売られている盆栽は、その美しさなりの値段が張りますが、小さい苗の状態から創意工夫で自分だけの盆栽を作るのが一番楽しそうですね。盆栽は、その名の通り盆の上に壮大な自然を表現する芸術で、鉢に植えられた植物によってミニチュア化された自然を楽しむ奥の深い趣味だと思います。いつかやってみたい趣味のひとつです。

PA130041.jpg
『盆栽の仕立て方』坂東澄夫著 金園社 1972年
草花や樹木を育ててゆく人の心は、朝な夕な一挙手一投足、植物に同化され、また植物の方も培養する人に同化して、まったく両者の呼吸がぴったり合ってこそはじめて完全に育て上げれるものであります。
このようにしてこそ、一枚の葉、一輪の花の貴さがわかり、愛らしさが増して、非常に意味深く感じられるものです。
水のかけ方、肥料のあたえ方も植物の要求を自然に了解することができてこそよく発育させることができ、その人自身の希望にそって仕立てあげることもできるようになるのです。
つまり盆栽培養者の楽しみとするところは、多年丹念に培養管理をつゞけて仕立てあげ、その成長を楽しむ長い年月にわたる計画的な娯楽であります。(同書より引用)



PA130097.jpg
『盆栽と京の庭』近代盆栽社 1979年

PA130118.jpg
同上

PA130120.jpg
同上
タグ:盆栽 古本
posted by 八竹彗月 at 15:58| Comment(0) | 古本

2012年10月09日

塔のロマン

塔はとても神秘的で好きなイメージのひとつです。
童話『ラプンツェル』は魔女との契約により塔に幽閉された少女の話ですが、魔女の支配する塔というオカルティックな設定は恐怖小説の短編『塔のなかの部屋』(エドワード・F・ベンスン作 1867-1940)でも幻想的に描かれています。こちらの作品も暗黒童話のような独特の恐怖の情緒が表現されていてなかなかの逸品です。この作品は意外に日本での認知は低いようで、私は荒俣宏編『世界の恐怖怪談』で短くリライトしたものを読んだのが初めてでした。怪奇文学のバイブル的傑作集『怪奇幻想の文学』 (新人物往来社)の第1巻にも収録されていますがこの選集も現在は絶版のようですね。日本はけっこうホラー関係には興味のある人が多いはずなのですが、こうした恐怖文学の原点があまり着目されないのは不思議な気もします。クトゥルー関係は人気のようですが、それ以外は目に触れる機会が少ないですね。

【アニメや漫画に現れる塔のイメージ】

未だに根強く支持されるルパン三世の劇場版作品『カリオストロの城』は、塔に幽閉された少女、それを救いに来る英雄という基本構造が『ラプンツェル』を彷彿としますね。鳥山明の『ドラゴンボール』にみられるオイディプス神話との類似を指摘した本がありましたが、書名をど忘れしてしまいました。ジョージ・ルーカスは『スターウォーズ』の脚本を執筆するにあたり、神話学者ジョセフ・キャンベルの代表的な著作『千の顔を持つ英雄』を参考にしたという話もききます。古い童話や神話などにみられる構造は、しばしば現代のヒット作の根底に潜んでいるケースが見受けられますが、それは作者が意図するしないにかかわらず「娯楽性」の本質的な部分と神話的な構造に大衆の琴線に触れる何らかの通じるものがあるのかもしれませんね。

塔を偏愛するようになったきっかけのひとつは車田正美の漫画『リングにかけろ』に登場する「影道(シャドウ)の塔」です。塔のデザインは法隆寺の五重塔が元ネタでしょうか。正統なボクシングの歴史の裏で、別の系統の闇のボクシングがひそかに現代まで続いていたというアイデアがまずユニークでしたね。「影道」と呼ばれる忍者の一族のような絆で結束している邪悪な流派が、ある野望のためにアマチュアボクシングのチャンピオンである主人公の姉を塔に監禁し、主人公は姉を救うために影道の塔の最上階を目指すというエピソードです。各階にはそれぞれギミックを凝らした敵がいて、倒さないと上の階に行けないルールになっていますが、これは当時大ブームだったブルースリーの映画『死亡遊戯』が元ネタになっていると思います。各階に用意された戦闘は後の人気漫画『男塾』に出てきそうなムチャクチャ危険なバトルばかりで、塔という舞台のゲーム性も手伝って全ての車田作品の中でも最も好きなエピソードです。

ちなみに、ブルースリーの『死亡遊戯』にみられる塔バトルの階層構造のアイデアは漫画家小林よしのりにも影響を与えていて、80年代初頭に『格闘お遊戯』というオマージュ的な作品を彼は描いています。当時大人気だったリーやジャッキーチェンのカンフー映画によくあるネタのパロディが満載の楽しい作品です。クライマックスは、『リングにかけろ』以上にそのまんまな黄色いライダースーツを着て最上階を目指すというもので、彼らしいユーモアと熱気で描かれていてけっこう面白かったです。

【バベルの塔】

縄文時代の太古の生命力を表した岡本太郎の『太陽の塔』は、『リンかけ』の影道編のクライマックスの舞台にもなった万博記念公園にてバトルに趣を与えていました。岡本太郎の最も有名な代表作で、私も大のお気に入りです。しかし、塔といえば人間の傲慢さを象徴する『バベルの塔』を抜きには語れないでしょう。普遍的な神秘性をたたえた神話的な塔であるバベルの塔はブリューゲルの筆によってそのイメージに存在感を与えられました。ブリューゲルのバベルの塔は無数にある「塔」の中でも代表格のようなイメージですね。

南米文学のブームが90年代あたりにありましたが、それより以前に寺山修司はガルシア・マルケスやホルヘ・ルイス・ボルヘスなどに傾倒してよくエッセイなどで紹介してました。そのボルヘス(アルゼンチン・1899-1986)の短編集『伝記集』に収録された『バベルの図書館』というとても秀逸な掌編があります。ほとんど無限に近い膨大な数の書物を納めた架空の図書館のイメージを描いていて、無限の本は天と地に無限に重なった六角形の閲覧室の本棚に並んでいると書かれています。アルファベットで表現可能な全ての組み合わせの本が存在し、ゆえにほとんどの本は無意味な文字列が書かれたゴミのような本ですが、古今の名作駄作の全ても内包しており、また未来に書かれるであろう作品すら所蔵されています。ビブリオ・マニアにはたまらない魔性の図書館ですね。

横山光輝の漫画『バビル二世』はバベルの塔に込められた神秘や寓意をSF的に再解釈したバベルの塔を描いていて面白いですね。つまりバベルの塔は古代の地球に不時着した宇宙人が設計して造ったものだという、いわゆるオカルトマニアにはお馴染みの超古代文明説を土台にした物語で、現代までずっと塔は立っているが砂漠の砂嵐によって隠されていて普段は人目につかずに存在しているという設定です。この辺りはアニメの『ラピュタ』と似たロマンチシズムを感じますね。

【塔の魅力】

PA090017.jpg
昭和11年に南満州鉄道株式会社から発行された写真集『満州概観』に掲載されている塔の写真。『天空の城ラピュタ』を思わせる不思議な形の塔ですね。

PA090022.jpg
中国の古塔。塔に関してはアジアのもののほうが不思議な造形のものが多くて惹かれます。
『世界の古塔』佐原六郎著 雪華社 昭和47年

PA090026.jpg
古塔をテーマにした中国の切手

PA090027.jpg
イラク、サマラの回教寺院尖塔。螺旋状の造形は天界への道のりを寓意的に表しているかのようですね。

タロットカードの「塔のカード」は稲妻に打たれて崩れ落ちるミステリアスな図像が描かれていますが、これはバベルの塔がモチーフになっています。「災難」や「事故」などを表すカードで、タロットカードは逆位置は意味が正反対になるものが多いですが、このカードの場合は逆位置の意味も「投獄」「窮地」など不吉な意味を持ちます。
PA090008.jpg
代表的な3つのタロットカードに描かれた「塔」。
左から「1JJ」タロット、マルセイユ版タロット、ライダー版タロット。一般に占いに一番適しているのはライダー版だと言われていますが、「1JJ」やマルセイユ版の妖しい感じに惹かれます。ちなみに私はまだ占いに使ったことは一度もありません。カードの意味を覚えるのが面倒なので。

【ハノイの塔】

パズルで有名な『ハノイの塔』はフランスの数学者エドゥアール・リュカが1883年に発売したゲームで、3本の柱のひとつに数枚の円盤がピラミッド状に重ねられており、中央の柱をうまく利用しながら規則に従って反対側に円盤を移し替えるパズルです。当初パズルに同梱されていた解説書には、インドに伝わる伝説をモチーフにしたパズルだと書かれていたそうです。

インドのガンジス河の畔のヴァラナシ(ベナレス)に、世界の中心を表すという巨大な寺院がある。そこには青銅の板の上に、長さ1キュビット、太さが蜂の体ほどの3本のダイヤモンドの針が立てられている。そのうちの1本には、天地創造のときに神が64枚の純金の円盤を大きい円盤から順に重ねて置いた。これが「ブラフマーの塔」である。司祭たちはそこで、昼夜を通して円盤を別の柱に移し替えている(移し変えのルールの説明は省略)。そして、全ての円盤の移し替えが終わったときに、世界は崩壊し終焉を迎える。wikiより)

PA090003.jpg
『孔子暗黒伝』(諸星大二郎著 集英社刊)
この伝説は諸星先生の作品にも「梵天の塔」という名前で描かれていて面白かったです。規則通りに64枚の円盤を全て移し替えるには1秒に10手前後という高速で、しかも手数が最小になるような最善手で行ったとしても600億年近くかかる計算になるようです。

「塔」は、しばしばフロイト的にペニスの象徴として語られるケースもありますが『世界シンボル辞典』(三省堂)によれば、「塔」の象徴的な意味は「上昇、不眠の見張り」で、少女が幽閉された塔は処女性や聖母マリアを象徴するようです。

【押絵と旅する男】

そんな「塔」好きの私ですが、一番好きな塔は何か?と聞かれたなら「凌雲閣」と即答します。通称「浅草十二階」と呼ばれた明治大正の東京を象徴するランドマークタワーで、関東大震災により惜しくも東京からその姿を消してしまいました。都庁舎や東京タワーなど200メートルを越える建造物が珍しくない現代からすると、高さ52メートルの凌雲閣は小さく感じますが当時は高層ビルなどありませんでしたから、東京の空にひときわ妖しくそびえる姿はさぞや絶景だったのではないでしょうか。
12kai.jpg

P9220095.jpg
いかにも明治の建造物らしい洋風モダンなデザインで、ウィリアム・K・バルトンという外国人が設計したようです。この塔に惹かれる一番の理由は、江戸川乱歩の短編『押絵と旅する男』にミステリアスに描かれていたからです。はじめて読んだ時は、どんな塔なんだろうと想像がふくらみ、当時の写真を探して見てみると思ったよりも素敵な塔で感激しました。
PA090007.jpg
あなたは、十二階にお登りなすったことがおありですか。ああ、おありなさらない。それは残念ですね。あれは一体、どこの魔法使いが建てましたものか、実に途方もない変てこれんな代物でございましたよ。(江戸川乱歩『押絵と旅する男』)
P9220090.jpg
『押絵と旅する男』は推理ものではなく、奇妙な幻想小説です。富山県の魚津に蜃気楼を見物しに旅に出た男が、夕暮れ時東京に帰るために汽車に乗り込みます。車両には自分ともうひとりの奇妙な客だけがおり、薄暗い車内でふとしたきっかけで男の身の上話を聞くはこびになる。というのが発端で、物語には乱歩の得意とするレンズ嗜好や屈折したエロスが折り込まれ、ポエティックで怪奇な幻想に満ちた幻惑の空間を楽しませてくれます。押絵というのは、高価な羽子板などにあるような、布を使って絵に立体感をつけたレリーフ状の工芸作品のことです。人外の恋愛を描いた奇妙な短編で、「2次元コンプレックス」という言葉のなかった時代にこうした作品を描ききってしまうところなど、乱歩の予言者めいた先見の明を感じます。
PA090006.jpg
以前、川島透監督で94年に映画化されたことがあり、劇場で見ました。飴屋法水や山崎ハコなどキャスティングが面白く、スクリーンの中で妖しく再現された浅草十二階も幻想的でした。
posted by 八竹彗月 at 22:05| Comment(2) | 雑記

2012年10月05日

映画『アシュラ』を鑑賞

1970年少年マガジンに連載され有害図書として発禁問題を起こした問題作が40年の沈黙を破り映画化。恥ずかしながら原作は未読なので、予備知識や先入観をあまり持たずに鑑賞できたのは、それはそれで良かったのかなと思いました。見終わって、感動の余韻にひたりつつ作品を振り返ると、なぜこれが「有害」なのかに首をかしげます。少年誌だからマズいということなのかもしれませんが、少なくとも「有害」という名称で貶めてよい作品ではないと思いますね。ジョージ秋山作品は読んでなかったんですが、想像以上に凄い作家だったんだな〜と痛感します。テーマは重いですが、ここまで重いと暗いとか湿っぽいとかというレベルも超越して清々しささえ感じます。3Dのモーションを多用した作品ということですが、とくに違和感もなく、セルアニメとはまた違った新鮮な動きの表現に最近のアニメのコンピュータ化技術の進歩もかいま見れて興味深かったです。声優陣の魂のこもった熱演も見事。とにかく素晴らしい内容の作品でした。ぜひ原作も読んでみたいと思います。

序盤にひとりの身重の狂女が廃屋で子を産む壮絶なシーンから物語は始まりますが、人間も犬も鳥も大地さえも腹を空かせているような地獄のような世界で、狂女は喰えそうな食料が我が子しかいないという現実にわずかに残った理性で激しく葛藤します。普段当たり前すぎて気にかけることの少ない「食べる」という行為。当たり前に食べ物が手に入るということが、どれほど特殊な状況で恵まれた状態なのだろうか。陳腐な感想ですが、そういうことを考えずにいられませんでした。黒澤明の名作『七人の侍』でも米さえ満足に食べれない貧しい農村が舞台で、「食」について考えさせられましたが、現代の先進国でさえ餓死する人はいますから、食べ物に困らない状況というのはそれだけで天国なんだろうなぁと。『アシュラ』は、「問題作」といわれるだけの猟奇的な断片はたしかにありますが、作品全体から受けるメッセージはそのような至極まっとうなものであり、描かれる世界はなにも中世の特殊な世界なのではなく、もしかしたら現代に生きる人間の本質的な姿を、アシュラというアウトサイダーの視点から描いているようにも思いました。

現代文明の中で生まれた私たちは、物心つかないうちから文明の洗礼を受けて育ち、教育を受け、社会に出ます。ヒトもこの地球上で進化した動物なので、野生動物のような獣性は確実にその内部に抱えて生きているわけですが、文明の中でそれに気づく事無く大人になってしまいます。しかし中世の貧しい時代に生まれ落ちた主人公アシュラは文明の洗礼を受ける機会を逃し孤独にただ生きることだけを目的に成長していきます。人肉食というセンセーショナルなテーマは、ただ見世物的な好奇心や興味本位の猟奇趣味で描かれるのではなく、人肉を食らうことでしか命をつなぎ止めていくことができない究極の状況の中で描かれます。齢8歳にして人の命を奪うことでしか己を生かす術が無く、人の心を育む機会を逃して育ってしまったアシュラは、殺して喰うつもりだった放浪の法師によって人の道を教わり、行き倒れの彼を介抱してくれた少女によって人の心を取り戻していきます。心に突き刺さる名シーンが盛りだくさんでいろいろ語りたいところですが、これから見る方もいらっしゃると思うのでこの辺りで控えて筆を置こうと思います。
posted by 八竹彗月 at 16:44| Comment(0) | 映画