2013年01月13日

雑草園

なにげなく目に止まった気になる雑草。意図されて植えられたわけではないのに、場にピタリと収まった感じで生えてる雑草も、植物園で管理されている植物や大切に育成されている盆栽と同じく、この世界に美をもたらすけなげな芸術家なのかもしれませんね。

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舗装された道路の端っこ、コンクリートのわずかな隙間から噴水のように伸びています。雑草は、望まれて生えているわけではないので、明日は抜かれてしまうのかもしれません。そういう刹那の景色にちょっとした憧憬のような気持ちがわきます。

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異界の森のような風情でコケがニョロニョロと伸びていますね。数年前から地味に苔ブームのような雰囲気がありますが、苔もまた雑草のようにどこでも生えていながらも、盆栽の脇役として美の手助けをしたりと、奥の深い情緒を醸し出す存在です。

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まるで庭園のような風情で生えている道路脇の苔。道ばたのミクロコスモスですね。

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階段状の踏み台をアメーバのように覆わんとしている雑草群。

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ツヤのある小さな葉っぱが薔薇の花弁のように咲いていて奇麗です。

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モコモコした感じが熱帯の密林のようですね。

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ファンタジックな雑草のハーモニー。
タグ:雑記 雑草
posted by 八竹彗月 at 18:36| Comment(0) | 雑記

2013年01月08日

妖しい本棚

古書蒐集癖
古本集めは地味に長続きしている趣味です。他の趣味との大きな違いは、本というものの性質上、森羅万象あらゆる事物がテーマになりうるので、他の趣味に気が向いたとしても、「その趣味に関する本」というものが必ず存在するところです。なので、とくに意識せずとも本は増え続けてしまいますね。また、本は本の内容ばかりに意味があるとは限らず、紙の質感やデザインなどの装丁を楽しむオブジェとしての楽しさも魅力です。とくに私は奇妙な触感のある珍本には目がありません。珍本好きは古書マニアの多くが持つ嗜好なので、総じて風変わりな本は漫画やエロ本が主力でない純古書店にとっては手堅い売れ線であり、定価の数倍以上のプレミア価格で売られている事がしばしばです。珍本が多い古書店は、それだけ店主が目利きであることの証明でもありますから、そういう店は「格」を感じますね。珍本と一口に言っても定義のしずらいもので、私にとっての珍本が必ずしも他人にとっての珍本ではないのですが、そういった価値観のズレにより、店主が駄本だと思って安く値付けしたものが私にとってのお宝であるようなケースもあり、そうした偶然の出会いがいわゆる「掘り出し物」なのでしょう。
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(左)マックス・エルンストの神秘的なコラージュ作品集『百頭女』は、その題名の秀逸なシュール感に惹かれ、どうしても本棚に並べたいと思って探した思い出があります。(右)『煉夢術』は唐十郎の戯曲本です。これも題名の妖しさもさることながら黒と金のオカルティックなデザインの背表紙が本棚に栄えますね。右脇の箱入り本は幻想的な少年のマネキンの写真で脚光を浴びたベルナール・フォコンの作品集です。

理想の古書店
エンデの「はてしない物語」、夢野久作の「悪魔祈祷書」や、ラヴクラフトの一連の作品などで描かれる妖しい古書店の描写は、私の理想の古書店のイメージそのものです。諸星大二郎の「栞と紙魚子」に出てくる古書店は、そうしたイメージを絵で具現化したものですね。この漫画は実写ドラマ化されましたが、ドラマの古書店もなかなか良い雰囲気でイメージ通りです。薄暗い古本屋の、商売っ気の無い初老の店主の謎めいた存在感。本棚に並ぶ書物たちは、人から人へ渡り歩いて生き延びてきたことで老成した風格を醸し、新たな主を巨木のような達観した忍耐で賢者のように待ち続け、その彼岸の知恵へと誘う扉が開かれるのをじっと待っているかのようです。
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まったく…まだ五時だってえのに電燈を灯(つ)けなくちゃ物が見えねえなんて…店ん中に妖怪(おばけ)でも出そうで…もっとも古本屋なんて商売は、あんまり明るくちゃぐあいが悪うございますナ。西日が一パイに這入(はい)るような店だと背皮(クロス)がミンナ離れちゃいますからね。へへへ…。
『悪魔祈祷書』夢野久作 教養文庫 社会思想社 1976年

結界の中の楽園
そうした理想の古書店には、ベストセラー本は似合いません。古本屋とは、あらかじめ欲しい本を見つけに行く場所ではなく、見た事も聞いた事も無い、それなのに無性に所有欲を刺激して止まない魔力を感じる書物と出会う為に行く場所です。そこにあるのは異端の書物、禁断の書物、幻想絵画の画集、忘れ去られた天才異才奇才の思考が封じ込められた紙の失楽園のようなもので、本棚のどこかに「ネクロノミコン」のような異世界へと通じている稀覯本がありそうな予感を感じさせる店に出会えたら最高だと思います。そういうイメージに近い古書店は早稲田や神保町の店など東京の何件かの店が思い浮かびますが、とくに澁澤龍彦が惚れ込んだといわれる京都のアスタルテ書房は機会があれば一度は行ってみたいと思っている憧れの店ですね。
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70年代あたりの漫画本を並べたコーナー。当時のコミック本特有の毒々しい鮮やかな色の手書きロゴの題字がいかがわしさを発散しています。右側に並んでる『ブラック商会・変奇郎』(秋田書店 1977年)は藤子不二雄作品の中で一番好きな作品です。新宿の高層ビル街の隙間にポツンと建っている浮世離れした骨董屋が主人公変奇郎の暮らす拠点だという、抜群のセンスの舞台設定からすでに惹き込まれてしまいます。秋田書店チャンピオンコミックスのカバーデザインのフォーマットは手に取るだけでワクワクしますね。ケバケバしい程よい野暮ったさに少年時代の楽園幻想をかきたてます。このもっとも漫画本らしい漫画本のデザインは相原コージと竹熊健太郎によるコラボ作品『サルでも描けるまんが教室』(小学館 1990年)の単行本カバーでもパロっていて、「わかってるなぁ〜」と嬉しくなった覚えがありますが、やはり問題があったのかどうか、その後カバーデザインが変更されて刊行されましたね。

インフェルノ
ダリオ・アルジェントのホラー映画『インフェルノ』では古書は重要なキーアイテムで、本の魔力をとても魅力的に描いている作品です。錬金術師が著した「三人の母」と題された重厚な古書を手に入れた一人暮らしの女性に降り掛かる怪異を発端として、奇想天外な物語に発展していく映画で、その中で描かれるゴチック様式の荘厳な魔性の図書館や、痩せた妖しい風貌の頑固そうな老店主が経営するオカルト専門の古書店の美術がとても素晴らしいです。ファンの間では賛否の別れる作品でもありますが、たしかにムード重視の作品で、一見破綻してるように思われるシーンもいくつか散見されます。とはいえアルジェント的一貫性というか、非合理的な合理性というか、よく引き合いに出される謎のホットドック屋の例のシーンなんかは、ネットのレビューではつっこみが必ず入る有名なシーンですが、むしろあの不条理感こそがアルジェントの魅力でしょうね。『サスペリア2』のテケテケ人形に匹敵する名シーンだと思います。

トトブックス
理想の古書店のイメージといえば、アニメ『R.O.D.』で描かれた古書店も見過ごせないです。世界最大規模の古本街、神田神保町にそびえる古書の街のシンボルともいえる神田古書センタービル。アニメではこのビルの地階に「トトブックス」という超レアな稀覯本ばかりを扱う謎めいた店が描かれています。当然ですが実際のビルのエレベーターは地階はありません。『R.O.D.』は書物フェチの女の子が主人公の一風変わった作品で、OVA、テレビ版ともに大好きな作品です。とくにTVシリーズの第1話などは、20数分の尺とは思えないスケール感のあるとびきりの傑作エピソードです。

漫画の中の本棚
諸星大二郎の初期の作品『袋の中』は、主人公が公園で偶然に知り合った浮浪者から聞かされる奇妙な話を軸にした短編です。この作品の中で、浮浪者の回想シーンで描かれる少年時代、彼が父親の書斎に忍び込みこっそり医学事典に載っている女性器の図版をドキドキしながら盗み見る描写があるんですが、そこで描かれる本棚には一冊一冊きちんとタイトルも書き入れられているコマもあり、背景の本棚に納められたユイスマンスの「彼方」や小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」などの諸星先生の嗜好が伺える書物にわくわくしました。他の作品でも『肉色の誕生』では、錬金術に傾倒していく主人公の友人宅の描写に本棚が描かれているコマがあります。そこにはユイスマンスの「さかしま」が逆さに納められていたり、ラヴクラフトの作品で有名な架空の魔導書『ネクロノミコン』の日本語訳らしき珍本が描き入れられていてニヤリとします。
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さかさまに入った『さかしま』、幻の魔導書『ネクロノミコン』のほかにも、エリファス・レヴィの『高等魔術の教理と儀式』やミルトン、パラケルススなどなど、気合いの入った本棚ですね〜
諸星大二郎『肉色の誕生』(『アダムの肋骨』JUMP SUPER COMICS 集英社 1982年)


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今日は先生の自宅で秘密の個人授業のある日。まだ帰宅していない先生の部屋に入ったミイちゃんは本棚の中にアルバムを見つけ、先生の秘密を知ってしまいます。寺山修司や高取英など個性派の劇作家との親交でも知られる奇才吉田光彦のノスタルジックでシュールなロリータ漫画のワンシーン。ロリコン教師の本棚に並ぶ秘蔵コレクションが妖しいですね。アリスや若草物語はいいとしてバタイユの『眼球譚』が並ぶところなど、あぶない趣味人を思わせるチョイスにニヤリとします。
吉田光彦『内緒のページ…』(『視感 吉田光彦の世界』けいせい出版 1983年)


本から本へ
つげ義春の『魚石』は、ビブリオマニアの主人公と古本屋を開業することになる友人とのほろ苦い思い出を軸に描かれる詩情あふれる佳作です。作中でつげ義春の古書マニアぶりを伺わせる書名を列挙するセリフがあり、その主人公のセリフで、宮武外骨の名前をはじめて知りました。その後、宮武外骨ブームの火付け役となる赤瀬川原平の『外骨という人がいた!』(ちくま書房)が発行されたりして俄然興味は高まり、少しずつ集めている作家のひとりとなりました。
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つげ義春『魚石』のひとコマ。『つげ義春選集』小学館 1986年

本棚の宇宙
本棚はその所有者の脳内展開図ですから、本棚を見ればその人の趣味嗜好がおおよそ掴めてしまう所があると思います。最近は紙の本だけでなく電子書籍などもありますし、情報を得る手段は多岐にわたってきましたから、一概には言えないのも確かですが、かような他人のプロファイリングのような下世話な興味を超えて、本棚に集結した本たちはその人の思考の変遷を現す旅の地図であり、意識をインテリアのように具現化させた一塊のオブジェでもあると思います。それはただ他者に己をさらけ出してしまう恥部としてだけでなく、自らの思い描く理想の知性や感性への憧れが陳列された未来のビジョンでもあり、そのような願望を視覚化したショーウィンドウとしての魅力もまた同時にあると思います。
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寺山修司コレクションの一部。

澁澤龍彦の書斎
「本棚」というもの自体への関心が芽生えたきっかけは美術雑誌『みづゑ』の澁澤龍彦追悼号(1987年)でした。巻頭グラビアには篠山紀信撮影の主(あるじ)のいない澁澤邸のサロンや書斎のパノラマ写真を観音開きで紹介していて、まさに圧巻の一言。その個性的で魅惑的なインテリアや雑貨のディスプレイ、家具へのこだわり、壁を飾るサドの生原稿、額に収まったベルメールやゾンネンシュターンや金子國義の絵画など、異端の文学者にふさわしい耽美な空間で、執筆と同じくらいに生活そのものまでこだわってた人であることが伝わってきます。この篠山紀信の澁澤邸の写真から、その後の趣味嗜好にかなりの影響を受けました。とくに印象強かったのは書斎の写真で、部屋を取り囲む本棚に並ぶシュルレアリスムやエロスや哲学、博物学、オカルト、異端文学などの神秘なオーラを放つ書物、重厚な木製の机に乗ったアンティークな地球儀やダンヒルのパイプ、庭に通じるガラス戸を遮蔽するワインレッドのヴェルベット地のようなカーテン、そしてなんといっても、そのあやかしの書斎の画竜点睛ともいえる四谷シモン作の全裸の球体関節少女人形。もうそれは決定的なもので、その完成された嗜好の宇宙に未だに囚われたままです。『みづゑ』の澁澤龍彦追悼号は反響を呼び、同じ内容のものが豪華版(美術出版社『澁澤龍彦・夢の博物館』1988年)やムック(美術出版社『澁澤龍彦をもとめて』1994年)などで刊行され現在も比較的入手しやすい本だと思います。
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『季刊 みづゑ 追悼・澁澤龍彦』No.945 美術出版社 1987年
篠山紀信撮影の異端の伊達男澁澤の書斎。エロスと幻想の小宇宙ですね。シモンの少女人形の背後にある奇妙な人形は、人形作家 土井典 作の、胴体を軸として上下に二組の下半身が伸びるハンス・ベルメールの少女人形のレプリカ。日本独自の異端文化のひとつに球体関節人形がありますが、創始者は四谷シモンです。彼は澁澤が婦人雑誌に書いたベルメールの評論に添えられた人形の写真を見て衝撃を受け、それまでの人形制作の技法を捨てて球体関節人形を作りはじめました。きっかけはベルメールの人形ですが、ジャンルとしてここまで拡大したのは四谷シモンの力が大きいですね。澁澤の嗜好が日本のアンダーグラウンドカルチャーに与えた影響は計り知れないものがあります。


著名人の本棚
『みづゑ』の澁澤龍彦追悼号は世の読書人に少なからず本棚の魅惑を啓蒙していたのか、1990年に『本棚の世界』というムックが新刊書店に並びました。このムックは売れ行きがよかったのか、しばらくすると著名人の本棚を紹介するタイプの本が続々といろんな出版社から刊行されるようになります。『本棚の世界』では21人の著名人(浅井慎平、田村隆一、阿刀田高、沢野ひとし、井上一馬、井崎修五郎、逸見政孝、清水ミチコ、橋本治、久世光彦、藤沢周平、合田佐和子、立川談志、石川文洋、柳宗理、佐藤直子、笹尾光彦、蛭子能収、三井マリ子、小林克也、上坂冬子 )が取り上げられ、彼らの本棚を覗き見ることができます。私がグッときた本棚は、乱歩や久作やレアな少女考察のビジュアルムック「Collection 少女図鑑」(1983年、冬樹社)まで収まった故・久世光彦(「ムー一族」などで知られる個性派ドラマ演出家)の本棚です。他は画家の合田佐和子の本棚で、幻想絵画を中心に洋書の画集が多く個性的で良かったです。蛭子さんの本棚はイメージ通りサブカルテイストのカオスな感じで別の意味で興味深かったです。
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『本棚の世界』(ビジネス・アスキー 1990年)で紹介された久世光彦の本棚の一部。本棚の片隅にある『少女図鑑』が無性に気になり神保町で探した思い出があります。
タグ:漫画 古本
posted by 八竹彗月 at 03:28| Comment(7) | 古本

2012年12月23日

至福のゲーム

Wiiプレゼントシリーズとは?
Wiiをプレゼントされて喜ぶ世界各国の子供たちを撮影したホームビデオが数年前からYouTubeにアップされ、日本とはケタ違いの子供の歓喜のアクションに注目が集まりました。それらの動画は『Wiiプレゼントシリーズ』と呼ばれているようです。見てて幸せな気持ちになります。

Wii をゲットして歓喜する子供たち 総集編
誰かの言葉に「幸福について考える者は不幸な者たちである」というのがあったと思いますが、まさしく、「幸福」とは何か?という宗教的でもあり哲学的でもある永遠の難問に対する答えは、理屈で考えてもナンセンスで、このような動画の子供たちのように、実にシンプルなものなのだろうな、という実感を感じます。幸福とは考えるものではなく感じるもので、それは日々の生活の中のあらゆる場面で起こりうる奇跡なのだろうなぁ、と思わせてくれます。

こういう動画を見てると、ゲームについていろいろ思い出したり考えたりしてしまいます。そういうわけで、好きなゲームの話をだらだら書こうと思います。ほとんどはゲームファンなら誰でもよくご存知の作品ばかりですが、自分の中でのベストは以下のゲームで、これらは何度もプレイするほどハマったものだけを挙げました。お薦めリストというほど客観的なリストじゃないので、たんなる感想文と思ってください。最近はあまりゲームをやらないので古いものが多いです。ひさびさにプレイしたのは『風ノ旅ビト』で、これは以前レビューしたので詳しくは書きませんが、これも自分の中では稀に見る大傑作のひとつです。宗教的な超越体験をゲームでプレイヤーに体験させてしまうような作品で、ゲームというのはこんなにも可能性が秘められたジャンルなのか!?と驚愕し感動しました。

※以下対応機種の表記は自分のプレイ環境のことで、実際に対応してる機種を全て表記したものではありません。

『どろろ』発売元・セガ (プレイした機種・PS2)発売年・2004年
原作より先にこのゲームをやりました。あまりの面白さにクリア後に手塚治虫の原作を読みました。原作は1967年に開始されましたが少年漫画にしてはとても重い内容だったため当時は受け入れられず不運にも尻切れで連載が終わってしまい事実上の未完の作品となっています。このPS2版のゲームは原作のその後もオリジナルでシナリオが追加されており、「もうひとつの『どろろ』」として素晴らしい作品になっています。ストーリーは若干変更されてる部分がありますが、改悪ではないように感じました。声優の演技も素晴らしく、システムもマップもなかなか面白くできています。個人的に気になるマイナス点はロードの長さくらいです。

『バイオハザード4』カプコン (PS2、PS3、Wii)2005年〜2011年
世界的人気を誇るバイオハザードシリーズの4作目。言わずと知れた傑作。ゲーム史上屈指の名作といえるでしょう。好き過ぎてPS2、PS3、Wiiの3つのハードそれぞれのエディションのバイオ4をやりました。3つともすべて隠し武器ゲット。一本道のマップのくせにかなり戦略性に自由度があり、救済措置も多く素晴らしいシステムで、未だに根強く支持されてる理由も納得の超名作です。ニコ動にアクセスする理由のほとんどはバイオ4関係の実況や攻略関係だった時期がありました。ナイフ縛りをはじめとするバイオ4の縛りプレイ動画はハマりました。マーセは全キャラで未だに6万前後で、たまに10万超える程度の実力です。バイオシリーズはナンバリングタイトルとコードベロニカをプレイしました。6はまだやってません。6より先に、気になっている往年のアウトブレイクをプレイしてみたいです。

『サクラ大戦』セガ (SS[セガサターン]、PS2)1996年
このシリーズは4までやりましたが、好みなのは1と2です。3、4もゲームとしては面白いのですが、舞台が外国になるので、帝都東京を舞台にした大正ロマンとスチームパンクという部分から少し逸れてしまったのが個人的には残念だったところです。シナリオはとくにマニアックな蘊蓄は無く、普通のエンターテインメントになっています。ゲームの流れはアドベンチャーパートと戦闘パートが交互にある感じです。戦闘は正方形の升目にそってキャラの個々の機体を動かして敵とターン制で戦うシミュレーションシステムで、ゆっくり戦略を練りながら遊べるのでけっこう楽しいです。

『ブルーシード 〜奇稲田秘録伝〜』セガ (SS)1995年
原作の漫画はアニメ化もされてるようですが、どちらも未見です。ゲームはカードバトル形式なんですが、花札のような感じで絶妙な偶然性と戦略性があって楽しいシステムです。シナリオが諸星大二郎風味の伝奇ものなのもツボでした。日本各地に出現する「荒神」と呼ばれる太古の鬼神を人知れず討伐していく警察組織「国土管理室」のメンバーを中心に日本神話をモチーフにした伝奇ロマンが展開されていきます。主人公の女の子がバトルシーンでこれでもかとパンチラしたり、日本各地に隠された動物柄の女児パンツを一定枚数集めると裏技が使えるようになるというへんてこなシステムなどもユニークです。ドット絵のマップも楽しく、音楽もいい感じです。

『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄』チュンソフト (PS2)2002年
シリーズ全てプレイしており当然1も好きですが、シリーズ中では2が最も好みです。1の舞台は雪国のペンションですが、2の舞台は孤島の怪しげな館となっています。2の最大の魅力は本編よりも充実したサブシナリオです。オマケシナリオという次元ではなく本編並みに力がはいった作りのものばかりで、サブシナリオのためだけに用意されたエフェクトやグラフィックも多く、とても贅沢な作りです。とてもハマってしまい金の栞が出るまでやって、2はほぼ味わい尽くしました。2は推理ものが好きな人より、伝奇ホラーが好きな人にお勧めしたいゲームですね。サブシナリオへの分岐は、あいかわらず必然性のない選択肢から入っていくので、私はズルして分岐ポイントはネットでカンニングしました。本編もそれなりに面白いですしサブシナリオはさらに面白かったですね。『陰陽編』『底蟲村編』あたりが好みで、中でも寺山修司の実験映画を思わせる『妄想編』の狂気をはらんだ演出が凄過ぎです。これにはとても感銘を受けました。

『街 〜運命の交差点〜』チュンソフト (PS)1999年
絵でなく写真をメインにしたグラフィックで、当時はそれもかなり目新しい試みだったように思います。思ってたより違和感はなく、実写のグラフィックも意外にハマるんだな〜と感心した覚えがあります。当初の売り上げは大ヒットとまではいかなかったものの、その作品の完成度の高さに根強く支持するファンも多く、2008年には後継的な作品『428 〜封鎖された渋谷で〜』が発売されます。こちらもなかなかの佳作で面白い作品に仕上がっています。
『街』は、渋谷の街を舞台に8人の全く別の主人公による個別のシナリオを平行して進めていくゲームです。それぞれの主人公の行動は、別の主人公の行動になんらかの影響を与え、それがお互いにゲームの進行を邪魔することもあれば、先に進むための必要条件にもなったりします。8人の主人公は、ホラー風、推理風、コメディ風、サスペンス風と、バラエティ豊かなそれぞれ個別のユニークなドラマがあり、どれもが充実して面白いです。中でも好きなシナリオは『オタク刑事走る!』と『七曜会』です。シナリオには、各キャラのシナリオにジャンプするためのキーワードや、TIPSと名付けられた用語解説へのリンクが貼られていますが、そうした用語解説さえもこだわりのある素晴らしい名文が多いです。ユーモラスなものからシリアスなものまで多彩ですが、例えばダンカン演じる『シュレディンガーの手』のTIPSのひとつにシナリオ中の「囲繞(いじょう)」という言葉を解説した以下の文章があります。ドキッとするような箴言ですね。
かこい、めぐらすの意味。われわれは常に何かに囲まれている。たとえば空気。たとえば人。たとえば抑圧。たとえば悪意。たとえば恐怖。たとえば憎悪。たとえば死。たとえば殺意。たとえば欲情。たとえば嫉妬。たとえば絶望。たとえば病。たとえば嫌悪。たとえば孤独。たとえば不信。たとえば愛。

『ファイナルファンタジーX』スクウェア (PS2)2001年
FFシリーズは7、8、9、10、12、13だけプレイしています。その中で最も好きなナンバーが10です。ちなみに次に8が好きです。もともと現実世界との接点の無い舞台である異世界ファンタジーは好みではなく、そうした舞台の多いRPGというジャンルはほとんど未開拓です。ですが10はそうした食わず嫌いのユーザーでさえ惹き込ませる魅力があります。往々にして異世界モノは独自の固有名詞があふれて、ファンタジーに馴染みの無いプレイヤーには世界観に浸りずらいハードルになるんですが、10の主人公は、まさにそうしたRPG慣れしていないプレイヤーの分身です。序盤主人公は「シン」と呼ばれる怪物の圧倒的な力により未知の世界に放り込まれてしまいます。未知の世界「スピラ」で主人公ティーダは、プレイヤーといっしょに「スピラ」がどういうものなのかを体験していくわけです。「スピラ」は、どこか東南アジアを思わせるところがあり、観光気分に浸れて気持ちいいです。音楽もとても素敵な曲ばかりです。主人公はブリッツボールという水球のような異世界の競技のプロ選手で、見栄っ張りで女好きの軽い男です。性格としてはしょっぱなから感情移入しづらいキャラなのですが、彼の軽さは徐々に先入観を持たずに問題と対峙する勇気に変わり、頼もしく成長していき、いつしか主人公を応援している自分に気づきます。バトルがターン制なのも好きな理由のひとつですね。急かされずに進めていけるシステムなので世界観をじっくり楽しませてくれます。

『クロス探偵物語』ワークジャム (PS)1999年
これも傑作ですね。すべてのキャラクターの個性が生き生きと描かれ、推理モノですが謎が解けた後でも何度もプレイしたくなる作品です。グラフィックは玉置一平の劇画調のタッチなのですが、これがまたとてもシックリはまっていて、使い回しできそうな同じアングルの絵でも毎回着てる服が変わったりなどの細かい演出があり、とことん丁寧な作りに感動します。全7話で、すべて面白いのですが、4話がゲーム要素の無いサウンドノベル、6話がダンジョンものというのは、バラエティ感を出すための無理矢理っぽい要素に感じました。でも、このような傑作にそういう不平を言うのはあら探しをしているような申し訳なさすら感じます。何度か続編の噂もありましたが、結局叶いませんでしたね。主人公黒須剣の父親の謎の死の解明というのが伏線にあり、それは続編以降で解明される予定でしたから、ファンとしては残念でなりません。

『EVE burst error』シーズウェア (SS)1997年
『EVE』シリーズの原点バーストエラーは、当初18禁アダルトゲームとして1995年にPC98版で発売されましたが、私のプレイしたのはPS2版のバーストエラープラスとサターン版です。PS2版はディスクの入れ換え作業がいらないので一番プレイしやすいですが、エッチなセリフや描写がとことん削られてやや不自然なところがあり、サターン版のほうがまだオリジナルに近いのかもしれません。この作品の醍醐味はぞくぞくするサスペンス描写で、貧乏探偵の小次郎と、内閣調査質に所属する敏腕エージェントのまりなのふたりのエピソードを交互に進めていくアドベンチャーものです。いたって際立った特徴の無いありふれた小都市の片隅で巨大な陰謀が忍び寄っていくムードが素晴らしい。選択肢の総当たりで進めていく一本道のシナリオなんですが、無駄な選択肢を選ぶ苦痛を感じさせることが無く、むしろ、変な選択肢を選んでナンセンスなキャラの独り言を聴くのが楽しさのひとつだったりします。『EVE』シリーズで菅野氏が手がけたのはバーストエラーのみで、他はそれぞれ別の方が脚本を書いていますが、シリーズそのもののファンでもあるのでほとんどプレイしています。『The Lost One』『ZERO』『TFA』、どれも楽しかったです。2006年の久々の新作『EVE new generation』は衒学サイエンスな蘊蓄がとても面白かったです。まりな編での癒し系キャラ本部長のボイスは名声優野沢那智さんが担当していましたが、先頃お亡くなりになってしまい、今後EVEシリーズではあの声が聞けないのかと思うと喪失感を感じます。

『この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO』エルフ (SS) 1997年
かつて「YU-NOは自分の中で駄作だったが、市場のポジティブな評価を知って自信を取り戻した」という菅野氏の発言があったようですが、個人的には菅野作品中の傑作中の傑作と言っても過言ではないかと思っています。その衒学的でミステリアスなシナリオは絶品でした。斬新なシステムのゲームでしたが、昔のゲームにありがちな不親切さが玉に傷で、シナリオ分岐などを間違えるとかなり面倒臭いことになります。私は、たまたま古本屋でゲットしたPC版の攻略本兼画集を見ながらクリアしました。カンニングしてでもクリアする意味のある素晴らしいシナリオでした。このような大傑作が現行ハードでリメイクされないのは権利関係などいろいろ事情があると思いますが、とてももったいないことだと思います。『EVE burst error』『YU-NO』以外では『デザイア』も好きな菅野作品です。

『ひぐらしのなく頃に・祭』アルケミスト (PS2)2007年
これも超有名な作品ですね。竜騎士07の出世作である同人ゲームのPS2リメイク版です。原作が発表されてから口コミで人気は拡大していき、商業的にもメディアミックス展開され、ついには映画化に至る大ブームとなりますが、その内容の過激さで社会問題のように騒がれたのは記憶に新しいです。この作品は一見推理ものであるかのようなノリがあるのですが、本質は推理ではなく世界観そのものにあります。いくつかのエピソードに別れていますが、この連作のような構成そのものにトリッキーな仕掛けがあるので、実際にシナリオを進めていってそこに気づいた時とても衝撃を受けました。作者による二重三重の仕掛けが張り巡らされていて、とても感動しました。序盤のノリは寂れた寒村で体験する伝奇ミステリーのような様相で、諸星ファンの私のようなプレイヤーには最初から心を鷲掴みされました。私が感じた難点は、主人公グループがたびたび「部活」と呼ばれる遊びを放課後などにするんですが、そこの描写がとても冗長なところですね。他にPS2版では原作の最終章が「祭囃し編」ではなくオリジナルシナリオ「澪尽し編」に入れ替わったのもちょっと残念な部分です。それ以外は大満足な傑作でした。今まで声優を気にしたことがなかったのですが、この作品で声優の見事な演技に感動して関心が高まりました。アニメ版は原作をけっこう端折っていますが、個人的にはそうした冗長さを省いていて見やすくなった美点のほうを評価したいです。

『御神楽少女探偵団』ヒューマン (PS)1998年
これと『続・御神楽少女探偵団』でひと繋がりになっている推理アドベンチャーです。以前江戸川乱歩の記事を書いたときにも取り上げましたが、これも好きな作品なのでリストに残そうと思います。少年探偵団の少女バージョンのような設定で、名探偵御神楽時人(みかぐら ときと)の元に集まった少女探偵たちの推理劇です。内容は昭和初期を舞台に乱歩的な猟奇犯罪を描く本格推理モノの複数のシナリオで構成されています。絵柄は可愛い感じのアニメ絵ですが、なかなか昭和レトロな雰囲気を上手く出しています。

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他にも好きな作品は多いですが、今回はとりあえず思いついた作品順にレビューしました。

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『ルール・オブ・ローズ』のレトロでロリータでシュールな世界は、ゲームというより芸術作品のようです。『ICO』もゲーム史に確実にその名を刻むであろう傑作ですね。
posted by 八竹彗月 at 10:04| Comment(2) | ゲーム

2012年12月18日

バナッハ・タルスキーのパラドックス

ここにひとつの球がある。これを切ったり割ったりすると、いくつかの断片ができる。ここまではいたって普通の日常でも起こりうる現象です。さて、この断片を集めてもう一度くっつけるとどうなるでしょうか? 

元の球と断片の集合は同じ体積ですから、元の球に戻るだけ、というのが常識的な推察ですが、ポーランド出身のふたりの天才数学者バナッハとタルスキーは、「同じ大きさの球を二つ作ることができる」ことを完璧に証明してしまいました。『バナッハ=タルスキーの定理』から導きだされる不条理な結論ですが、彼らはこの定理を1924年に発見し、その証明は数学的に正しい定理であることがすでに検証済みだそうです。この定理からは、同じ大きさの球を2つどころか好きなだけ作る事が可能になり、さらには、分割した球の断片を使って2倍(あるいはそれ以上)の体積の球をつくることも可能なのだそうです。

「じゃあ、金塊もこの定理を使って増やせるのか?」となると答えは「NO」です。まず、この分割方法には具体的な手段(どう切ったら良いか?など)が存在しません。『バナッハ=タルスキーの定理』がこのような奇妙なパラドックスを産み出す原因は、「体積という概念は(例えば面積よりも)確定的な概念ではない」ところにあるそうで、ひとつの球を使って同じ大きさのふたつの球を作るという矛盾は、そもそも定義された「体積」というものが存在しないことから生じているようです。このファンタジックな空想を刺激する定理は、数学者でありSF作家でもあるルディ・ラッカーが小説「ホワイトライト」(早川文庫)でもネタに使っています。普段、当たり前のように疑問を持たずに考えている「体積」という概念が、数学的には不明瞭な概念だというのは意外ですね。

以上記事は、「バナッハ・タルスキーのパラドックス」砂田利一著(岩波科学ライブラリー49 1994年発行)を参照しました。

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(左)「バナッハ・タルスキーのパラドックス」 (右)「ホワイト・ライト」ルディ・ラッカー著 早川文庫 1992年
posted by 八竹彗月 at 10:49| Comment(2) | 数学

2012年12月12日

【音楽】ぞろ目記念日

2012年12月12日。ぞろ目記念に更新してみました。
ここ数日風邪をひいてずっと部屋に引きこもっているうちにミネラルショーも終わってしまいました。一年もあっという間ですね。そろそろ選挙のシーズンですが、ぜひとも次の政権では景気対策をがんばってほしいです。
というわけで、今回もとくにテーマはなく近頃よく聞いているお気に入り曲をいくつか。

Otto Sieben「Curley Shirley」
50〜60年代あたりの欧州のテレビ番組に使用されたBGMなどを集めたコンピレーション『Music for TV Dinners』の中の一曲。奇妙で可愛いコーラスがいいですね〜

Jazzamor「Space Cowboy」
ジャズ、ボサノヴァ系のムーディーでお洒落なドイツのデュオJazzamor。以前にも2度ほど採り上げましたが、この曲もまた素敵ですね〜 歌詞に描かれているサイケデリックな虹色の宇宙空間を飛び回るスペースカウボーイのファンタジックでナンセンスな世界観が浮き世の喧噪をふと忘れさせてくれます。

Wanda Sa「So Me Fez Bem」
ボサノヴァの妖精と評されたワンダ・サーの傑作デビューアルバム『vagamente』はどれも幻惑的でレトロ感のあるキュートな逸品揃いです。中でも1曲目の「Adriana」が好きなのですが、見当たらなかったのでこの曲をチョイスしました。アストラッド・ジルベルトやフランスギャルなどを彷彿とする素人っぽい低めの愛らしい声が素敵ですね。アルバム『Softly!』もかなり評価が高いのでいずれ聴いてみたいです。

The Cardigans「Sick & Tired」
90年代に爆発的にヒットしたスウェーデンのバンド、カーディガンズ。キャッチーでノスタルジックなメロディ、アコースティックで軽快なギター、キュートなボーカル、と魅力的で好みのバンドです。セカンドアルバム『Life』からのシングルカット「カーニヴァル」は日本でもかなりヒットしましたね。『Life』は粒ぞろいの傑作アルバムですが、その中でも「Sick & Tired」の疾走感あふれる音がとても良いですね。

Sylvia Telles 「Vivo Sonhando」
シルヴィア・テレス(1934-1966)はブラジルのボサノヴァシンガー。60年代ボサノヴァのアコースティックな幻惑のレトロ感がいい感じです。

Egberto Gismonti「Sonho」
ポルトガル語で「夢」を意味する「Sonho」と題された曲で、収録されているアルバムも「sonho 70」です。軽快なメロディと幻惑的なコーラスがいい感じです。エグベルト・ジスモンチはブラジルのマルチ楽器奏者・作曲家・編曲家・音楽プロデューサー。

Doyle Lawson & Quicksilver「Shady Grove」
ブルーグラス音楽の面白さはやはり速弾きですね。ドイル・ローソンはマンドリンの達人として知られるアメリカのミュージシャンのようです。この曲の早弾きも超絶的ですごいです。

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昭和34年の洋裁雑誌『子供服スタイル』より
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posted by 八竹彗月 at 03:37| Comment(2) | 音楽