2017年02月26日

篆書(てんしょ)の魅力

版画用ビニール板で自作落款(らっかん)作りにハマっているところですが、またあれからいくつか彫ったので写真を撮ってみました。このような、名前や雅号などの署名的な意味から外れた趣味的なハンコは遊印(ゆういん)ともいうようですね。

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篆書体で「星体遊戯」と彫ってます。星体とはオカルティズムでいうところのアストラル・ボディのことです。幽体離脱などで言われる「幽体」のこと、といったほうが解りやすいでしょうか。これは人形師の吉田良一さんの初期作品集のタイトルからの引用なのですが、「幽体」ではなく「星体」というところが洒落てますよね。アストラル (Astral) とは、「星の」「星のような」「星からの」「星の世界の」などを意味するようなので、むしろ「星体」という単語のほうが正確なのでしょうが、「天体」の意味との誤用を避けるためにオカルティズムでは幽体のほうを使用しているのでしょうね。

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篆書体の「北斗七星」に柄杓型の星の配置図を入れてみました。

趣味というのは、最初はいい加減な気分で遊び半分で気軽に手を付けつつも、いつのまにか本気でハマっていく、というケースが多いですが、もしかするとこのハンコ作りも新たな趣味になりそうな気がしてきました。

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本腰を入れてシャチハタのスタンプ台を導入しました!さすが百均のスタンプ台よりきれいな印字です。何度か試印して版面の油分が取れてインク馴染みが良くなればもっときれいに印字できるようになるかもしれません。

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(左上)版画用ビニール板。(右上)百均にハンコの持ち手にちょうどいいサイズにカットされたウッドブロックがありました。(下)なにげに自作ハンコも数が増えてきたので木箱にしまっています。

ハンコの白くしたい部分は、白抜き文字なら問題ないのですが、白地の面積が多いデザインの場合、デザインカッターだけではカットしていくのが難しいので、思いきってパワーグリップシリーズの1.5ミリ丸と3ミリ丸の彫刻刀を思いきって買ってみました。さすが切れ味がよく、小気味良くカットしてくれるのでスムーズに彫れるようになり、また一段と落款作りが楽しくなってきました。

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『篆刻字林』服部畊石・編 三圭社 昭和23年(1948年)
昨日古本市で見つけた篆書体辞典です。

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先日の記事でご紹介した篆書体辞典は書道などで書かれる標準的な篆書体なのですが、こちらの辞典には、標準形のほかに印鑑用に整えられた篆書体「印篆(いんてん)」や、金石文字などの古代文字まで併記されていて、ハンコの図案の参考にすごく役立ちそうなのでゲットしました。

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「田」のところなど面白いですね。なんか「田≠チぽいことが雰囲気で通じればなんでもアリ」な感じでイイですね〜

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「山」の印篆はなんと15もの異字体が紹介されています。先日「福」の異字体を百種類書く書道のモチーフ『百福図』についてちょっと触れましたが、漢字って奥が深過ぎます。ただでさえ文字数の多い漢字ですが、さらに個別の文字にも異字体がてんこ盛りというのが面白いですね〜

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「山」の印篆が載っている箇所の拡大。いくつかは「山」と判別できますが、中にはこうした辞典で調べない限り判読不可能な異字体もありますね。

現代使われている印篆は中国の漢の時代に成立したものだそうで、印篆もまた紀元前から伝わる伝統的な文字のようです。ちなみに印篆はハンコ用に整えた篆書体なので、基本的にすべての漢字が正方形に収まるような形に整形されています。たしか、ハンコの天地左右にまんべんなく埋めるためにこのような書体になっているというのを何かで読んだことがあります。ハンコの四隅のどこかに空きがあると気≠ェ滞るから、という理由だった気がします。印篆にはそうした易学的な意味があるみたいで、そうしたところもますます魅力を感じます。

posted by 八竹釣月 at 03:04| Comment(0) | 創作

2017年02月20日

落款(らっかん)主義でいこう

中国の清の時代に編纂された絵手本図鑑『芥子園(かいしえん)』の復刻版を絵の技法などの参考や、そのまんま画集のように楽しんだりなど、ページをめくる機会が多いです。そうしてるうちに中国の芸術に興味がわいてきていろいろ見たりするようになったのですが、知れば知るほど、中国美術が日本の美術に与えてきた影響などが具体的に解ってきて勉強になります。日本美術との共通点が多いのは当然として、それよりも、日本が取り入れてこなかった部分、中国美術独特の表現形式の面白みにハマっています。

今回テーマは落款(らっかん)ですが、これは書道の作品によくある隅っこに捺されている赤いハンコのことです。これがまた奥が深くて、たんに作家の名前を入れたハンコだけでなく、画面に独特の調和を醸し出すために身分、干支、年号、季節などさまざまな意匠を凝らしたハンコを押すような慣習が元の末期(1300年代頃)に生まれたようです。こうした、単なる署名の意味を超えて画面の調和を出すために作品の一部として積極的に捺す落款の文化が生まれました。この中国美術の慣習が日本にも伝わり、平安時代あたりから日本の書画人も落款を署するようになっていきます。

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郎 世寧『白鷹』(部分)清朝
空間の中央に風雅に留まっている白鷹を囲むように絶妙なバランスで配置された落款が美しいです。絵師の郎世寧(ろうせいねい)とは清朝の宮廷画家として皇帝に使えていたイタリア人、ジュゼッペ・カスティリオーネ(Giuseppe Castiglione)の中国名です。その西洋画の技法を中国画に取り込んだ魅力的な作品の数々は目をみはる素晴らしさがあります。


ただ、やはり日本では落款はあくまで署名捺印の意味合いが強く、あまり落款を主体にした作品は見かけないので、私も落款はたんに署名的な意味合いでみていました。しかし中国美術をいろいろ調べていくと、落款そのものが主体になっているような作品があることを知り、その面白さに惹き付けられているところです。ハンコを見せるために作られたような作品など、ある意味すごく前衛的なのですが、それらが700年以上も前の作品であったりすることに心地よい衝撃を受けました。落款の面白さは、印が捺されることで生まれる空間の美学にあります。何も描かれていない空間の広がりを印を捺すことでより「空間」を強く認識させたりするところは、手塚治虫が何も音がしない無音の空間に「シーン」とあえて擬音≠入れることでより無音であることを意識させたことを連想しました。落款によって調和した空間の風流な雰囲気はとても心惹かれるものがあります。

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趙 孟頫『鵲華秋色図』(部分)1295年
趙 孟頫(ちょう もうふ 1254-1322年)は、南宋から元にかけての政治家、文人(書家、画家)。Wikiにこの作品の全図があります。まさにハンコ楽園な感じの逸品。どこか淋しげな風景なのに大量に捺された落款のリズム感によってパラダイスな雰囲気を醸し出しています。落款の不思議な魔力を感じさせる作品です。


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仇英『水仙蠟梅』1547年
仇英(きゅうえい 1494年頃〜1552年)は明の時代の画家。図柄自体はいたって普通の水仙の絵なのに、落款が捺されることで風流で味わい深い楽しいリズム感が生まれ、実に美しい空間の調和を引き出しています。落款そのものに美意識を反映させるノリが実に面白いですね。


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文徴明『湘君湘夫人図』
文徴明(ぶんちょうめい 1470-1559年)は中国明時代の中期に活躍した画家。上記の仇英と並び、明代の代表的な絵師のひとり。あえて広く贅沢に空かした空間が周囲に捺された落款によって際立っていますね。様々なデザインの落款が楽しめるユニークな作品です。


(2017/6/12 追記)
ついこの前、中国美術の解説書を読んでいたら、上記のような落款だらけの作品の多くは作者本人だけが捺したものではなく、作品を収蔵する蒐集家や管理組織が捺しているものだ、という説明がありました。コレクションのオーナーが捺す収蔵印や、権力者や著名人などが作品を鑑賞したことを記す鑑賞印などがあり、作品が作者の手を離れてからも、蒐集者が変わるごとに捺されていったので長い年月を経て結果的にあれだけハンコだらけな画面になっていったらしいです。作品そのものに躊躇無くハンコを捺していくというのは今ではありえませんが、当時の感覚では蔵書印を捺すような気軽なノリだったのでしょうね。昔の中国人のそうした独特の慣習によって出来上がった作品は、現代の視点で見ると、ハンコアートとともいうべきユニークなものとなっていて面白いですね。作者の手を離れたところでも随時落款が捺されて作品が変化していった中国画の在り方は、かつて寺山修司やロラン・バルトなどのいっていたような、作品は作者だけで作るものではなく、読者との共同作業で生成されていく、といった考え方を彷彿とします。
(追記終わり)


と、そうした落款への興味が深まるにつれ、いつしか自分専用の落款が欲しくなってきました。しかし、ハンコ専門店に作ってもらうと、けっこういい出費になってしまうようなので、とりあえず自作でなんとかできないものか、と早速自作ハンコの情報を検索してみました。すると消しゴムで作るハンコがいくつもヒットしました。一番手軽なのは消しゴムハンコのようですが、消しゴムは素材としてかなり脆く、また消しゴム同士をくっつけたままにしておいたり、プラスチックケースに入れっぱなしにしておくと、接地面が溶け出してくっ付いてしまったりなど、けっこうデリケートなので気の進まない素材であるのがひっかかったので、他に良さげなものは無いかとさらに調べていくと、版画用のゴム板でスタンプを自作している方のブログを見つけ、制作の手軽さにくわえ、保管も気を使わなさそうな感じだったので、さっそく参考にさせていただきながら試行錯誤してみました。

メモ参考サイト
「ゴム板はんこの作りかた。」(「実録ハンコ修行@はざまの庵」様のブログより)


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気分が醒めないうちに近所の百均で材料調達。デザインカッターはあったのですが、肝心のゴム板が版画用ではなく家具の振動防止用などに使う普通の天然ゴムを固めた板でとりあえずチャレンジ。しかしやはり柔らかく弾力があるせいで上手く削れません。まだ消しゴムは試してませんが、おそらくコレよりは素直に消しゴムに彫ったほうが細密に削れそうです。

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というわけで、次の日に版画用ゴム板を近場を探しまわって見つけてきました。はがきサイズで一枚60円でした。さっそく版画用ゴム板で自作落款にチャレンジ!細かいチマチマした作業が性に合っているのかどうか、思ったより楽しくて、ひとつ完成するたびに別の絵面でチャレンジしたくなります。参考にさせていただいたゴム板マスターの方に較べると稚拙さが気になるところですが、まぁ落款はキッチリしたものより、ある程度アバウトというか稚拙さがあったほうが味わいがあるそうなので、ゴム板ハンコの初チャレンジとしては落款はちょうどいいテーマだったのかもしれません。右上は「桃源郷」を篆書体で彫ったもの。左下は「福」の異字体をふたつ彫ったものです。上の「福」はなんとなく「福」を感じさせる書体ですが、下の道教のお札にありそうな記号っぽい文字も「福」の異字体のひとつです。書のモチーフのひとつに「百福図」という「福」の異字体を百種類書いた作品がありますが、そこからふたつ選びました。

メモ参考サイト
百福とは?(「東京書道教育会」様)

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道教の護符のデザインも好みなので、「仙術入門」という妖し気な本に載っていた「諸願成就して富貴になり幸運をつかむことができる霊符」を彫ってみました。

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田口真堂「仙術入門」大陸書房 1973年 より

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彫ってもそのままではスタンプしずらいので取っ手をつけることにしました。百均で角材を調達して適当なサイズに切り落とします。切り口が雑なので、見栄えを良くすると同時に手に馴染みやすくするため、サンドペーパーで角を丸く削ります。彫ったゴム板と接着剤でくっ付けて完成。

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落款は篆書体でつくるとソレっぽいです。押し入れの奥に死蔵していた篆書体辞典が役に立つ日がやっと来ました。

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『篆書体字典』マール社 1988年

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百均のデザインカッター(上)より細かい彫りが出来るのか気になって、オルファの安めのデザイナーズナイフ[216BSY](下)も使ってみました。刃の角度はどちらも30度ですがオルファのほうは刃の胴の部分が細い分、多少細かい作業が楽になりました。ある程度熟達してくれば別かもしれませんが、今のところは百均のデザインカッターでもそれほど不満は感じませんでした。落款は、本来は象牙とか石の印材に彫るもので、そうした材質の風合いもまた味ですから、いずれは石でチャレンジしてみたいです。
posted by 八竹釣月 at 05:42| Comment(0) | 創作

2017年02月05日

自作サイコロ「異次元骰子」

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異次元な雰囲気のサイコロのイメージ図。手前のモノはサイコロの目を「目」に置き換えたもの。後ろはお月様ダイスと西夏文字のダイス。西夏文字の 一〜六 を振り当ててます。数字のような多用する文字まで画数が多いので実際に使われていた時代はさぞや面倒だったでしょうね。西夏文字は、平行世界のアジアの文字っぽい異世界感覚があって興味を惹かれます。

こんなサイコロあったら欲しいな〜という感じで、たまにアイデアメモにサイコロの落書きをしてたのですが、実際に作って現物を見たくなったので、とりあえず紙で作れるサイコロを自作してみました。本当は硬質プラスチックで作れたら理想なのですが、素材的にハードルが高いのでとりあえず紙でチャレンジしてみました。

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インクジェット用の厚紙用紙にプリント。紙工作をしてると、いつしか「できるかな」のテーマが脳内で何度もリピートをはじめます。

テーマは「異次元骰子」。異世界の玩具というイメージで作ってみました。夢の中の玩具屋で売られていそうな感じのシュールでちょっとオカルティックな雰囲気を意識しています。

私がよく見る夢で、本屋とか骨董店に入るシチュエーションがあります。そこに並べられている珍妙な本やオブジェに驚喜しているという内容の夢です。夢の中のオブジェですから、実際には存在しないわけですが、目覚めてからそれらの本やオブジェを思い出すと、なるほど非存在の物体らしい独特の珍奇なオーラがあるモノばかりで、起きたときに運良く思い出せたものはなるべくメモするようにしています。

それにしても、現実よりも夢のほうが、自分の予想を超えたモノが出てくるのが不思議ですね。現実は自分以外の力学で動いているようでいて、実際は自分の想定を超えた事象にはなかなか出くわしませんが、夢というのは、自分の脳が生成しているはずなのに、自分の予想を超えたモノがちょくちょく出てくるので面白いです。まさに乱歩の名言「うつし世は夢、よるの夢こそまこと」を実感として感じるのがそういう時です。

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プラスチックで作れたら最高なんですが、紙でもそれなりにシュールな存在感があります。

オカルティズムでは、夢とはアストラル界(現世と霊界の中間くらいにあるとされる世界)にトリップしている状態を断片的に思い出したものである、という説があり、昔は眉唾で聞き流していましたが、精神世界をいろいろ調べていくと、そういう世界は意外にリアルにあるかも?という気がしてきます。そういう不思議な異世界にある珍奇なアンティークショップというのはロマンが尽きないテーマです。

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せっかくなので、上の展開図2枚の高画質バージョン(300ppi)をZIPで固めたものを用意しましたので、作ってみたい方はお試し下さい。ファイルはA4サイズで、1枚に4個の展開図を入れてあるのでムダが少なく経済的!

【一口メモ】
※ 切りとった紙の断面に表面の色と同じ色を色鉛筆かマーカーなどで塗っておくと、組み立てたときに紙の白い断面が見えるのを防げて見栄えがよくなります。
※ 折り曲げるラインをあらかじめ定規の角などで強めになぞっておくと奇麗に折れます。
※ 中を空のまま作ると軽くなりすぎるので小石を少し入れたりなど多少の重みのあるものを中にいれておくと置いた時に安定します。


高画質「異次元骰子」展開図(1MB)ダウンロードはこちら

ここのところはインドの古代思想に興味があっていろいろ調べていて、そのうちインドに関する記事も書きたいとおもっているのですが、調べるほどにこの世は目に見えてるだけの世界ではないことを思い知らされます。ヨーガの思想では例えば「チャクラ」という肉体を超えた次元の身体に具わっているスピリチュアルな器官を想定して、それを前提にチャクラを活性化させるノウハウがありますが、単なる妄想ではなく、実際にチャクラを開発することによって身体能力だけでなくメンタル的にも強靭になっていくことは多くの人が経験している事実ですし、指圧や鍼灸などの中国のツボの概念も後追いで科学的に根拠が証明されましたが、それと同じようにチャクラというのも実際に身体に作用する何らかの根拠があるものだと思います。

なので、ルドルフ・シュタイナーなどが言う人体の複数の層、肉体に重なるように霊的な身体、エーテル体とかアストラル体があるという説も、あながち妄想でもないと思いますし、そうした次元の異なる身体で夜に肉体を抜け出して体験する出来事が「夢」として目覚めた時に断片的に想起されるという話も、もしかしたら本当かもしれません。まぁ信じたほうが楽しそうですしロマンがあります。このところは真偽が分からないものについては面白いほうを取ることにしてます。

エンデの「はてしない物語」に出てくる古書店やハリー・ポッターに出てくる魔法グッズのお店など、別世界にある物体というのは果てしない魅惑を感じます。「千と千尋の神隠し」で、千尋の親は異世界の食堂で、異世界の食べ物を身体に入れてしまったために異世界から出られなくなってしまいますが、これなどは古事記で語られている黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)、つまり異界の食べ物を食べてしまうと異界に縛られて脱出できなくなるという霊的な法則を描いているのだと思います。異界のモノは、食べ物に限らず、そこにあるモノはすべて基本的に現世に持ち込めない不可侵のモノです。異界に存在する景色もモノも、ただ見聞することだけが許されているのみですから、古来から魔術師やシャーマンはソコへ行って見聞し、また無事に帰ってきて部族の者に異界で授かってきた智慧をシェアしてきたのでしょう。

メモ参考サイト
黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)とは [「日本神話・神社まとめ」様より]

異界を見聞した経験はないですが、もし行けたとしたら多分神話の世界のような古代世界ではないでしょうね。霊的な身体でしか参入できない世界だということは、この世界よりも物理的にも精神的にも自由度が高い世界である可能性が高いですから、現世よりもあらゆる面で発展していると思われます。そうした世界にある古書や骨董はどんな感じのモノなのか?というのを想像してると、とてもわくわくして楽しいです。
posted by 八竹釣月 at 03:37| Comment(0) | 創作

2017年01月29日

ビャンビャン麵の「ビャン」の字で遊ぶ

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昨今注目をあびている「ビャン」の字。明朝体で、ちゃんとしたフォントっぽく作ってみました。

画数の多い難読漢字として脚光を浴びた「ビャン」の字のことは、ご存知の方も多いと思います。中国の陝西省(せんせいしょう)で一般的な幅広の麵である「ビャンビャン麺」の「ビャン」の字に使われるのみの超マイナーな漢字でありながら、その超ど級のマイナーさゆえに逆に注目を集めたようです。この話を知ったときに、てっきりご当地料理の宣伝のために自治体が町おこし的なノリで勝手に作った最近の文字なんだろうな、と思ってたのですが、意外に起源はまだあきらかになっていないみたいですね。しかしウィキペディアの「ビャンビャン麺」によれば、古い文献には全く出てこない文字であることはほぼ間違いないようで、ここ百年の間くらいに作られた文字らしいです。新しい文字には違いないみたいですが、とはいえ最近作られた文字というわけでもないようですね。

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筆文字風。

漢字っぽいけどどこか違う感じが面白い西夏文字とか、道教のお札に書かれている漢字っぽい護符などに惹かれているのですが、この「ビャン」の字などは、まさしくそういった系統のユニークさを感じる漢字ということもあり、ずっと気になってました。いまだにビャンビャン麺は食べたことがないのですが、きしめんなどの幅広麺はけっこう好きなので、機会があれば食べてみたいです。

というわけで、今回は「ビャンビャン麺」というたったひとつの対象にしか使われていないという、文字の記号性を揺るがすような唯我独尊な文字「ビャン」に、もっと活躍の機会を与えたい!という名目でいろいろ「ビャン」と戯れてみました。

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看板っぽくロゴ風にしてみました。

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上のものを少しいじって意味なくかっこよくしてみました。

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まんが風にしてみました。

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ルービャンクキューブ

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ステッカーっぽい感じで。

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人名に「ビャン」の字が入っていたとしたらこんな感じでしょうか。「寿限無」は長すぎる名前の滑稽さをテーマにした落語ですが、画数が異常に多すぎる名前もなにかと不便そうです。

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イラスト風。

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「ビャン」は58画という複雑さですが、これ以上の画数というと「龍」を4つ組んだ「ロ」の64画(左)や、和製漢字の「たいと」の84画(右)などがあるようです。しかし、これらは単に画数の多い文字を複数並べただけですから、文字としての面白みではやはり「ビャン」に軍配を上げたいですね。
posted by 八竹釣月 at 08:40| Comment(0) | 創作