2022年07月31日

「ひぐらしのなく頃に」の話

先日「ひぐらしのなく頃に」の外伝、漫画「蛍火の灯る頃に」を読んだ勢いで、ひぐらし熱がぶりかえしてきたので、今回は筆に任せてひぐらし関連の話を綴ってみようと思います。

220731_higu.png「ひぐらしのなく頃に」

竜騎士07さんの出世作「ひぐらしのなく頃に」。今も根強い人気作品ですが、最初はコミケで細々と売られていたノベルゲームが、あれよあれよという間に全国的なヒット作品へと成長していく様は、ジャパニーズドリーム的な華やかさを感じますね。ひぐらしの成功は、日本の同人、一般のマニア層のレベルが商業作品に匹敵するレベルに到達したことの証左ですね。その後間もなくして2chの書き込みが映画(電車男)やCD(のま猫)や漫画(師匠シリーズ)になったりする時代になり、今やネット発祥のヒット曲や漫画なども珍しくなくなった感があります。

「ひぐらしのなく頃に」出題編となる前半の数編は、連続怪死事件の謎を追うミステリーもののようなシナリオであることや、当時の「正解率1%」などの煽り文句での宣伝もあって、推理ものという前提で作品を手に取り、謎解きに真面目に取り組みながらストーリーを追っていた人も多かったせいか、解決編での展開に当時はかなり賛否両論あった気がします。私は細かい整合性よりも面白ければそれが正義だと思ってますので、むしろあの展開でいっそうひぐらしが好きになりました。前半はホラー展開する場面が多いですが、後半の解決編では、村のラスボスお魎を説き伏せて村が一丸となって沙都子を救出するシーンなど、ぐっとくる熱いシーンが多くなっていき、登場キャラたちの魅力が増していく快感に浸っているうちに、あれだけ超長編だと思ってたひぐらしがあっという間に終わってしまい、読後はしばらく雛見沢村が自分のもうひとつの故郷になってしまったかのような郷愁を感じたのでした。

ストーリーが寒村の秘められた風習、みたいな民族学的な雰囲気があり、諸星大二郎ファンの私としてはそういう面でも惹き込まれました。日本から取り残されたいわくありげな寒村で起きる奇妙な事件、という伝奇ロマンな雰囲気はとても好みです。気になるのは、ホラー的な緊張した空気を和らげるためか、「部活」のシーンがかなり冗長に描かれるところくらいでしょうか。まぁ、そうしたおちゃらけ展開から一気に空気が変わる緩急具合もまたひぐらしの魅力でもありますから、作品的には必要な要素なのでしょう。すっかり今ではグロい描写や痛そうなシーンなどは苦手になってしまって、猟奇的なシーンは飛ばしながら見るようになってしまいましたが、作品自体は魅力的なので今でもたまに好きな編をアニメや実況動画などで繰り返し見たりもします。陰鬱で怖い場面の多い出題編とうってかわって解決編の「ひぐらしのなく頃に・解」では爽快なシーンが増えていくので、そうした部分も魅力が尽きないですね。

実は本編よりも外伝的な漫画「ひぐらしのなく頃に 宵越し編」のほうを先に読んでいて、それがきっかけで本編に興味をもってPS2版の「ひぐらしのなく頃に・祭・カケラ遊び」をプレイしました。その後アニメ版も見て、ますますその作品世界にどっぷりとハマることになりました。原作での最後のエピソード「祭囃し編」はゲーム版では少し違った展開をする「澪尽し編」になっていますが、個人的にはラストエピソードは原作かアニメ版のほうが好みです。ひぐらし関連の音楽もいい曲が多く、個人的にはアニメ版の「ひぐらしのなく頃に・解」のED曲「対象a」がとても好きです。

続編、というかキャラも舞台も一新した別作品「うみねこのなく頃に」も大好きで、推理が論理学的なややこしさがあるもののキャラがみんな魅力的なのでグイグイ惹き込まれます。ひぐらしよりもさらに濃い世界観が展開されて面白かったです。縁寿と真理亞のエピソードが印象深く好きです。魔法とはどういうものか?というのを正面から描いているところがいいですね。うみねこで描かれる魔法は、アニメの魔女っ子のような万能のファンタジックなものではなく、魔法には魔法なりの法則があり、物理法則と同じように力の発動には条件や縛りがあるものとして描いており、これはほぼ実際の魔術と同じでリアル感がありました。縁寿が学園生活でつらい目に遭いながら霊的な存在である七杭の姉妹を心の拠り所にして交流し、やがて決裂するエピソードでは、霊的な世界の法則がリアルに描かれていてわくわくしました。


220731_higu.png茶風林さんと声優の話

ひぐらしキャラでは大石刑事が一番好きということもあり、一番好きなエピソードは「暇潰し編」です。圭一が雛見沢村に引っ越してくる以前の番外編的なエピソードなので、登場する部活メンバーは梨花ちゃんのみです。物語はベテラン刑事の大石と公安の新人警察官だった頃の赤坂がメインで活躍するオヤジ回で、ダム推進派の政治家の孫の誘拐をめぐる事件をベースに、しっかりまとまった構成になっていて、とても好きなエピソードです。梨花ちゃんが赤坂にむかって未来に起こる数々の事件を予言をするシーンは圧巻でしたね。大石が赤坂を怒鳴りつけて発奮させるラストのシーンもシビれました。「暇潰し編」では他の出題編と比べてグロい残酷表現がほとんどないので、そういう点でも安心して楽しめるのも魅力です。麻雀はやったことがないので、麻雀のシーンは理解不能なセリフが多かったです。しかし麻雀シーンは能條純一先生の「哭きの竜」をパロった展開ということもあって、麻雀を知らなくても能條節でクールに豹変する赤坂がけっこう面白かったです。

アニメやゲーム版で大石に声を当てている声優、茶風林さんもこの作品の影響もあって大好きになりました。滝口順平さんや雨森雅司さんや野沢那智さんなど、異世界の住人のような非日常感のある、それでいてどこか懐かしく、奥深いヒーリング感のある独特の声質の声優さんが大好きです。茶風林さんもそうした芸術的な声の持ち主ですね。(調べてみると学生時代に滝口順平さんの歌舞伎の演目を収録したカセットテープを手本に滑舌を訓練していたそうです。声の感じが似てるのはそういうことだったのか!と合点がいきました。滝口さんご本人とも縁が深かったようで、生前から役の引き継ぎもあったようです)

茶風林さんはコナンの目暮警部とかちびまる子ちゃんの永沢くんとか、ワキを固める個性的な役に声を当てているイメージの方ですが、ひぐらしはかなり長丁場のストーリーなので、茶風林さんの大石の演技もたっぷり贅沢に聴けて楽しめます。大石刑事の演技によって、茶風林さんが単に個性的な声の声優さんというだけではなく、そうとうに高度な演技力をもつ実力派であることに気付かされました。ちなみに茶風林の芸名の由来はチャップリンからだそうですね。茶、風、林、と、当て字の漢字もいい具合に千利休的な風情があって、当て字の完成度も「エドガー・アラン・ポー/江戸川乱歩」レベルの完璧さを感じます。

昨今なぜか盛り上がっているFF10のワッカの声の中井和哉さんもいい声してますね。中井さんは「サムライチャンプルー」でファンになりました。個人的に理想のカッコイイ声の代表格のような感じです。声優関連では、なぜか可愛い少女声よりも、味のある渋いオヤジ声に惹かれるところがあります。

なんだかさほど詳しいわけでもないのに声優談義に話が逸れそうになってきましたが、つまり声優の方々に関心が芽生えたきっかけが「ひぐらしのなく頃に」だったのでした。大石役の茶風林さんをはじめ、魅音詩音の二役を演じきったゆきのさつきさん、鷹野役の伊藤美紀さんの素晴らしい声の演技にはどぎもを抜かれました。(そういえばゆきのさつきさんはゲーム「街」で、ゲーマー刑事の桂馬のパートナー役、麻生しおりさん役で出演されてるというのを知って、さらに「街」の再プレイが楽しくなりました)

閑話休題、話を戻しまして、先にも触れたひぐらしにハマるきかっけになった外伝作品である漫画版の「宵越し編」ですが、この作品は雛見沢大災害後のその後を描いたミステリーもので、昭和ではなく平成が舞台です。登場人物はいつもの部活メンバーではなく、この作品ではじめて登場する数人のキャラが物語を動かしていきます。唯一登場する部活メンバーは魅音で、大人になった魅音がサブ的な役回りで彼らを手助けしていく感じです。芥川龍之介の「薮の中」をモチーフにした作品というだけあって、不思議な余韻のある作品になっています。


220731_higu.png「僕だけがいない街」とひぐらし

「僕だけがいない街」(三部けい 2012年 KADOKAWA)、こちらはアニメ版のほうを見ました。主人公の藤沼悟の職業は漫画家。漫画では喰えないために宅配ピザ屋でバイトをしている。というのが序盤です。しかし彼にもひとつ凡庸でない特殊能力があり、それは避けるべきアクシデントが起こる直前の世界に何度もタイムスリップしてしまうというもの。自分で「再上映(リバイバル)」と呼んでいるこの能力、戻った時間の世界でアクシデントの原因を取り除くことが可能になるので、一見とても便利で良さげですが、自分の意志とは関係なく発動する能力なので、実際にはたいして便利ではないようです。逆に、リバイバルによってアクシデントを回避することで、かえって自分に別のマイナスな状況を引き起こすことが多く、主人公・悟はあまりこの能力が備わっている事を快く思っていません。

このやっかいな能力によって結果的に母親殺しの冤罪をかけられてしまうハメになるのですが、主人公は自分の潔白の証明のために結局はまたリバイバルの力を借りることになります。無駄のないスリリングな展開で飽きさせず、犯人探しの謎解きのミステリー要素が秀逸で面白かったです。また、友情あり、恋愛あり、そして人生とは何か?という深いテーマまで感じさせる素晴らしい作品でした。傷つくのを恐れて人と深く関わろうとせず、いつも付かず離れずの浅い人間関係だけで生きてきた主人公が、事件をきっかけに人や社会と正面から深くかかわらざるをえなくなり、それによって得難い人生の価値を見いだしていきます。事件が真相に近づくのと歩調を合わせて、主人公自身も人間的に成長していく感じがよかったですね。

この作品は「ひぐらしのなく頃に」のオマージュがいくつも散りばめられており、それを探すのももうひとつの楽しみです。「ひぐらしのなく頃に」でで描かれたいくつかのシーン、クラスメートを家庭内暴力から救うために児童相談所に相談するとか、廃棄されたバスが子供たちの秘密基地的に使われるところなどは、「祟殺し編」や「皆殺し編」を思わせるシチュエーションですね。「僕だけがいない街」は、主人公の名前が悟で、その母親が佐知子ですが、「ひぐらしのなく頃に」の沙都子と悟史を連想させる名前ですね。ヒロインの雛月加代も雛見沢村の「雛」つながりを匂わせます。ループ的な仕掛けもひぐらし感がありますね。全体的に見ればオリジナルの部分がメインで展開していきますし、本筋は謎解きミステリーなので、シナリオの感じはいうほど似てるわけではなく、逆にあえてそういうひぐらしオマージュに気付かせて楽しませるのを意図してるようにもみえます。そもそもひぐらしも「かまいたちの夜」のオマージュ(フリーのカメラマンの美樹本/富竹など)がありますし。

全体の雰囲気は、ひぐらしよりも「テセウスの船」(東元俊哉 2017年 講談社)のような雰囲気ですね。「テセウスの船」も過去を修正することによって運命を変えようとする話で、こちらもとても面白かったですね。

メモ参考サイト


220731_higu.png「ひぐらしのなく頃に」と数字の謎

「ひぐらしのなく頃に」はいろいろと語りたいことが多い作品ですが、ここで焦点を当てて話してみたいのは、この作品におけるアナグラム的な仕掛け、主に「数字」に関する部分です。雛見沢症候群の研究者だった高野一二三(ひふみ)、その研究を引き継ぐことになる鷹野三四(みよ)、三四の本名は田無美代子ですが、尊敬する一二三の研究を継ぐものとして、123の後を続けて34を名乗るという設定や、その研究の末に開発した雛見沢症候群を強制的に発症させる劇薬「H173」もH(雛見沢の頭文字)と173(ひなみ)の組み合わせだったりなど、数字の語呂を意識したネーミングがちらほら現われるのに気づきます。そうした事を考えながらひぐらしを振り返って見ていたら、他にもいくつか気になる数字に関する仕掛けが気になったので、忘備録代わりに記事にしてみました。

まず、鷹野三四と富竹ジロウとの関係ですが、数字にすると34(三四)と26(ジロウ)です。富竹の想い人、鷹野三四(34)は、本名のほうは美代子なので345(みよこ)とすると、つまり富竹の2と6の間にスッポリ収まる数字(23456)になります。高野一二三(123)を次ぐ者としての偽名34と、富竹と相性のよさげな本名の345。三四は悪魔のような存在でしたが、素顔の美代子は夢見がちな無垢な存在でありました。鷹野が34のままだと富竹の26との間に5という隙間ができてしまいますが、美代子(245)ならキッチリ収まるというところが意味深なものを感じます。三四には五(悟)が足りないわけですね。

あとは部活のメインメンバーのひとり沙都子と悟史です。数字にすると沙都子(さとこ、3と5)、悟史(さとし、3と4)です。妹の方が数字が大きいのは、皆殺し編で、「あなたを守ろうとした悟史の強さを知り、それを受け継いで強くなりなさい」という梨花の説得で沙都子は「鉄平が雛見沢に戻ってくると沙都子が壊れる」という頑丈な運命の袋小路≠フひとつを打ち砕くことになります。結果的に沙都子は悟史の精神を受け継ぐ可能性を秘めたキャラなので「+1」なのかな、となんとなく思いました。

沙都子の兄、悟史ですが、フルネームは北条悟史です。悟史(3と4)、足すと7で、北にある7というと、北斗七星が思い浮かびます。古代中国では北斗七星は北極星を守護する星座ですから、影から見守ってる感じの悟史のキャラを象徴しているようにもみえます。悟史がいなければ詩音の活躍は良くも悪くも物語に影響を与えなかったでしょうし、悟史のバットは初回の鬼隠し編から強烈なキーアイテムとして登場します。出番は少ないもの、悟史はけっこう物語をささえる重要キャラですね。

物語の最大のキーパーソンは鷹野三四ですが、この三四(34)という数字はけっこう重要なものであるのか、至る所に見つかりますね。例えば、沙都子と詩音は惨劇に至るほどの最悪のペアだったものが、最後は実の姉妹以上の絆で結びつきます。沙都子と詩音、頭の数字を並べると3(沙)と4(詩)です。主要キャラである園崎姉妹も魅音と詩音で3(魅)と4(詩)です。そして、鷹野とは別の視点でキーパーソンな悟史はそのまんま(悟史=3と4)です。3+4=7ですが、7というと主人公の圭一以上にひぐらしのシンボリックなキャラである竜宮レナ(07)、また作者も竜騎士07氏、そしてサークル名も07th Expansionと、7はひぐらしだけでなく、作者の創作活動全般において重要な数字であり、7を分解した3と4が作中に頻出するのは偶然ではないのでしょう。

作者が意図していたかどうかは別にして、傑作というのは往々にして偶然も味方に付けるパワーがあるものですし、そのような意図しないシンクロまで含めて「作品」であるように思ってます。

数字以外にも園崎の「園」はカコミ部分が身体を覆う皮膚の暗喩でその中に臓器が入っている文字で「崎」は「裂き」で、腹を「裂く」綿流しの儀式を司る家系であることを示しているとか、園崎家の直系の名前には「鬼」の付く字が使われるとか、御三家のひとつ公由家の名字は「鬼」を分解した文字(鬼=ハ+ム+由)であるとか、古手家の「古」という字は「占」という字に羽入(鬼)が交わって角が加わり「古」という字になったとか、パズル的な細かい設定があり、そうした細部へのこだわりも印象深い世界観を構築してますね。先に意味を考えてから名付けたのか、名付けてからその意味に気付いたのか気になりますが、創作って往々にして、作者自身にも見えなかった伏線に後々気付くという現象がよく起きますから、後者の可能性もありそうですね。


220731_higu.png「蛍火の灯る頃に」と「蜜の島」

「ひぐらしのなく頃に」は大ヒットしただけあって、映画、アニメ、漫画などメディアミックス展開して、外伝的な作品や後継的な作品も多数ありますが、後継作品にはグロ表現がさらにキツくなったりしてるらしいというのもあり、シリーズ新作の「業」と「卒」もちょっと気になっていますが、まだ未見です。本編以外で触れたことがあるのは先の「宵越し編」くらいでした。そんな中、先日読んだ漫画「蛍火の灯る頃に」はなかなか面白い作品でした。

漫画「蛍火の灯る頃に」(竜騎士07・作、小池ノクト・画)を読もうと思ったのはひぐらし関連からの興味ではなく、別の小池ノクトさんの作品、「蜜の島」に感銘を受けたことがきかっけです。「蜜の島」がとても面白かったので、小池さんの他の作品への興味から「蛍火の〜」を手に取りました。「蜜の島」は戦後間もない日本を舞台に、隔絶した謎の島で起こる猟奇事件をめぐる伝奇ミステリーです。事件の謎解きや島の真相などを全4巻で無駄なくまとめあげていて、後半は若干急ぎ足のような感はあるものの、全体としてかなり良質な作品に仕上がっています。諸星大二郎の妖怪ハンターやマッドメンが好きな人はハマるのではないでしょうか。

話が逸れましたが、「蛍火の灯る頃に」はそうした経緯で手に取ったわけです。「蛍火の灯る頃に」は、過疎化した村に、祖母の葬式で帰省した主人公とその親族がまきこまれる怪異を描いた物語です。こちらも宵越し編と同じように、時代は平成で、部活メンバーではなく新規のキャラがメインのお話になります。舞台は雛見沢村ではなく平坂村となってます。民族学とか日本神話に興味のある人はこの村の名前でピンとくると思いますが・・・・まぁ、だいたい予想通りです。しかし、そのあたりのネタは早い段階で解明されて、サバイバルのスリルがメインになってきますのでそれ自体はとくに問題はありません。

序盤で描かれる二つの太陽の異変など、思わせぶりなツカミの秀逸なアイデアはさすが竜騎士さんだなぁ、とうならされます。こういう印象的なツカミがあると一気に物語に惹き込まれますね。作り手の視点で考えると、ミステリーものにおいては往々にして序盤は状況説明やキャラ紹介といった地味なシーンが続きがちになるので、そこを退屈させないようにするためのインパクトのあるツカミを最初のほうにもってくるのはかなり重要な要素だと感じました。

キャラも新規ということもあり、途中までひぐらしとの関連はなさそうに思っていると、登場人物たちをサポートする役回りであの鷹野三四さんがいいタイミングで現れます。お子様ランチの国旗がはいった蒐集箱とか、ひぐらしファンをニヤリとさせるシーンがところどころ出てきます。寒村の怪し気な風習や伝説に目が無い鷹野さん、雛見沢村の次に目をつけたのが今回の村だったのでしょう。

一癖も二癖もありそうな親族が田舎に集結する話というと「うみねこのなく頃に」を思い出しますが、ああいった感じの話にはならず、こちらは霧に覆われ異界と化した村で鬼≠ゥら逃げながら食料を確保するサバイバルがテーマになっています。章のつなぎに実用的なサバイバル術を解説するコラムが挿入されていて、そうした雑学もいい感じに物語と相乗効果でサバイバルのリアル感を高めていてよかったです。

孤立した空間で複数の人間が集まる場面では、必ずワガママを言い出す人物が出てきて状況をかき乱したりするのは定番ですね。大変な状況のときにかぎって面倒くさいことを言い出したりするキャラが必ず現れるというアレです。現実では迷惑千万ですが、物語においては話をややこしくさせるキャラがいないと話に起伏ができないのでしかたありません。しかしまぁ、こういう極限状況に自分が置かれたら、冷静を保っていられるのかどうかは、そうなってみないとわからないもので、あながちそういう面倒くさい人間に自分がならないとも限りませんね。そのようなシーンを読んでいると、自分だったら利他的に振る舞えるのか、それとも利己的に振る舞ってしまうのだろうか、とふと考えてしまいます。

この作品の舞台は霧の村ということで、サイレント・ヒルやスティーブン・キングの「ミスト」などを彷彿とさせる雰囲気がありますね。この村の真相を暴き、村から脱出するのが主人公たちの主なミッションで、謎解き的な要素もサスペンスを盛り上げていて面白かったです。こういう都市伝説的なミステリーの独特の異世界感ってドキドキしつつも、この世界とは違う別の世界というのはどこか冒険譚のようなワクワク感もあって興味を惹かれますね。いわくありげな村の謎というと奇しくも「蜜の島」もそういうところがある物語です。後から考えてみると、偶然だと思いますが「蜜の島」(2013年刊)での島の謎と、「蛍火〜」(2016年刊)の平坂村の謎とは日本神話関連の共通したモチーフが見受けられます。「蛍火〜」のほうは絵は小池さんですが原作は竜騎士さんで別ですし、多分たまたまかぶったのでしょう。作品を手に取った順序になんとなく個人的にシンクロニシティを感じました。


posted by 八竹彗月 at 16:17| Comment(0) | ゲーム

2021年08月18日

ゲーム『街 〜運命の交差点〜 』の話

『街』との出会い

最近はゲームをする機会もめっきり少なくなってますが、ゆとりができれば最新の高スペックのゲーム機で緻密なグラフィックの話題作で遊んでみたいですね。今はゲームを自分でプレイする機会は減りましたが、そのかわりゲーム関連でいえば、とりあえずは昔プレイした思い出深いゲームの実況などを見つけては楽しむことが多くなりました。とくに大好きだったバイオ4&5や、クロス探偵物語、サクラ大戦1&2、EVEシリーズ、FF10、ひぐらし&うみねこのなく頃になどは、好きな実況者さんが取り上げてくれたりすると毎日の楽しみが増えてうれしくなります。サウンドノベルの大傑作『街 〜運命の交差点〜 』(チュンソフト)もそうした作品のひとつです。

『街』は実写映像をメインにしたビジュアルで構成されているのもユニークで、ゲームはドット絵かアニメ絵かポリゴン、みたいな先入観が支配していた当時はとくに珍しかった記憶があります。当時の自分も『街』はまったく眼中になく、実写ゲームというだけでハズレの予感しかなく、当たり前のようにスルー対象の作品でした。『街』との出会いは偶然で、仕事帰りに寄った深夜のコンビニでした。弁当と一緒に、何かゲームでも買おうという気分で、アクションやRPGのような集中しないと遊べない作品ではなく、まったり進めれるゲームが何か欲しいな、という気持ちで手に取ったのがサウンドノベルのハシリである『弟切草』(PS版)でした。とはいえ、『弟切草』は私に合わなかったのか、あまりハマれずその夜は序盤まで遊んで中断。しかしそのままでは釈然としないので、『弟切草』に収録されていた『街』の体験版をふとプレイしてみようと何の気無しに思ったのでした。今にして思えばそれがまさに私のゲーム体験における「運命の交差点」だったのかもしれません。

『街』は8人の主人公が渋谷で過ごす五日間を描いた物語ですが、体験版の『街』ではその中の一日分をプレイできます。実写のゲームだしということで期待はせず、体験版だしすぐ終わるだろうと始めてみたのでした。最初に選んだのは「オタク刑事」のシナリオだったと思います。主人公の新人刑事、雨宮桂馬(中の人はあらい正和さん)は、ゲーム好きでパソコンオタクという設定ながら刑事コロンボみたいな感じの味のある刑事っぽい雰囲気のファッションで、その愛嬌のある風貌もあって一目で親しみをもちました。序盤から一気に引き込ませる展開がほんと見事でしたね。渋谷駅前の交差点にあるビルに組み込まれた巨大モニター、オーロラビジョンに、いきなり爆破予告を匂わせる奇妙な暗号文が表示され、それを警邏中に偶然目撃した桂馬はあこがれの先輩女性刑事の栞さんと共に事件の謎に巻き込まれていく、というものです。これは面白くないわけがない!と即座に直感させる序盤のツカミにやられました。

その他の主人公もそれぞれ異なった背景を持ったクセのある面白いキャラとシナリオでしたので、深夜で次の日も仕事だというのに、止め時に迷う程ハマりこんでしまいました。最初は漠然と実写にハズレ臭を感じていたものの、その先入観はプレイしたとたんにほとんど一瞬で消し飛んだのでした。青ムシ役の人や、木嵐さんなど、脇役の名演怪演も素晴らしく、ほれぼれする演技が目白押しの作品でしたね。牛&馬の一人二役を演じきった松田優さんの演技も天才的で、ほとんど静止画でアフレコも無いのに、顔を見ただけで牛か馬かの違いが一発でわかるくらい明確に演じ分けられていて感銘を受けました。牛尾も馬部も、髪型から服装から頬の傷まですべて外見はまったく一緒の設定ですから、想像以上に難易度の高い演技力が求められる役だと思います。松田勝さんが舞台裏を語っておられるサイト(下に貼ってあるリンクを参照)を読むと、想像通り役作りは大変だったみたいで、撮影中はいつも牛と馬のふたりの人格を自分の中に住まわせていなければならないので精神的にしんどかったそうですね。

体験版は一日分とはいえ、想像以上にボリュームがあり、それは嬉しい誤算でした。面白いゲームは、止め時が難しいので体力と気力が続く限りずっと遊び続けてしまうことがありますが、限度を超えて面白いゲームは逆に永遠とこの世界の中で遊んでいたいという気分を誘い、早々にクリアしてしまうことを避けたくなるため、むしろ断腸の思いで一気に進めずにあえて中断して次の日に楽しみを残すような遊び方になりますね。

続きが気になりすぎて、体験版で『街』の一日をクリアするとすぐに『街』の製品版を探して即購入したのを思いだします。クリアしても、しばらくは『街』のあの楽しくて切ない余韻がずっと残っていた気がします。最初とくに好きだったシナリオはオタク刑事と七曜会でしたが、歳をとるにつれてシュレディンガーの手や迷える外人部隊の味わい深い哲学と悲哀の描写になんともいえない魅力を感じるようになってきます。(牛&馬などの他のシナリオもとても面白く好きですが、先に上げたシナリオはどれも独特の『街』ならではの味があり、また時間がたつにつれて初プレイ時と今では印象が変わったシナリオでした)『弟切草』を買わなければ『街』をプレイすることもなかったわけですが、事前に欲しくて手に入れたものよりも、とくに期待せずに衝動買いしたものとか、偶然の予期せぬ出会いをきっかけにハマった作品は、どこか運命の出会いのような気がして特別な愛着がわきますね。

ウィキペディアをみると『街』の8本のシナリオはメインライターの長坂秀佳さんだけでなく、複数のライターさんがかかわっていることがわかります。長坂さんが関わっているのは「オタク刑事」「七曜会」「シュレディンガーの手」「迷える外人部隊」の4つのようで、いわれてみるとたしかにその4つはとくに、独特のケレン味と含蓄のある個性的な哲学で娯楽性を醸し出すノリが特徴的なストーリーで、どこか通底するものを感じますね。

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『街 〜運命の交差点〜 』のファンアート描いてみました。
似てないキャラとか、描き漏らしたキャラもけっこういますが、そこはまぁ賑やかしということで大目に見てください。

「これだ!」の人、木嵐袋郎

『街』はむちゃくちゃなダイエットをテーマにしたものや、モテモテのプレイボーイに降り掛かる自業自得の災難をテーマにしたシナリオなど、楽し気なドタバタコメディものから、シリアスで重いストーリーまでバラエティ豊かです。そして、その8本のシナリオどれもが魅力的で、どれもが捨てがたいお話であるのも、考えてみればスゴイことですね。さらにスゴイのは、それぞれがまったく異なる背景をもった主人公たちの物語が互いにたまにシンクロしたり、ひとりの主人公の行動が別の主人公の展開に影響を与えたり、複数の脇役が異なるシナリオをまたいで活躍したりと、全体がとても複雑で緻密な構成になっているところですね。

シナリオの重さでいえば、『街』の中では比較的大人しいシナリオである「迷える外人部隊」がヘビーな話ですが、「シュレディンガーの手」もそういったシリアスさにホラー色まで加味した最凶の重量感のあるお話で、最初はちょっと苦手な印象がありました。しかし、今振り返ってみてみると、「シュレディンガーの手」の魅力がジワジワと心の中に広がってきます。

ダンカンさん演じるテレビドラマのプロットライター市川文靖を主人公としたシナリオ「シュレディンガーの手」。寝てる間に何者かが書いて用意された俗悪な自分名義のシナリオをテレビ局に売る事で表向き成功している男が主人公の市川です。ストーリーは、眠りから覚めるといつの間にか出来上がっている謎のドラマ脚本は誰が書いたのか?という謎を追っていくことで話は進んでいきます。市川は文芸雑誌で純文学でデビューした作家ですが、文学では食べていけないために生活のためにテレビ向けの脚本を生業とするようになっていきます。なので本来は人の崇高な部分に訴えかけて感動を喚起するような良心的な傑作を生み出したいと思っているので、自分で書いた記憶の無い自分名義の低俗なドラマがヒットしていくことにやりきれない葛藤と嫌悪感をいつも感じています。その対価として高級ホテルの一室に住み込んで金銭的には何不自由のない生活を手に入れてはいますが、心の中は常に煉獄であり、その魂の苦痛を和らげるためにいつも睡眠薬を常飲しています。

このお話では、作中劇であるドラマ「独走最善戦」の担当である「テレビ太陽」のプロデューサー、木嵐袋郎(こがらしふくろう)とのやりとりが実に感動的に描かれており、味わい深く心に響くものがあります。序盤の重く陰鬱なホラー展開をひっくり返すほど中盤からの木嵐とのからみは素晴らしい展開で、この脚本を書いている作家の本音とも思える「魂の叫び」を感じたものでした。もしかしたらキャリアの長い大御所の長坂秀佳さんですし、ただプロ脚本家としてのテクニックだけで書いているという可能性もあるかもしれない、と思いつつも、それはそれですごいことでもあります。ちょっとそこが気になったこともあり、長坂秀佳さんについてざっとウィキペディアを読んでみると、意外なことが判明して感慨深いものを感じざるを得ませんでした。

「シュレディンガーの手」で実に印象深い役であった木嵐袋郎プロデューサーについて。『街』の原案者、長坂秀佳さんのウィキに、「特捜最前線」からの長年親交を続けてきた無二の友人がテレビ朝日のプロデューサー、五十嵐文郎(いがらしふみお)さんであるとの記載があります。あきらかに木嵐のモデルっぽいですよね。案の定「五十嵐文郎」のウィキでは、この『街』での木嵐役は五十嵐さんがモデルであり、市川は長坂さん本人がモデルであるという情報も記載されてました。

とても好きなシーンのひとつに、市川文靖がウケ狙いのヒット作ではなく、芸術性で人を感動させうる良心的なドラマ脚本で勝負したいという熱意を思い切って木嵐に打ち明けるシーンがあります。いつもヘラヘラとゴマをするだけだった木嵐がいつになく真剣にその情熱に応えるという感動的なシーンです。あたかもご本人の実体験とか創作活動に対する作家の本音を代弁させているように思えるシーンです。当時のその印象は当たっていたみたいで、長坂さんの実際のエピソードに、似た経緯がありました。長坂さんは、脚本業を一年間も中断してホテルに缶詰になって小説作品を書き上げた過去があるそうです。初応募した『浅草エノケン一座の嵐』と題したその本は見事に江戸川乱歩賞を受賞し、小説への希望を感じたものの、何人もの批評家の辛辣な意見にとても意気消沈し苦々しい経験をしたとのこと。こうしてみると「シュレディンガーの手」での主人公市川の発するセリフやその想いや感情など、思ったよりも長坂さんの体験がけっこう反映されてたんだなぁ、と感じました。だからこそ、あの市川と木嵐の魂を震わすような情熱的なやりとりの描写ができたのだな、と改めて感慨に耽ります。

TIPSの魅力(市川編より)

『街』にはテキストの要所要所に補足が必要な本文中の用語を解説する「TIPS」というシステムがありますが、これも『街』の大きな魅力のひとつですね。単調な用語解説は少なく、それ自体で楽しいヒネリのある解説文であることがほとんどです。ときには哲学的に人生を語るシリアスなものや、おふざけ的にウソ情報を解説したり、TIPS内だけで語られる本編の裏設定など、TIPSももうひとつの『街』というか、一見ただの用語解説のシステムのように思わせながら、実は本編と同じくらいの重要な要素になっているのが画期的なアイデアだと感服しました。

TIPSは、8人のキャラごとにシナリオに応じたテイストのノリで書かれているのも楽しく、プレイしているうちにTIPSの解説を読むのも楽しみになってきていることに気付きます。心に残るTIPSもたくさんあるのですが、今回は市川編にスポットを当てた記事ですので、市川編「シュレディンガーの手」に出てくるTIPSの中からグッときたものをいくつか以下に引用しました。(グレー文字は私のコメントです)

「愛」
科学的には脳内分泌物が人間に愛≠感じさせる。それはLSD等の薬物が愛他心や多幸心を増加させるのを見ても明らかだ。人は脳からこんなわずかな物質を分泌させるために右往左往する。しかしそれでも愛≠ェなければ人は生きていけない。

(寸評:市川編はこういったどこかニヒリスティックなヒネリのあるシリアスで哲学的な感慨深いTIPSが多いのも魅力ですね。)

「文学新人賞」
大正末期のユートピア作家「多摩川頓歩」を記念して相談社という出版社が作った多摩川頓歩賞のこと。この賞を登竜門として幾多の作家が文学界にデビューした。ちなみに、この「多摩川頓歩」というペンネームは、台湾のユートピア作家、「タムガー・ワトン・ポー」をもじったもの。

(寸評:原作者である長坂秀佳さんがホテルに篭って書き上げた小説が江戸川乱歩賞を受賞した経緯が元ネタになってますね。こういうウソ情報がたまに紛れ込んでいるのも『街』TIPSの醍醐味。いうまでもなく多摩川頓歩とは江戸川乱歩のことで、そのペンネームの由来がエドガー・アラン・ポーであることをパロった一文ですね。)

「膝枕」
子供の頃、あなたも母親にしてもらったことがあるだろう。そして大人になると、母親以外の人にしてもらえるかもしれない。そんな人がいるとしたら、あなたはその人を大切にしなければいけない。
(寸評:なんともロマンチックなTIPSですが、意外と人間の本質を突いているようでもあり、それをポエティックにサラリと表現する見事なセンスを感じますね。市川編は序盤のホラー展開から、中盤の木嵐との青臭くも熱い展開、そして昔の恋人末永とのすれ違う愛情を描く切ない描写など、プレイするたびに豊穣な展開をみせる贅沢なシナリオでもあることに気付かされ、新鮮な発見をさせられますね。このロマンチックなTIPSも、市川編の物語の意外な包容力を感じます。)

「囲繞(いじょう)」
かこい、めぐらすの意味。われわれは常に何かに囲まれている。たとえば空気。たとえば人。たとえば抑圧。たとえば悪意。たとえば恐怖。たとえば憎悪。たとえば死。たとえば殺意。たとえば欲情。たとえば嫉妬。たとえば絶望。たとえば病。たとえば嫌悪。たとえば孤独。たとえば不信。たとえば愛。

(寸評:厭世的な重いリズムを最後の一言で一気に逆転させる名文にシビレました。用語解説の域を超えて含蓄のある散文詩のような味わいの『街』屈指の名TIPSだと思います。自分にとって最も印象深い一番好きなTIPSです。そういえば「ツィゴイネルワイゼン」というサラサーテの名曲がありますね。ヴァイオリンによる長めのクラシカルな曲なので、序盤の悲壮感のあるメロディだけを耳にする機会が多く、一般にもそういうイメージが強い曲だと思います。ある時気になって最後まで通して聴いたのですが、まさにそのときの印象が、このTIPSを読んで感じた印象とちょうどよく似ていたのでふと思い出しました。「ツィゴイネルワイゼン」は曲の大部分を通じて序盤の悲壮感をひきついだ展開なのですが、曲のラスト近くになると突然急にはっちゃけたような軽快で喜びにみちた演奏になるのでびっくりした覚えがあります。クラシックの著名な名曲というイメージが強かっただけに、そのアヴァンギャルドな構成にグッときたものです。それまでの空気をラストで唐突に一変させるノリというのは、なんとなくパンドラの箱に残った「希望」の寓意を思わせるものがあり、どこかスピリチュアルな深みを感じますね。)

──────以上4本のTIPSは『街 〜運命の交差点〜 』(チュンソフト)の市川文靖編「シュレディンガーの手」より引用


上記のTIPSにも出てくる江戸川乱歩賞のパロディで、長坂さんご自身の乱歩受賞という経験が下敷きになっていたみたいですが、そういえばこの「シュレディンガーの手」というシナリオそのものも、乱歩の影がうかがえますね。市川の左手は経済的な成功者にさせてくれた功労者であると同時に、自分でも毛嫌いする内容の自分の作品を書き上げる悪魔のような存在でもあります。自分の意思に反して従わない市川の左手の謎を追っていくのが物語の主軸になっていますが、なんとなく江戸川乱歩の短編『指』を彷彿としますね。念のために気になって乱歩の『指』を読みかえしていて気付きましたが、『シュレディンガーの手』のあの切ない余韻を残すラストのピアニストのような手の動きの描写は、もしかしたら乱歩の『指』のオマージュなのかもしれませんね。

他に、「手」繋がりの作品で思い出すのは、手塚治虫の短編『鉄の旋律』ですね。マフィアによって両腕を奪われた主人公がサイコキネシス(念力)で動く鋼鉄の義手を手に入れ、それを操ることによって復讐を決意する話でした。念力とはいえ自分の意思で動かしているはずの義手でありながら、皮肉にもその義手によって自分の意図しない結末をもたらすところが手塚治虫独特の人間哲学を感じて印象深い作品でした。憎しみの心は最終的には自分をも滅ぼすのだ、という手塚先生からのメッセージのようにも思えて、考えさせられる作品でしたね。『鉄の旋律』の義手も最初は自分の身を助けてくれる味方であったはずのものでしたが、いつしか最大の敵になってくところも、どこか市川文靖の物語と重なって興味深いです。

市川文靖の使っていたMAC

まぁ、そんな思い出深い作品『街』ですが、サターン版が出た1998年から数えて、もう20年ちょっと経ってるんですね。たしかに電話ボックスとか、ISBN回線とか、カセットテープ式の録音機とか今はもうなくなってしまったアイテムも散見されますが、今プレイする場合は逆にそういうところも見所になりそうです。むかしは渋谷は通勤圏だったので、休日は渋谷をうろうろする事が多く、馴染みのある光景が舞台になっているゲームというところもどっぷりハマる要因でした。もう何年も渋谷に足を運んでいませんが、ゲーム内に登場したゲーセンとか飲食店など、今はほとんどなくなっているらしく、ちょっと寂しいものを感じます。

『街』に登場する懐かしいアイテムといえば、そういえば市川が仕事で使っているパソコン「Macintosh SE/30」もそうですね。調べてみると当時の値段は日本円で30〜50万円くらい、CPUは16MHz、メモリは最大128Mb、と心もとないスペックですが、これが当時の先端だったわけで、IT関連の技術の進歩の凄まじさを実感します。CPUのクロック周波数は現在はスマホでも約3GHzくらいありますから、20年で当時のハイエンドなPCより200倍ほど速くなってることになりますね。まさに隔世の感があります。

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市川文靖の愛機「Macintosh SE/30」
(PS版「街 〜運命の交差点〜」チュンソフト 1999年)


メモ参考サイト



市川文靖が原稿を書くのに使用していたマック。液晶でないモニタとか、フロッピーディスクの挿入口とか、見た目もすでにレトロマシンといった感じですが、骨董的な価値もあるようで、ヤフオクなどでもマニアの間で中古市場でジャンクで2〜3万円、動作品は4〜7万円ほどで今でも取り引きされてますね。置き場所に余裕があれば私も往年のマックをいじって漢字Talkの世界に浸ってみたいものです。

冴えない役者の馬部と、とある女性にプロポーズするためにヤクザの道から足を洗った牛尾の二役を演じた俳優松田勝さんによる『街』の裏話。牛&馬を演じるにあたっての役作りの話など、いろいろ興味深いお話をされています。舞台裏の狐島三次(鶴見淳司さん)は松田さんを兄貴分のように慕ってらしたそうで、撮影の合間にもよく演技や映画の話などで盛り上がったとか、貴重なお話が満載で面白かったです。

件の江戸川乱歩の短編の全文が青空文庫に納められてました。推理ものではなく、ホラーチックな短い幻想小説です。「シュレディンガーの手」のラストで市川の右手の指が跳ねるように動き出す切なくも崇高なシーンの余韻に浸っていたときに、ふとこの短編を思い出しました。市川のあの指の動きは、キーボードを叩いて原稿を書く動作なのですが、それはキーを打つというよりも、音楽を紡いでいるかのようなリズミカルな動きで、まさにこの乱歩の「指」をイメージしているようにも思えますね。長坂さんご自身を最も色濃く投影した『街』のキャラが市川ですし、江戸川乱歩賞の受賞経験もあり、乱歩には同じ作家として浅からぬ想いもありそうです。市川編のラスト、やっと悪魔の左手から自由になって、本当に書きたかった良心的な芸術作品を紡ぎ出す魂の喜びを、乱歩の『指』へのオマージュとからめて表現したのではないか、などと愚考しています。
posted by 八竹彗月 at 16:51| Comment(0) | ゲーム

2017年03月04日

トランプゲーム『大富豪』について

専用ゲーム機でFFシリーズなどを遊ぶのも楽しいですが、面白ければ面白いほどゲームは「止め時」が難しく、ほんの時間つぶしのつもりではじめてみたものの、結果的に貴重な睡眠時間を削ってしまった、という経験のある人も多いと思います。そういうこともあって、ここ数年私は、花札やオセロなど、サッとプレイできてサッと止めれる無料オンラインゲームのほうがプレイする機会が多くなりました。昔からあるボードゲームやカードゲームの定番は、勝負がつけばそこで終われて、ロールプレイングやアドベンチャーゲームのようにいったんステージクリアしても「次のステージが気になる!」という後引きがありません。

前置きはそろそろ切り上げて本題に入りますが、そうした定番ゲームの中のひとつ、トランプの『大富豪』をオンラインゲームで遊んでいるときにフト思う事があったので、その勢いで記事を書いてみた次第です。『大富豪』というゲームは、なんとなく欧米とかで昔からあるゲームのように思ってましたが、(類似のゲームは海外にもありますが)一応日本発祥のゲームらしいですね。『ポーカー』とか『ブリッジ』などはいかにも海外のゲームといった名称ですが、『七並べ』も外国から輸入されたゲームのようです。で、『大富豪』は、Wikiの記述では、70年代あたりの学生運動が下火になりかけた頃に広まったゲームであるという、作家の三田誠広(みたまさひろ)氏の説を取り上げていますね。たしかに「富豪」、「平民」、「貧民」などに振り分けられたりとか、マルクスとかの階級闘争っぽい概念が垣間見えるネーミングで、なるほどといった感じがします。

そうして考えてみると、このゲームをスリリングなものにしているユニークなルールのひとつ「革命」など、モロにソレっぽい感じがしてきて、学生運動にかかわった学生から発祥したという説もそれなりに信憑性があるように思えてきます。いうまでもなく、このゲームでは大富豪になった者が勝ちです。学生運動というとプロレタリアート(労働者)の主導する社会を理想とする、みたいなイメージがありますが、そうした中で誕生したワリに、ゲームではみんな素直にあこがれの大富豪≠目指してしまってます。なんとなくイデオロギーを超えた人間の本音が垣間みれて面白いところです。

で、一番言いたいのは実はそのことでもなく、このゲームのルールについてです。日本発祥のトランプゲームの中で『大富豪』はもっとも親しまれているゲームで、そのため全国で様々なローカルルールが存在しているようです。そうした細部は置いておき、根本的なルールは「最初に手持ちのカードを全て使い切った者から勝者が決まっていく」というものです。つまり、この『大富豪』というゲームは、自らの資産(手持ちのカード)を競って減らすゲームであり、先に自ら富をゼロにした者が大富豪≠ニ呼ばれ勝者となります。学生運動時代に生まれたというところから、ここに皮肉めいたものも感じたりもしますが、もうすこし素直に考えてみると、どこか奥深いものを感じます。

老子は、何も持たないことは全てを所有することと同じである、というような思想を説いてましたし、イエス・キリストも「与えよ、さらば与えられん」と、得るためにはまず自らが他者に与えることが必須であるといっています。大雑把にいえば、古来からの多くの聖典では、多くを与えた者が多くを得るという見えない世界の法則に言及しています。仏教でいう無執着という考えもまた、単純に欲しいモノを諦めろ≠ニいう思想ではなく、執着しないほうが執着してるより多くを得るということを暗に示しています。先に自分を空っぽにした者から上がりになる『大富豪』というゲームのルールの中に、なんとなくそうした精神世界でのルールを感じた、ということであります。『大富豪』が人気のトランプゲームになったのも、そうした真理の欠片がルールの中に仕込まれているせいなのだろうか?とフト思った次第です。

メモ参考サイト
無料で遊べる『大富豪』(「ゲームのつぼ」様のサイトより)

まぁ、『ババ抜き』や『七並べ』も競って手持ちのカードを減らすゲームではありますが、その減らしてゼロにした者を『大富豪』と称する部分がスピリチュアルな示唆を感じるところです。そういえば『ひぐらしのなく頃に 解』のラストのクライマックスで、『ババ抜き』に関する台詞がとても印象に残っています。これもまた精神世界の深淵を貫くような暗喩があって感銘をうけました。大長編シナリオの画竜点睛ともいえる台詞でしたね。

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1840年に作られた風変わりなトランプの復刻版です。数札がすべてゲーテの作品に想を得た絵柄にスート(トランプのマーク)を組み入れたものになっているお気に入りのデックです。石版画っぽい妖し気な図案にワクワクしますね。いわゆる一般のカードは絵札(J、Q、K)が凝ったデザインですが、このカードの場合は上位札よりも数札がこのようにとても凝った作りになっていてとても面白いです。このような絵柄の中にスートを組み込むデザインのカードは「トランスフォーメーション(transformation 変容)」と呼ばれ、主に欧州のメーカーによっていろいろバリエーションが作られています。コレクターにとってなかなか魅力的なジャンルのカードです。写真のカードは、「GOETHE(ゲーテ)」というタイトルで、イタリアのLo Scarabeoというメーカーによる復刻版です。現在でもアマゾンや楽天などで入手可能です。

トランプ自体は前々から神秘主義的な背景をもったカードという魅力があり、コレクションもしていて個人的になみなみならぬ存在であるのですが、それに加えて昨今話題の絶えない第45代アメリカ大統領が奇しくもプレイングカードの日本での呼び名と同じトランプさんということで、今回の記事も含め、何か自分の中で今年はトランプ≠ェいろんな意味でキーワードになりそうな気がしています。
posted by 八竹彗月 at 03:36| Comment(0) | ゲーム

2013年11月13日

ゲーム四方山話

目ファイナルファンタジー10 HDリマスター
個人的にFFのナンバリングの中で最も好きなFF10のHD版の発売がいつのまにか決定してました。「HD版など出ない」「HD版の噂はデマ」などとささやかれてきたので正直諦めてましたが、スクエニさん流石です。今年の12/26発売ということなので、もうすぐですね〜 寺院巡りの観光気分にまた浸りたいです。FF10のキャラの中で最も好きなのは隠し召還獣のアニマです。FFらしからぬダークでグロい召還獣ですが、そこがまためちゃくちゃカッコイイです。手足が拘束された異常な風体も素敵ですが、「目」から発する衝撃波のカコン!という金属音にもシビれます。シーモアの専用召還獣だとばかり思ってたので、アニマを手に入れて自分で操作できるのを知ったときはすごく嬉しかった記憶があります。HD版でアニマの勇姿をまた楽しみたいです。ちなみにメインパーティーのキャラの中では哀愁のダンディ中年アーロンが渋くて好きです。公式サイト

目rain
購入を考えてるところで、まだ未プレイです。発売中のPS3専用の作品「rain」。PS3で配信されてたトレーラーを見て「ICO」や「風ノ旅ビト」を思わせる感触に惹かれました。迷子になってしまい、姿を失って透明人間となってしまった主人公が、雨が降る夜の街を冒険して行くというシナリオのようです。この雨の街には、もうひとり姿を失った少女がいて、彼女と共に、謎の真相に向けて冒険がはじまる、ということで、このあたりも「ICO」っぽいノリを感じますね。キャラ人気に頼りがちな昨今のゲーム界において主人公自体が見えないというマイナスとも言える要素を前面に出して挑むクリエイター魂に拍手したいです。見えない主人公をどうやって操るのかというと、この舞台には終始雨が降っているので、雨に打たれているときにはうっすら輪郭が浮かび上がり視認できるようになっているようです。主要なモノなのに姿の見えない状態を描いた作品というと、今年の2月に他界されたゲームクリエイター、故・飯野賢治の作品に「エネミー・ゼロ」という姿が見えない敵と戦うゲームがありましたね。こちらの場合は敵の居場所を「音」で感知するというアイデアでしたが、私には難しくてクリアできずに放置したままです。「rain」公式サイト

目STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)
アニメ化もされたようですが、そちらは未見です。当初XBOXのみの販売で、ものすごい話題になってましたから、早くPS3に移植されないか待ち遠しかった記憶があります。知らないうちにすでに移植されてたようで、忘れかけた頃に急に気になって購入して、一気にプレイしました。序盤は「評判ほどグッとこないな、自分には合わなかったのかな」と思ってましたが、例のまゆりのアクシデントを境に一気に物語が面白くなりますね。そのまま勢いでクリアしました。やたらに漫画的に個性の強い濃いキャラが多く、最初はとまどってしまいますが、貧乏学生が電子レンジや携帯電話などの日常的な機器を使ってタイムマシンを作ってしまうという設定が面白く、また、宇宙物理学や量子論などをうまくアレンジしたトンデモ理論も、けっこうちゃんと練られていてソレッぽい理屈になっており、衒学的なノリが楽しかったです。LHC(大型ハドロン衝突型加速器)を使用してミニブラックホールを造る実験は、実際に科学系のニュースで、5次元世界の提唱で話題になったリサ・ランドールの記事で読んだ事がありましたが、そのような科学好きならニヤリとさせられる要素が多いのも特徴ですね。システム的には、あまり分岐もなく、スムーズにシナリオを進めていけるのでストレス無くプレイできました。トゥルーエンド以外に隠し(?)シナリオもあり、計6本のエンドが用意されていて、それぞれ切り口の異なったタイムトラベルSFのバリエーションを見せてくれて面白いです。序盤のなにげない細かいエピソードは巧妙な伏線になっていて、後半どんどんそれが回収されていきます。10年ほど前にネット上を騒がせた「未来人」、ジョン・タイターが作中にも描かれていますが、このゲームシナリオでの「時間論」の骨子もジョン・タイターの論をアレンジしたものになっていますね。ジョン・タイターの面白い所は、ネット上で一般のネットユーザと受け答えをしていて、それなりにリアリティのある「未来人」を演出していた事です。公式サイト

目Heavenly Sword (ヘブンリーソード)
神々が創りし剣「ヘブンリーソード」を巡り、対立する勢力との攻防を軸に描かれる、ナリコとカイのふたりの女性キャラが主人公のアジアンチックなアクションアドベンチャー。肝心のふたりの主人公が日本人ウケする容姿ではないのと、シナリオのボリューム不足が原因なのか、それほど人気作ではないようで、中古ショップでけっこう安値で手に入りました。発売当初に体験版をプレイしていて、背景グラフィックの美麗さにずっと購入を考えていた作品でした。実際プレイしてみると、やはり東洋的な風景の美しいグラフィックにうっとりします。作品の背景になる「場」の描写って、けっこう重要な要素なんだなぁと改めて思いました。まだ未クリアですが、それほどクリアまでのボリュームはないらしいので適当に進めてみたいと思います。肝心のアクションも、無双っぽい感じの爽快なもので、思ってたより楽しいです。カイのボウガン操作は体験版をプレイしたときから難しいな〜と思ってたんですが、ふとオプション設定でコントローラーの傾き検知機能をオフにしてアナログコントローラーで操作したらスンナリ上手くいきました。公式サイト
posted by 八竹彗月 at 12:37| Comment(0) | ゲーム

2012年12月23日

至福のゲーム

Wiiプレゼントシリーズとは?
Wiiをプレゼントされて喜ぶ世界各国の子供たちを撮影したホームビデオが数年前からYouTubeにアップされ、日本とはケタ違いの子供の歓喜のアクションに注目が集まりました。それらの動画は『Wiiプレゼントシリーズ』と呼ばれているようです。見てて幸せな気持ちになります。

Wii をゲットして歓喜する子供たち 総集編
誰かの言葉に「幸福について考える者は不幸な者たちである」というのがあったと思いますが、まさしく、「幸福」とは何か?という宗教的でもあり哲学的でもある永遠の難問に対する答えは、理屈で考えてもナンセンスで、このような動画の子供たちのように、実にシンプルなものなのだろうな、という実感を感じます。幸福とは考えるものではなく感じるもので、それは日々の生活の中のあらゆる場面で起こりうる奇跡なのだろうなぁ、と思わせてくれます。

こういう動画を見てると、ゲームについていろいろ思い出したり考えたりしてしまいます。そういうわけで、好きなゲームの話をだらだら書こうと思います。ほとんどはゲームファンなら誰でもよくご存知の作品ばかりですが、自分の中でのベストは以下のゲームで、これらは何度もプレイするほどハマったものだけを挙げました。お薦めリストというほど客観的なリストじゃないので、たんなる感想文と思ってください。最近はあまりゲームをやらないので古いものが多いです。ひさびさにプレイしたのは『風ノ旅ビト』で、これは以前レビューしたので詳しくは書きませんが、これも自分の中では稀に見る大傑作のひとつです。宗教的な超越体験をゲームでプレイヤーに体験させてしまうような作品で、ゲームというのはこんなにも可能性が秘められたジャンルなのか!?と驚愕し感動しました。

※以下対応機種の表記は自分のプレイ環境のことで、実際に対応してる機種を全て表記したものではありません。

『どろろ』発売元・セガ (プレイした機種・PS2)発売年・2004年
原作より先にこのゲームをやりました。あまりの面白さにクリア後に手塚治虫の原作を読みました。原作は1967年に開始されましたが少年漫画にしてはとても重い内容だったため当時は受け入れられず不運にも尻切れで連載が終わってしまい事実上の未完の作品となっています。このPS2版のゲームは原作のその後もオリジナルでシナリオが追加されており、「もうひとつの『どろろ』」として素晴らしい作品になっています。ストーリーは若干変更されてる部分がありますが、改悪ではないように感じました。声優の演技も素晴らしく、システムもマップもなかなか面白くできています。個人的に気になるマイナス点はロードの長さくらいです。

『バイオハザード4』カプコン (PS2、PS3、Wii)2005年〜2011年
世界的人気を誇るバイオハザードシリーズの4作目。言わずと知れた傑作。ゲーム史上屈指の名作といえるでしょう。好き過ぎてPS2、PS3、Wiiの3つのハードそれぞれのエディションのバイオ4をやりました。3つともすべて隠し武器ゲット。一本道のマップのくせにかなり戦略性に自由度があり、救済措置も多く素晴らしいシステムで、未だに根強く支持されてる理由も納得の超名作です。ニコ動にアクセスする理由のほとんどはバイオ4関係の実況や攻略関係だった時期がありました。ナイフ縛りをはじめとするバイオ4の縛りプレイ動画はハマりました。マーセは全キャラで未だに6万前後で、たまに10万超える程度の実力です。バイオシリーズはナンバリングタイトルとコードベロニカをプレイしました。6はまだやってません。6より先に、気になっている往年のアウトブレイクをプレイしてみたいです。

『サクラ大戦』セガ (SS[セガサターン]、PS2)1996年
このシリーズは4までやりましたが、好みなのは1と2です。3、4もゲームとしては面白いのですが、舞台が外国になるので、帝都東京を舞台にした大正ロマンとスチームパンクという部分から少し逸れてしまったのが個人的には残念だったところです。シナリオはとくにマニアックな蘊蓄は無く、普通のエンターテインメントになっています。ゲームの流れはアドベンチャーパートと戦闘パートが交互にある感じです。戦闘は正方形の升目にそってキャラの個々の機体を動かして敵とターン制で戦うシミュレーションシステムで、ゆっくり戦略を練りながら遊べるのでけっこう楽しいです。

『ブルーシード 〜奇稲田秘録伝〜』セガ (SS)1995年
原作の漫画はアニメ化もされてるようですが、どちらも未見です。ゲームはカードバトル形式なんですが、花札のような感じで絶妙な偶然性と戦略性があって楽しいシステムです。シナリオが諸星大二郎風味の伝奇ものなのもツボでした。日本各地に出現する「荒神」と呼ばれる太古の鬼神を人知れず討伐していく警察組織「国土管理室」のメンバーを中心に日本神話をモチーフにした伝奇ロマンが展開されていきます。主人公の女の子がバトルシーンでこれでもかとパンチラしたり、日本各地に隠された動物柄の女児パンツを一定枚数集めると裏技が使えるようになるというへんてこなシステムなどもユニークです。ドット絵のマップも楽しく、音楽もいい感じです。

『かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄』チュンソフト (PS2)2002年
シリーズ全てプレイしており当然1も好きですが、シリーズ中では2が最も好みです。1の舞台は雪国のペンションですが、2の舞台は孤島の怪しげな館となっています。2の最大の魅力は本編よりも充実したサブシナリオです。オマケシナリオという次元ではなく本編並みに力がはいった作りのものばかりで、サブシナリオのためだけに用意されたエフェクトやグラフィックも多く、とても贅沢な作りです。とてもハマってしまい金の栞が出るまでやって、2はほぼ味わい尽くしました。2は推理ものが好きな人より、伝奇ホラーが好きな人にお勧めしたいゲームですね。サブシナリオへの分岐は、あいかわらず必然性のない選択肢から入っていくので、私はズルして分岐ポイントはネットでカンニングしました。本編もそれなりに面白いですしサブシナリオはさらに面白かったですね。『陰陽編』『底蟲村編』あたりが好みで、中でも寺山修司の実験映画を思わせる『妄想編』の狂気をはらんだ演出が凄過ぎです。これにはとても感銘を受けました。

『街 〜運命の交差点〜』チュンソフト (PS)1999年
絵でなく写真をメインにしたグラフィックで、当時はそれもかなり目新しい試みだったように思います。思ってたより違和感はなく、実写のグラフィックも意外にハマるんだな〜と感心した覚えがあります。当初の売り上げは大ヒットとまではいかなかったものの、その作品の完成度の高さに根強く支持するファンも多く、2008年には後継的な作品『428 〜封鎖された渋谷で〜』が発売されます。こちらもなかなかの佳作で面白い作品に仕上がっています。
『街』は、渋谷の街を舞台に8人の全く別の主人公による個別のシナリオを平行して進めていくゲームです。それぞれの主人公の行動は、別の主人公の行動になんらかの影響を与え、それがお互いにゲームの進行を邪魔することもあれば、先に進むための必要条件にもなったりします。8人の主人公は、ホラー風、推理風、コメディ風、サスペンス風と、バラエティ豊かなそれぞれ個別のユニークなドラマがあり、どれもが充実して面白いです。中でも好きなシナリオは『オタク刑事走る!』と『七曜会』です。シナリオには、各キャラのシナリオにジャンプするためのキーワードや、TIPSと名付けられた用語解説へのリンクが貼られていますが、そうした用語解説さえもこだわりのある素晴らしい名文が多いです。ユーモラスなものからシリアスなものまで多彩ですが、例えばダンカン演じる『シュレディンガーの手』のTIPSのひとつにシナリオ中の「囲繞(いじょう)」という言葉を解説した以下の文章があります。ドキッとするような箴言ですね。
かこい、めぐらすの意味。われわれは常に何かに囲まれている。たとえば空気。たとえば人。たとえば抑圧。たとえば悪意。たとえば恐怖。たとえば憎悪。たとえば死。たとえば殺意。たとえば欲情。たとえば嫉妬。たとえば絶望。たとえば病。たとえば嫌悪。たとえば孤独。たとえば不信。たとえば愛。

『ファイナルファンタジーX』スクウェア (PS2)2001年
FFシリーズは7、8、9、10、12、13だけプレイしています。その中で最も好きなナンバーが10です。ちなみに次に8が好きです。もともと現実世界との接点の無い舞台である異世界ファンタジーは好みではなく、そうした舞台の多いRPGというジャンルはほとんど未開拓です。ですが10はそうした食わず嫌いのユーザーでさえ惹き込ませる魅力があります。往々にして異世界モノは独自の固有名詞があふれて、ファンタジーに馴染みの無いプレイヤーには世界観に浸りずらいハードルになるんですが、10の主人公は、まさにそうしたRPG慣れしていないプレイヤーの分身です。序盤主人公は「シン」と呼ばれる怪物の圧倒的な力により未知の世界に放り込まれてしまいます。未知の世界「スピラ」で主人公ティーダは、プレイヤーといっしょに「スピラ」がどういうものなのかを体験していくわけです。「スピラ」は、どこか東南アジアを思わせるところがあり、観光気分に浸れて気持ちいいです。音楽もとても素敵な曲ばかりです。主人公はブリッツボールという水球のような異世界の競技のプロ選手で、見栄っ張りで女好きの軽い男です。性格としてはしょっぱなから感情移入しづらいキャラなのですが、彼の軽さは徐々に先入観を持たずに問題と対峙する勇気に変わり、頼もしく成長していき、いつしか主人公を応援している自分に気づきます。バトルがターン制なのも好きな理由のひとつですね。急かされずに進めていけるシステムなので世界観をじっくり楽しませてくれます。

『クロス探偵物語』ワークジャム (PS)1999年
これも傑作ですね。すべてのキャラクターの個性が生き生きと描かれ、推理モノですが謎が解けた後でも何度もプレイしたくなる作品です。グラフィックは玉置一平の劇画調のタッチなのですが、これがまたとてもシックリはまっていて、使い回しできそうな同じアングルの絵でも毎回着てる服が変わったりなどの細かい演出があり、とことん丁寧な作りに感動します。全7話で、すべて面白いのですが、4話がゲーム要素の無いサウンドノベル、6話がダンジョンものというのは、バラエティ感を出すための無理矢理っぽい要素に感じました。でも、このような傑作にそういう不平を言うのはあら探しをしているような申し訳なさすら感じます。何度か続編の噂もありましたが、結局叶いませんでしたね。主人公黒須剣の父親の謎の死の解明というのが伏線にあり、それは続編以降で解明される予定でしたから、ファンとしては残念でなりません。

『EVE burst error』シーズウェア (SS)1997年
『EVE』シリーズの原点バーストエラーは、当初18禁アダルトゲームとして1995年にPC98版で発売されましたが、私のプレイしたのはPS2版のバーストエラープラスとサターン版です。PS2版はディスクの入れ換え作業がいらないので一番プレイしやすいですが、エッチなセリフや描写がとことん削られてやや不自然なところがあり、サターン版のほうがまだオリジナルに近いのかもしれません。この作品の醍醐味はぞくぞくするサスペンス描写で、貧乏探偵の小次郎と、内閣調査質に所属する敏腕エージェントのまりなのふたりのエピソードを交互に進めていくアドベンチャーものです。いたって際立った特徴の無いありふれた小都市の片隅で巨大な陰謀が忍び寄っていくムードが素晴らしい。選択肢の総当たりで進めていく一本道のシナリオなんですが、無駄な選択肢を選ぶ苦痛を感じさせることが無く、むしろ、変な選択肢を選んでナンセンスなキャラの独り言を聴くのが楽しさのひとつだったりします。『EVE』シリーズで菅野氏が手がけたのはバーストエラーのみで、他はそれぞれ別の方が脚本を書いていますが、シリーズそのもののファンでもあるのでほとんどプレイしています。『The Lost One』『ZERO』『TFA』、どれも楽しかったです。2006年の久々の新作『EVE new generation』は衒学サイエンスな蘊蓄がとても面白かったです。まりな編での癒し系キャラ本部長のボイスは名声優野沢那智さんが担当していましたが、先頃お亡くなりになってしまい、今後EVEシリーズではあの声が聞けないのかと思うと喪失感を感じます。

『この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO』エルフ (SS) 1997年
かつて「YU-NOは自分の中で駄作だったが、市場のポジティブな評価を知って自信を取り戻した」という菅野氏の発言があったようですが、個人的には菅野作品中の傑作中の傑作と言っても過言ではないかと思っています。その衒学的でミステリアスなシナリオは絶品でした。斬新なシステムのゲームでしたが、昔のゲームにありがちな不親切さが玉に傷で、シナリオ分岐などを間違えるとかなり面倒臭いことになります。私は、たまたま古本屋でゲットしたPC版の攻略本兼画集を見ながらクリアしました。カンニングしてでもクリアする意味のある素晴らしいシナリオでした。このような大傑作が現行ハードでリメイクされないのは権利関係などいろいろ事情があると思いますが、とてももったいないことだと思います。『EVE burst error』『YU-NO』以外では『デザイア』も好きな菅野作品です。

『ひぐらしのなく頃に・祭』アルケミスト (PS2)2007年
これも超有名な作品ですね。竜騎士07の出世作である同人ゲームのPS2リメイク版です。原作が発表されてから口コミで人気は拡大していき、商業的にもメディアミックス展開され、ついには映画化に至る大ブームとなりますが、その内容の過激さで社会問題のように騒がれたのは記憶に新しいです。この作品は一見推理ものであるかのようなノリがあるのですが、本質は推理ではなく世界観そのものにあります。いくつかのエピソードに別れていますが、この連作のような構成そのものにトリッキーな仕掛けがあるので、実際にシナリオを進めていってそこに気づいた時とても衝撃を受けました。作者による二重三重の仕掛けが張り巡らされていて、とても感動しました。序盤のノリは寂れた寒村で体験する伝奇ミステリーのような様相で、諸星ファンの私のようなプレイヤーには最初から心を鷲掴みされました。私が感じた難点は、主人公グループがたびたび「部活」と呼ばれる遊びを放課後などにするんですが、そこの描写がとても冗長なところですね。他にPS2版では原作の最終章が「祭囃し編」ではなくオリジナルシナリオ「澪尽し編」に入れ替わったのもちょっと残念な部分です。それ以外は大満足な傑作でした。今まで声優を気にしたことがなかったのですが、この作品で声優の見事な演技に感動して関心が高まりました。アニメ版は原作をけっこう端折っていますが、個人的にはそうした冗長さを省いていて見やすくなった美点のほうを評価したいです。

『御神楽少女探偵団』ヒューマン (PS)1998年
これと『続・御神楽少女探偵団』でひと繋がりになっている推理アドベンチャーです。以前江戸川乱歩の記事を書いたときにも取り上げましたが、これも好きな作品なのでリストに残そうと思います。少年探偵団の少女バージョンのような設定で、名探偵御神楽時人(みかぐら ときと)の元に集まった少女探偵たちの推理劇です。内容は昭和初期を舞台に乱歩的な猟奇犯罪を描く本格推理モノの複数のシナリオで構成されています。絵柄は可愛い感じのアニメ絵ですが、なかなか昭和レトロな雰囲気を上手く出しています。

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他にも好きな作品は多いですが、今回はとりあえず思いついた作品順にレビューしました。

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『ルール・オブ・ローズ』のレトロでロリータでシュールな世界は、ゲームというより芸術作品のようです。『ICO』もゲーム史に確実にその名を刻むであろう傑作ですね。
posted by 八竹彗月 at 10:04| Comment(2) | ゲーム