2020年05月29日

『OZ』ジョン・レノンが心酔した伝説のサイケ雑誌

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『OZ vol.3』1967年5月発行 編集者:リチャード・ネヴィル ロンドン OZ Publications Ink Limited
オーストラリアのシドニーで創刊された『OZ』は、やがて英国ロンドンに拠点を移しパワーアップしていき、ジョン・レノンまで巻き込む伝説のアングラフリーペーパーとなっていきます。


ジョブズの名言の元ネタになったヒッピーな雑誌『ホール・アース・カタログ(全地球カタログ)』は、日本でも『宝島』『遊』『ポパイ』などに影響を与えたという情報がwikiにありましたが、『ホール・アース・カタログ』と同時代、1970年前後に発刊されていた雑誌『OZ』も、同じくらい(あるいはそれ以上)に伝説的な雑誌として有名です。危ない内容とサイケなデザインが刺激的な雑誌で、ビートルズのメンバーでもあった稀代のミュージシャン、ジョン・レノンとそのパートナー、オノ・ヨーコも愛読者でした。

『OZ』というと日本では1980年代後半に創刊され今も続いている老舗の同名の女性向けの情報誌を連想しがちですが、ジャンルもテイストもまったく別物で、日本のOZマガジンは、その誌名が伝説のアングラ雑誌と何か関係があるのか無いのか気になる所です。『ホール・アース・カタログ』と同じく『OZ』もまたヒッピー向けの雑誌であり、その過激な内容は当時社会問題となりました。社会に悪影響を与え、またはなはだ猥褻だとして裁判沙汰になったことがあり、廃刊の危機に陥ったことが何度もありました。そのため『OZ』の大ファンだったジョン・レノンは救済募金のために「God Save Oz」という曲まで作っています。そこまで大好きか!!!という感じですが、実際に『OZ』を見ると分かる通り、現代の基準で見ても奇抜で斬新なつくりの雑誌で、ジョンが心酔するのも容易に理解出来ます。「God Save Oz」はジョンのソロアルバム『ウォンサポナタイム(Wonsaponatime)』に収録されています。

メモ参考サイト
John Lennon - God Save Oz(YouTube)

ジョンは後に映画『エル・トポ』を見て監督のアレハンドロ・ホドロフスキーの作品に惚れ込み、同作と『ホーリー・マウンテン』の配給権を買い取るまで入れ込んだというエピソードも有名ですが、振り返ってみればホドロフスキーのテイストと雑誌『OZ』のノリとはどこか通じるところがありますね。シュールで危険で不道徳で先進的な感じや、グロさと美しさの絶妙なバランス感覚とか。こうしたテイストを非常に好んでいたジョンでしたが、自身の作風にはあまりそういうアングラ感はなくピュアな愛や平和などテーマにしていたのが面白いところですね。自分には出来ないジャンルの創造性に対する憧れみたいな、文系人間が理系の人に憧れるような、そんなひとりのミーハーなファンとして『OZ』やホドロフスキーを愛していたのでしょうか。

60〜70年代の洋雑誌はマニア心をくすぐる名雑誌が多いですね。『EROS』『AVANT GARDE』『PLEXUS』などは垂涎ですが、『OZ』はそれらの雑誌よりもアングラ臭があって、古雑誌マニアにしか通じない例えですが、日本の雑誌でいうと『AVANT GARDE』や『PLEXUS』などを『写真時代』『スタジオボイス』『遊』などに例えれば、『OZ』は『黒の手帖』とか『Jam』とか『HEAVEN』みたいな雑誌の匂いに近い感じですね。植草甚一編集の初期の『宝島』も『OZ』っぽさが濃厚にあって、初期『宝島』は『ホール・アース・カタログ』よりむしろ『OZ』に影響を受けてそうなテイストを感じますね。

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雑誌『Avant Garde』ラルフ・ギンズバーグ編集、ハーブ・ルバーリン デザイン
現在の視点で見ると、ふつうに洗練されたお洒落な雑誌、という感じですが、全裸の人文字フォントの写真「BELLES LETTRES」という企画のページが問題となり廃刊になったそうです。この雑誌だけでなく、前身となる『EROS』もわいせつ罪で有罪になったりと、波瀾万丈です。ハーブ・ルバーリンのデザインは、整理された美しさとヒネリのあるアイデアが絶妙で、タブロイド判の『U&lc』という雑誌でも気持ちいいレイアウトデザインで目を楽しませてくれます。時代に翻弄されながらも時代を超えて注目すべき雑誌を生み出したギンズバーグ&ルバーリンの仕事は、グラフィックデザインの雑誌『idea アイデア』の2008年7月号(vol.329)でもけっこうページを割いて作品と解説がありました。


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雑誌『Avant Garde』題字 ハーブ・ルバーリン
かっこいいですね〜 タイトルロゴのフォントはルバーリンによるデザインで、後にアバンギャルドゴシックとして有名になりましたね。一見フーツラに似た書体ですが、斜めのラインの角度が全て一定になっていて、文字の間隔をギチギチに詰めれるのがこのフォントの特徴です。


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フランスのエロティシズムとシュルレアリスムの雑誌『Plexus』。1966〜1970年まで全37冊発刊されました。1969年に発禁処分を受けたという情報も見かけました。現代の目で見るとエロ雑誌というよりは普通にハイセンスなアート系の雑誌だと思うのですが、当時はそのあたりの基準がけっこう厳しかったのでしょうね。

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日本を代表する伝説のアングラ雑誌『Heaven』。佐内順一郎(高杉弾)編集、羽良多平吉デザイン。羽良多さんのデザインは妖しくて神秘的で、それでいてどこか聖なる感じも漂わせていて、テクニックだけでは到達できない深淵なものを感じさせてくれて大好きです。

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初期の『宝島』。1974〜1976年頃。この時代は植草甚一責任編集をうたっていて、フォークやら大麻やらオカルトやらと、当時の先鋭的な若者文化をすくいあげて編集していて面白いです。

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『宝島』1975年12月号 JICC(ジック)出版局発行 より
イラストレーターのクレジットがないので詳細不明ですが、当時の著名なアングラコミック作家、ロバート・クラム(Robert Crumb 1943~)を彷彿とするヒッピーな感じのタッチがヤバげなアシッド感があってドキドキします。


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『Free Press (underground and alternative publications 1965-1975)』表紙 Jean-François Bizot 編 Universe刊 2006年
ヒッピー、サイケ文化真っ最中の1965〜1975年に発刊された欧米のアングラフリーペーパーを縦横無尽に紹介する本。文章ページは巻末のインデックス的なページのみで、ほとんどカラー図版で1ページに1つ大きく当時の雑誌の図版をほぼ原寸で掲載していて迫力がある編集です。日本の図鑑系の編集はなぜか良い紙を使っていながら文章情報主体で図版が小さかったりモノクロ図版主体だったりする感じのものが多い印象がありますが、図鑑系は図版が主体のこんな編集が一番ありがたいですね。


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同上『Free Press (underground and alternative publications 1965-1975)』の『OZ』紹介ページ。アングラ誌とは思えないアーティスティックな凝ったビジュアルに一瞬で惹かれました。表紙を見るだけでもグッとくる感じで、ジョン・レノンを心酔させたのもうなづける個性的かつ時代を反映したセンスに惹かれます。他にも『International Times』『Baeb』『Ink』『Other Scenes』『The Seed』『Fifth Estate』『Avatar』『Actuel』などなど、とくに日本ではあまり目にする機会の無い刺激的なビジュアルのフリーペーパーが多数紹介されていて面白いです。

『OZ』は自分にとっても、たまたま持っていた当時のヒッピー向けミニコミ誌などを集めた洋書『Free Press』などで片鱗を知るくらいで、いつか本物をコレクションしたいとずっと思っていた憧れの雑誌でしたが・・・・なんと!!伝説の雑誌『OZ』がネットで全号無料公開されているという情報が!!

英語版のウィキペディアで『OZ』の情報を調べてたら、最後のほうに「デジタルコレクション」という項目があり、そこには「2014年、ウーロンゴン大学図書館は、リチャード・ネヴィルと共同で、Oz Sydney誌とOz London誌のデジタルコピーの完全なセットをオープンアクセスで提供しました。」という記述がありました。「えっ!?嘘!?」と半信半疑でウーロンゴン大学図書館を検索すると、ありました!『OZ』全号のスキャンデータだけでなく、付録のポスターなど、付属アイテムも収録されていて、至れり尽くせりの豪華版です。

この企画には『OZ』に実際に関わった中心的な編集者であるリチャード・ネヴィル氏が全面協力しているので、そうした細かい所まで提供できているのでしょうね。しかしまぁ、オーストラリアの名門公立大学の図書館で、裁判沙汰にもなったアブナイ雑誌が無料公開されているというのが素晴らしいですね〜 日本の大学ではなかなかできない類いのサービスかもしれません。まぁ、アングラ誌といえどもジョン・レノンに曲を作らせてしまうほどの雑誌でもあるので、そうした歴史的芸術的な価値を鑑みて公開されているのでしょう。著名人を心酔させたアングラ雑誌というと、そういえば戦後のSM雑誌『奇譚クラブ』に連載されていた沼正三の『家畜人ヤプー』に三島由紀夫が惚れ込んで、単行本の出版に自ら奔走したという話を思い出しますね。政治的には右翼的な見方をされる三島が、日本人が徹底して卑下される近未来を描いた怪作『家畜人ヤプー』を絶賛する所が面白いですね。どこかジョン・レノンが『OZ』を評価するのと重なる感じがします。天才はイデオロギーなどの些細な表層では判断せず、作品そのものを見通す目を持っているのでしょうね。

デジタルデータだけでなく、実物も機会があれば手に入れたいものですが、上述したとおりいつもお上から睨まれていた雑誌だったためか現存が僅少のようで、現物の入手は困難らしく、古書相場では一冊数万円くらいの価値で取り引きされているともいわれているようです。念のために世界的なオークションサイト「ebay」で『OZ』の相場を調べてみると、日本円換算で数千円〜数万円の間で出品されてました。そんな雑誌がスキャンデータとはいえ無料で合法的に見れるわけですから良い時代になったものです。

メモ参考サイト
「OZ」(ロンドン版)の全巻のPDF(オーストラリア ウーロンゴン大学図書館)
憧れのサイケな雑誌「OZ」の全容が無料で見れるというのはスゴイ!!!まさに宝の山!
ウーロンゴン大学図書館は、OZの中心的な編集者だったリチャード・ネヴィル氏と共同で2014年からこのサービスを提供しているとのこと。感謝感激であります。研究目的の利用のために公開されていて、商用利用は不可です。権利の範囲については当該ページにてご確認ください。


「OZ」(シドニー版)の全巻のPDF(オーストラリア ウーロンゴン大学図書館)
ロンドン版に引き継がれる前の元祖『OZ』(1963〜1969年 )の全容も無料公開されています。素晴らしすぎる!ロンドン版と比べると地味な見た目ですが、伝説の雑誌の全容という意味では見過ごせない魅力があります。

Oz(雑誌)(ウィキペディア英語版)

【康芳夫】三島由紀夫が発掘した「20世紀最大の奇書」の数奇な運命(「MAG2 NEWS」様より)


『OZ』は最初はオーストラリアのシドニーで、1963年のエイプリルフールに悪ノリして発行されたものが最初でした。痛烈な社会風刺や政治家や公務員など公的な人物への風刺など政治的に過激な内容だったみたいで、シドニー版も早くも第三号で裁判で有罪に。その後雑誌の中心人物だったリチャード・ネヴィルらが1966年2月にロンドンに渡ったことにより、1967年初頭から『OZ』は英国ロンドンで発行されることになります。モノクロ主体だったシドニー版からうってかわり、ロンドン版は地下出版物でありながらイメージ豊かなイラストやサイケデリックなカラーの印刷が話題を呼び英国でも瞬く間に広く認知されることになります。しかしあいかわらず過激な内容のために何度も強制捜査が入りついにロンドン版も猥褻物と見なされてまたもや裁判に。この裁判によって廃刊の危機に陥ったことで、先に触れたジョン・レノンとオノ・ヨーコが動いて曲を発表し、大きな注目を浴びることになるわけです。

こういった、お上に楯突いてでも自分を通す反骨の出版人というと、宮武外骨もそんなイメージの人ですね。『滑稽新聞』『スコブル』『ハート』など数々の珍奇な出版物で知られる明治期の異色の出版人、宮武外骨(1967-1955)も、政治やマスコミなど巨大権力の腐敗を容赦なくパロディにして批判し、何度も投獄されています。戦後もGHQに目をつけられ検閲や発行停止処分をたびたび受けていたそうで、とにかく権力から常に睨まれている反骨の人というイメージですが、実際に外骨のつくった『滑稽新聞』などを見てると、ユーモア精神に満ちあふれていて、明治時代の『ビックリハウス』みたいなノリで面白く、常にお上と戦っている豪快でデンジャラスなイメージはあまり感じません。まぁ、そこまでの覚悟で作っているから時代を超えた面白さがにじみ出てくるという側面もあるのかもしれませんね。外骨という名前も、自身の創作物にピッタリ合ったインパクトのある、一度聞いたら忘れがたい名前ですが、これがペンネームではなく本名というのもかっこいいですね。役所などで自分の名前を署名するたび「本名でお願いします」と言われて辟易した外骨は「是本名也(これ本名なり)」と彫った印鑑を作ったそうで、そのようなどこまで本気でどこまでが冗談なのか判然としない生き方が外骨という人の魅力ですね。

メモ参考サイト
新聞歴史事始 PDF(「青森県立図書館」様より)
世間が外骨を本名だと信じてくれないので作った「是本名也(これ本名なり)」の印鑑が見れます。米津玄師さん、最初は絶対芸名だと思ってたら実は本名だったり、世の中にはペンネームにしか見えない本名の人というのは意外といる気がしますが、こんな印鑑を作ってしまうのは外骨さんくらいでしょうね。

反骨というと反射的にかっこいいイメージがあったりしますが、ものの善悪というのはけっこう微妙で、時代とかイデオロギーとか社会の漠然とした空気に左右されるものでもあります。ネヴィルや外骨の主張に客観的な正しさや正義があったのかどうかは当時の状況をよく鑑みて判断しないと解らない部分もあります。まぁ、しかし、そうした思想的な部分よりも、私的にはビジュアル表現や編集技法などの表現者としてのクリエイティビティのほうに興味がありますし、そっちの側面で彼らに興味があります。

思想的なものは難しい、というか、客観的な正解のない場合が多いので、面白い表現というのは、しばしば世間の良識を超えたものである場合も多く、そうした表現が誰かを傷つけてしまうこともよくあります。誰もが納得するような表現は存在せず、かといってあまりに神経質になると何も表現できなくなってしまいます。かように表現の問題というのは正解を求めようとするととたんに八方ふさがりになって迷宮に迷いこんでしまう難しい問題でもあります。だからこそ、あんまり真剣に考えずにノリでやってしまって、後は成り行きにまかすのが、一見いい加減にみえるものの、とりあえずの最善であるようにも思えます。

なんというか、社会の問題の多くはバランスの問題で、重要な問題ほどどちらが正しいかというのは容易に判断できる簡単なものは無く、そもそも世界というのはそういうふうに出来ていて、単純な正解がでないようになっているのでしょう。神の目線では、人間たちが協力してより良い考えを四苦八苦して出させる過程が重要で、具体的にどういう答えを出すかはあまり重要ではないのでしょうね。

ネヴィルも外骨も、思想的な視点で解釈すると、言いたいことを世間やお上に抑えつけられながらも戦い続けて来た苦悩と反骨の人という印象で捉えがちですが、編集者、表現者としての視点で見ると、穏便な日常を犠牲にし、権力に楯突いてでもどうしても表現したいものがある、というのはよく考えてみるとある意味とても幸福なことでもあるようにも思います。人生をかけてでも訴えたいものがある表現者というのはそう多くはないですし、そういうものがあるというのは、彼らにとって編集というのは、ただ生活のための仕事としてではなく、どこか天から授かった使命というか宿命というか、そんな部類のものであったのでしょうね。そう考えると、彼らの戦いも、苦労を相殺するくらいの創造する快楽があったから続けてこれたのでしょうね。
posted by 八竹彗月 at 13:31| Comment(0) | 芸術

2016年11月05日

書道

晴れ「ばらかもん」

ふとしたきっかけで最近アニメをよく見てます。「僕だけがいない街」、「モンスター」などのサスペンスな感じや、「さよなら絶望先生」、「化物語」のようなアートな感じの作品など、いろいろと刺激になりました。そんな中で、シナリオ的にとくに大事件が起こるわけでもない、のんびりした感じの癒し系の作品も、心が洗われるような感じで、けっこう良いものですね。「ふらいんぐうぃっち」「ぎんぎつね」など、そうしたヒーリングな気分に浸れる良作ですが、中でもとくに惹かれたのは、書道をモチーフにした「ばらかもん」という作品でした。

主人公にして書道家の半田清舟(はんだせいしゅう)は、自分の作品に目の前でケチをつけてきた書道業界のお偉いさんを衝動的に殴り倒してしまい、頭を冷やして反省させるために書道家の父親のすすめで長崎県五島列島に送り込まれる、というのが物語の出だしです。ストーリーは主にこののんびりした漁村での村人とのふれあいをメインにして進んでいきます。心優しい邪心のない人々とのふれあい、というのは、それだけでユートピアの必須条件なのだなぁ、としみじみ感じるのと同時に、そうした人間ドラマの中で書道とは何ぞや?という部分がさりげなく描かれていて、けっこう勉強にもなります。この作品の最大の魅力は、島に着いた主人公半田に懐いてどこでも付いてくるようになる無邪気な少女なる≠フキャラ力によるところが大きいですが、今回はこの「ばらかもん」をきっかけに、書道がマイブームになりつつある近況を中心にあれこれ語ります。

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禅師としてだけでなく書家としても高名な良寛(1758~1831年)の書。まったく読めませんが、とてつもなく美しい字であることだけはビンビン伝わってくるのが不思議です。草書に興味があるので追々勉強していきたいです。




晴れ書道という芸術について

先日ぶらりと出かけた古本市で、中古の書道具を並べてるブースがあり、いつもは素通りするところですが、書道に興味がわいている最中だったので、たくさんの筆や硯などを手に取っていろいろ鑑賞してしまいました。興味が無いときに見るとただの「習字の道具」でしかないのですが、興味を持って見ると、コレクター心をくすぐる風流なデザインのたくさんの書道具に惚れ惚れしてきます。そういえば、書道のための筆というのは一度も買ったことがないなぁ、ということに思い当たり、いい機会なので直感的にピピッときた手頃な値段の筆を衝動買いしてみました。これはおそらくばらかもん効果≠ナす。あの作品を見てると、自分でも書道への衝動≠感じて、何か筆で字を書きたい衝動にかられます。

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上の竹の柄の筆、見た目の風流な感じにやられました。墨を含んだ状態でしたがちゃんとほぐせました。下の筆は未使用のものです。なかなか貫禄のあるフォルムだと思います。筆に使われる毛も馬、狸、豚、イタチなど、様々あるのは知ってましたが、柄の材質も様々で、想像してたよりもいろんな形の筆があって目移りしてしまいました。

せっかくの筆も書かなければただの飾り物になってしまうので、熱の冷めないうちに書道してみました。遊び半分で書いたので、たいしたものではないですが、書きたいように書くというのは、けっこう楽しいです。他の筆記具と違い、筆は力の入れ加減次第で線の太さがとんでもなく自由にコントロールできるため、ハマるとものすごく気持ちいいです。余裕ができたら風情のある彫り物のある硯とか、味のある焼物の水差しなどを手に入れて、書道家気分に浸ってみたいですね〜

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自分でもよく理解していないあこがれの草書に挑戦してみましたが、やはりいきなり上手くは書けないですね。

以前は書道というと、学校の習字の時間を思い出して、上手に字を書く事、くらいの漠然としたイメージしかなく、あまり芸術としての観点でみることはなかったのですが、ここ数年、「草書体」のかっこよさに惹かれていて、よく書道関連の古書を集めたりしていて、「書もまたそれ自体芸術なのかもしれない」という漠然とした思いが培われていきましたが、そうした矢先に見たアニメだったこともあり、「ばらかもん」はけっこう惹き込まれて見てしまいました。

思えば、美輪さんの書いた達筆な文字に感動したのが書道(主に草書への興味)に惹かれるきっかっけで、書いてある文字が読めないのに、それが美しい字であることだけがビンビン伝わってくる不思議さを感じたものでした。「美輪明宏 文字」で画像検索すると美輪さんの超絶上手い手書き文字の画像が出てきます。美輪さんの時代はどうだったのか分かりませんが、明治くらいの尋常小学校では楷書ではなく、いきなり行書(楷書と草書の中間くらいの崩し字)で文字を教えていたらしいですね。美輪さんのような習字のお手本のような奇麗な字も憧れますが、そうした上手さだけが「書の美」ではなく、「ばらかもん」を見てて思ったように、究極には、「自分の字を愛して、自信をもって書いた字」、誰にも真似できない味わいのある字、というのも、また「美しい字」といえるのだと思いました。

そういえば、昔なにかのトークで黒柳徹子さんが寺山修司の字を「字がお上手ですよね」と言っていたのを見た時、「え!?」と思ったことがあります。寺山修司は「徹子の部屋」に登場したこともあり、その時のビデオだったのかもしれませんし、寺山と親交のあった女優高橋ひとみとのトークで出た言葉だったのか忘れましたが、「字が上手い」=「奇麗な字」という先入観があった頃なので、なんで徹子さんは、寺山のあの子供が書いたような字を上手いと言ったのだろう?と不思議に思ったものです。その時のひっかかりが、書の上手さとは「奇麗に整っていること」だけでは量れない世界であることをおぼろげに感じた最初だったように思い出します。たしかに、今あらためて寺山修司の字を見ると、寺山だけにしか書けない寺山的に完璧なバランスで書かれた奥深い味わいを感じます。筆跡に思想が宿っているような、妙な魔力を感じる字ですね。この寺山の字の魅力を当時から当然のように理解していた徹子さんも、なかなかの強者です。

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寺山修司の色紙。残念ながら直筆ではなくレプリカです。寺山修司の展示会イベントで手に入れたものだったような気がします。「百年たったらその意味わかる」と、意味深な言葉が書かれていますが、これは寺山が晩年に監督した最後の映画「さらば箱船」のクライマックスで狂女が絶叫する台詞です。映画は、南米文学の金字塔、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を原作に、寺山流に大胆にアレンジした作品ですが、原作者からの了解が得られず映画に『百年の孤独』のタイトルが付けれなかったとのこと。さぞや寺山は悔しかったろうな、と想像します。おそらく寺山は、マルケスの作品の内容もさることながら、詩人の感性で「百年の孤独」というタイトルの壮大でシュールなイマージュ、とくに「百年」という単語にビビビッときたように想像してます。おそらく「百年の孤独」というタイトルがついた作品を撮りたいがために手がけた映画だったのではないか、などと個人的には邪推しています。

「ばらかもん」では、序盤で主人公はお偉いさんに「まだ若いのに型にはまった字を書くね。手本のような字というべきか、賞のために書いた字というべきか・・・君は平凡という壁を乗り越えようとしたか?」と強烈な批判を受けます。続いて「実につまらん字だ」との一言がトリガーとなって半田はお偉いさんを殴ってしまいます。最後の一言は批評ではなく中傷ですから、どのような権威をもってしても言ってはいけない言葉には違いありませんが、それに対して暴力という手段で返答してしまった半田もまたやってはいけない手段≠使ってしまった、という感じですね。

しかしまぁ、「君は平凡という壁を乗り越えようとしたか?」という質問は、心にズシンと響きますね。芸術はすべからく、様式や伝統と、まったき自由な表現とのせめぎ合いで、前衛表現は、様式あってこその前衛であり、前に立つモノが存在しない前衛などありえません。マルセル・デュシャンもトリスタン・ツァラも先立つ伝統があってはじめて壊す≠ニいう表現が可能だったのであります。自由とは、不自由さを知っている者にしか到達し得ないのですから、そういう意味では前衛芸術にとっても伝統というのは大切な存在であります。芸術にとって、伝統と前衛は、水と油の関係ではなく、コインの裏表のような関係なのかもしれません。館長の言葉に戻ると、平凡が悪いということではなく、平凡に違和感を感じながら、そこから飛び出そうとせず保身にまわることがいけないのでしょうね。別の角度からみれば、古典をふまえた伝統的な手法をマスターしていた半田だからこそ、自分自身その伝統に囚われていることに気づき、「平凡という壁を乗り越えよう」としていながら、ずるずると先延ばしにしている自分に腹が立っていたのかもしれませんね。

「ばらかもん」で描かれる主人公の半田が辿る書の旅は、見た目に整った奇麗な保守的な書道から、想いそのものが字となって現われてくるような激しい前衛書への開花という感じです。書道ってこんなに自由でいいんだ!というメッセージがひしひし伝わってきて、書道への興味がふくらみました。




晴れ前衛書道家・上田桑鳩

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私の芸術指針は人間と自然の融合にある。例えば美しい石を削ってそこにすばらしい美しさが出現してもそれはあくまで人為として残る。だから私は石でも名山名花にそっくりだというだけでは満足しない。ありのままの美しさをもとめる。ただ買って眺めるだけでは単なる趣味になってしまう。自分でさがし、持ち上げ、みがくところに美の追求がある。草原に自分の作品をほうっておいてもその自然と融合するもの、そんなものがしたいのだ。
─────上田桑鳩

雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社


この記事を書くきっかけになったのは、ちょうど昨日古本屋で手に入れた雑誌です。手に取ったその雑誌は、昭和38年に発行されたグラフ誌「国際写真情報」というもので、とある愛石家の書道家を紹介している写真が石好きの私の心をグッと掴んでしまいました。家に戻って記事を読んでみると、石だけでなく、書道家としても面白い人なので興味がわいて調べてみると、書道界の大御所のようで、いろいろ面白い逸話のあるユニークな人物でした。書道家の名前は、上田桑鳩(うえだそうきゅう)(1899〜1968年)という人で、前衛書道の第一人者です。身近な所では、今でも本屋の店頭で見ることができる「日本経済新聞」の題字を書いた書道家でもあります。記事を読んでいると、芸術家としての哲学がしっかりした方であるのが伝わってきます。とても含蓄のある事を言っておられるので、桑鳩の言葉のほうも抜粋してご紹介して行きます。



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今日に生きていることの中には、地理的には日本に、時間的には今日ただ今、生きていることを考えねばならない。明日は今日と違い自分自身の内容も変わり、従って変わった内容の作品ができる。自分にも他人にも一切マネをしない、ただ一人の人間の関連であるが、常に変わってくる。これが真理ではないか。この真理を追究するのが私の在り方だ。これを世間では一概に前衛と言っているが、真理主義と言って欲しい。
─────上田桑鳩

雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社 p34



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ややもすると前衛芸術家と自称する人は古典を無視しがちだが、これは間違っている。伝統の中にあって伝統を無視するのは馬鹿げている。親の遺産を既製だからといって川に捨てるようなものだ。ただこれら古典などの伝統の精神を単なる形式でなく内容的に現代の地点から把握せねばならない。そして力と鍛錬によって古典を生かし、そこに人間の生命力を吹きこまねばウソだ。思いつきだけでは、長い時代にたえて生き続けることはできない。それは流行歌と同じである。われわれは社会に生きているのだ。今日の社会には今日の社会の欲求がある。読めなければならない条件の場合は読める字を書かなければならない。主義にたおれてはいけない。人間は社会に奉仕する義務がある。だから私には具象、半具象、抽象のすべてがある。
─────上田桑鳩

雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社 p38



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人間と自然が一体になる。これが芸術の真髄ではないか。人間はどうしても外側のものにわざわいされがちだ。自然には作意がない。だから私は自然物をあこがれる。それで石を愛する。
─────上田桑鳩

雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社 p40


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雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社 p36-37
桑鳩の作品を紹介するページ。抽象画を思わせる絵画的な書ですね。文字というものに深く入り込み、文字そのものが直接作家に語りかけている声を代弁しているような、文字と書家がアドリブでセッションしているような、そうした音≠感じる書ですね。


上田桑鳩にまつわるエピソードで最も有名なのが1951年に日展に出品された『愛』という作品に関連するものです。当時から前衛書は存在していて、新しい潮流として書道界もブームだったそうなのですが、権威ある日展の書部門という保守的な世界で、どう評価してよいのかそうとう混乱があったようです。そもそも『愛』といいながら、書かれているのは「品」にしか見えません。桑鳩は、孫がハイハイする様子を見てインスピレーションを得て制作した、とのことですが、さすが前衛書の大家、フリーダムですね〜 感服します。日展側はこれを馬鹿にしていると受けとって激怒しますが、当時すでに評価の高い気鋭の書家であったため、単純に無視もできず、双方にらみ合いの対立となり、最終的には桑鳩は日展を去ることになりました。

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上田桑鳩『愛』 1951年

調べて行くと、「ばらかもん」の書道監修をしていた原雲涯さんも、上田桑鳩の結成した奎星会(けいせいかい)の主催する書道展で何度も受賞歴があり、同会の会員でもあるようで、ひとかたならぬ関係のある書道家のようです。────ということで、今回もなかなか面白いシンクロニシティでした。




晴れ明治時代の草書の教本「草書淵海」

よく古書市で昔の書道の教本を資料がてら集めてたのですが、雰囲気のある筆も手に入れたことなので、見て楽しむだけでなく、実際に教科書として使っていきたいです。そうした草書の教本のコレクションの中から、最近手に入れた明治時代の和本をご紹介します。

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太田聿郎:編「草書淵海」明治13年(1880年)
明治時代に発行された文字の崩し方の教本。同じ字でも書家によって崩し方が異なるのが草書の難しさでもあり面白さでもあります。この本では、同じ字を著名な書家の複数の崩し方で並べた辞典のような体裁です。

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「神」の崩し字。神々しいですね〜 旁の「申」の中棒の伸ばし方でセンスが出そうですね。文鎮替わりにページを押さえているコインも明治時代のもので、一円銀貨、通称円銀≠ナす。

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面白い形してます。道教のお札のような呪術的なフォルムが魅力的です。

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いわば書道のお手本を編集した教科書みたいな本なのですが、書それ自体が美を指向している芸術であるために、こうして文字を並べただけの見開きもアート作品のような面白みを感じますね。

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流れるようなリズム感がたまりませんね。
posted by 八竹彗月 at 01:44| Comment(0) | 芸術

2015年12月25日

機械の美学・1 「バレエ・メカニック」

機械の造形的な美は、時として彫刻などの芸術作品を上回る美しさを感じることがあります。機械の造形美は、ただの芸術的感性によるものではなく、実用を追求した果てに結果として生じるメカニカルな美であります。自動車やミシンなど、最初から美しく見栄えを繕う必然性のある機械ばかりでなく、一般の人目につくことのない工作機械や実験器具なども、あらためて見ると、なんてカッコイイのだろう、と思う事がしばしばです。そういうわけで、今回は機械のメカニカルな美をテーマにいろいろ書いてみようと思います。

「機械」というと、現代では高度に複雑化してますし、コンピュータ制御されたヒューマノイドなど見ると、どことなく「人間まで後一歩」と思ってしまうほどの「人間らしさ」を感じますが、むしろ、そうした現代のハイテクノロジーの機械よりも、昔の歯車主体のアナログなマシーンにレトロな異世界感を感じて惹かれます。昔の機械に対するイメージというと、歯車の組み合わせによる単純な動きのイメージから、システムに取り込まれて人間性を失っていく社会を風刺するためのアナロジカルな負のイメージとしてしばしば引用されてきたと思います。

映画でもフリッツ・ラングの「メトロポリス」やチャーリー・チャップリンの「モダン・タイムス」などで、機械はどこか「非人間性」の象徴のような扱いです。機械はそもそも自然に湧いて出たものではなく、人間が作ったものですし、人間の生活を豊かにしてくれる助っ人であるのが本来の姿です。しかし、社会が近代化していくほどに権力者が機械によって庶民を支配するというコミュニズム的発想がどうしてもついてまわることになり、そうした社会不安が、自らを束縛する権力への比喩として機械を敵とみなす雰囲気を形成していったのではないかと感じます。

そうしたネガティブなイメージを背負っているからか、機械というものには、どこか物悲しいムードすら感じる事がありますが、逆にそこがまた愛らしいというか、いたいけなものを感じるのであります。機械にもし心があるとすれば、それはその機械の作り手である作者の設計思想を引き継いだものになるでしょう。最近なんとなく思うのは、機械は「役に立ちたい」という心を持っており、ちゃんと正しく使ってあげることで喜ぶような存在なのではないか、ということです。

なんだか案の定とりとめがなくなってきましたが、そんな感じで、機械の美や面白さを感じるアートや写真などをご紹介していこうと思います。

雷バレエ・メカニック

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TVFernand Leger - Ballet mecanique (1924)
「バレエ・メカニック」は、フェルナン・レジェ制作、マン・レイ撮影、ジョージ・アンタイル音楽、という豪華なコラボレーションで作られた実験映画。ダリ&ブニュエルの『アンダルシアの犬』を彷彿とするシュールな映像ですが、こちらのほうが4年ほど先に作られているので、影響をうけているとしたら『アンダルシアの犬』のほうでしょうね。前衛環境ビデオのような感じで、物語によって映像が繋がっているのではなく、タイトル通り「機械の舞」をテーマにイメージの連想ゲームのようにリズミカルに連なる映像がユニークです。

正直にいえば、当時のアヴァンギャルド映画としてみても、「アンダルシアの犬」や「詩人の血」など優れた実験作品は他にありますし、それほど目を見張るものがあるわけではないのですが、それでも歴史に埋もれることなく現代でもたびたび取沙汰されるのは、やはりフェルナン・レジェ、マン・レイといった高名な芸術家がかかわっているということによるのもあるでしょう。そして、なんにしてもこの「バレエ・メカニック」という思わせぶりなタイトルの魅惑的な引力によるところも要因として大きいのではないでしょうか。内容は「アンダルシアの犬」のほうが(個人的な見解ですが)圧倒的に上ですが、タイトルのポエティックなインパクトは逆に「バレエ・メカニック」が格段に上ですね。会話や文章などに引用したくなるカッコよさがある、といいましょうか。坂本龍一も同名の作品を作曲していますが、フェルナン・レジェの元ネタの映像やジョージ・アンタイルの楽曲とはあまり関係なさそうな雰囲気の曲です。おそらく映像作品としての「バレエ・メカニック」に対する思い入れというよりは、ただこのタイトルをつけたかったという理由が大きいように感じます。これもまさに、「バレエ・メカニック」というタイトルの魔力の為せる技なのではないでしょうか。

坂本龍一のオマージュ的な作品もいいですが、やはりオリジナルの楽曲こそ「バレエ・メカニック」という響きと共鳴していて好みです。「音楽の不良少年」と称されたジョージ・アンタイルのこの音楽のモダンなカッコよさもまた、「バレエ・メカニック」を見過ごせない作品にしている要因のひとつだと感じます。約90年前の音楽ですが、「かつての前衛」という古びた印象を感じさせず、むしろスティーブ・ライヒなどの現代音楽を思わせる新鮮なインパクトを感じます。サイレンや飛行機のエンジンなども楽器として使われ、パンクな、というより、この時代的にいうとダダ的なチャレンジ精神に満ち満ちた傑作です。実験映画というと取っ付きにくい面がありますが、ある意味、ジョージ・アンタイルの音楽のプロモーションビデオという感じで鑑賞すると気楽に楽しめますね。

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るんるんジョージ・アンタイル作曲「バレエ・メカニック」の演奏
検索するとロシアやドイツの楽団による名演奏もヒットしますが、個人的にイトゥス・アンサンブルによる見た目にもユニークな2012年の演奏風景をチョイスします。巨大なプロペラがシュールです。これがただの飾りではなく楽器として使われるというのが凄いですね。1970年代以降の現代音楽ではこのような試みは珍しくないのですが、さらに遡ること1920年代、90年前にもこのような刺激的な音楽が存在していることが驚きです。考えてみれば、この時代はダダイズムやシュルレアリスムといった芸術表現全般に影響を与えることになる前衛表現が席巻していた頃ですから、そうした意味では音楽の分野でもこうした表現があってもおかしくはないともいえます。しかし、ただ奇をてらった前衛音楽というだけでなく、意外にしっかり「音楽」としての醍醐味があって、独特のグルーヴ感のある面白い曲になっているところが時代を超えて聞き継がれている所以だろうと感じます。

雷フェルナンド・ヴィセンテの機械人間

近頃ちらほらネットで目にするシュールなサイボーグの作品が気になって調べてみると、フェルナンド・ヴィンセンテ(Fernando Vicente)というスペインのアーティストによるものでした。自動車の部品を説明した古いポスターに人体を上手い事ペインティングしているようです。SFというより、もっと別の奇妙なニュアンスを感じますね。メカニックにレトロ感のあるところがツボです。強い異世界感覚を覚える不思議な作品ですね。
フェルナンド・ヴィンセンテの作品

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解剖学的な機械人間を描く「アナトミアス(Anatomias)」シリーズより


雷アンソニー・ハウの風力芸術

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TVアンソニー・ハウの「風力彫刻」

アメリカ、ユタ州出身のアーティスト、アンソニー・ハウによるユニークな「風力彫刻」シリーズをセレクトした動画のようです。風を受けて奇妙な動きをするメタリックな造形の驚異! 異次元の機械のようなシュールなフォルムと不思議な動きがたまりません。素晴らしいセンスとアイデアです。一度生で見てみたいものです。

雷太田螢一の「働く僕ら」

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鬼才太田螢一によるレトロ・メカニックをテーマにしたユニークな絵本「働く僕ら」(リブロポート 1991年)。文章も日本語と共にドイツ語も併記されていてムードがあります。機械とドイツというと、テクノの先駆け、クラフトワークが思い浮かびますね。ドイツといっても、この絵本の場合、旧東ドイツのイメージでしょうか。1920年代の華々しさと重い空気感が同居した不思議な時代を背景にした感じで、独特のインダストリアルなユートピア感が表現されていて面白いです。

太田螢一というと、戸川純、上野耕路とのユニット「ゲルニカ」のメンバーとしても知られますが、個性の塊のようなイメージと画風、まさに異界の絵師ともいうべきアーティストで、今年はデビュー35周年になるそうです。本家HPでは、画業35周年を記念した企画ページを用意されていて、過去の傑作をたくさん拝見できます。気になる方は要チェックです。

雷テスラ・コイルの放電シーン

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テスラ・コイルの放電実験の様子。数百万ボルトの放電のすぐ近くで平気な様子で椅子に座っているニコラ・テスラの有名な画像ですが、この画像のインパクトは強烈ですね。アートパフォーマンスとしても一級のビジュアルで、実際にこういう実験を生で見てみたいです。ニコラ・テスラといえば、交流電流やラジオや蛍光灯などなど多数の発明で知られる天才発明家。彼の知名度は多大な実績のわりにマイナーなイメージもありますが、無線による送電システム発明が財閥の収益体制に打撃を与えるという理由でイルミナティに握り潰された、という陰謀論めいた噂とか、フィラデルフィア計画(テスラ・コイルを利用して巨大な駆逐艦エルドリッジをまるごと消失させたというミステリアスな都市伝説)にもからんだ人物であることから、なにかとオカルト界隈での知名度は圧倒的です。

テスラ・コイルの放電の様子を映した動画
posted by 八竹彗月 at 03:31| Comment(0) | 芸術

2015年08月12日

絶景!大清帝国

大清帝国は波乱に満ちた中国最後の統一王朝で、1636年から1912年まで続きましたが、日本でいうと江戸時代から明治時代あたりの時期で、日本がそうであったように、東洋に西洋文明が怒濤のように流入してきた時代であり、一風変わった国際意識というか、否応無く精神的に世界観の拡大が起きた時代であったのだろうと思います。思想面では神仙文化の土台であり元祖スピリチュアルな感じの老荘に惹かれますが、美術では、明治〜昭和初期の戦前文化が好みの私としては中国でいうと清の時代の和洋折衷ならぬ中洋折衷といいますか、そんな東西の混沌としたバランス感覚に面白みを感じています。

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『芥子園図画譜』より。
昔の中国人のステレオタイプなイメージのひとつ、ラーメンマンでおなじみの弁髪ですが、もともとは満州族の文化だったようですね。満州族が中国を統一し清王朝を築き、多数派の漢民族にも弁髪を強要したことでこの奇抜なヘアスタイルが世界に広く知られる事に。思ったほど中国の古い風習というわけではないのが意外ですね。中国のステレオタイプといえば、男性の弁髪に並んで女性の纏足がありますが、纏足のほうの歴史は古く、宋王朝にまで遡り、つい百年ほど前まで続いていたそうで、こちらは約千年ほどの歴史があるようです。


清朝末期から中華人民共和国が成立するまではさらにカオスな時代でしたが、美術面ではそうした波瀾万丈の時代に似合わずパラダイス感覚溢れる魅力的な美人画の広告が溢れていたようです。逆に混沌の時代だからこそ民衆は心に楽園を渇望していたのかもしれませんね。この時代の中国の美人広告はけっこう人気があり、現在もレプリカのポスターや絵葉書、トランプの図柄などに流用されて楽しまれてます。

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戦前の中国美人広告画の第一人者、関對_による楽園感覚溢れるポスターを使用した絵葉書。

閑話休題、前置きが長くなりそうなので本題に。先日神保町の中国専門の古書を扱う店にぶらりと入り、何か面白い本はないかと物色してたところ、ものすごく琴線に響く画集を発見してしまいました。『呉友如画宝』と題する全3巻の横長の分厚い画集がソレなのですが、これは呉友如という清後期の絵師による膨大な作品を収録したもののようです。真偽不明の当時の怪奇なニュースや、歴史絵巻的なものや、美人画など、テーマは多岐にわたっていて、それらをイマジネーション豊かに描きあげていて飽きないです。

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『呉友如画宝』呉友如:画 上海古籍書店出版:刊 1983年
耽美、珍奇、風流な異才・呉友如の大量の作品が納められていて圧巻の一言。上中下巻とも電話帳のような分厚さです。中でも白眉なのが「海上百體図」と題された風流耽美な全百枚のシリーズで、今回はこの「海上百體図」からいくつかご紹介します。総じて、清朝特有の雅な宮廷ファションといい、生花、盆景などインテリア全般に華美な装飾が施されていて、モノクロ作品ながら極彩色の色彩を感じる逸品揃いです。


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庭園の奇石を肴に飲茶を楽しむ風雅な美女たち。奇石というのは、絵に描かれているような、珍妙な形状の岩石を愛でる趣味のことで、唐以前にまで遡るかなり古い中国の文化です。日本にも700年ほど前に中国から奇石趣味が伝わった形跡があるみたいですが、江戸時代中期には広く流行り、後にはつげ義春の『無能の人』でお馴染みの水石趣味として独自の発展がみられます。

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蘇州庭園に見られる奇石。日本の水石は、やはり日本らしく侘び寂びな静かな美を表しますが、中国の奇石はダイナミックでユニークな形状の珍妙さを楽しむようなところがあり、こちらもなかなか面白い世界だと思います。中国奇石のサイト(英語)

『呉友如画宝』は全く予備知識の無いままインスピレーションでゲットしたのですが、後で調べると、武田雅哉、中野美代子の著書などをはじめとする中国関係の面白図版などの引用元にけっこう見受けられるネタ本のひとつで、また、水木しげるの妖怪絵図のインスピレーション元になってたりする図版もあるそうで、けっこう評価の高い絵師のようです。しかし私が惹かれたのは、そうした珍奇な面ではなく、絶景の中に息づく美女の図の耽美な描写のほうで、ご覧の通り、絵師の底知れぬクリエイティビティを感じるところです。画集には、清朝末期、魔都・上海を舞台に活躍したといわれる呉友如の自在な筆の魔力が何千枚も納められていて、まだ全て鑑賞しきれてませんが、熱の冷めないうちに記事にしてみました。

異才・呉友如の画業は、これまた日本の中国研究における奇才・武田雅哉先生も著書『清朝絵師 呉友如の事件帖』(1998年)で詳しく紹介されているようで、こちらもそのうち読んでみたいと思ってます。
posted by 八竹彗月 at 03:37| Comment(0) | 芸術

2015年08月01日

ダリ 深層意識の遊園地

ダリは小学生の頃からファンでしたから、今では「いまさらダリでもないだろう」などと知ってるつもりになっていてあまりダリ作品と向き合う機会が減っていました。しかし、先日古本市でダリの展覧会の図録を手にしてなにげなくめくっていたら、さすがは20世紀を代表する巨匠だけあって、けっこう知らない作品がまだまだあったりして新鮮でした。普通、そういう未見のレアな作品って駄作だったりするのが理由で見かける機会が少ないだけだったりするのですが、ダリの場合はやはり格が違います。未見の作品も代表作に退けを取らないレベルの面白いものが多く、天才にも程があるだろ!という感じです。そういうわけで、今回は、上記の本だけでなく、多分ダリの熱心なファン以外は見る機会が少ないであろう作品の中からとくに好みのものを取り上げてみようと思います。

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ダリ「狂人協会 Board of Demented Associations (Fireworks)」 1931年
昔見かけた小さなモノクロ図版でしか見れなかった作品ですが、インターネットの恩恵でやっとカラーで見れました。異世界の生物、というより心の奥深くに潜んでいるまだ物体化していない何かの標本、みたいな感じが面白いです。


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ダリ「コンビネーション Combinations.The CombinedDalinian Phantasms;Ants, Keys, Nails」1931年
くりぬかれた石板から蟻や鍵などのダリの偏愛するオブジェが覗いていますが、よく見ると、全裸の女性が鍵の刺さった蟻の湧いた性器を弄んでいるエロスでシュールな逸品ですね。上記の作品もそうですが、こうしたグラフィックデザイン的な方法論で描かれた作品に最近は惹かれています。これもモノクロ図版でしか知らなかった作品なので、ネット様様(さまさま)です。


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左:ダリ「無題(性病に関するキャンペーン) Untitled - for the campaign against venereal disease」1942年
右:ダリ「骸骨の中のバレリーナ Ballerina in a Death's Head」1939年
骸骨をモチーフにしただまし絵をふたつ選んでみました。だまし絵(隠し絵というのが正しいでしょうか)の傑作が多いのもダリの面白さの大きなアドバンテージですね。知的で遊戯的なイメージにワクワクします。


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ダリ「シュルレアリスト・ミステリー The Surrealist Mystery of New York」1935年
展覧会のカタログかポスターか何かでしょうか。この不思議な空気感、現実とは全く異なる物理法則が支配するかのような異世界感がいいですね。全くの別世界ではなく、時計やら安全ピンやら馴染みのあるアイテムも見受けられることから、やはり、どこか人間の無意識に広がる内的な世界のようなムードがありますね。


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ダリ「"バッカス祭"用の衣装 Costumes for "Bacchanele"」1938年
つっかえ棒のような杖が拘束具のように身体にまとわりついていて面白いですね。シンプルで大胆な色使いのセンスも抜群です。この杖のアイテムは30年代後半から頻繁に現れ、ダリの偏愛するお馴染みのモチーフのひとつとなっていきます。


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ダリ「ある家畜小屋−図書室の解釈のための草案 A Cattle Shed for Interpretation of the Library」1945年
ハリウッド女優っぽい大衆好みの美女のタッチといい、抽き出しのついた子羊に羊毛の電話機が乗っている可愛いらしさといい、ダリらしくない作品で、なんとなくこれも広告ポスターを連想させる感じで、構図の安定したいい感じの作品ですね。


ダリのアートワークを年代別に整理してあるサイトがありました。自分的には初期のレアな作品が圧巻ですね。シュルレアリスムに傾倒しはじめた1930年の作品群の目映い幻惑的なイマジナリーに圧倒されます。1940年代は脂がのって傑作を多産し、1950年以降は完成されたダリワールドといった感じで絵に迷いが無いですが、やはり20年代後半から40年代中盤にかけての初期の作品群の凄みは特筆に値するパワーを感じますね。

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左:「アパートの部屋として使用可能なメイ・ウェストの顔」の唇部分の小さなレプリカ。スポンジみたいな素材で、柔らかいです。この元になった作品は油絵のほかに、ダリ美術館ではこの顔の部屋が再現されています。右:ダリのシール。

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ダリ・タロット。深紅のベルベットケースに金の箔押し文字が耽美な感じです。ちなみに中身のカードのデザインはこんな感じです。

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ダリデザインのトランプもあるみたいですね。こちらはあのマルセイユ・トランプばりの素晴らしいデザインで、ぜひコレクションに欲しいところですが、相応にいい値段してますね。海外のトランプ研究サイトにダリトランプの高解像度の画像がありました。他に岡本太郎池田満寿夫のカードもあるようです。(芸術新潮 1978年1月号)

アンドレ・ブルトンのシュルレアリスム運動の思想的な背景にはフロイトの夢理論が色濃く反映されていますが、後にシュルレアリスム運動に関わる事になるダリもまた、この運動を通じてフロイトに傾倒していくようになります。ダリの絵画はたしかに夢の世界のような非合理な幻想を描きますが、特異なところは、その「夢」をまるで実際に今目の前に広がっている現実の風景を描いているかのように写実的に描き出しているところです。本来目覚めてから思い出す夢は漠然とした曖昧模糊としたものですが、ダリの絵では、シャガールなどの絵のように「目覚めてから思い出す夢」ではなく、「今見ている最中の夢そのもの」として提示されるので、強烈なインパクトがあるのだと思います。

たとえば夢の世界では、大人でも無邪気に濃い想像(イマジネーション)の世界に遊ぶ事ができるので、そんなときこそ常識で押さえつけている力の弱まった隙をくぐり抜け、底に隠されていた人間本来の欲望やイメージがあらわに浮かびでてくるのです。このような自分自身にもはっきりわかっていない心の奥底に生き続けている意識のほうが、世間体だの常識などによって、無理に歪められた意識上のものより真実だ。だからこれを直接に表すことが、もっとも純粋で正しい芸術表現だというのです。超現実主義(シュルレアリスム)は、たんに夢の世界とか狂気の世界などにとどまらないで、あらゆる技術をつかい、思いがけない組み合わせによって、新鮮なドラマをつくりあげます。つまり、人間本能の非合理生を追求したのです。
岡本太郎「新版・今日の芸術」p76 光文社 1963年


ダリの絵は、幻想を好まないオーディエンスからは、奇抜で奇を衒ったこけおどしに見えるかもしれませんが、私たちの意識の底にある広大な無意識の世界は、まさにダリの描き出しているような非合理で不条理で、まだこの世界に生み出される前のアイデアのスープや、未来の展望や希望、過去の雑多な記憶、社会規範を逸脱した欲望、喜びと愛に満ちた高貴な理想、そんなような、天国と地獄が重なり合っているようなところです。ダリの幻想は、非現実としての幻想ではなく、無意識の世界を写実的に暴きだすリアリズム的なものです。ダリ自身が自分の方法論を「偏執狂的批判的方法」と言ったように、意識の外縁にある非合理世界を可視化させ、このリアルな合理的世界に引っ張り出してくる魔法であり、それは一種の錬金術なのかもしれません。

錬金術は、ご存知のように、鉛(価値の低い物質)を金(価値の高い物質)に変える魔法のことです。無意識という未開拓な世界を絵画によってリアルな現実に変容させるという観念的な意味だけでなく、実際に脳内幻想をキャンバスの中に現象化させることは、ダリにそうとうなお金も生み出したようで、奇しくもダリ自身それを錬金術に例えていました。

−あなたは絵の制作にどれだけ時間をつぎ込みますか?
「1年のうち6ヶ月ほど。ポルト・リガトの私のアトリエで。その時は太陽とともに目を覚まし、日の沈むまで仕事をします」
−では、あとの6ヵ月ニューヨークでどう過ごすのですか?
「ニューヨークでは大抵眠るだけです」
−6ヵ月も?
「そうですとも。ずっと眠っています。このインタビューだって、私は時間が来るまでベッドに居ました」
−ニューヨークをねぐらに選んだわけは?
「他の場所より、ここにいろいろなアイデアがあるから、ニューヨークが好きなのです。アイデアがファンタスティックなくらいどっさりと。だが、もっと肝心なことは、ダリ夫人にならって、私はお金が一番好きです。ニューヨークではいつもびっくりするほど多くのお金を手に入れる事ができます。このお金の歓びの源は、私のスペイン流の神秘主義。中世の錬金術師たちは、手に触れる全てのものを黄金にしようと思いました。この物質の転換は精神的なものにするための最善の方法です」
米国のプレイボーイ誌によるインタビュー 1964年 (「芸術生活」1964年10月号の記事「サルバドール・ダリの生活」小川正隆:文 
より引用)


いやぁ優雅な暮らしぶりですね〜 このインタビューを受けた当時はダリがちょうど60歳の時です。天才画家というと、ゴッホやセザンヌなどのイメージからか、なんとなく生前は不遇で後世認められ、みたいな固定観念がありますが、ダリはかなり若い時期から認められ、30代の半ばにはブルトンから「ドルの亡者」と不躾な言葉を浴びせられるほど稼ぎまくっていました。上記のインタビューでは、寝てばっかりでグウタラしてそうに思われるかもしれませんが、ダリはいつも朝は6時に起床するようで、けっこう生活スタイルは規則正しいようです。この記事より10年前の1954年にはヒッチコックの「白い恐怖」で、夢の中の情景を描いたシーンの美術をダリが担当してましたが、件のシーンはヒッチコックの個性と正面から食い合う感じの個性的すぎる映像でしたね。

TVダリを起用したチョコレートのCM
大げさすぎるアクション、世紀の天才画家がノリノリでチョコレートを宣伝する絵面が珍妙です。

TV短編映画「アンダルシアの犬」1929年 ルイス・ブニュエル&サルバドール・ダリ
ダリとフランス映画の巨匠ルイス・ブニュエルが共同脚本でつくった実験映画「アンダルシアの犬」はシュルレアリスム映画の代表的な作品ですね。不条理なシーンが次から次へと展開されていて、まさに夢の中にさまよい込んだような妙な感覚になる映像です。

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「芸術生活」1964年10月号 「ダリ・その幻覚的な生活」より
作品だけでなく、存在そのものが稀代のトリックスターだったダリ。普通という言葉がこれほど似合わない人はいないですが、だからこそ、普段どうしているのかがとても気になるのは、当時の人たちも同様であったみたいですね。私が気になったのは、この写真でダリが手にもっている怪しげなパズルボックスのようなオブジェ。

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下手にいじくると異次元の扉が開いてしまいそうなオブジェですね。

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「芸術新潮」1976年5月号 「ダリの料理」より
ダリは絵画や彫刻などにとどまらず、珍妙な料理のレシピからジュエリーデザイン、舞台美術など、様々なジャンルでその才能を発揮しました。かなり多作な作家ですから、なかなかその全貌をつかむのが難しいですが、だからこそ宝探しのように、ダリのイマジネーションの断片を探索していくのは楽しいです。


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なんかものすごく着させられてる感が否めないダリの法被姿。あまりの似合ってなさが珍しくも微笑ましい一枚です。写真では一見日本贔屓っぽいですが、残念ながらダリにとって日本はさして関心のある国ではなかったようです。とくに美術に関しては日本の美術界にはまったく関心がなかったような印象があります。たしか横尾忠則がアポをとってアトリエで面会したときも、持ち込んだ自身の作品に目もくれずまったく興味がなさそうなダリに憤慨したというような記事をどこかで読んだような記憶があります。唯一認めていた日本人画家は岡本太郎だけだった、という記事も何かで読んだ気がします。
posted by 八竹彗月 at 05:17| Comment(2) | 芸術