2020年05月29日

『OZ』ジョン・レノンが心酔した伝説のサイケ雑誌

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『OZ vol.3』1967年5月発行 編集者:リチャード・ネヴィル ロンドン OZ Publications Ink Limited

オーストラリアのシドニーで創刊された『OZ』は、やがて英国ロンドンに拠点を移しパワーアップしていき、ジョン・レノンまで巻き込む伝説のアングラフリーペーパーとなっていきます。


ジョブズの名言の元ネタになったヒッピーな雑誌『ホール・アース・カタログ(全地球カタログ)』は、日本でも『宝島』『遊』『ポパイ』などに影響を与えたという情報がwikiにありましたが、『ホール・アース・カタログ』と同時代、1970年前後に発刊されていた雑誌『OZ』も、同じくらい(あるいはそれ以上)に伝説的な雑誌として有名です。危ない内容とサイケなデザインが刺激的な雑誌で、ビートルズのメンバーでもあった稀代のミュージシャン、ジョン・レノンとそのパートナー、オノ・ヨーコも愛読者でした。


『OZ』というと日本では1980年代後半に創刊され今も続いている老舗の同名の女性向けの情報誌を連想しがちですが、ジャンルもテイストもまったく別物で、日本のOZマガジンは、その誌名が伝説のアングラ雑誌と何か関係があるのか無いのか気になる所です。『ホール・アース・カタログ』と同じく『OZ』もまたヒッピー向けの雑誌であり、その過激な内容は当時社会問題となりました。社会に悪影響を与え、またはなはだ猥褻だとして裁判沙汰になったことがあり、廃刊の危機に陥ったことが何度もありました。そのため『OZ』の大ファンだったジョン・レノンは救済募金のために「God Save Oz」という曲まで作っています。そこまで大好きか!!!という感じですが、実際に『OZ』を見ると分かる通り、現代の基準で見ても奇抜で斬新なつくりの雑誌で、ジョンが心酔するのも容易に理解出来ます。「God Save Oz」はジョンのソロアルバム『ウォンサポナタイム(Wonsaponatime)』に収録されています。


メモ参考サイト



ジョンは後に映画『エル・トポ』を見て監督のアレハンドロ・ホドロフスキーの作品に惚れ込み、同作と『ホーリー・マウンテン』の配給権を買い取るまで入れ込んだというエピソードも有名ですが、振り返ってみればホドロフスキーのテイストと雑誌『OZ』のノリとはどこか通じるところがありますね。シュールで危険で不道徳で先進的な感じや、グロさと美しさの絶妙なバランス感覚とか。こうしたテイストを非常に好んでいたジョンでしたが、自身の作風にはあまりそういうアングラ感はなくピュアな愛や平和などテーマにしていたのが面白いところですね。自分には出来ないジャンルの創造性に対する憧れみたいな、文系人間が理系の人に憧れるような、そんなひとりのミーハーなファンとして『OZ』やホドロフスキーを愛していたのでしょうか。


60〜70年代の洋雑誌はマニア心をくすぐる名雑誌が多いですね。『EROS』『AVANT GARDE』『PLEXUS』などは垂涎ですが、『OZ』はそれらの雑誌よりもアングラ臭があって、古雑誌マニアにしか通じない例えですが、日本の雑誌でいうと『AVANT GARDE』や『PLEXUS』などを『写真時代』『スタジオボイス』『遊』などに例えれば、『OZ』は『黒の手帖』とか『Jam』とか『HEAVEN』みたいな雑誌の匂いに近い感じですね。植草甚一編集の初期の『宝島』も『OZ』っぽさが濃厚にあって、初期『宝島』は『ホール・アース・カタログ』よりむしろ『OZ』に影響を受けてそうなテイストを感じますね。


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雑誌『Avant Garde』ラルフ・ギンズバーグ編集、ハーブ・ルバーリン デザイン

現在の視点で見ると、ふつうに洗練されたお洒落な雑誌、という感じですが、全裸の人文字フォントの写真「BELLES LETTRES」という企画のページが問題となり廃刊になったそうです。この雑誌だけでなく、前身となる『EROS』もわいせつ罪で有罪になったりと、波瀾万丈です。ハーブ・ルバーリンのデザインは、整理された美しさとヒネリのあるアイデアが絶妙で、タブロイド判の『U&lc』という雑誌でも気持ちいいレイアウトデザインで目を楽しませてくれます。時代に翻弄されながらも時代を超えて注目すべき雑誌を生み出したギンズバーグ&ルバーリンの仕事は、グラフィックデザインの雑誌『idea アイデア』の2008年7月号(vol.329)でもけっこうページを割いて作品と解説がありました。


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雑誌『Avant Garde』題字 ハーブ・ルバーリン

かっこいいですね〜 タイトルロゴのフォントはルバーリンによるデザインで、後にアバンギャルドゴシックとして有名になりましたね。一見フーツラに似た書体ですが、斜めのラインの角度が全て一定になっていて、文字の間隔をギチギチに詰めれるのがこのフォントの特徴です。


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フランスのエロティシズムとシュルレアリスムの雑誌『Plexus』。1966〜1970年まで全37冊発刊されました。1969年に発禁処分を受けたという情報も見かけました。現代の目で見るとエロ雑誌というよりは普通にハイセンスなアート系の雑誌だと思うのですが、当時はそのあたりの基準がけっこう厳しかったのでしょうね。


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日本を代表する伝説のアングラ雑誌『Heaven』。佐内順一郎(高杉弾)編集、羽良多平吉デザイン。羽良多さんのデザインは妖しくて神秘的で、それでいてどこか聖なる感じも漂わせていて、テクニックだけでは到達できない深淵なものを感じさせてくれて大好きです。


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初期の『宝島』。1974〜1976年頃。この時代は植草甚一責任編集をうたっていて、フォークやら大麻やらオカルトやらと、当時の先鋭的な若者文化をすくいあげて編集していて面白いです。


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『宝島』1975年12月号 JICC(ジック)出版局発行 より

イラストレーターのクレジットがないので詳細不明ですが、当時の著名なアングラコミック作家、ロバート・クラム(Robert Crumb 1943~)を彷彿とするヒッピーな感じのタッチがヤバげなアシッド感があってドキドキします。


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『Free Press (underground and alternative publications 1965-1975)』表紙 Jean-François Bizot 編 Universe刊 2006年

ヒッピー、サイケ文化真っ最中の1965〜1975年に発刊された欧米のアングラフリーペーパーを縦横無尽に紹介する本。文章ページは巻末のインデックス的なページのみで、ほとんどカラー図版で1ページに1つ大きく当時の雑誌の図版をほぼ原寸で掲載していて迫力がある編集です。日本の図鑑系の編集はなぜか良い紙を使っていながら文章情報主体で図版が小さかったりモノクロ図版主体だったりする感じのものが多い印象がありますが、図鑑系は図版が主体のこんな編集が一番ありがたいですね。


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同上『Free Press (underground and alternative publications 1965-1975)』の『OZ』紹介ページ。アングラ誌とは思えないアーティスティックな凝ったビジュアルに一瞬で惹かれました。表紙を見るだけでもグッとくる感じで、ジョン・レノンを心酔させたのもうなづける個性的かつ時代を反映したセンスに惹かれます。他にも『International Times』『Baeb』『Ink』『Other Scenes』『The Seed』『Fifth Estate』『Avatar』『Actuel』などなど、とくに日本ではあまり目にする機会の無い刺激的なビジュアルのフリーペーパーが多数紹介されていて面白いです。


『OZ』は自分にとっても、たまたま持っていた当時のヒッピー向けミニコミ誌などを集めた洋書『Free Press』などで片鱗を知るくらいで、いつか本物をコレクションしたいとずっと思っていた憧れの雑誌でしたが・・・・なんと!!伝説の雑誌『OZ』がネットで全号無料公開されているという情報が!!


英語版のウィキペディアで『OZ』の情報を調べてたら、最後のほうに「デジタルコレクション」という項目があり、そこには「2014年、ウーロンゴン大学図書館は、リチャード・ネヴィルと共同で、Oz Sydney誌とOz London誌のデジタルコピーの完全なセットをオープンアクセスで提供しました。」という記述がありました。「えっ!?嘘!?」と半信半疑でウーロンゴン大学図書館を検索すると、ありました!『OZ』全号のスキャンデータだけでなく、付録のポスターなど、付属アイテムも収録されていて、至れり尽くせりの豪華版です。


この企画には『OZ』に実際に関わった中心的な編集者であるリチャード・ネヴィル氏が全面協力しているので、そうした細かい所まで提供できているのでしょうね。しかしまぁ、オーストラリアの名門公立大学の図書館で、裁判沙汰にもなったアブナイ雑誌が無料公開されているというのが素晴らしいですね〜 日本の大学ではなかなかできない類いのサービスかもしれません。まぁ、アングラ誌といえどもジョン・レノンに曲を作らせてしまうほどの雑誌でもあるので、そうした歴史的芸術的な価値を鑑みて公開されているのでしょう。著名人を心酔させたアングラ雑誌というと、そういえば戦後のSM雑誌『奇譚クラブ』に連載されていた沼正三の『家畜人ヤプー』に三島由紀夫が惚れ込んで、単行本の出版に自ら奔走したという話を思い出しますね。政治的には右翼的な見方をされる三島が、日本人が徹底して卑下される近未来を描いた怪作『家畜人ヤプー』を絶賛する所が面白いですね。どこかジョン・レノンが『OZ』を評価するのと重なる感じがします。天才はイデオロギーなどの些細な表層では判断せず、作品そのものを見通す目を持っているのでしょうね。


デジタルデータだけでなく、実物も機会があれば手に入れたいものですが、上述したとおりいつもお上から睨まれていた雑誌だったためか現存が僅少のようで、現物の入手は困難らしく、古書相場では一冊数万円くらいの価値で取り引きされているともいわれているようです。念のために世界的なオークションサイト「ebay」で『OZ』の相場を調べてみると、日本円換算で数千円〜数万円の間で出品されてました。そんな雑誌がスキャンデータとはいえ無料で合法的に見れるわけですから良い時代になったものです。


メモ参考サイト

(※アドレスが変更されていたためリンクを更新しました。2021/12/14更新)

憧れのサイケな雑誌「OZ」の全容が無料で見れるというのはスゴイ!!!まさに宝の山!

ウーロンゴン大学図書館は、OZの中心的な編集者だったリチャード・ネヴィル氏と共同で2014年からこのサービスを提供しているとのこと。感謝感激であります。研究目的の利用のために公開されていて、商用利用は不可です。権利の範囲については当該ページにてご確認ください。


(※アドレスが変更されていたためリンクを更新しました。2021/12/14更新)

ロンドン版に引き継がれる前の元祖『OZ』(1963〜1969年 )の全容も無料公開されています。素晴らしすぎる!ロンドン版と比べると地味な見た目ですが、伝説の雑誌の全容という意味では見過ごせない魅力があります。







『OZ』は最初はオーストラリアのシドニーで、1963年のエイプリルフールに悪ノリして発行されたものが最初でした。痛烈な社会風刺や政治家や公務員など公的な人物への風刺など政治的に過激な内容だったみたいで、シドニー版も早くも第三号で裁判で有罪に。その後雑誌の中心人物だったリチャード・ネヴィルらが1966年2月にロンドンに渡ったことにより、1967年初頭から『OZ』は英国ロンドンで発行されることになります。モノクロ主体だったシドニー版からうってかわり、ロンドン版は地下出版物でありながらイメージ豊かなイラストやサイケデリックなカラーの印刷が話題を呼び英国でも瞬く間に広く認知されることになります。しかしあいかわらず過激な内容のために何度も強制捜査が入りついにロンドン版も猥褻物と見なされてまたもや裁判に。この裁判によって廃刊の危機に陥ったことで、先に触れたジョン・レノンとオノ・ヨーコが動いて曲を発表し、大きな注目を浴びることになるわけです。


こういった、お上に楯突いてでも自分を通す反骨の出版人というと、宮武外骨もそんなイメージの人ですね。『滑稽新聞』『スコブル』『ハート』など数々の珍奇な出版物で知られる明治期の異色の出版人、宮武外骨(1967-1955)も、政治やマスコミなど巨大権力の腐敗を容赦なくパロディにして批判し、何度も投獄されています。戦後もGHQに目をつけられ検閲や発行停止処分をたびたび受けていたそうで、とにかく権力から常に睨まれている反骨の人というイメージですが、実際に外骨のつくった『滑稽新聞』などを見てると、ユーモア精神に満ちあふれていて、明治時代の『ビックリハウス』みたいなノリで面白く、常にお上と戦っている豪快でデンジャラスなイメージはあまり感じません。まぁ、そこまでの覚悟で作っているから時代を超えた面白さがにじみ出てくるという側面もあるのかもしれませんね。外骨という名前も、自身の創作物にピッタリ合ったインパクトのある、一度聞いたら忘れがたい名前ですが、これがペンネームではなく本名というのもかっこいいですね。役所などで自分の名前を署名するたび「本名でお願いします」と言われて辟易した外骨は「是本名也(これ本名なり)」と彫った印鑑を作ったそうで、そのようなどこまで本気でどこまでが冗談なのか判然としない生き方が外骨という人の魅力ですね。


メモ参考サイト


世間が外骨を本名だと信じてくれないので作った「是本名也(これ本名なり)」の印鑑が見れます。米津玄師さん、最初は絶対芸名だと思ってたら実は本名だったり、世の中にはペンネームにしか見えない本名の人というのは意外といる気がしますが、こんな印鑑を作ってしまうのは外骨さんくらいでしょうね。


反骨というと反射的にかっこいいイメージがあったりしますが、ものの善悪というのはけっこう微妙で、時代とかイデオロギーとか社会の漠然とした空気に左右されるものでもあります。ネヴィルや外骨の主張に客観的な正しさや正義があったのかどうかは当時の状況をよく鑑みて判断しないと解らない部分もあります。まぁ、しかし、そうした思想的な部分よりも、私的にはビジュアル表現や編集技法などの表現者としてのクリエイティビティのほうに興味がありますし、そっちの側面で彼らに興味があります。


思想的なものは難しい、というか、客観的な正解のない場合が多いので、面白い表現というのは、しばしば世間の良識を超えたものである場合も多く、そうした表現が誰かを傷つけてしまうこともよくあります。誰もが納得するような表現は存在せず、かといってあまりに神経質になると何も表現できなくなってしまいます。かように表現の問題というのは正解を求めようとするととたんに八方ふさがりになって迷宮に迷いこんでしまう難しい問題でもあります。だからこそ、あんまり真剣に考えずにノリでやってしまって、後は成り行きにまかすのが、一見いい加減にみえるものの、とりあえずの最善であるようにも思えます。


なんというか、社会の問題の多くはバランスの問題で、重要な問題ほどどちらが正しいかというのは容易に判断できる簡単なものは無く、そもそも世界というのはそういうふうに出来ていて、単純な正解がでないようになっているのでしょう。神の目線では、人間たちが協力してより良い考えを四苦八苦して出させる過程が重要で、具体的にどういう答えを出すかはあまり重要ではないのでしょうね。


ネヴィルも外骨も、思想的な視点で解釈すると、言いたいことを世間やお上に抑えつけられながらも戦い続けて来た苦悩と反骨の人という印象で捉えがちですが、編集者、表現者としての視点で見ると、穏便な日常を犠牲にし、権力に楯突いてでもどうしても表現したいものがある、というのはよく考えてみるとある意味とても幸福なことでもあるようにも思います。人生をかけてでも訴えたいものがある表現者というのはそう多くはないですし、そういうものがあるというのは、彼らにとって編集というのは、ただ生活のための仕事としてではなく、どこか天から授かった使命というか宿命というか、そんな部類のものであったのでしょうね。そう考えると、彼らの戦いも、苦労を相殺するくらいの創造する快楽があったから続けてこれたのでしょうね。
posted by 八竹彗月 at 13:31| Comment(0) | 芸術

2016年11月05日

書道

晴れ「ばらかもん」

ふとしたきっかけで最近アニメをよく見てます。「僕だけがいない街」、「モンスター」などのサスペンスな感じや、「さよなら絶望先生」、「化物語」のようなアートな感じの作品など、いろいろと刺激になりました。そんな中で、シナリオ的にとくに大事件が起こるわけでもない、のんびりした感じの癒し系の作品も、心が洗われるような感じで、けっこう良いものですね。「ふらいんぐうぃっち」「ぎんぎつね」など、そうしたヒーリングな気分に浸れる良作ですが、中でもとくに惹かれたのは、書道をモチーフにした「ばらかもん」という作品でした。

主人公にして書道家の半田清舟(はんだせいしゅう)は、自分の作品に目の前でケチをつけてきた書道業界のお偉いさんを衝動的に殴り倒してしまい、頭を冷やして反省させるために書道家の父親のすすめで長崎県五島列島に送り込まれる、というのが物語の出だしです。ストーリーは主にこののんびりした漁村での村人とのふれあいをメインにして進んでいきます。心優しい邪心のない人々とのふれあい、というのは、それだけでユートピアの必須条件なのだなぁ、としみじみ感じるのと同時に、そうした人間ドラマの中で書道とは何ぞや?という部分がさりげなく描かれていて、けっこう勉強にもなります。この作品の最大の魅力は、島に着いた主人公半田に懐いてどこでも付いてくるようになる無邪気な少女なる≠フキャラ力によるところが大きいですが、今回はこの「ばらかもん」をきっかけに、書道がマイブームになりつつある近況を中心にあれこれ語ります。

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禅師としてだけでなく書家としても高名な良寛(1758~1831年)の書。まったく読めませんが、とてつもなく美しい字であることだけはビンビン伝わってくるのが不思議です。草書に興味があるので追々勉強していきたいです。




晴れ書道という芸術について

先日ぶらりと出かけた古本市で、中古の書道具を並べてるブースがあり、いつもは素通りするところですが、書道に興味がわいている最中だったので、たくさんの筆や硯などを手に取っていろいろ鑑賞してしまいました。興味が無いときに見るとただの「習字の道具」でしかないのですが、興味を持って見ると、コレクター心をくすぐる風流なデザインのたくさんの書道具に惚れ惚れしてきます。そういえば、書道のための筆というのは一度も買ったことがないなぁ、ということに思い当たり、いい機会なので直感的にピピッときた手頃な値段の筆を衝動買いしてみました。これはおそらくばらかもん効果≠ナす。あの作品を見てると、自分でも書道への衝動≠感じて、何か筆で字を書きたい衝動にかられます。

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上の竹の柄の筆、見た目の風流な感じにやられました。墨を含んだ状態でしたがちゃんとほぐせました。下の筆は未使用のものです。なかなか貫禄のあるフォルムだと思います。筆に使われる毛も馬、狸、豚、イタチなど、様々あるのは知ってましたが、柄の材質も様々で、想像してたよりもいろんな形の筆があって目移りしてしまいました。

せっかくの筆も書かなければただの飾り物になってしまうので、熱の冷めないうちに書道してみました。遊び半分で書いたので、たいしたものではないですが、書きたいように書くというのは、けっこう楽しいです。他の筆記具と違い、筆は力の入れ加減次第で線の太さがとんでもなく自由にコントロールできるため、ハマるとものすごく気持ちいいです。余裕ができたら風情のある彫り物のある硯とか、味のある焼物の水差しなどを手に入れて、書道家気分に浸ってみたいですね〜

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自分でもよく理解していないあこがれの草書に挑戦してみましたが、やはりいきなり上手くは書けないですね。

以前は書道というと、学校の習字の時間を思い出して、上手に字を書く事、くらいの漠然としたイメージしかなく、あまり芸術としての観点でみることはなかったのですが、ここ数年、「草書体」のかっこよさに惹かれていて、よく書道関連の古書を集めたりしていて、「書もまたそれ自体芸術なのかもしれない」という漠然とした思いが培われていきましたが、そうした矢先に見たアニメだったこともあり、「ばらかもん」はけっこう惹き込まれて見てしまいました。

思えば、美輪さんの書いた達筆な文字に感動したのが書道(主に草書への興味)に惹かれるきっかっけで、書いてある文字が読めないのに、それが美しい字であることだけがビンビン伝わってくる不思議さを感じたものでした。「美輪明宏 文字」で画像検索すると美輪さんの超絶上手い手書き文字の画像が出てきます。美輪さんの時代はどうだったのか分かりませんが、明治くらいの尋常小学校では楷書ではなく、いきなり行書(楷書と草書の中間くらいの崩し字)で文字を教えていたらしいですね。美輪さんのような習字のお手本のような奇麗な字も憧れますが、そうした上手さだけが「書の美」ではなく、「ばらかもん」を見てて思ったように、究極には、「自分の字を愛して、自信をもって書いた字」、誰にも真似できない味わいのある字、というのも、また「美しい字」といえるのだと思いました。

そういえば、昔なにかのトークで黒柳徹子さんが寺山修司の字を「字がお上手ですよね」と言っていたのを見た時、「え!?」と思ったことがあります。寺山修司は「徹子の部屋」に登場したこともあり、その時のビデオだったのかもしれませんし、寺山と親交のあった女優高橋ひとみとのトークで出た言葉だったのか忘れましたが、「字が上手い」=「奇麗な字」という先入観があった頃なので、なんで徹子さんは、寺山のあの子供が書いたような字を上手いと言ったのだろう?と不思議に思ったものです。その時のひっかかりが、書の上手さとは「奇麗に整っていること」だけでは量れない世界であることをおぼろげに感じた最初だったように思い出します。たしかに、今あらためて寺山修司の字を見ると、寺山だけにしか書けない寺山的に完璧なバランスで書かれた奥深い味わいを感じます。筆跡に思想が宿っているような、妙な魔力を感じる字ですね。この寺山の字の魅力を当時から当然のように理解していた徹子さんも、なかなかの強者です。

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寺山修司の色紙。残念ながら直筆ではなくレプリカです。寺山修司の展示会イベントで手に入れたものだったような気がします。「百年たったらその意味わかる」と、意味深な言葉が書かれていますが、これは寺山が晩年に監督した最後の映画「さらば箱船」のクライマックスで狂女が絶叫する台詞です。映画は、南米文学の金字塔、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を原作に、寺山流に大胆にアレンジした作品ですが、原作者からの了解が得られず映画に『百年の孤独』のタイトルが付けれなかったとのこと。さぞや寺山は悔しかったろうな、と想像します。おそらく寺山は、マルケスの作品の内容もさることながら、詩人の感性で「百年の孤独」というタイトルの壮大でシュールなイマージュ、とくに「百年」という単語にビビビッときたように想像してます。おそらく「百年の孤独」というタイトルがついた作品を撮りたいがために手がけた映画だったのではないか、などと個人的には邪推しています。

「ばらかもん」では、序盤で主人公はお偉いさんに「まだ若いのに型にはまった字を書くね。手本のような字というべきか、賞のために書いた字というべきか・・・君は平凡という壁を乗り越えようとしたか?」と強烈な批判を受けます。続いて「実につまらん字だ」との一言がトリガーとなって半田はお偉いさんを殴ってしまいます。最後の一言は批評ではなく中傷ですから、どのような権威をもってしても言ってはいけない言葉には違いありませんが、それに対して暴力という手段で返答してしまった半田もまたやってはいけない手段≠使ってしまった、という感じですね。

しかしまぁ、「君は平凡という壁を乗り越えようとしたか?」という質問は、心にズシンと響きますね。芸術はすべからく、様式や伝統と、まったき自由な表現とのせめぎ合いで、前衛表現は、様式あってこその前衛であり、前に立つモノが存在しない前衛などありえません。マルセル・デュシャンもトリスタン・ツァラも先立つ伝統があってはじめて壊す≠ニいう表現が可能だったのであります。自由とは、不自由さを知っている者にしか到達し得ないのですから、そういう意味では前衛芸術にとっても伝統というのは大切な存在であります。芸術にとって、伝統と前衛は、水と油の関係ではなく、コインの裏表のような関係なのかもしれません。館長の言葉に戻ると、平凡が悪いということではなく、平凡に違和感を感じながら、そこから飛び出そうとせず保身にまわることがいけないのでしょうね。別の角度からみれば、古典をふまえた伝統的な手法をマスターしていた半田だからこそ、自分自身その伝統に囚われていることに気づき、「平凡という壁を乗り越えよう」としていながら、ずるずると先延ばしにしている自分に腹が立っていたのかもしれませんね。

「ばらかもん」で描かれる主人公の半田が辿る書の旅は、見た目に整った奇麗な保守的な書道から、想いそのものが字となって現われてくるような激しい前衛書への開花という感じです。書道ってこんなに自由でいいんだ!というメッセージがひしひし伝わってきて、書道への興味がふくらみました。




晴れ前衛書道家・上田桑鳩

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私の芸術指針は人間と自然の融合にある。例えば美しい石を削ってそこにすばらしい美しさが出現してもそれはあくまで人為として残る。だから私は石でも名山名花にそっくりだというだけでは満足しない。ありのままの美しさをもとめる。ただ買って眺めるだけでは単なる趣味になってしまう。自分でさがし、持ち上げ、みがくところに美の追求がある。草原に自分の作品をほうっておいてもその自然と融合するもの、そんなものがしたいのだ。
─────上田桑鳩

雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社


この記事を書くきっかけになったのは、ちょうど昨日古本屋で手に入れた雑誌です。手に取ったその雑誌は、昭和38年に発行されたグラフ誌「国際写真情報」というもので、とある愛石家の書道家を紹介している写真が石好きの私の心をグッと掴んでしまいました。家に戻って記事を読んでみると、石だけでなく、書道家としても面白い人なので興味がわいて調べてみると、書道界の大御所のようで、いろいろ面白い逸話のあるユニークな人物でした。書道家の名前は、上田桑鳩(うえだそうきゅう)(1899〜1968年)という人で、前衛書道の第一人者です。身近な所では、今でも本屋の店頭で見ることができる「日本経済新聞」の題字を書いた書道家でもあります。記事を読んでいると、芸術家としての哲学がしっかりした方であるのが伝わってきます。とても含蓄のある事を言っておられるので、桑鳩の言葉のほうも抜粋してご紹介して行きます。



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今日に生きていることの中には、地理的には日本に、時間的には今日ただ今、生きていることを考えねばならない。明日は今日と違い自分自身の内容も変わり、従って変わった内容の作品ができる。自分にも他人にも一切マネをしない、ただ一人の人間の関連であるが、常に変わってくる。これが真理ではないか。この真理を追究するのが私の在り方だ。これを世間では一概に前衛と言っているが、真理主義と言って欲しい。
─────上田桑鳩

雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社 p34



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ややもすると前衛芸術家と自称する人は古典を無視しがちだが、これは間違っている。伝統の中にあって伝統を無視するのは馬鹿げている。親の遺産を既製だからといって川に捨てるようなものだ。ただこれら古典などの伝統の精神を単なる形式でなく内容的に現代の地点から把握せねばならない。そして力と鍛錬によって古典を生かし、そこに人間の生命力を吹きこまねばウソだ。思いつきだけでは、長い時代にたえて生き続けることはできない。それは流行歌と同じである。われわれは社会に生きているのだ。今日の社会には今日の社会の欲求がある。読めなければならない条件の場合は読める字を書かなければならない。主義にたおれてはいけない。人間は社会に奉仕する義務がある。だから私には具象、半具象、抽象のすべてがある。
─────上田桑鳩

雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社 p38



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人間と自然が一体になる。これが芸術の真髄ではないか。人間はどうしても外側のものにわざわいされがちだ。自然には作意がない。だから私は自然物をあこがれる。それで石を愛する。
─────上田桑鳩

雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社 p40


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雑誌『国際写真情報』昭和38年 国際情報社 p36-37
桑鳩の作品を紹介するページ。抽象画を思わせる絵画的な書ですね。文字というものに深く入り込み、文字そのものが直接作家に語りかけている声を代弁しているような、文字と書家がアドリブでセッションしているような、そうした音≠感じる書ですね。


上田桑鳩にまつわるエピソードで最も有名なのが1951年に日展に出品された『愛』という作品に関連するものです。当時から前衛書は存在していて、新しい潮流として書道界もブームだったそうなのですが、権威ある日展の書部門という保守的な世界で、どう評価してよいのかそうとう混乱があったようです。そもそも『愛』といいながら、書かれているのは「品」にしか見えません。桑鳩は、孫がハイハイする様子を見てインスピレーションを得て制作した、とのことですが、さすが前衛書の大家、フリーダムですね〜 感服します。日展側はこれを馬鹿にしていると受けとって激怒しますが、当時すでに評価の高い気鋭の書家であったため、単純に無視もできず、双方にらみ合いの対立となり、最終的には桑鳩は日展を去ることになりました。

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上田桑鳩『愛』 1951年

調べて行くと、「ばらかもん」の書道監修をしていた原雲涯さんも、上田桑鳩の結成した奎星会(けいせいかい)の主催する書道展で何度も受賞歴があり、同会の会員でもあるようで、ひとかたならぬ関係のある書道家のようです。────ということで、今回もなかなか面白いシンクロニシティでした。




晴れ明治時代の草書の教本「草書淵海」

よく古書市で昔の書道の教本を資料がてら集めてたのですが、雰囲気のある筆も手に入れたことなので、見て楽しむだけでなく、実際に教科書として使っていきたいです。そうした草書の教本のコレクションの中から、最近手に入れた明治時代の和本をご紹介します。

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太田聿郎:編「草書淵海」明治13年(1880年)
明治時代に発行された文字の崩し方の教本。同じ字でも書家によって崩し方が異なるのが草書の難しさでもあり面白さでもあります。この本では、同じ字を著名な書家の複数の崩し方で並べた辞典のような体裁です。

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「神」の崩し字。神々しいですね〜 旁の「申」の中棒の伸ばし方でセンスが出そうですね。文鎮替わりにページを押さえているコインも明治時代のもので、一円銀貨、通称円銀≠ナす。

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面白い形してます。道教のお札のような呪術的なフォルムが魅力的です。

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いわば書道のお手本を編集した教科書みたいな本なのですが、書それ自体が美を指向している芸術であるために、こうして文字を並べただけの見開きもアート作品のような面白みを感じますね。

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流れるようなリズム感がたまりませんね。
posted by 八竹彗月 at 01:44| Comment(0) | 芸術

2016年01月26日

マグリットの偽飛行機、あるいはUFO幻想

今回は最近なぜか自分の中で関心が高まっているUFOについての考察をテーマに、ダリと並んで子供の頃から好きだったベルギーの画家、ルネ・マグリットへの思い入れなどを交え、いろいろ語らせていただこうと思います。UFOという言葉は「未確認飛行物体 (Unidentified Flying Object)」の略ですから、厳密にはとくに超常現象的な飛行体を指してはいないのですが、ここでは一般にイメージされている宇宙人の乗物的な謎めいた飛行物体という意味で使っていきます。


飛行機ダリとマグリット

シュルレアリスムの画家、といったら芸術に馴染みのない人であってもサルバドール・ダリの件の歪んだ時計の絵(『記憶の固執』)か、ルネ・マグリットの奇妙な浮き島の絵(『ピレネーの城』)あたりが真っ先に思う浮かぶのではないでしょうか。そのくらいダリとマグリットというふたりのシュルレアリストの生み出したイメージは飛び抜けてインパクトがありましたし、このふたりが一般の知名度から言ってもシュルレアリスムを代表するツートップであるといっても過言ではないのではないかと思います。


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(左)ルネ・マグリット「ピレネーの城」1959年 (右)サルバドール・ダリ「記憶の固執」1931年

この有名な2枚の絵は、ほとんどシュルレアリスムのアイコンのような感じですね。「ピレネーの城」は、藤子不二雄のブラックユーモアの短編漫画「マグリットの石」のモチーフになっていましたが、「ドラえもん」でもタイムマシンでの移動中の異空間のイメージにダリの「記憶の固執」にインスパイアされたのであろう歪んだ時計も描かれていますね。筒井康隆はエッセイでダリのファンであると明かしていましたし、楳図かずおも「ダリの男」という短編を描いています。考えてみると、ここまで大衆文化に影響を与えた芸術家というのはあまり知りませんし、そうした意味でも彼らの芸術は普遍的な価値を内包しているといえますね。シュルレアリスム自体が広告などのグラフィックデザインに多大な影響を与えましたし、その他映画や文学など大衆文化に応用しやすい理論でした。そうしたシュルレアリスムのフレキシブルな性質をダリとマグリットは十分に体現していたアーティストだったといえるでしょう。


ダリの幻想空間は「熱くたぎった情念のフェティズム」といった感触ですが、マグリットは対称的に「白昼の明るさと静寂のストイックな幻想」を感じます。どちらも夢の光景のような不思議な空間を描いた画家ですが、受け取る印象は互いに「動と静」、「闇と光」、「陽と陰」という対称的な印象があります。スペイン人とベルギー人というお国柄も反映しているのでしょうね。


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少年マガジンの表紙(1970年12月20日号)絵:ルネ・マグリット 表紙構成:水野石文

マグリットの絵を漫画雑誌の表紙にもってくるなど、この時代ならではの勢いを感じます。70年代の少年マガジンというと横尾忠則がデザインした号は凄いですね。もはやエディトリアルデザインの革命といってもいいくらいインパクトがあります。


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ちなみにこの号は、中身を開いてみると連載中のジョージ秋山の「アシュラ」が親子の再会を果たす壮絶なクライマックスだったり、谷岡ヤスジの「メッタメタガキ道講座」で当時モノの「アサーッ!」に感動したり、つい読み耽ってしまいました。ほかには、画像のように、当時の人気漫画「巨人の星」に登場する主人公星飛雄馬の親父、星一徹が読者の人生相談にのるという愉快な企画など、マガジン黄金期の編集部の熱気を感じます。しかも、星一徹になりきってコメントを書いているのは担当編集者やお抱えのライターではなく、「巨人の星」の原作者でもある漫画史に残る伝説の男、梶原一騎本人に書いてもらっているというのが贅沢きわまりない感じがします。


飛行機黒い旗

というわけで、マグリットへの興味というのはけっこう昔からあったのですが、今回取り上げたいのは1937年に制作された奇妙な油絵「黒い旗」です。まぁ、マグリットの絵は大概は奇妙なものなのですが、この絵は、他の作品から受ける白日夢のような明るい静寂のイメージとは逆の、暗く重々しい雰囲気があります。一説にはナチスによるスペインのゲルニカ爆撃に対するマグリットの心象を表したものだとも言われてますが、ピカソの「ゲルニカ」に対し、やはりマグリット的な静けさを感じる不思議な風景ですね。私がこの絵をはじめて見たのは中学生頃に買ってもらったマグリットの画集でした。この絵から受ける何とも言いがたい不思議な気分に浸った記憶が蘇ります。


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ルネ・マグリット「黒い旗 (Le Drapeau Noir)」1937年

マグリットの作品のタイトルは、必ずしも作品とストレートに結びつくものばかりではないのはよく知られています。それは、タイトルと作品を関連付ける習慣化された行為に対するアイロニカルな問いかけでもあります。「黒い旗」の場合は、黒い旗(海賊旗や死刑執行の合図やアナーキストのシンボル等)からイメージする不安な気分を象徴させているという説がありますが、マグリットらしく意味なく直感的に与えられたタイトルなのかもしれません。考えようによっては空に浮かぶ偽飛行機自体に名付けられたネーミングのようにも受け取れますし、このタイトルもまた心をぞわぞわさせる魔力がありますね。


マグリット作品で私が好みなのは、一般に好まれている「ピレネーの城」や「大家族」などのファンタジックなものよりも「暗殺者危うし」とか「秘密の遊戯者」などの、ミステリアスな異世界を描いたものです。ちなみに、横尾忠則がマグリットの「暗殺者危うし」をモチーフに再解釈した作品を描いていますが、横尾さんもこの作品が好きだったのか、と嬉しくなりました。そういうわけで、この「黒い旗」も、そういったミステリアスな異世界を描いた作品であり、長年とても惹かれる作品でした。最も気になるマグリット作品であるといってもいいでしょう。そういえばこの作品への愛が嵩じて、「黒い旗」のイメージをモチーフにした短編漫画を描いた事もありました。


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マグリットの描く不思議な異世界。(上)「暗殺者危うし」1927年 (下)「秘密の遊戯者」1926年


「黒い旗」に惹かれる理由は明確です。飛行機のようで飛行機でない、絶妙な偽物っぷりが絶妙な飛行機の造形の魅力。どうもただの金属のカタマリを適当に飛行機っぽく組み立てたモノのように見えます。当然エンジンらしきものもなさそうで、こんなモノが空を飛んでいるだけで不気味です。しかも操縦者も不在で、そもそも人間が造った乗物のようにも見えません。「ピレネーの城」のように、巨大な岩が空に浮かんでいるのはストレートな不思議ですが、飛行機っぽいのに空を飛んでるのがオカシイと感じるのは、どこか屈折した不思議さがあります。いや不思議というよりも不可解という言葉がふさわしいような、そんな「モヤモヤした不思議さ」がこの作品の醍醐味だと思います。


飛行機横尾忠則とUFO

画家の横尾忠則さんに関して、その芸術だけでなく、横尾さんが長年探求していた精神世界のほうにも最近関心がでてきました。横尾さんの探求していたスピリチュアリズムはUFOと密接な関係があるので、私もUFOについて興味が高まっているところです。横尾さんはかつて三島由紀夫とも親交があり、作品にもしばしば三島の肖像が描かれますが、そういえば三島由紀夫もまたUFOにただならぬ関心をもっていた作家で、「美しい星」という作品では宇宙人やUFOが登場するという三島作品には珍しい異色SFを書いたりしています。ブームに乗って興味本位で書き上げたということでもないらしく、石原慎太郎・黛敏郎・星新一らも所属していた「日本空飛ぶ円盤研究会」の会員でもあり、UFOの観測にも熱心だったみたいです。横尾さんがUFOに関心を持ったのは、「横尾忠則自伝」(文芸春秋 1995年)によると、1960年代の末頃に夢の中に奇妙なUFOが現れたのがきっかけだったと書いています。「私の夢日記」(角川文庫 1988年)という著書では、横尾さんが1955年から1988年にかけて見た夢を書き綴っています。見た夢を具体的に絵で描いた挿絵も挿入されていて、もちろんUFOの夢も描かれており興味深いです。


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(左)『私の夢日記』横尾忠則:著 角川文庫 1988年

(右)『横尾忠則自伝』横尾忠則:著 文芸春秋 1995年



 ぼくはまたUFOだけでなく全ての超常現象に興味があったので、UFO研究家、心霊研究家、超能力者、霊能者などを訪ねて廻った。その結果驚くような超自然現象を何度も目撃することができた。そして、われわれが普段このような事柄を非科学的、非合理的という理由だけで日常のコンテクストから排除して、理性を唯一近代的知性であるかの如く考えている常識にぼくは大きい疑問を抱くようになっていった。
 超常現象がぼくに与えた最大のものは感動だった。UFOを目撃し、スプーンが曲がった事実にぼくは感涙した。この事実を単に観念で認識する研究家が多い中で、ぼくは彼らのようにはなりたくなかった。超常現象を目の当たりにした時の感動ほどぼくの魂を震わすものはなかった。そしてこの感動は神とか宇宙と直結している感情のように思えた。

『横尾忠則自伝』p274  横尾忠則:著 文芸春秋 1995年


そういえば私も小学生の頃はよくUFOの夢を見ていました。私が子供の頃に見たUFOの夢の内容は、のんびりした暖かい昼下がりにUFOを発見して大急ぎでカメラを探し、UFOを激写したとたん気づかれて、直径50cmくらいの銀色の円盤形UFOに追いかけられるという、怖いような楽しいような、微妙な気分になる変な夢でした。似たような夢は何度も見ていて、いつもUFOをまずカメラに収めようとして追いかけられるというパターン。大きさも30〜50cmくらいの銀色の円盤というのも共通してましたが、何か意味があるのかどうか気になるところです。


「横尾忠則マガジン 超私的 Vol.1」(平凡社 1999年)では、あの「ちびまる子ちゃん」の作者さくらももこが寄稿していて、横尾さん宅で会談したときの事を書いておられました。横尾さんに会ったらUFOについていろいろ聞いてみようと思っていたそうで、実際にUFOやスピリチュアルな話で盛り上がったそうです。そういえば、さくら氏も「コジコジ」などを見ると、かなり精神世界に足をつっこんだことのある人であることがわかりますし、「アミ小さな宇宙人」(エンリケ・バリオス:著 石原彰二:訳 徳間書店 2000年)というスピリチュアルなファンタジー小説では挿絵を書いていたり、と、けっこう神秘な世界に興味のある方のようですから、なにかと横尾さんと話が合いそうです。横尾さんは守護霊の団体によく助けられているという話をしたそうですが、ちょうどさくら氏も締め切りに追われてハイになって執筆している時などによく見えない力に助けられる体験をしていたそうです。しかも、執筆のテイストや方向性によって筆跡のクセも変わってくるようで、それが守護霊的な存在であるにしても複数の存在であると感じていたそうです。なので、横尾さんが守護霊をひとりではなく団体と表現したことで、ピンとくるものがあり、横尾さんの話は本物なのだと確信した、というようなことが書かれてました。


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ちなみに、さくらももこの作品の中で私が一番好きなのは「神のちから」(小学館 1992年)です。まさにギャグ漫画の神が憑依して描いたかのような不条理ギャグ漫画の大傑作。未読の方には大推薦したいです。さくらももこの本当の凄さがわかる一冊であります。この2年後に創刊された少女雑誌「きみとぼく」(ソニーマガジンズ 1994〜1997年)にスピリチュアルでファンタジーなギャグ漫画「コジコジ」の連載がはじまりますが、「コジコジ」に登場するキャラクターのいくつか(ハレハレ君、物知りじいさん、ドーデスなど)は「神のちから」に登場したキャラが使われており、そうしたところも見所です。


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(左)左が『横尾忠則遺作集』學藝書林 1968年、右が『横尾忠則全集』講談社 1971年 (右)『横尾忠則遺作集』に親交のあった三島由紀夫から贈られた紹介文が載っています。

死んでもいないのに「遺作集」とか、人気絶頂で創作意欲も旺盛な30代の作品集に「全集」とつけてしまったりと、人を食ったシニカルなセンスが横尾さんらしい。これらはデザイナー時代の横尾忠則の代表的な作品集。まだ横尾さんが30代の半ば頃のもので、ページを開くたびに当時の激しい熱気が伝わってきます。多分『横尾忠則遺作集』が最初の作品集になるのだと思いますが、処女作品集に「遺作集」と名付けるセンスがただものではありません。これは、どうやらおふざけの意味だけでなく、自分の死に対する底知れない恐怖を克服するために、あえて擬似的に死んでしまおうという逆転の発想からひらめいたアイデアだったようです。この当時からインド思想などに傾倒し、瞑想なども行っていたみたいです。


横尾さんは70年代当時ハマっていた神秘思想で言及されている理想郷伝説「シャンバラ」にとても惹かれていたようで、シャンバラを題材にした版画なども多く発表していましたが、そうした中、当時の大ヒットしたコメディドラマ「ムー」(1977年)のオープニング映像も手がけていました。その映像にも、当時のインド趣味が炸裂していて、OPを見ただけではドラマの内容がまったく想像できないというところも、ある意味スゴイ斬新なものです。そして、奇しくもドラマ「ムー」放映から2年後に学研から同じタイトルのオカルト雑誌「ムー」が創刊することになります。ドラマ界の革命的コメディ作品と、オカルトというマニアなジャンルを大ヒットさせた雑誌界での革命が同時期に存在していたというのは面白い偶然のように感じます。ドラマと雑誌には何の関係もなく、ドラマの「ムー」は、演出家の久世光彦が、それまでのホームドラマと違いを出すために片仮名1字の記号のようなタイトルにしようとしたところから適当に名付けられたもののようですし、雑誌のほうは超古代文明説でお馴染みの幻のムー大陸からとられた名前です。


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ドラマ「ムー」オープニング 1977年 横尾忠則:OPデザイン 久世光彦:演出 TBS


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インド風のイメージをベースにフランスの画家アングルの絵やマリリン・モンローやターザンなどのハリウッド的イメージやフリーメーソンのシンボル「万物を見通す目」などなど当時の横尾さんのマイブームが蛍光色でサイケにアレンジされ詰め込まれたキテレツなイメージがたまりません。マジシャンとしても名声の高い荒木一郎によるバックに流れるインド風の神秘的な音楽もとても良いですね。


飛行機矢追純一と「ムー」

UFO界のレジェンド、矢追純一がUFO関連の番組を「11PM」などでぽつぽつ作りはじめるのが1960年代で、この頃にはオカルト雑誌などでもUFO問題が取り上げられるようになります。矢追氏が本腰を入れてUFO特番を精力的に作りはじめるのはその後の1970年代の後半になってからのようで、日本でUFOが一般に注目されたのは実質このあたりだと見ていいかもしれません。矢追純一のUFO特番は、日本にUFOというジャンルが定着する大きなきかっけになったと思います。嘘くさいとかハッタリかましすぎだとかいろいろ言われますが、テレビの娯楽番組ですから、真偽よりも先にまず視聴者を楽しませることを優先するのはしかたがありません。こうしたものは話題のきっかけになったり、今後のジャンルの開拓に繋がる突破口の役割を果たすだけで十分で、私はそこを評価したいです。


そんな感じで、このUFO特番で日本中がUFOブームにわき上がっている70年代後半に、今やオカルト雑誌の王者である学研の「ムー」(学研 1979〜)が創刊されます。オカルト専門誌は、実は「ムー」以前にもいくつか存在していましたが、どれも成人向けのマニアックなもので、エロとオカルトの混在したものでした。「ムー」以前の代表的なオカルト雑誌に「不思議な雑誌」(日本文芸社 1963〜1965年)や「オカルト時代」(みのり書房 1976〜1977年)などがありますが、「私は幽霊とベッドを共にした!」だの「秘境に謎の媚薬村を発見!」だのといったうさん臭い記事が満載で、実話系週刊誌の編集部が「ムー」を作ったらこうなるんじゃないか、みたいな猥雑で怪しげな雑誌です。「ムー」がオカルトを楽しくライトに扱うことで、それまでうさん臭いキワモノ的な娯楽だったオカルトが、誰もが楽しめる娯楽になったともいえます。矢追純一特番や「ムー」創刊以降、つまり80年代にはいるとUFOもオカルトもそれまでのマイナーな扱いから一気にメジャーなコンテンツとして取り上げられるようになります。今やオカルト番組のご意見番としてお馴染みの作家、山口敏太郎氏も「ムー」のコンテストで受賞したのがオカルトのジャンルに足を踏み入れるきかっけになっていますから、現代日本のオカルティズムにとって重要な役割を果たしてきた雑誌であるといえるでしょう。


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学研「ムー」の創刊号から9号までのヒトケタ号コレクション。5号と6号が抜けているのでいつか揃えたいです。上段の創刊号〜4号で表紙画を描いているのはスターウォーズのポスターなどで知られる去年急逝された世界的イラストレーターの生頼範義(おおらい のりよし)。下段の7〜9号の表紙画はポーランド出身のフランスの画家ウォジテク・シュドマク(Wojtek Siudmack)。ダリがSF画を描いたらこうなるんじゃないか、という感じのテイストが面白いです。日本ではこの「ムー」の仕事によって知られているのみの画家ですが、もっと日本でも周知されるべき才能の持ち主だと思います。シュドマク氏のアートワーク


謎の飛行物体が目撃されるという事件はUFOという言葉も無かった時代から世界中であったことが文献などであきらかになっていますが、実際にそれをUFOというオカルトのジャンルとして具体的に認識するきっかけになったのは1947年のケネス・アーノルド事件から、というのが定説になっています。「水面をはねるコーヒー皿のような飛び方をしていた」と"飛び方"を語ったものが「コーヒー皿のような物体だった」と"形状"に置き換えられて誤って伝えられ、「空飛ぶ円盤(フライング・ソーサー)」という言葉ができた。と、いうことですが、この誤報通りに、後に続々と円盤形のUFOばかりが目撃されるようになります。肯定派にとっては身も蓋もない成り行きに思えますが、こうした誤解がそのまま現実化するという経緯は、まさに大衆心理に原因がありそうですね。実際ユングはUFOを人間の無意識が空に投影されたものだという面白い説を発表しています。そして、ついには宇宙人と仲良くなって円盤に乗せてもらって金星に行ってきた、という衝撃の手記で一躍世界的に脚光をあびることになるジョージ・アダムスキーが登場します。たしかに普通に考えればアダムスキーの言っている事はトンデモなのですが、横尾さんの上記の自伝などを読んでいると、UFOコンタクティ(UFOと日常的に接触している人こと)の多くが言及しているUFO同乗の体験というのは、この世界とは意識次元の違う異世界的なところでの体験のような印象を受けます。実際横尾さん自身もUFOコンタクティのひとりで、著書でもそのコンタクトの様子を書いておられますが、どうも普通の意識状態でしている体験ではなさそうです。もしかすると、この世界には、人間が感じるこの現実世界だけでなく、レイヤー(階層)の違う別の次元が重なり合っていて、瞑想などで意識を精妙な段階に移行させることで、そうした次元にある世界を感じる事ができるようになるのかなぁ、などと最近は想像しています。


メモ参考サイト「UFO事件簿」

懐疑派の観点から客観的にUFO問題を解説なさっていて興味深いです。


メモ参考サイトユングとUFO


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『空飛ぶ円盤』カール・グスタフ・ユング:著 松代洋一:訳 朝日出版社 1976年


飛行機フェイク・プレーン

UFOは上記のように、最初は円盤形が主流で、「空飛ぶ円盤」というのは「UFO」と同義でした。しかし、しばらくすると、葉巻型や三角形のものなど、円盤形以外の形状のバリエーションが報告されるようになります。現代では、CGの技術やドローンなどのテクノロジーも発達していきているので、無数の突拍子も無いUFOがネットに溢れている始末です。あまりリアルだと嘘っぽく、あまり不明瞭だと見間違い説が濃厚になりますから、ますますUFO研究が難しい時代になってきたように察します。最近では人間型のUFOとか、馬の形をしたUFOとか、はては月などの天体のフリをしたUFOだとか、雲に擬態したUFOであるとか、もうとりあえず空に何か飛んでればUFO?という状態になってきているようです。もはやUFOのインフレのような状態です。そんな数あるニュータイプの中で、面白いと思ったのは「フェイク・プレーン」なるUFOの一種です。


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「文芸春秋デラックス UFOと宇宙船」文芸春秋社 1978年

いろいろな形のUFOを紹介するページ。おそらく元になった不鮮明な写真や目撃者の描いた稚拙な図などを参考にイラストレーターがプロの画力と想像力で思いっきり補ったUFOの絵なのでしょう。ネットで見かけた「子供が描いたモンスターをプロが本気で描き直してみた」記事を彷彿とします。とはいえ、こうしたイラストは小松崎茂など昭和の少年漫画誌のグラビアイラストのようなワクワク感があってミステリアスな空想をかきたてますね。


フェイク・プレーンというのは、UFOが飛行機に化けた偽飛行機のことです。UFOが円盤やその他の「いかにもUFOらしい形」をしていると人間に怪しまれるので、最近のUFOは、空を飛んでいても怪しまれない見慣れたモノ、つまり旅客機やヘリコプターなどの姿にホログラム的な技術によって擬態する事が多い、とのことです。飛行機そっくりのUFO、いやそれ本物の飛行機とどうやって見分けるの?という話になりますが、フェイク・プレーンの特徴は、一見すると飛行機のようだが見よう見まねで化けているので積み木の飛行機のような雑な造形であるとか、よく似てるけど翼がないとか、あり得ない変な色をしているとか、半透明であるとか、つまり、どこか不完全な擬態をしているそうです。一応国内外で報告されているフェイク・プレーンといわれている画像や動画をいろいろ見てみましたが、本物の飛行機をズームで拡大したときに起こる光学的な現象によるものばかりで、細部がデフォルメされることで変な形に見えるだけというものがほとんどでした。まぁ、ご察しのように、フェイク・プレーンとは、ただの飛行機をあれはUFOだ!と強弁しているものが多いようです。


ただ、その「UFOが飛行機に擬態する」というアイデアは、とても面白い着眼です。フェイク・プレーン現象とは、UFO現象というよりは、現実を楽しむファンタジーのひとつなのかもしれません。実は普通の旅客機であったにしても、「もしかしたらアレはUFOが飛行機に擬態しているのでは!?」なんて考えながら見ると、いつもの日常がちょっとファンタジックなものに変わっていきそうです。このフェイク・プレーンというUFO界のニューフェイスですが、これでふと思い出したのが先に言及したルネ・マグリットの絵画作品『黒い旗』だったわけです。描かれているのは、数機の飛行機が暗い曇り空の中に飛んでいる、というより浮遊している感じの、謎めいた景色ですが、よく見ると、その飛行機も飛行機に似せた不可解な物体であり、飛行するための機械的な構造を内部に有しているとは思えないその姿が、とても印象深い作品です。まさに未確認飛行物体であり、私がUFOに惹かれる理由のひとつは、ありえないモノが空を飛んでいるというファンタジーであり、たんにオカルト的な好奇心を刺激するだけでなく、ある意味シュルレアリスム的な、アート的な現象だからといえるかもしれません。


文字だけだとピンとこないと思いますので、UFOマニアのチャンネルに投稿されていたフェイク・プレーンのリンクを貼っておきます。



飛行機のようで飛行機でないという典型的な"フェイク・プレーンらしさ"のある映像。真偽はどうあれ面白い映像ですね。


飛行機宇宙と人間の神秘に関する雑感

パラレルワールド説は現代では真面目に議論されている宇宙論のアイデアのひとつですが、パラレルワールドの存在は、そうしたレイヤーの違う階層構造を持った異世界の存在がさほど夢想じみたアイデアではなさそうな期待を持たせてくれます。人間はこの宇宙に内包された存在ですから、人間の知性も、この宇宙にとって何らかの役に立つツールである可能性が高いですし、必要があって得られた能力であろうと思います。数学で4次元、5次元・・・・n次元と、無限の次元を人間の知性が扱うことができるのは、そもそもこの宇宙が無限のレイヤー構造を持っている可能性を持っているからこそ、「次元」という概念を思考することが可能になっているのではないだろうか、と、なんとなく感じます。


宇宙のほとんどの質量を占めるといわれる暗黒物質(ダークマター)は、質量を持っていることだけがわかっている謎の物質です。とりあえず存在していることだけが分かっているだけで、その正体は観測不可能というのですから、現代科学の力をもってしてもこの宇宙の大部分は謎だらけということだと思います。実体がなく質量だけが存在する、という、どうにも非科学的な存在を科学によって見つけてしまうというのが面白いですね。


UFOがうさん臭がられる理由は、太陽系外惑星から地球に到達するまでの気の遠くなるような距離の問題もありますが、一番ネックになるのは、UFOを飛ばせるほど高度な文明を築いた生物が同じ時期に互いに行き来できる距離に存在する可能性がほとんどゼロに等しいと思われるからです。人間以上に高度な知性を獲得した生物がいる惑星自体は、かなり高い確率で銀河系の中だけでも相当数あると思われますが、そうした種が繁栄している時期というのは宇宙の視点からは一瞬ですから、たまたま同じ時期にふたつ以上の惑星の知性体が、しかも行き来が可能な近距離に存在する可能性はとほうもなく低いといえるでしょう。しかし、可能性がどんなに低くても、母数が尋常じゃなく大きいのが宇宙ですから、ゼロでない限り常に可能性はあるともいえます。また、そうした判断の材料になっているのは、現時点での科学の知恵によるもので、もし現時点より進んだ新しいパラダイムが発見されれば、そうした常識さえ非常識となることもありえます。アインシュタインが相対性理論によって宇宙の常識をまるっと塗り替えてしまったように、ひとつの発見が昨日までの常識を180度変えてしまう事が十分あり得るわけです。


人類が地球が丸いことの実際的な証明を得たのは、マゼランの世界一周旅行によってということですが、今では常識中の常識であるような地球は丸いという初歩的な知識さえ500年程度の歴史しかないことになります。人類を月に送った時にアポロ11号の誘導に使われたスーパーコンピュータのスペックはファミコンなみだったというのはよく言われてますが、コンピュータの進化の著しさは文字通り日進月歩といえるでしょう。身近なパソコンでさえちょっと昔には当たり前に感じていた常識が数年で簡単に塗り替えられてしまうのですから、今の常識で物事の可能性を断定することはとても危うい面があると感じます。まぁ、何が言いたいかというと、UFOも頭から否定せずに、分からない事は基本的に自分の都合のいい方向(楽しい方向)で考えてしまってかまわないのではないか、ということです。UFOは非科学的ですが、あくまで現時点の科学では非科学的なだけで、これからも非科学的でありつづける保証もないのですから。


科学が予測できるのは常に現時点での科学による予測であって、その科学自体が進歩したらその都度変更を余儀なくされるのは、今までの歴史が証明しています。現時点での常識は、理性的な人間は、UFOもオカルトも信用ならない迷信俗信の類いであり非知性的なものだと考えるべきであるかのような空気があります。「常識」というのは、それによって社会は倫理や秩序を保つことを可能にしますから、必要なものでありますが、あくまで限られた時代や文化の中で効力を発揮するだけであり、絶対的なモノサシなのではない、ということを常に念頭に入れておくべきであろうと思います。常識というものはいつの時代もクセモノで、常識は先入観となり、やがては自由な発想を封じ込めるようになっていきます。だからといって、ほどほどのバランス、中庸が大事なのだ、と言ってみても、それを言うのは簡単ですが、この世は相対的な世界なので、何を持ってニュートラルと考えるのかは、結局は個々人の主観に依存するしかない、というジレンマがあります。


身近な太陽系のことすら年々新発見がされている状態で、知ろうとすればするほど、知らない事のほうが多いという事実を突きつけられるようです。おそらく科学が発展すればするほど、世界が明瞭になっていく以上に、むしろ人間が「何を知らなかったのか」を知っていくことでしょう。ダークマターなどはそうした良い例だと思います。つい10年前には冥王星が惑星から降格して、もっと巨大な準惑星エリスが見つかったりしてますし、さらに最近では木星よりも巨大な第9惑星が存在するかもしれない、という説が浮上していて天文ファンの話題の的になってます。仮説ではありますが、かなり有力視されているようで、研究チームによると太陽を1〜2万年かけて一周しているらしいとのことです。まるで一時期オカルト界隈で話題になっていた惑星ニビルを彷彿とする仮説で、ロマンをかきたてますね。


生命はその生存のために外界をいかに知覚するか、という事に全力を傾けます。人間は、さらに、自らが存在している宇宙自体について知ろうとしはじめています。これは人間の知的探求心であるだけでなく、宇宙自身が人間の知性を生み出したのですから、宇宙自身が自己発見していくゲームに興味を示しはじめた、と言い換えることもできるように思います。宇宙が、それ自体ひとつの存在でもありますが、「ひとつ」である限りは自分自身を知ることができません。ひとつであるゆえに「外」がなく、自分を観察する「対象」もなく、対象がないので自分を何かに比較することもなく、ひとりゆえに誰かと競うこともありません。


人間のユニークなところは、宇宙と分離した存在であるかのような勘違いをする生命体であるということです。人間はザックリ言えば宇宙で発生した宇宙生物ですから、これはちょっと不自然にも思える性質です。しかし、逆に宇宙にとって人間がそのような分離感を抱いているメリットは何か?と発想していくと、ある仮説が思い浮かびます。宇宙の立場から、宇宙の視点に立って考えてみます。それは、宇宙が「ひとり」でありながら、二人目(人間)の存在を仮定し、そうした自己暗示を自らにかけることで、バーチャルな「外部(つまり人間の意識)」を生み出したのではないか、という可能性についてです。人間が宇宙を知ろうとする行為は、とりもなおさず、宇宙が宇宙自身を知ろうとしている事にほかなりません。宇宙が、人間という思考する装置を138億年かけて生み出したのは、自分を知るためのバーチャルな「外部」を作り出すためだったのではないか、と思います。あくまでバーチャルなので、人間も「本当の事」に気づいたとたんに自分が「外部」ではなく、「内部」であり、究極には宇宙そのものであることを知ってしまい、そこでいったんゲームは終わります。この「気づいてしまうこと」というのが「悟り」といわれているものなのかもしれません。「ひとつ」であることは無限の安心感がありますが、分離の幻想に浸ることでダイナミックな快楽を得ることができます。この宇宙が静的でなく、つねに運動し、生々流転し、変化し続けているのは、そのような分離の幻想を宇宙自身が楽しんでいるからなのでしょうね。


人間は自力で空を飛ぶ事ができませんから、古来から空というのは、神々の住まう高次元の世界の暗喩でもありました。宗教画で天使の絵に鳥の翼が付いているのは、そうした「天界の住人」であることの象徴です。天体の動きは、神秘的な意味があるとされ、占星術などが生まれましたし、昔から空というのは神秘そのものの象徴であったのでしょう。そういう意味では、UFOというのは、現代における神話的な現象ともいえるのかもしれませんね。


posted by 八竹彗月 at 10:34| Comment(2) | 芸術

2015年12月25日

機械の美学・1 「バレエ・メカニック」

機械の造形的な美は、時として彫刻などの芸術作品を上回る美しさを感じることがあります。機械の造形美は、ただの芸術的感性によるものではなく、実用を追求した果てに結果として生じるメカニカルな美であります。自動車やミシンなど、最初から美しく見栄えを繕う必然性のある機械ばかりでなく、一般の人目につくことのない工作機械や実験器具なども、あらためて見ると、なんてカッコイイのだろう、と思う事がしばしばです。そういうわけで、今回は機械のメカニカルな美をテーマにいろいろ書いてみようと思います。

「機械」というと、現代では高度に複雑化してますし、コンピュータ制御されたヒューマノイドなど見ると、どことなく「人間まで後一歩」と思ってしまうほどの「人間らしさ」を感じますが、むしろ、そうした現代のハイテクノロジーの機械よりも、昔の歯車主体のアナログなマシーンにレトロな異世界感を感じて惹かれます。昔の機械に対するイメージというと、歯車の組み合わせによる単純な動きのイメージから、システムに取り込まれて人間性を失っていく社会を風刺するためのアナロジカルな負のイメージとしてしばしば引用されてきたと思います。

映画でもフリッツ・ラングの「メトロポリス」やチャーリー・チャップリンの「モダン・タイムス」などで、機械はどこか「非人間性」の象徴のような扱いです。機械はそもそも自然に湧いて出たものではなく、人間が作ったものですし、人間の生活を豊かにしてくれる助っ人であるのが本来の姿です。しかし、社会が近代化していくほどに権力者が機械によって庶民を支配するというコミュニズム的発想がどうしてもついてまわることになり、そうした社会不安が、自らを束縛する権力への比喩として機械を敵とみなす雰囲気を形成していったのではないかと感じます。

そうしたネガティブなイメージを背負っているからか、機械というものには、どこか物悲しいムードすら感じる事がありますが、逆にそこがまた愛らしいというか、いたいけなものを感じるのであります。機械にもし心があるとすれば、それはその機械の作り手である作者の設計思想を引き継いだものになるでしょう。最近なんとなく思うのは、機械は「役に立ちたい」という心を持っており、ちゃんと正しく使ってあげることで喜ぶような存在なのではないか、ということです。

なんだか案の定とりとめがなくなってきましたが、そんな感じで、機械の美や面白さを感じるアートや写真などをご紹介していこうと思います。

雷バレエ・メカニック

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TVFernand Leger - Ballet mecanique (1924)
「バレエ・メカニック」は、フェルナン・レジェ制作、マン・レイ撮影、ジョージ・アンタイル音楽、という豪華なコラボレーションで作られた実験映画。ダリ&ブニュエルの『アンダルシアの犬』を彷彿とするシュールな映像ですが、こちらのほうが4年ほど先に作られているので、影響をうけているとしたら『アンダルシアの犬』のほうでしょうね。前衛環境ビデオのような感じで、物語によって映像が繋がっているのではなく、タイトル通り「機械の舞」をテーマにイメージの連想ゲームのようにリズミカルに連なる映像がユニークです。

正直にいえば、当時のアヴァンギャルド映画としてみても、「アンダルシアの犬」や「詩人の血」など優れた実験作品は他にありますし、それほど目を見張るものがあるわけではないのですが、それでも歴史に埋もれることなく現代でもたびたび取沙汰されるのは、やはりフェルナン・レジェ、マン・レイといった高名な芸術家がかかわっているということによるのもあるでしょう。そして、なんにしてもこの「バレエ・メカニック」という思わせぶりなタイトルの魅惑的な引力によるところも要因として大きいのではないでしょうか。内容は「アンダルシアの犬」のほうが(個人的な見解ですが)圧倒的に上ですが、タイトルのポエティックなインパクトは逆に「バレエ・メカニック」が格段に上ですね。会話や文章などに引用したくなるカッコよさがある、といいましょうか。坂本龍一も同名の作品を作曲していますが、フェルナン・レジェの元ネタの映像やジョージ・アンタイルの楽曲とはあまり関係なさそうな雰囲気の曲です。おそらく映像作品としての「バレエ・メカニック」に対する思い入れというよりは、ただこのタイトルをつけたかったという理由が大きいように感じます。これもまさに、「バレエ・メカニック」というタイトルの魔力の為せる技なのではないでしょうか。

坂本龍一のオマージュ的な作品もいいですが、やはりオリジナルの楽曲こそ「バレエ・メカニック」という響きと共鳴していて好みです。「音楽の不良少年」と称されたジョージ・アンタイルのこの音楽のモダンなカッコよさもまた、「バレエ・メカニック」を見過ごせない作品にしている要因のひとつだと感じます。約90年前の音楽ですが、「かつての前衛」という古びた印象を感じさせず、むしろスティーブ・ライヒなどの現代音楽を思わせる新鮮なインパクトを感じます。サイレンや飛行機のエンジンなども楽器として使われ、パンクな、というより、この時代的にいうとダダ的なチャレンジ精神に満ち満ちた傑作です。実験映画というと取っ付きにくい面がありますが、ある意味、ジョージ・アンタイルの音楽のプロモーションビデオという感じで鑑賞すると気楽に楽しめますね。

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るんるんジョージ・アンタイル作曲「バレエ・メカニック」の演奏
検索するとロシアやドイツの楽団による名演奏もヒットしますが、個人的にイトゥス・アンサンブルによる見た目にもユニークな2012年の演奏風景をチョイスします。巨大なプロペラがシュールです。これがただの飾りではなく楽器として使われるというのが凄いですね。1970年代以降の現代音楽ではこのような試みは珍しくないのですが、さらに遡ること1920年代、90年前にもこのような刺激的な音楽が存在していることが驚きです。考えてみれば、この時代はダダイズムやシュルレアリスムといった芸術表現全般に影響を与えることになる前衛表現が席巻していた頃ですから、そうした意味では音楽の分野でもこうした表現があってもおかしくはないともいえます。しかし、ただ奇をてらった前衛音楽というだけでなく、意外にしっかり「音楽」としての醍醐味があって、独特のグルーヴ感のある面白い曲になっているところが時代を超えて聞き継がれている所以だろうと感じます。

雷フェルナンド・ヴィセンテの機械人間

近頃ちらほらネットで目にするシュールなサイボーグの作品が気になって調べてみると、フェルナンド・ヴィンセンテ(Fernando Vicente)というスペインのアーティストによるものでした。自動車の部品を説明した古いポスターに人体を上手い事ペインティングしているようです。SFというより、もっと別の奇妙なニュアンスを感じますね。メカニックにレトロ感のあるところがツボです。強い異世界感覚を覚える不思議な作品ですね。
フェルナンド・ヴィンセンテの作品

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解剖学的な機械人間を描く「アナトミアス(Anatomias)」シリーズより


雷アンソニー・ハウの風力芸術

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TVアンソニー・ハウの「風力彫刻」

アメリカ、ユタ州出身のアーティスト、アンソニー・ハウによるユニークな「風力彫刻」シリーズをセレクトした動画のようです。風を受けて奇妙な動きをするメタリックな造形の驚異! 異次元の機械のようなシュールなフォルムと不思議な動きがたまりません。素晴らしいセンスとアイデアです。一度生で見てみたいものです。

雷太田螢一の「働く僕ら」

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鬼才太田螢一によるレトロ・メカニックをテーマにしたユニークな絵本「働く僕ら」(リブロポート 1991年)。文章も日本語と共にドイツ語も併記されていてムードがあります。機械とドイツというと、テクノの先駆け、クラフトワークが思い浮かびますね。ドイツといっても、この絵本の場合、旧東ドイツのイメージでしょうか。1920年代の華々しさと重い空気感が同居した不思議な時代を背景にした感じで、独特のインダストリアルなユートピア感が表現されていて面白いです。

太田螢一というと、戸川純、上野耕路とのユニット「ゲルニカ」のメンバーとしても知られますが、個性の塊のようなイメージと画風、まさに異界の絵師ともいうべきアーティストで、今年はデビュー35周年になるそうです。本家HPでは、画業35周年を記念した企画ページを用意されていて、過去の傑作をたくさん拝見できます。気になる方は要チェックです。

雷テスラ・コイルの放電シーン

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テスラ・コイルの放電実験の様子。数百万ボルトの放電のすぐ近くで平気な様子で椅子に座っているニコラ・テスラの有名な画像ですが、この画像のインパクトは強烈ですね。アートパフォーマンスとしても一級のビジュアルで、実際にこういう実験を生で見てみたいです。ニコラ・テスラといえば、交流電流やラジオや蛍光灯などなど多数の発明で知られる天才発明家。彼の知名度は多大な実績のわりにマイナーなイメージもありますが、無線による送電システム発明が財閥の収益体制に打撃を与えるという理由でイルミナティに握り潰された、という陰謀論めいた噂とか、フィラデルフィア計画(テスラ・コイルを利用して巨大な駆逐艦エルドリッジをまるごと消失させたというミステリアスな都市伝説)にもからんだ人物であることから、なにかとオカルト界隈での知名度は圧倒的です。

テスラ・コイルの放電の様子を映した動画
posted by 八竹彗月 at 03:31| Comment(0) | 芸術

2015年08月12日

絶景!大清帝国

大清帝国は波乱に満ちた中国最後の統一王朝で、1636年から1912年まで続きましたが、日本でいうと江戸時代から明治時代あたりの時期で、日本がそうであったように、東洋に西洋文明が怒濤のように流入してきた時代であり、一風変わった国際意識というか、否応無く精神的に世界観の拡大が起きた時代であったのだろうと思います。思想面では神仙文化の土台であり元祖スピリチュアルな感じの老荘に惹かれますが、美術では、明治〜昭和初期の戦前文化が好みの私としては中国でいうと清の時代の和洋折衷ならぬ中洋折衷といいますか、そんな東西の混沌としたバランス感覚に面白みを感じています。

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『芥子園図画譜』より。
昔の中国人のステレオタイプなイメージのひとつ、ラーメンマンでおなじみの弁髪ですが、もともとは満州族の文化だったようですね。満州族が中国を統一し清王朝を築き、多数派の漢民族にも弁髪を強要したことでこの奇抜なヘアスタイルが世界に広く知られる事に。思ったほど中国の古い風習というわけではないのが意外ですね。中国のステレオタイプといえば、男性の弁髪に並んで女性の纏足がありますが、纏足のほうの歴史は古く、宋王朝にまで遡り、つい百年ほど前まで続いていたそうで、こちらは約千年ほどの歴史があるようです。


清朝末期から中華人民共和国が成立するまではさらにカオスな時代でしたが、美術面ではそうした波瀾万丈の時代に似合わずパラダイス感覚溢れる魅力的な美人画の広告が溢れていたようです。逆に混沌の時代だからこそ民衆は心に楽園を渇望していたのかもしれませんね。この時代の中国の美人広告はけっこう人気があり、現在もレプリカのポスターや絵葉書、トランプの図柄などに流用されて楽しまれてます。

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戦前の中国美人広告画の第一人者、関對_による楽園感覚溢れるポスターを使用した絵葉書。

閑話休題、前置きが長くなりそうなので本題に。先日神保町の中国専門の古書を扱う店にぶらりと入り、何か面白い本はないかと物色してたところ、ものすごく琴線に響く画集を発見してしまいました。『呉友如画宝』と題する全3巻の横長の分厚い画集がソレなのですが、これは呉友如という清後期の絵師による膨大な作品を収録したもののようです。真偽不明の当時の怪奇なニュースや、歴史絵巻的なものや、美人画など、テーマは多岐にわたっていて、それらをイマジネーション豊かに描きあげていて飽きないです。

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『呉友如画宝』呉友如:画 上海古籍書店出版:刊 1983年
耽美、珍奇、風流な異才・呉友如の大量の作品が納められていて圧巻の一言。上中下巻とも電話帳のような分厚さです。中でも白眉なのが「海上百體図」と題された風流耽美な全百枚のシリーズで、今回はこの「海上百體図」からいくつかご紹介します。総じて、清朝特有の雅な宮廷ファションといい、生花、盆景などインテリア全般に華美な装飾が施されていて、モノクロ作品ながら極彩色の色彩を感じる逸品揃いです。


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庭園の奇石を肴に飲茶を楽しむ風雅な美女たち。奇石というのは、絵に描かれているような、珍妙な形状の岩石を愛でる趣味のことで、唐以前にまで遡るかなり古い中国の文化です。日本にも700年ほど前に中国から奇石趣味が伝わった形跡があるみたいですが、江戸時代中期には広く流行り、後にはつげ義春の『無能の人』でお馴染みの水石趣味として独自の発展がみられます。

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蘇州庭園に見られる奇石。日本の水石は、やはり日本らしく侘び寂びな静かな美を表しますが、中国の奇石はダイナミックでユニークな形状の珍妙さを楽しむようなところがあり、こちらもなかなか面白い世界だと思います。中国奇石のサイト(英語)

『呉友如画宝』は全く予備知識の無いままインスピレーションでゲットしたのですが、後で調べると、武田雅哉、中野美代子の著書などをはじめとする中国関係の面白図版などの引用元にけっこう見受けられるネタ本のひとつで、また、水木しげるの妖怪絵図のインスピレーション元になってたりする図版もあるそうで、けっこう評価の高い絵師のようです。しかし私が惹かれたのは、そうした珍奇な面ではなく、絶景の中に息づく美女の図の耽美な描写のほうで、ご覧の通り、絵師の底知れぬクリエイティビティを感じるところです。画集には、清朝末期、魔都・上海を舞台に活躍したといわれる呉友如の自在な筆の魔力が何千枚も納められていて、まだ全て鑑賞しきれてませんが、熱の冷めないうちに記事にしてみました。

異才・呉友如の画業は、これまた日本の中国研究における奇才・武田雅哉先生も著書『清朝絵師 呉友如の事件帖』(1998年)で詳しく紹介されているようで、こちらもそのうち読んでみたいと思ってます。
posted by 八竹彗月 at 03:37| Comment(0) | 芸術