2014年04月05日

桜景色

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先日、千鳥ヶ淵の満開の桜を見物してきました。

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絶景なり。

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まるで雪景色のようです。

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桜の名所は都内にもけっこうあるのですが、あえて今年ココを選んだのは、古本の街、神保町が歩いて行ける距離にあるからです。桜を見た後は、ぶらりと神保町に足を運んで古書を物色するのも楽しいです。

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この日は薄曇りで、ちょっと肌寒かったですが、たくさんの花見客で賑わっていて楽しかったです。

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雪のように白く咲き乱れる満開の桜を見ていると、いつも思い出すのは、梶井基次郎の掌編「桜の樹の下には」の一説です。全文は青空文庫で読めます。

桜の樹の下には
梶井基次郎

 桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。何故(なぜ)って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。


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自分のキャパシティをはるかに超えた「美」を目の前にすると、それを楽しむどころか、ある種「恐怖」に似た感情、それは「畏れ」と似た感情なのかもしれませんが、そういうどこか微妙な居心地の悪さを梶井は嗅ぎ取ったのかもしれませんね。そのとらえどころの無い想いを梶井なりに寓意的に「屍体が埋まっている」と表現したのかもしれません。

桜は樹木なので、根っこが当然あります。土の上のきらびやかな花と対照的に、地中深く、闇へ闇へと触手を伸ばす「根」。虫や動物や、そして当然、人間の屍体でさえも、養分として吸い上げる「根」。ニーチェの「ツァラトゥストラ」で語られる名言にも、こうした樹木の二面性を人間そのものに例えたものがありましたね。

人間は樹木のようなものだ。木は高みへ、明るみへ登れば登るほど、その根はいよいよ強く地中へ、暗い方へ・・・悪へ向かう。
「ツァラトゥストラはかく語りき」フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)


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あまり深く考えると、それこそ思考が暗い地中に潜っていきそうですね。せっかく奇麗に咲いている桜の花に申し訳なってくるので、この辺りでダーク方面の思考から離れましょう。落語や漫才など、お笑い芸は好きですが、「笑いについて」みたいな事を考えていくと、そんなに笑えるような議論にならないのと似てますね。

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ただ、一時の間、日本中の景色を一斉に美しく彩る桜を、余計な事を考えずに愛で楽しむのが正解ですね。

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タグ:日記 雑記
posted by 八竹彗月 at 16:19| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
絶景ですね〜〜
私は今年も高野台から石神井までの桜をタイミング良く満開の時に自転車で通りながらの花見でした☆
最近もそうですがその日も夕方くらいからやたら寒くなって帰り道お腹壊しそうでしたw
Posted by dekoya at 2014年04月13日 21:43
あそこの桜も知られざる絶景ポイントですよね^^
元気に満開に咲く桜を見てるともう完璧に「春!」という気分になりますが、まだ日が暮れると肌寒いので、風邪にはお気をつけ下さい。

私が見てきた千鳥ヶ淵はやたら知名度の高い桜の名所なので、人が多くてゆっくりした気持ちで鑑賞できないという面もありました。しかし時節柄、近くの施設で花見をテーマにした絵葉書展が無料で公開されてたり、近接する靖国神社も満開で、生花などの奉納イベントがあったり、名所ならではの活気がありました。

帰りの神保町では、モンキー・パンチが表紙画を描いていた頃の「漫画アクション」が安くワゴン売りされてたので、いい感じのものを数冊購入して帰宅しました^^
Posted by イヒ太郎 at 2014年04月15日 00:11
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