2014年03月29日

骰子の七番目の目を求めて

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サイコロのコレクション。

今回はサイコロについて話してみようと思います。サイコロのルーツは、少なくとも5千年前にまで遡るそうで、その正六面体のキューブに刻まれた21個の"目"は、古くからゲーム、占い、ギャンブルなどに使われ、人間の欲望の歴史を見守ってきたのでしょうね。数字の目の割り振りは、裏面との和が7になるように配置されているのは知ってましたが、具体的に全ての目の配置にもルールがあるんだろうな、と思ってwikiを見てみると、「天一地六東五西二南三北四」というルールがある、とのことでした。1の目だけ特別大きい赤い丸、というお馴染みのサイコロは、どうやら日本で広まった独特の仕様のようで、大正時代あたりに日の丸をイメージして1の目があのような赤丸になったという説もあるそうですが、はっきりした事はわかっていないようです。

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アニメ「ガンバの冒険」に、ニヒルな博打好きの"イカサマ"というキャラがいます。黒いサイコロふたつを常に弄んでいるアウトローっぽいキャラで、私がサイコロに興味をもったきっかけのひとつでもあります。「あの"イカサマ"の持ってる黒いサイコロが欲しい」と思いながら見てたものですが、なかなか見つからず、そのまま時が過ぎました。写真は、忘れた頃になにげなく見つけた"イカサマ"風の黒いサイコロです。

ダダ・シュルレアリスムの詩人、ジョルジュ・ユニェ(Georges Hugnet 1906-1974)の代表作に「骰子の七番目の目」という前衛詩集があります。内容はやはりシュルレアリスム的、というか、難解というか、まぁナンセンスでエロティックで攻撃的な詩です。それにしても秀逸なタイトルであります。「骰子の七番目の目」、タイトルだけでこれだけシュルレアリスムを体現した言葉はないですね。ロートレアモンの「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」よりもヒネリのある上質なポエジーを感じます。6面体以上の多面体のサイコロならいざしらず、通常の正六面体サイコロは6番目の目で終わりで、7番目の目などありません。では、7番目の目はどこにあるのか?異次元感覚を伴うオカルティックで不思議なイメージですね。以前、その7番目の目を、てんとう虫(ナナホシテントウ)に例えた絵を描いたことがありました。てんとう虫の七つの星は、どこかサイコロの目の並びを連想するところがあり、「てんとう虫はサイコロの7番目の目を担う異次元生物である」という空想をしてみると、不思議な気分になってきます。

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1、2、3・・・おや? こ、これはサイコロの七番目の目ではないか!異次元の扉がついに開いてしまったのか!・・・・冗談はこのくらいにして、これは7から12までの目がふられたサイコロです。通常のサイコロと合わせて使うものでしょうか?使い道がよくわからない変わり種サイコロです。

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オーソドックスな白いサイコロ。サイズ違いのサイコロをセラミックの手のひらに乗せてみました。けっこうシュールな絵面になりましたね。

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変わり種サイコロ。ダーツの矢の本数が目の数に対応しています。

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ポーカーダイスという、ポーカーをトランプでなくサイコロで行うという風変わりなゲームがあります。これはその遊びのためのサイコロです。

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スワロフスキー・ダイス。黒地に妖しく輝く赤いガラスの目が耽美な感じです。

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十二支ダイスと星座ダイス。オカルトな雰囲気が面白いです。

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大正15年の「幼女の友」新年号の付録、「幼女フラワー双六」。双六にサイコロは必需品ですね。

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明治のサイコロキャラメル・・・ではなく、明治のサイコロキャラメルそっくりなパズルゲームです。キャラメルはプラスティック製です。創業81年の老舗玩具メーカー、ハナヤマが明治製菓からライセンスを得て作ったユニークな商品。

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15〜16世紀のドイツで作られた不思議な形のサイコロ。画像は「ゲームの世界 知と遊びの博物館」(フレデリック・V・グランフェルド:著 日本ブリタニカ:発行 1978年)より。他にも、ネットでサイコロの歴史を検索をすると、昔のアンティークなサイコロの画像がいろいろ見れて楽しいです。

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荒俣宏がテレビで昔「サイコロの目の並びは、"数"の象形文字なんです」と言っていたのを思い出します。当時その言葉に「なるほど!」と衝撃を受けたのを思い出します。言葉ひとつで、サイコロという何気ないモノが、どこか呪術めいた妖しげなモノに変容していくように感じられました。"数"という最も抽象的な概念を見事にビジュアル化した物体がサイコロだ、というのはとても面白い視点ですね。

かつてピタゴラスは「数は万物の根源である」とするオカルティックな教団の教祖だったというのは有名なエピソードです。ピタゴラスの定理などで知られる数学者ですが、数学という合理的で純粋な学問としてだけでなく、神秘思想や宗教的な思想が混じった不思議なその数学思想は、とても興味を惹かれます。ピタゴラスは、奇数を男性数、偶数を女性数と考えました。特に2は女性をあらわし、3は男性をあらわします。2+3=5で、5は「結婚」をあらわします。1は唯一無二の「神」をあらわし、4は2と2に奇麗に分割できることから「正義」をあらわします。サイコロの最後の目でもある6については、最大の目にふさわしく「完全数」とされています。これは、6がいくつものユニークな性質を兼ね備えているからです。6は1+2+3に分けれます。また、六つの1、三つの2、二つの3と1〜3の全てで割り切れます。その他にも、旧約聖書の創世記では神は世界を六日で創ったと書かれていますし、ダビデの六芒星、蜂の巣の個々の房の六角構造など、文化的なシンボルや自然の造形など、さまざまな現れ方をする「6」は、とても安定した特別な数として格別の地位をあたえられていたようですね。

「6はそれ自体で完全な数である。神は全ての物を六日で作られた、というのはこの数は完全だからである」
聖アウグスチヌス(354−430)
posted by 八竹彗月 at 10:06| Comment(2) | コレクション
この記事へのコメント
サイコロ...なかなかアートな感じで良いですねっ。

西洋に古くからある12進数文化での「13」とか、
桁が上がった次の数が忌み数になる文化って結構多いと聞いた事があります。

「6」は、5本指で数えるが故の10進数文化での忌み数だと思ってましたが、
なるほど分割を考えての神秘性も、あり得そうですね。

ボクは、10進数で考えるから円周率が困った事になると思ったので、
円周率とかフラクタル次元とかの無理数を基準にした数え方があり得るのかなとか想像。
もし宇宙人の文化を知る機会なんてのがあったら、2進、8進、10進、16進以外の、
全く別の考え方を知る事が出来るかも知れないです。
その、別の考えで再構築された文化を、いつか見てみたいです。
...100年程度じゃ無理でしょうけどね(^^ゞ
Posted by あっきー(t_aki) at 2014年04月06日 13:11
たしかに、なにげなく使ってる最も一般的な10進数って、指の数以外になにか合理的な理由があるのか気になってました。せっかくなので、ざっとネットで検索してみましたが、いきつく最大の理由は、やっぱり指の数のようですね。つまり、人間にとってもっとも扱いやすい「数」であるから、という事のようです。

時間を計るときに使う十二進数は、地球の公転周期などから割り出されたもののようで、コレもまた、「地球上に住んでいる者」にとって扱いやすい数というだけのようで、おっしゃるように、そうした事情が一致しない遠い星に住む宇宙人には、また別の尺度で計る「数」が存在するのかもしれませんね。

抽象概念として考えると無限の可能性がありそうな「数」ですが、幾何学の世界では、宇宙のどこでも通用しそうな絶対的とも思える概念があり、例えば、今回のテーマ、サイコロに関するものでいうと、サイコロはどの面も同じ確率で目を出す必要があるため、サイコロには正多面体が使われます。

この正多面体には正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体の五種類しか存在しないことが証明されています。もっとたくさんあってもよさそうなのに、この宇宙では正多面体はたった5つしか存在を許されていないというのは不思議な感じです。

そうしてみると、どのような星に住む宇宙人にも共通の概念というものも、こうした所から導きだせそうな希望も感じます。ついさきほど、なぜ正多面体が5種類しかないのかをわかりやすく解説したサイトを見つけて拝読してたんですが、いまさらながらですが、良い勉強になりました。もっと難しい理屈があるのかな、と思ってましたが、けっこう感覚的に理解できる理由なんですね〜

正多面体が5種類しかない理由
http://www.suguru.jp/www.monjirou.net/semi/polyhedron/
Posted by イヒ太郎 at 2014年04月07日 00:41
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