2014年01月20日

無垢の楽園「エコール」

ecole_ad.jpg
映画「エコール」のチラシ。B5サイズ。
2004年 フランス映画 監督・脚本:ルシール・アザリロヴィック 原作:「ミネ・ハハ」フランク・ヴェデキント 協賛:アニエスb


いつか書こうと思っていた「エコール」ですが、思い入れのある映画ゆえに、考えすぎてしまってなかなか手をつけれませんでした。気負いすぎるといつになるかわからないので、何も考えずに勢いで書いてみようと思います。

P1150010.jpg
細長い蛇腹折りのチラシ。

P1150011.jpg
同上チラシを開いたところ。

緑に囲まれた森の中にひっそりと佇む少女だけの秘密の学校。イリス、アリス、ビアンカの3人の少女の視点から、謎めいた学校を舞台に描かれる寓意的でシュールな作品です。鮮やかな緑の森を舞う、真っ白な制服の少女たちを通して、無垢であるがゆえのエロスを見事に描き出した傑作。とても好きな映画です。原題は「イノセンス(Innocence)」ですが、押井守のアニメ映画との混同を避けるために作者の了承の下、日本では「エコール」として公開されたようです。

P1150042.jpg
「エコール」のDVD。ピクチャーレーベルが美しい。

どこか深い地底から地上を目指すモグラような視点の奇妙な映像から物語ははじまります。やがて地を出ると水底で、さらに水面を目指して上昇する映像。やっと地上に出ると、自然豊かな森の中の映像がしばらく続きます。これは原作の「ミネ・ハハ」で描かれる序盤の以下の部分の映像化だと思いますが、なかなか思わせぶりでユニークな演出です。

刻み込まれた、古い記憶の中に潜っていく。
途切れ途切れの記憶。
記憶の隅にある、いちばん最初の記憶まで、深く、深く。

光が見える。
わたしは光の中にいる。
透ける緑色の葉。
隙間からこぼれる、金色の光。

わたしは、二歳くらいだろうか。
たしか、その夏は雨が降らなかった。
わたしは、夏の太陽を透かした葉を見つめていた。
生まれてはじめて知った空の色も、この色だった。
一点の曇りもなく、輝く緑。

わたしには、この色が幸せの色に映る。今でも、本当に時折、子供の頃のように心が躍る瞬間がある。そのとき、わたしはこの色を見ている。希望さえも含まない純粋な幸福の緑色。希望の色は何色だろうか。
その色を知るには、わたしは歳をとりすぎてしまった。
今はもう、胸に希望を抱く理由もないのだから。


P1150034.jpg
「ミネ・ハハ」フランク・ヴェデキント:著 市川実和子:訳 リトルモア:発行 2006年

少女たちのフェティッシュでエロティックな表現も躊躇することなく挿入されていて、公開当時のレビューも性的な表現の部分に賛否が別れているようです。しかし、そもそも少女もまた人間である以上、性からまったく切り離された「無垢」などというものは嘘であることを女性であるルシール監督は前提として理解していますし、偽善的、建前的な「無垢」ではなく、もっと深い意味での「無垢」を表現したかったのではないかと推察します。

ルシール監督の描く「無垢」は、性への関心を建前的に封印した少女によってではなく、年相応に当たり前に性と向き合う少女の姿の中に見いだせる「無垢性」こそが本物なのだ、という哲学を感じます。少女の、無邪気さゆえに純粋に邪悪を求めていく姿を描いた「小さな悪の華」(1970年 フランス ジョエル・セリア:監督)もまた、「無垢」とは何かを深く追求した先に見える本質に気づかされます。

P1150016.jpg
「エコール」パンフレット

この学校は天国であり、同時に刑務所でもあるのです。
ルシール・アザリロヴィック(「エコール」パンフレットのインタビューより抜粋)


ある意味、無垢であること、純粋であることは、俗世で生きるのに不便な特質です。だから彼女たちは俗世から切り離された森の中で、妖精のように生きています。しかし、彼女たちが無垢であることを許されるのは、まさに少女ゆえの特権であって、永続的な資質なのではありません。やがて初潮を迎える頃に少女たちは、エコール(学校)を巣立つわけですが、映画では、学校を卒業したその後の少女の顛末についてあまり明確に描いていません。しかしながらとても想像をかきたてられるユニークなラストであります。

P1150024.jpg
「エコール Les poupées d'Hizuki dans L'Ecole」陽月・吉田良:著 アニエス・b:衣装 飛鳥新社:発行 2006年
人形作家の陽月さんによるもうひとつの「エコール」。想像以上に素晴らしい作品集です。可愛らしく妖しい球体関節人形によって「エコール」の世界が見事に表現されています。石坂圭一氏による美しい装丁も見事です。


「無垢な少女」という記号性は、学年を示すリボンの色分けや、アニエス・bのデザインする真っ白な服によって際立ったビジュアルイメージで表現されます。なにか大きな事件が起こるわけでもなく、一見地味なシナリオですが、ビジュアルはそれを補うように饒舌で、少女の小悪魔的な内面や、やがてやってくる初潮への畏れなどを、セリフに頼る事なく「絵」として様々な角度から描き出していて退屈しません。

P1150030.jpg
金井美恵子「春の画の館」思潮社 1973年

彼女たちの通う学校は、どこか売春宿の寓意を匂わせていて、この映画を見て私はすぐに、金井美恵子の散文詩「春の画の館」を思い出しました。以前にも記事で触れましたが、「春の画の館」は、「エコール」よりも、もっと具体的に「春の画の館では公然と売春が行われる」と書かれていて、その館は、少女だけでなく、少年もいます。この作品も寓意的で、「エコール」の世界に通じる質感を感じました。興味のある方はぜひ読んで欲しい作品です。

奇しくも「エコール」日本公開と同年の2006年に、ゲーム「ルール・オブ・ローズ」がPS2ソフトとして発売になります。無邪気で邪悪な少女たちが支配する寂れた孤児院に迷い込んでしまった主人公を襲う怪異を、ファンタジックに描いた作品で、これもどこか「エコール」的な世界を感じるユニークなゲームです。

P1150051.jpg
(右)映画「カルネ」(1994年)パンフレット (左)映画「ミミ」(1996年)のポストカード。
「エコール」の監督ルシール・アザリロヴィックは、現代を舞台にしたリアル赤ずきんちゃんと言われたあの映画「ミミ」の監督でもあり、序盤の衝撃的な映像で話題になったギャスパー・ノエの「カルネ」の編集にもかかわっていたようですね。

P1150015.jpg
日本では2006年に渋谷シネマライズで上映され、運良く私も劇場公開を見ることができました。

「エコール」日本版トレーラー
少女のひそひそ声にドキッとします。秀逸な予告編ですね。
posted by 八竹彗月 at 00:39| Comment(2) | 映画
この記事へのコメント
とある趣味の人の間ではかなり話題になったエコールですが、わたしは熱狂することも無く、というかかなり後になってからこの映画を知っていつぞやWOWOWかスカパーで見たのですがなんか芸術性が高くて息子が寝たままでしたw
あ、すみませんいやらしい目でしか見られなくて!!!w
Posted by dekoya at 2014年02月02日 23:30
私は最初に映画館で見たのですが、女性監督が少女をテーマにして撮っている作品だけあって、音から色彩から、スクリーンの端々から少女のフェロモンが漂ってくる感じでした。ただ鑑賞しているだけで、女子更衣室を覗き見しているかのような背徳感があり、ドキドキしてました。

エロス的な部分だけでなく、少女という存在そのものを寓意的に表現している作品で、私にとっては屈指の傑作ですが、たしかに、この手の作品は好みが分かれそうですね。この映画の舞台は、少女だけが生息するファンタジックな異世界であるのも、楽園幻想を刺激して楽しかったです。
Posted by イヒ太郎 at 2014年02月03日 14:21
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: