2012年10月09日

塔のロマン

塔はとても神秘的で好きなイメージのひとつです。
童話『ラプンツェル』は魔女との契約により塔に幽閉された少女の話ですが、魔女の支配する塔というオカルティックな設定は恐怖小説の短編『塔のなかの部屋』(エドワード・F・ベンスン作 1867-1940)でも幻想的に描かれています。こちらの作品も暗黒童話のような独特の恐怖の情緒が表現されていてなかなかの逸品です。この作品は意外に日本での認知は低いようで、私は荒俣宏編『世界の恐怖怪談』で短くリライトしたものを読んだのが初めてでした。怪奇文学のバイブル的傑作集『怪奇幻想の文学』 (新人物往来社)の第1巻にも収録されていますがこの選集も現在は絶版のようですね。日本はけっこうホラー関係には興味のある人が多いはずなのですが、こうした恐怖文学の原点があまり着目されないのは不思議な気もします。クトゥルー関係は人気のようですが、それ以外は目に触れる機会が少ないですね。

【アニメや漫画に現れる塔のイメージ】

未だに根強く支持されるルパン三世の劇場版作品『カリオストロの城』は、塔に幽閉された少女、それを救いに来る英雄という基本構造が『ラプンツェル』を彷彿としますね。鳥山明の『ドラゴンボール』にみられるオイディプス神話との類似を指摘した本がありましたが、書名をど忘れしてしまいました。ジョージ・ルーカスは『スターウォーズ』の脚本を執筆するにあたり、神話学者ジョセフ・キャンベルの代表的な著作『千の顔を持つ英雄』を参考にしたという話もききます。古い童話や神話などにみられる構造は、しばしば現代のヒット作の根底に潜んでいるケースが見受けられますが、それは作者が意図するしないにかかわらず「娯楽性」の本質的な部分と神話的な構造に大衆の琴線に触れる何らかの通じるものがあるのかもしれませんね。

塔を偏愛するようになったきっかけのひとつは車田正美の漫画『リングにかけろ』に登場する「影道(シャドウ)の塔」です。塔のデザインは法隆寺の五重塔が元ネタでしょうか。正統なボクシングの歴史の裏で、別の系統の闇のボクシングがひそかに現代まで続いていたというアイデアがまずユニークでしたね。「影道」と呼ばれる忍者の一族のような絆で結束している邪悪な流派が、ある野望のためにアマチュアボクシングのチャンピオンである主人公の姉を塔に監禁し、主人公は姉を救うために影道の塔の最上階を目指すというエピソードです。各階にはそれぞれギミックを凝らした敵がいて、倒さないと上の階に行けないルールになっていますが、これは当時大ブームだったブルースリーの映画『死亡遊戯』が元ネタになっていると思います。各階に用意された戦闘は後の人気漫画『男塾』に出てきそうなムチャクチャ危険なバトルばかりで、塔という舞台のゲーム性も手伝って全ての車田作品の中でも最も好きなエピソードです。

ちなみに、ブルースリーの『死亡遊戯』にみられる塔バトルの階層構造のアイデアは漫画家小林よしのりにも影響を与えていて、80年代初頭に『格闘お遊戯』というオマージュ的な作品を彼は描いています。当時大人気だったリーやジャッキーチェンのカンフー映画によくあるネタのパロディが満載の楽しい作品です。クライマックスは、『リングにかけろ』以上にそのまんまな黄色いライダースーツを着て最上階を目指すというもので、彼らしいユーモアと熱気で描かれていてけっこう面白かったです。

【バベルの塔】

縄文時代の太古の生命力を表した岡本太郎の『太陽の塔』は、『リンかけ』の影道編のクライマックスの舞台にもなった万博記念公園にてバトルに趣を与えていました。岡本太郎の最も有名な代表作で、私も大のお気に入りです。しかし、塔といえば人間の傲慢さを象徴する『バベルの塔』を抜きには語れないでしょう。普遍的な神秘性をたたえた神話的な塔であるバベルの塔はブリューゲルの筆によってそのイメージに存在感を与えられました。ブリューゲルのバベルの塔は無数にある「塔」の中でも代表格のようなイメージですね。

南米文学のブームが90年代あたりにありましたが、それより以前に寺山修司はガルシア・マルケスやホルヘ・ルイス・ボルヘスなどに傾倒してよくエッセイなどで紹介してました。そのボルヘス(アルゼンチン・1899-1986)の短編集『伝記集』に収録された『バベルの図書館』というとても秀逸な掌編があります。ほとんど無限に近い膨大な数の書物を納めた架空の図書館のイメージを描いていて、無限の本は天と地に無限に重なった六角形の閲覧室の本棚に並んでいると書かれています。アルファベットで表現可能な全ての組み合わせの本が存在し、ゆえにほとんどの本は無意味な文字列が書かれたゴミのような本ですが、古今の名作駄作の全ても内包しており、また未来に書かれるであろう作品すら所蔵されています。ビブリオ・マニアにはたまらない魔性の図書館ですね。

横山光輝の漫画『バビル二世』はバベルの塔に込められた神秘や寓意をSF的に再解釈したバベルの塔を描いていて面白いですね。つまりバベルの塔は古代の地球に不時着した宇宙人が設計して造ったものだという、いわゆるオカルトマニアにはお馴染みの超古代文明説を土台にした物語で、現代までずっと塔は立っているが砂漠の砂嵐によって隠されていて普段は人目につかずに存在しているという設定です。この辺りはアニメの『ラピュタ』と似たロマンチシズムを感じますね。

【塔の魅力】

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昭和11年に南満州鉄道株式会社から発行された写真集『満州概観』に掲載されている塔の写真。『天空の城ラピュタ』を思わせる不思議な形の塔ですね。

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中国の古塔。塔に関してはアジアのもののほうが不思議な造形のものが多くて惹かれます。
『世界の古塔』佐原六郎著 雪華社 昭和47年

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古塔をテーマにした中国の切手

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イラク、サマラの回教寺院尖塔。螺旋状の造形は天界への道のりを寓意的に表しているかのようですね。

タロットカードの「塔のカード」は稲妻に打たれて崩れ落ちるミステリアスな図像が描かれていますが、これはバベルの塔がモチーフになっています。「災難」や「事故」などを表すカードで、タロットカードは逆位置は意味が正反対になるものが多いですが、このカードの場合は逆位置の意味も「投獄」「窮地」など不吉な意味を持ちます。
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代表的な3つのタロットカードに描かれた「塔」。
左から「1JJ」タロット、マルセイユ版タロット、ライダー版タロット。一般に占いに一番適しているのはライダー版だと言われていますが、「1JJ」やマルセイユ版の妖しい感じに惹かれます。ちなみに私はまだ占いに使ったことは一度もありません。カードの意味を覚えるのが面倒なので。

【ハノイの塔】

パズルで有名な『ハノイの塔』はフランスの数学者エドゥアール・リュカが1883年に発売したゲームで、3本の柱のひとつに数枚の円盤がピラミッド状に重ねられており、中央の柱をうまく利用しながら規則に従って反対側に円盤を移し替えるパズルです。当初パズルに同梱されていた解説書には、インドに伝わる伝説をモチーフにしたパズルだと書かれていたそうです。

インドのガンジス河の畔のヴァラナシ(ベナレス)に、世界の中心を表すという巨大な寺院がある。そこには青銅の板の上に、長さ1キュビット、太さが蜂の体ほどの3本のダイヤモンドの針が立てられている。そのうちの1本には、天地創造のときに神が64枚の純金の円盤を大きい円盤から順に重ねて置いた。これが「ブラフマーの塔」である。司祭たちはそこで、昼夜を通して円盤を別の柱に移し替えている(移し変えのルールの説明は省略)。そして、全ての円盤の移し替えが終わったときに、世界は崩壊し終焉を迎える。wikiより)

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『孔子暗黒伝』(諸星大二郎著 集英社刊)
この伝説は諸星先生の作品にも「梵天の塔」という名前で描かれていて面白かったです。規則通りに64枚の円盤を全て移し替えるには1秒に10手前後という高速で、しかも手数が最小になるような最善手で行ったとしても600億年近くかかる計算になるようです。

「塔」は、しばしばフロイト的にペニスの象徴として語られるケースもありますが『世界シンボル辞典』(三省堂)によれば、「塔」の象徴的な意味は「上昇、不眠の見張り」で、少女が幽閉された塔は処女性や聖母マリアを象徴するようです。

【押絵と旅する男】

そんな「塔」好きの私ですが、一番好きな塔は何か?と聞かれたなら「凌雲閣」と即答します。通称「浅草十二階」と呼ばれた明治大正の東京を象徴するランドマークタワーで、関東大震災により惜しくも東京からその姿を消してしまいました。都庁舎や東京タワーなど200メートルを越える建造物が珍しくない現代からすると、高さ52メートルの凌雲閣は小さく感じますが当時は高層ビルなどありませんでしたから、東京の空にひときわ妖しくそびえる姿はさぞや絶景だったのではないでしょうか。
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いかにも明治の建造物らしい洋風モダンなデザインで、ウィリアム・K・バルトンという外国人が設計したようです。この塔に惹かれる一番の理由は、江戸川乱歩の短編『押絵と旅する男』にミステリアスに描かれていたからです。はじめて読んだ時は、どんな塔なんだろうと想像がふくらみ、当時の写真を探して見てみると思ったよりも素敵な塔で感激しました。
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あなたは、十二階にお登りなすったことがおありですか。ああ、おありなさらない。それは残念ですね。あれは一体、どこの魔法使いが建てましたものか、実に途方もない変てこれんな代物でございましたよ。(江戸川乱歩『押絵と旅する男』)
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『押絵と旅する男』は推理ものではなく、奇妙な幻想小説です。富山県の魚津に蜃気楼を見物しに旅に出た男が、夕暮れ時東京に帰るために汽車に乗り込みます。車両には自分ともうひとりの奇妙な客だけがおり、薄暗い車内でふとしたきっかけで男の身の上話を聞くはこびになる。というのが発端で、物語には乱歩の得意とするレンズ嗜好や屈折したエロスが折り込まれ、ポエティックで怪奇な幻想に満ちた幻惑の空間を楽しませてくれます。押絵というのは、高価な羽子板などにあるような、布を使って絵に立体感をつけたレリーフ状の工芸作品のことです。人外の恋愛を描いた奇妙な短編で、「2次元コンプレックス」という言葉のなかった時代にこうした作品を描ききってしまうところなど、乱歩の予言者めいた先見の明を感じます。
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以前、川島透監督で94年に映画化されたことがあり、劇場で見ました。飴屋法水や山崎ハコなどキャスティングが面白く、スクリーンの中で妖しく再現された浅草十二階も幻想的でした。
posted by 八竹彗月 at 22:05| Comment(2) | 雑記
この記事へのコメント
子供の頃、虫眼鏡で印刷物を眺めると向こう側の世界への扉が開いたような気がしていて、「押絵と旅する男」を読んだときには我が意を得たりと膝を打ったものです。空想を掻き立てる視覚的表現が秀逸で、ごく短い短編ながら深い幻想に引き込んでくれます。

塔のロマンといえば、「わたしは慎悟」の東京タワーは外せません。あれほど純粋無垢で不器用な性交の比喩は他にないと思います。私は333ノテッペンはおろか、蝋人形もまだ見たことないんですが。

あと、澁澤龍彦の本で知った会津さざえ堂はいつか訪れてみたいです。
Posted by スカイエイプ at 2012年10月11日 20:50
スカイエイプさんのレトロサイエンス嗜好は幼少期からのものだったんですね〜^^ 私の幼少期も、(入手経路が全く思い出せないのですが)無加工の三角プリズムや凹凸レンズで奇妙に歪んだ景色を見て遊んでた思い出があります。そういうのがきっかけで、世界は目に見えてるそのままだけが現実ではないのではないか?というモヤモヤした概念に取り憑かれた記憶があります。そうした体験もあって乱歩のレンズ嗜好やガジェット感覚にはとりわけ共感する描写が多くみられ、未だに乱歩に惹かれるのだと思います。

>空想を掻き立てる視覚的表現が秀逸

乱歩は総じてオブジェの魔力を表現するのが天才的に上手いですよね。ひとたび乱歩世界を体験してしまうとレンズや鏡や人形などの、さしていかがわしいわけではないオブジェが一気に魔界に通じる妖しい扉に見えてきます。『押絵と旅する男』では押絵の絵面の毒々しい色彩描写や凌雲閣の幻想的な存在感が秀逸でした。序盤の魚津の蜃気楼の描写も狂気をはらんだ見事な語り口でしたね〜

>会津さざえ堂

そういえば澁澤も、乱歩作品では『押絵と旅する男』は特別な関心をもって紹介してましたね。『さざえ堂』私も気になっている建造物ですが、澁澤も書いてたというのはすっかり忘れてました(^□^; なかなか珍奇ですよね。木造の日本建築で、しかも螺旋構造というのがたまらないですね。私も一度行ってみたいです。YouTubeに観光ビデオでも挙がってないかなと思って検索したらありました。重要文化財に指定されてるようですが、壁などに描かれたたくさんの心ない落書きを写している映像もあって公共の芸術を汚す一部の愚かな旅行者になんともいえない腹立たしさを覚えました。

さざえ堂の螺旋回廊
http://www.youtube.com/watch?v=TEVY9Uol4Vw
さざえ堂の落書き
http://www.youtube.com/watch?v=C0C_b_1023U

日本の珍奇建造物というと、東京の『二笑亭』もいいですよね。建てた人物が精神疾患を煩っていた人物のようで、いかに住みづらい家を造るかをコンセプトにしたとしか思えない異常建築の白眉です。家の写真は数枚しか残っておらず現存していないので、余計に妖しい想像がふくらみます。

>「わたしは慎悟」の東京タワー

楳図かずおの手にかかると東京タワーという無骨な鉄骨の塔も魔術的なオーラを発しますね。行こうと思えばいつでも行ける環境にいるんですが、そういえばまだ一度も中に入ってなかったです。多分、オカルト的には塔というのは結界の形成になんらかの役割をもったものなのでしょうね。東京は戦後の都市計画で陰陽道による呪術的な結界形成を念頭に計画されたという都市伝説もありますがそうした不思議な話にはロマンがあっていいですね。

山手線による太極図的な結界
http://www.onitama.net/img/events/2011/1223_mark.png

日本の世界雛形説もナンセンスながら変に納得してしまう妙な説得力があって面白いですね。
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-d47d.html
Posted by イヒ太郎 at 2012年10月12日 09:38
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