2012年02月19日

5億年ボタン

ちょっと哲学的なネタです。

2002年に文芸社から出版された菅原そうた著『みんなのトニオちゃん』というユニークな漫画本の存在を最近知りました。この本に収録された「アルバイト(BUTTON)」という短編漫画がネットで一時期けっこう話題になったそうで、話の内容のインパクトから正式タイトルより『5億年ボタン』という名前で知られています。私はつい先日ネットサーフィンしてて知ったばかりなのですが、すでにご存知の方も多いと思います。とても哲学的な示唆を含む面白い話なのですが、売り上げが芳しくなかったのか現在は絶版状態です。復刻が待たれるところです。

「5億年ボタン」で検索するといろいろなところで議論をよんでいるのが判ります。内容は以下のリンクなどでも紹介されてます。
http://www.youtube.com/watch?v=31Lde3W5ywY

楽に稼げるバイトを探しているジャイ太とスネ郎に、トニオが「一瞬で100万円稼げるバイト」の話を持ちかけるという話ですが、バイトの内容が問題です。ただ小さな箱に付いてるボタンを押すだけで100万円もらえるというのですが、ボタンを押すと何にも無い虚無の異世界にワープして、死ぬ事も眠る事もできず、ただひたすらソコで5億年を過ごさなければなりません。5億年たったら元の世界に戻れますが、戻った瞬間に5億年分の記憶は消され元の状態に戻り、100万円が支払われる、というものです。傍目にもそれはボタンを押しただけですぐに大金を得たようにしか見えませんが、5億年の時間を過ごした記憶が消され、時間も身体も元の状態に戻されただけです。

読後の感想は、多くの人は、自分なら絶対にそんなバイトなどやらないだろうと考えますし、私もそう思います。5億年という人間の感覚を超える無限に等しい時間を何も出来ずに過ごす苦痛に、100万円という金はとても割に合わないと感じるでしょう。しかし、この話の秀逸なところは、ジャイ太の役回りです。彼がいっしょにいなければ、おそらくスネ郎はボタンを押さなかったと思います。いっしょにいたジャイ太がボタンをちょいと押しただけで大金を手にしているのを見たスネ郎の気持ちになって考えてみると、意外に自らもこうしたボタンを押す側の人間なんじゃないか、と思ってしまいます。スネ郎の視点でこの状況を見る場合、ボタンを押す決意を後押しするいくつかの考えが浮かびます。

スネ郎の思考はこんな感じでしょう。
「5億年を異世界で過ごすという非現実的な話自体ありえない。ジャイ太を見てても、ボタンを押しただけですぐ100万円をもらっている。仮に、ジャイ太が本当に5億年過ごしてきたのだとしても、その記憶は無くなるんだし、今そこで浮かれてるジャイ太もボタンを押した一瞬でその苦行は終わってるじゃないか」
つまり、5億年過ごすという事自体の疑惑と、仮に本当だとしても、いつもいっしょに遊んでいる友人がやすやすとミッションを終えている(ように見える)という状況は、かなり心がぐらつくのではないでしょうか。どんなに永い時間であっても、無限の時間でない限りは確実にボタンを押した一瞬後の世界に戻って来れるわけです。

スネ郎視点でこの異世界を想像すると、より怖く感じます。漫画では、時間の経過を地の文で説明してますが、時計もカレンダーも無い世界にいるスネ郎自身には時の経過を知る手がかりがありません。途方も無い時間が過ぎたように思っても、実は数時間だったり、あるいは、ちょっとボーッとしてたように感じても実は何年も過ぎてたり、といった時間の錯誤を引き起こしているはずです。眠ることもできず空腹を感じない世界なので、体内時計もアテになりそうもありません。ここに来てからどのくらいたつのか?あとどのくらいこの世界で過ごせばいいのか?カウントダウンをしてくれる他者がいないため、しばらくするとゴールもスタート地点もあいまいになっていきます。さらに、仮に5億年たったとしても現実に戻れるのかどうかはトニオの口約束だけでしか保障されていません。これもかなり不安と恐怖を感じると思います。

もし、5億年というのが嘘で、本当にボタンを押すだけで大金をゲットできるのだとしても、現実世界では真偽が判別できません。それがたとえ5億年過ごし終わった本人ですら・・・。このゲーム(バイト)で学習できることは、「ボタンを押しただけで100万円がもらえた」という経験だけで、「5億年過ごした」のかどうかは元の世界では真偽不明のままですし、あったとしてもそれがどれだけ辛かったのかの実感などありません。どんなに苦労や苦痛を味わっても、その経験が記憶として残らないため元の世界と連続性が保てず、経験を元に学習することが不可能であるというのは怖いですね。

エチオピアで発掘されルーシーと名付けられたアウストラロピテクスは318万年前の人類の祖先だそうですから、5億年という時間は人類の歴史すら遠く及ばないとんでもないスケールです。恐竜のいた時代ですら2億5000万年前。ちなみに5億年前の地球は古生代(約5億7000万〜約2億5000万年前)で、化石で有名な三葉虫やアンモナイトはこの時代に発生しました。三葉虫のいた時代から現在までの時間と同じくらいのタイムスケールを何も無い世界でただ生きるという事がどんなことなのか想像つきませんが、絶対に体験したくない事であるのは確かですね。

一応ストーリーはバイトの話なので、ちょっと計算してみました。
一瞬で100万円と考えると美味しい話に聞こえますが、5億年で100万円となると、年収0.002円という事になり、時給換算だと0.0000002円ということになりますね。これでいくと100円貯めるには5万年かかります。まったく割に合わないバイトということになりますね(^□^;
posted by 八竹彗月 at 13:00| Comment(4) | 哲学
この記事へのコメント
知らなかったので、動画で「5億年ボタン」見てみました。

一年ぐらいならば寝て過ごせるかもしれないけど...じゃ無かった。眠る事が出来ないんでしたか。意識がはっきりしたまま、ただただ時間の経過を耐える...これは拷問ですね。エラい事を考えた人も居るものです。

本人の内面の、タダの感情の変化のみ。その感情も人によって違うでしょう。しかしそれでも100万円の価値がある...ある?

生産は当人の知識とか環境、若しくは、人とかケモノとか機械などの労働手段、生産する為に使うエネルギーで価値が変わりますね。それらで考えられる最低の価値? エネルギーは全く使わず、原子レベルすらも生産の為に利用をせず...そもそも、全く生産をしないので、あらゆるモノに与えられる中での最低の価値とか。

拘束時間があるけど、結果としてリセットされるし。

この、リセットされた拘束時間の、証明しようが無い あくまでもデータ上の拘束時間の価値が5億年で100万円とか。

原作者の、この作品への考えというか...意図するところは、一時の気の迷いへの 永遠に等しい時間(本人にとって)の「後悔の価値」かなぁ...ホントに割に合わないバイトです
Posted by t_aki(たみぃ) at 2012年02月19日 20:22
つい先日、「火の鳥 未来編」を読み返していて、この話を思い出してたところです。なので、ちょっと目先を変えてSFチックに考えてみました。

雇い主の元締めは全宇宙を統べる超越的な存在で、広い宇宙の中のどこかの惑星で新しく生命が出現するたびに彼ら用の神が必要になるのだけれど、あちこちの惑星で次々に生命が出現するので人手(神手?)が足りなくなり、バイトを募集することを思いつく。漫画の中のジャイ太やスネ郎は、宇宙を理解して空間と調和した数億年目から5億年目まで、それとは知らずにどこかの惑星の神になっており、超越的存在はたった100万円でバイト神を雇えてラクできてウハウハ・・・

などと妄想してみました。なんとも人智を超えたブラック企業ですが、損を悟らせないところがさすが神々のボスといったところでしょうか。
Posted by スカイエイプ at 2012年02月20日 00:26
たみぃさん
>あらゆるモノに与えられる中での最低の価値

面白い視点ですね〜 5億年の労働の対価と考えると百万円は少ないですが、何もしない、つまり「怠惰の価値」に対する報酬と考えると、一見割に合わない報酬も「働かざるもの喰うべからず」的な教訓めいたものを感じますね^^

>「後悔の価値」

一瞬の判断ミスが5億年という人間のキャパからいって永遠ともいえる時間を拘束されるという部分も怖いですが、記憶のリセットという悪魔的なアイデアによって、異世界での後悔が次のチャレンジへの躊躇に繋がらないのも怖いですね〜
Posted by イヒ太郎 at 2012年02月21日 08:26
スカイエイプさん
>「火の鳥 未来編」

「火の鳥」は鳳凰編を子供の頃に読んだきりですが、手塚漫画の象徴的な作品ですし、いずれ読破したいですね〜 永遠の時間をモチーフにした作品って哲学的なロマンがありますね。

>雇い主の元締めは全宇宙を統べる超越的な存在

面白いですね〜^^ 宇宙のどこかにある星のために神をデリバリーするシステムというわけですね^^ 物語では、膨大な時間と戦うためにしりとりや妄想などの「遊び」で対抗しようとしますが、せいぜい「遊び」の効力は数十年程度でしたね。5億年という、人間の感覚ではほぼ無限に近い時間をやりすごすには「遊び」などでは歯が立たず、スネ郎は空間や時間そのものと一体化してしまうような高度の「悟り」の状態を体現することでやっと永遠を牛耳ることに成功しますが、もし、これが人間があの世界で5億年過ごす場合のオーソドックスなパターンだとすると、この元の世界に持ち越せない「悟り」は、雇い主がいるとしたらたしかに一番利用価値のありそうな部分ですね。
Posted by イヒ太郎 at 2012年02月21日 08:26
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