「手のひらを太陽に」は、幼稚園とか小学校の音楽で習う定番の歌なので、漠然と懐かしい童謡というイメージがありますね。または、大人が子供に歌わせたがる説教じみた理想論が込められた退屈な歌、というイメージの方もいるかもしれません。私はひねくれた子供だったので、後者のイメージでとらえていて、とくに好きでも嫌いでもないものの、特別意識して聞くような音楽ではない、と思い込んでいて、いつしかその曲は記憶の底に沈殿していって忘れかけていました。まぁ、えてして子供の教育に良さそうな歌ほど子供は無関心なものなので、そういう意味では普通の子供だったともいえるでしょうか。
ですが、つい先ほどなんとはなしにネットを徘徊していたら、やなせたかしの話題についての書き込みが目にとまり、「手のひらを太陽に」の作詞者がやなせたかし氏であるとの情報がありまして、「え?そうだったんだ!」という軽い驚きがありました。
子供の頃は、とくにひっかかることのない毒にも薬にもならない曲というイメージを不遜にも思っていましたが、今、あらためてその歌詞を噛みしめながら聴くと、なんて奥深い詩なんだろう!と驚かされます。その驚きの半分は、作詞者がやなせたかしであると知ったせいで、そこに深い意味があるはずだ、と意味を見いだそうとするからなのかもしれませんし、作詞者がとくに興味のない人物であったなら、深く考えることなく子供の時の印象のまま、とるに足らない歌で終わったかもしれません。そうした面ではご都合主義なところもありますが、運命というものはそのようなもので、人生のあちこちにそういった種が都合よく撒かれているようなフシがありますし、ここは素直にいいきっかけとして受け止めればいいのかもしれません。
この歌は、一見単純な歌詞のように表面上はみえますが、そのシンプルさの中に、全ての生命への賛美と愛を通して、やなせさんによる幸福論や人生論をうかがわせる哲学が込められていて感慨深いです。歌詞の世界に入り込んでその世界観をじっくり味わってみると、じつに味わい深いものを感じますね。幸福というものは、特別な豊かさや勝利や成功といった一部の人だけの特権のようについ思いがちなところがありますが、実際は、誰しもが当たり前と思っている日常の中に幸福は潜んでいて、それに気付くことが幸福というものの本質であります。誰しも、漠然とそういうことは分っていつつも、なかなかそうした考え方は忙しない日常の中で混濁してしまいがちになりますが、こうした歌などをきっかけに「ああ、そうだ、そうだったんだ」と心を軌道修正してくれますね。
この歌の生まれた経緯ですが、1961年にテレビのニュース番組の構成をしていたやなせさんが番組内の今月の歌として自身で作詞し、知り合いのいずみたくさんに作曲してもらい、宮城まり子さんに歌ってもらったものが「手のひらを太陽に」の初出のようです。この歌が生まれるきっかけとなる制作秘話も実に興味深く、以下ウィキペディアから引用します。
当時のやなせは仕事は順調だったものの、劇画の時代に付いて行けず、先行きに不安を感じていた。夜中、眠くならないように暖房を消して一人で仕事をしていて、筆がとまったときに電気スタンドで手を温めていると指の間がきれいに赤く見え、子供のころに懐中電灯で手を照らして真っ赤に見えて面白かったことを思い出した。こんなにも落ち込んでいるのに血は元気に流れていると励まされたような気がして、歌詞の一節が思い浮かんだと述懐している。
なんとも興味深いエピソードです。そんな切ない不安な状況の中で、この曲の発想を得たんですね。素朴な歌詞のようでいて、どこか永遠のきらめきを感じさせる魂に響く作品である理由が分った気がします。「手のひらを太陽に」は、クリエイターのテクニックだけで生まれた作品ではなく、血肉の通った実体験から生まれた作品だったからこそ、時代を超え、言葉を超えた何かを感じさせる作品となったのでしょうね。
そういえば、往年のバンド、チューリップの名曲『心の旅』は、デビュー以来ヒットに恵まれず、これが売れなかったら田舎に帰ろうという背水の陣の中で作られた曲だったようですし、武田鉄矢の海援隊のヒット曲『母に捧げるバラード』(※1)も、鳴かず飛ばすの中、これを最後にもう音楽はあきらめようという気持ちで、上京を許してくれた母に対する感謝を歌にしたものだというエピソードを思い出します。名曲というのは、しばしばそうした苦境の中で生まれるものなのかもしれませんね。音楽だけでなく、ゲーム界のビッグタイトル『ファイナルファンタジー』も、これが売れなければ会社をたたむしかないという覚悟の中で、最後の夢という意味で『ファイナルファンタジー』と名付けられたという話(※2)も有名ですね。誰しも望んで苦境を味わいたいとは思わないですが、苦境の中でしか見えてこない本質的なものと出会うことが人生の価値でもあるのだろうと思いますし、そもそも人生とはそういう仕掛けになっているのでしょう。
「手のひらを太陽に」の、どんなとるに足らないと思えるような小さな虫でさえもこの地球に縁有って同居している仲間なのだ、というメッセージは、まさに聖者の教えの多くに見られる真理に通底するものですね。「手のひらを太陽に」は生きとし生けるもの全てへの共感を歌ったとても精神性の高い曲だったのだなぁ、と、あらためて長年の迷妄が晴れたような気持ちになりました。
命ある全てのものは友達なのだ、という心のあり方が全ての人間の共通認識になった世界というのは、まさに地上の天国でしょうね。便利な技術によって物質的、肉体的には、日進月歩で安楽な生活が可能な世界になってきましたが、どれだけ裕福になっても家族や友人や周囲の人々との円満な人間関係がなければ心は地獄です。しかし、心のあり方が「手のひらを太陽に」の歌詞のような、分け隔てのない愛に満ちていれば、今居るこの場がそのまま天国になるような気がしますね。そうして考えてみると、アンパンマンという、お腹がすいた者に自分自身の頭を食べさせる究極の慈愛をもったヒーローを生み出したやなせ先生らしい歌だなぁ、とあらためて感心するのでした。自らの頭(アンパン)を困っている者のために差し出すアンパンマンの姿は、キリストが最後の晩餐で、寓意的にワインを「これは私の血だ」、パンを「これは私の肉だ」と言って、弟子たちと共に食事をするシーンを彷彿とします。また、アンパンマンは、「頭」というアイデンティティの根幹となる人体で最も重要な器官を最初に与えようとしますが、これなどは、仏教やスピリチュアリズムでよく言及される「エゴの放棄」を暗示しているような奥深さを感じますね。
アンパンマンが生まれた経緯も、やなせさんの従軍経験が背景にあるそうで、「人生で一番辛いのは食べられないこと」という思いからきたもののようです。アンパンマンがヒットする以前は無名の作家だったこともあり、空腹に悩む日々もあったそうで、当時のやなせさんが思う人間の不幸の最初に「空腹」があったようです。そうした経緯から、敵を倒すこと以上に、空腹で困っている人を助けることが本当のヒーローなのではないか、という着想からアンパンマンが誕生することになったようです。私がアンパンマンの話を知った最初は、人助けのためにまず自分の頭部を食べさせるというショッキングかつシュールな設定に、不条理ギャグのような発想の面白さがあってインパクトをうけたものですが、実際はそうした奇をてらったインパクト勝負のアイデアではなく、やなせさん自身の人生経験に根ざした人類愛が根底にあって生まれたヒーローであることを知ると、また別の意味での親しみを感じることになりました。
閑話休題。「手のひらを太陽に」の世界は、斜に構えて見ればきれいごと≠ナす。しかし、理想というのはつまりはきれいごとなのであり、そして理想がなければ人間は目標を持つことも希望を感じることもできません。この歌のように、ここまで素直に臆せずにきれいごと≠描ききることは意外と難しいもので、ついついカッコつけたくなって、不必要にヒネリをいれたがったり、言葉を装飾してしまいがちなものです。まぁ、装飾された耽美な文学的な詩も大好きなので、そういうものを否定するつもりはないのですが、この詩のように、素直にストレートに物事を表現する創造力って、どこか原初の言葉の力のようなものを感じさせるものがあって、そういう才能に恵まれたやなせ先生の創造性に憧れますね。
※1 『母に捧げるバラード』〜
最後の曲になるかもしれないので、最後は母への感謝の曲にしたい、という思いを歌にした、というエピソードがありますが、語りの部分はできたものの、曲調のアイデアが全く浮かばず、冒頭の「今も聞こえるあのおふくろの声〜」の部分は、同じ母への想いを歌ってヒットした美輪明宏さんの名曲『ヨイトマケの唄』のメロディをアレンジしたものだそうですね。言われてみれば『ヨイトマケの唄』でも「今も聞こえるヨイトマケの唄〜」と、表現もカブってますね。後年武田さんは直接美輪さんにそのことを謝罪したそうです。美輪さんは武田さんのその潔さに「逆に尊敬しちゃった」ともらしたそうで、微笑ましい決着となってよかったですね。調べてみると『ヨイトマケの唄』のほうも苦境の中から生まれた曲で、美輪さんが同性愛をカミングアウトしてから低迷していた時期に起死回生となった曲のようです。
※2 最後の夢という意味で『ファイナルファンタジー』と名付けられた〜
名付けのエピソードは諸説あるようですが、中でもこれが一番ぐっとくるエピソードですね。ちなみに私が実際にプレイしたFF(ファイナルファンタジー)は、未クリアも含めて7、8、9、10、10-2、12、13です。この中で10が一番思い入れがあります。次に8が好きですね。10はシリーズ初のフルボイスというのもありますが、東南アジアっぽい舞台と、個性的ないくつもの寺院を巡って旅するという観光気分に浸れる楽しさにハマりました。ストーリーも「死」とは何かを考えさせられる哲学的なもので、生者と死者が普通に共存している不思議な世界観はマルケスなどの南米文学の世界を思わせる見事なものでしたね。ミニゲームのブリッツはあまりやってませんが、ハマれば楽しそうですね。8は、それまでマップ移動などでは2〜3等身のキャラが定番だったRPGもののイメージを払拭し、普通の自然なリアリティのある頭身でイベントもマップ移動も全て通していて、世界観への没入をより深めてくれました。ストーリーも学園ものということで楽しいシナリオでした。ミニゲームのカードゲームも面白かったですね。このミニゲーム、途中でルールが変わっていくのは困りましたが、新しいルールは面倒なので無視して最初のルールだけで遊んでました。