2018年07月21日

【雑談枠】黄金郷通信 vol.1

ひとつのテーマで記事にするほどまとめきれていないものが次から次に湧いてくるのですが、そのまま寝かせてそのうち忘却してしまう、というパターンに陥る事が多いです。誰の言葉だったか、「怠け者ほど完璧主義者である」というような事を聞いた事がありますが、たしかにちゃんとしたものを書こうと張り切りすぎると「間違いの無いように、しっかりした構成で・・・」と自分への注文が多くなっていって、そのうち書くのが面倒くさくなり、そのうち忘れてしまうか、あるいはどうでもよくなってしまいます。

何ごともほどほどに気楽さが必要なのでしょう。ある程度アバウトに対処していったほうが長続きするし、気を張って取り組んだときよりも、意外に良いものになったりします。このブログも、書きたい事自体は山ほどあるのですが、どこから手を付けていいかわからなくなり、結局何も書かないで過ごしてしまう、という悪循環にしばしば陥ったりするので、そういうのを払拭するためにも、今回から、月一くらいを目標に、まとめきれなかったテーマを中心に、忘備録を兼ねてその月にたまってきた小ネタを雑多にご紹介しながら自由におしゃべりしていく雑談風の不定期記事を「黄金郷通信」と題して開始しようと思い立ちました。長く語りたいテーマがあるときは、いつもの感じでその都度ワンテーマの記事をあげていこうと考えています。

では、まずはじめはこんなネタから。





el_icon.png三浦梅園・神秘の宇宙マンダラ

マンダラ的な幾何学的で神秘な感じの図形に惹かれるところがあって、密教のマンダラのほかにも、錬金術の文献に出てくる宇宙創成図とか、儀式魔術で使われる魔法円とか、風水に用いられる方位図など、神秘感のある円形の模式図のようなものにぞくぞくしたりします。先日の古本市で、いつものように本棚を物色していて、それまで聞いた事の無かった江戸後期の哲学者、三浦梅園(みうらばいえん)の本を手に取ったのは、そうした嗜好が引き寄せたものなのか、その本を開くと、これまた不思議で神秘なオーラをびんびん感じるマンダラ的な図形がいくつも載っていて、それがきっかけで著者三浦梅園なる人物に俄然興味が湧くことになったのでした。少し前にも平田篤胤の古事記の神々の世界を神秘な模式図で表現したものや、山片蟠桃(やまがたばんとう)の奇妙な宇宙図などを知ったばかりだったので、日本の古典にもいろいろと面白い精神の探求者がいるものだなぁ、と感じました。つくづく感じるのは、この世の中とは、いつも何かに好奇心とか興味を持っていれば、世界は面白そうなモノをいつも小出しで与えてくれるような感じがしますね。一度に全部この世の真理を欲しがるとファウスト博士のように悪魔の罠に引っかかってしまうと思いますし、こうして小出しにされるほうがひとつひとつをじっくり楽しめるのでちょうどいいのかもしれません。

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三浦梅園「神物剖析図一合」

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三浦梅園「天地象質成之図」

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三浦梅園「経緯剖対図」

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三浦梅園「気物相吐粲立図」

三浦梅園(1723-1789)は大分県出身の江戸時代の思想家。中央から離れ地元でもくもくと深遠な思索を深めていきましたが、それでもその人望や卓越した知性は評判だったみたいで、幾人もの藩主から招聘の声がかかるほどでしたが、それらを全て断り自分の道をひたすら歩み続けました。梅園のユニークなその独自の哲学は「条理学」と名付けられ、マンダラめいた不思議な図は、中国の陰陽思想をベースに神や宇宙万物の相関関係を表しています。そのあまりに独特な哲学は、個性的すぎるゆえに他者が理解するには難解きわまるものであったようで、梅園の名が世に知られ認められるのは死後百年以上後の時代でした。明治の終わり頃に熱心な梅園研究者が現れたおかげで梅園の哲学に日が当たり、徐々に認められるようになったようです。

メモ関連サイト
三浦梅園(ウィキペディア)

三浦梅園の謎を解く
梅園哲学の代表作「玄語」の全8巻完全公開を含む貴重な資料が充実した梅園研究サイト。すごい!




el_icon.pngバシャール・宇宙人とスピリチュアル

別世界とのコンタクトの手段というと、死者の霊を呼び出す口寄せやこっくりさんなどの降霊術や、天使や悪魔を召還する西洋魔術などがありますが、80年代あたりに新たな異世界との交流テクニックとして「チャネリング」というものがブームになりました。チャネリングで呼び出す異世界の住人は天使とか宇宙人が多い印象がありますが、当時はうさん臭く思っていたものでした。今もチャネリングなるものを信じているのか?というと微妙で、やはり天使や宇宙人という存在があまりに非日常すぎて、なかなか実感として伝わってこないというのが正直なところです。ですが安易に否定するにはもったいない面白いものなので、チャネリングした宇宙人が実在するのかどうかよりも、「宇宙人が語った」という部分は「チャネリング現象の基本設定」として留保しつつ、語った内容自体を楽しんだりしています。

チャネリングといえばバシャールが有名ですね。バシャールは、ダリル・アンカ氏がコンタクトしている宇宙人の名前で、オリオン座の方向にある地球よりも300年進んだ文明を持つ惑星「エササニ」に住んでいるそうです。こうした「設定」的な部分に注視すると、SF的で信じがたい面もありますが、バシャールが語ったとされる言葉自体はとても示唆にとんだ発言が多く、宇宙人うんぬんは置いておいて、毛色の変わったスピリチュアルリーダーの言葉として人生の参考にするのがよいのかな、と思います。バシャールの言葉のユニークな点は、どんな質問にもポジティブな返しをすることです。究極のプラス思考の見本のような、そのポジティブ発想の抽き出しの多さに最初はあっけにとられ、そしていつのまにか気持ちが軽く楽になっていくのを感じます。バシャールのチャネリングの様子はネットに動画がいくつもあがっていますが、本で読んだイメージ通りのハイテンションさで、パフォーマンスとして地味になりがちなチャネリング界においてバシャールが長年頂点に君臨しているのは、そうした派手さも理由のひとつにあるのかもしれませんね。

バシャール哲学は、一言で言うと「ワクワクしなさい」というメッセージです。動画などを見てると、バシャールはよくexcitementという単語を頻繁に使っていますが、これが「ワクワク」と訳され、バシャールといいえばワクワク、みたいな感じになったようですね。科学者のミチオ・カク氏も言っていたように、宇宙人が人類よりもはるかに永い期間文明を維持できた生命体であるなら、怒り、悩み、苦しみ、不安などの精神的な問題をすでに解決している可能性があるので、宇宙人がバシャールのようなテンションの高い超ポジティブなキャラであることには、なんとなく説得力を感じたりもします。

皆さんの「自分は誰か」という存在の表現、波動が「ワクワク」です。(略)それが皆さんを導いてゆく信号になります。ですから、自分の歩むべき道を歩むことは、本当は簡単なのです。(略)皆さんの文明では、何千年もの間、本来の自然な自分に抵抗したり、否定したりしてきました。ワクワクするものは抑圧しなければいけない、と学んできたのです。なぜなら、皆さんは「人生というのは辛いものなのだ」と年上の人から教えられてきたからです。(略)「ワクワク」というのは、自分が本当にやりたいことをやっている、やりたいことを知っている、もしくは、非常に内なる穏やかさ、心の平和がある、ということです。(略)自分がワクワクすることを始めるとき、二つのことが起こります。第一に、非常に素晴らしい偶然が次々に起こります。常に魔法のように、あるべき所に、あるべき時に、あるべきことが起こります。そして第二に、自分のやることが、努力なしに進むようになります。「自分自身が誰か」を示すことを自然にやっているからです。
p96-97

まず最初に、「すべての状況は中立である」ということです。どんな状況も、最初から否定的だったり、肯定的だったり、意味を持ったりはしていません。(略)起きているのは「中立」なことなのに、それに意識的に、潜在意識的に、無意識的に意味を与えます。中立な状況に肯定的な意味を与えれば、そこからは肯定的な結果しか引き出すことができません。中立な状況に否定的な意味を与えれば、そこからは否定的な結果しか得ることができません。いつも言っているように、これは哲学ではないのです。単なる物理学、力学なのです。(略)「現実」は、それ自体が意識や意志をもっているわけではありません。あなたがそれに選択を与えなければ、現実が勝手に変わっていくことはないのです。(略)「私がなにも知らないうちに、こういうことが起きてしまった」ということは、本当はありえません。人生は「降り掛かってくる」ものではないのです。人生は、必ず、あなたを通して出てきます。
p154-155

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『BASHAR 2 宇宙存在バシャールが語る進化への道』バシャール(宇宙存在)、ダリル・アンカ(チャネラー)著 VOICE発行 1989年


宇宙人が地球人にスピリチュアルなメッセージを送るという話は、UFO搭乗記で有名なジョージ・アダムスキーのあたりから定着した定番の設定ですね。アダムスキーも宇宙人から聞いた話という設定でけっこうイイ話を書いてるんですが、いわゆる「アダムスキー型UFO」を写した写真が模型を写したトリック写真の疑いが濃厚であることから、UFO搭乗記の内容も宇宙人のスピリチュアルなイイ話もひっくるめて全否定されてしまってる感じです。ちょっと可哀想でもありますが、まぁ、最終的には語り手の信用が受け手の印象を大きく左右しますから、よほど興味を惹く問題でない限り「これは嘘だけど、こっちは本当ですよ」という細かい区別はしないのが人間ですし、仕方ない部分もあるでしょうね。アダムスキーが宇宙人から授かった哲学を著した「宇宙哲学」などの本を読みましたが、けっこうタメになる深い話もあって、とかくアダムスキーはUFO詐話師っぽいイメージが定着してしまってるだけに意外な驚きがありました。

とかくUFOや宇宙人の話は、肯定派には肯定的なデータや目撃談などがたくさん目につくのでますます肯定的になっていくというのはありますね。いわゆる確証バイアスというもので、肯定派の妄信ぶりを揶揄する時にしばしば権威主義的に使われる言葉のイメージがありますが、確証バイアスはなにも肯定派だけに当てはまるものではなく、懐疑的な人には懐疑的な側面がいくつも見えてくるのでより否定的になっていくわけですから、懐疑派にも当然確証バイアスはあるわけです。「あなたの意見は空論(または詭弁、極論)だ!」と言う代わりに「それは確証バイアスといって云々」と言えば反射的な反発をかわしつつ優位に立てるということもあって重宝されてるような印象があります。しかしながら、確証バイアスはそもそも人間の認知システムの根幹にあるはたらきなので、確証バイアスに無関係な人間など存在しないともいえます。何が真実か?を突き詰めていくと、結局「わからない」のでありますから、引いて見れば、議論というのは多くの場合、異なる思い込み同士の水掛け論みたいなものなのでしょうね。まぁ、現状のような、UFOとか宇宙人の存在が確定していない世界だからこそ、謎めいていて楽しいのかもしれません。

そういえば宗教家の五井昌久(1916-1980)も宇宙人とコンタクトしていた話を著作や講演でよくしていますね。五井昌久氏は街中でたまに見かける「世界人類が平和でありますように」の看板でも知られる白光真宏会(びゃっこうしんこうかい)という教団の開祖です。宗教団体には興味はないのですが、宇宙人とか守護霊などの話をよくするのでお話は面白いです。ですが、それが逆に宗教家としてはうさん臭く思われてしまう部分でもあると思います。調べてみて驚いたのは、合気道の開祖、植芝盛平(うえしばもりへい 1883-1969)との親交があった事で、互いに深い信頼を寄せていたようです。そういう話を知ると、意外にすごい人なのかもしれない、と思い直しています。植芝盛平も、武道だけでなく、宇宙と合一するという悟りのような神秘体験をしている人で、銃弾を避けたとか、部屋にいながら外から来る訪問者の気配や服装がわかったりとか、不思議な逸話がたくさんありますが、そういう心身合一した達人が本物と認めている人物なら、少なくともタダ者ではなさそうなので、最近ちょっと気になっています。




el_icon.pngボリス・インドリコフの不思議な絵

いつものようにピンタレストで画像蒐集をしていたら、とても琴線を触れてくる絵が目についたので調べてみました。それはボリス・インドリコフという画家の絵でした。シュルレアリスムとアールヌーヴォーが融合したような独特の世界観をエルンスト・フックス風の幻想神話な感じの画風で描きあげた感じで、優雅かつ奇妙、華麗でグロテスク、天国のような地獄のような、言葉で言い表すと捉えどころがないのですが、その作品を一目見れば、明瞭な世界観をもって作品を生み出していることがわかると思います。未来的なアンティーク感、とでもいいますか、そんな不思議なテイストがたまりませんね。

「アーティストは(この世界とは別の)平行宇宙の創造者であり、また(絵を描く事は)そこにたどり着くための儀式の一種です。絵を描く事というのは私にとって瞑想のようなものです。私たちは芸術という言語を使って神と話すのです。」

「絵画──それは平行世界への扉です。そこはすべてのものが異なる世界です。別の法則、別の線や形が存在しています。」

「これは私の世界だ。私は多分そこから来たのだ、そしていずれそこに還っていくだろう。」

────────ボリス・インドリコフ



ボリス・インドリコフ(Boris Indrikov / Борис Индриков)は1967年生まれのシュルレアリスム画家。ロシア、レニングラード生まれ。モスクワ在住。エディトリアル・デザイナー、イラストレーターの仕事を経て、2002年頃から本格的にアーティスト活動を開始、現在に至る。

メモ関連サイト
ボリス・インドリコフの作品(本人の公式サイト)

オンラインのアートギャラリーサイト、Saatchi Art(サッチーアート)内のボリス・インドリコフの紹介ページ。

ボリス・インドリコフの作品(google画像検索ページ)




el_icon.png幸福とは?「メキシコ人の漁師の話」と「花咲くいろは」

メキシコ人の漁師の話というのがネットで何度か話題になっているみたいで、読んでみるとたしかに考えさせられる話で面白かったです。青い鳥的な幸福論を土台にして、今に満足する能力≠フ有る人、無い人のふたつの視点でテンポよく会話が進み、落語のような洒落たオチで締めていて、シナリオ的にも見事なショートストーリーになっていますね。

メモ関連サイト
『億万長者』メキシコ人の漁師の話(「わーど わーるど」様)

今置かれている自分の環境、状況を肯定する大切さが教訓として読み取れますが、コンサルタント側の主張も、狂言回しのように「頭のいい愚か者」ぽく描かれているものの、こちらの視点もよく考えてみると、漁師と同様に幸福の在り方としては間違ってはいないように思いました。漁師の生き方もネガティブな側面から解釈すれば「チャレンジしない言い訳」とも取れますし、まさに、それぞれの視点で見た幸福の在り方なのだろうと思います。がむしゃらにいろいろチャレンジしながら波瀾万丈に生きる充実した幸福もアリでしょうし、自分の置かれた環境に満足し今あるものに至福を見いだす生き方もまた幸福の在り方です。アクティブな人にはコンサルタントの言うような生き方が人生を充実させそうですし、あくせくしないでのんびりと生きたい人には漁師の生き方のほうがくつろげそうです。どちらが正しいか、というよりも、どちらが自分に合っているか、という視点でこの話は受け取ったほうがいいのかもしれないですね。

この話を読んでいて、ふと先日夢中で最後まで見てしまったアニメ『花咲くいろは』に登場する押しの強いキャラ、経営コンサルタントの祟子(たかこ)さんを彷彿としました。舞台となる旅館、喜翆荘(きっすいそう)の経営不振を解決するために女将の息子であり旅館の番頭でもある縁(えにし)が、大学時代のガールフレンドで経営コンサルタントの祟子(たかこ)さんに問題の解決を依頼するのですが、旅館の風情や客層を無視したトンチンカンで大胆な改革案(和服の仲居さんたちにキャバレーのホステスみたいな露出の多い派手な衣装を着させるなど)で余計に混乱を招いてしまう、といったエピソードが中盤に描かれています。まさにメキシコ人の漁師の話に出てくるコンサルタントを思わせるノリがあり、ふと連想してしまいました。

このアニメもまた、登場する様々なキャラがそれぞれの目線で感じる「幸福のカタチ」を表現していて、大げさな事件が起こったりするような派手さはない作品ですが、人間描写が巧みで飽きずに一気に見れました。のんびりした田舎の温泉街を舞台に旅館に住み込みで働く主人公少女の精神的な成長を丁寧に描いた物語で、とても面白かったです。

メモ関連サイト
『花咲くいろは』公式サイト
posted by 八竹彗月 at 05:27| Comment(0) | 雑記
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