2017年12月25日

UFO、その謎とロマン

 UFO写真!

この前メル友のTさんから、な、なんと!UFOの生撮り画像!を送っていただきました。ブログへの転載許可をいただきましたので、お披露目したいと思います。UFO関係の記事も書きたいと思ってたところだったので、合わせて文章をまとめているうちに今頃になってしまいました。

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黄色い建物の屋上にあるテレビアンテナの隙間から謎の光体!星にしては大きすぎるし明るすぎます。

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しばらくすると斜め上のほうに移動しています。

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埋め込まれた撮影時刻のデータによればこの2枚の撮影間隔は2分ほどであるのが確認できます。とすると、飛行機にしては遅すぎますから、ますます謎は深まります。別の日に目撃した似た光体からはUFO子機らしきものが出てきたそうです。

TさんのUFO写真は、7月初旬に撮られたもので、Tさんいわく、UFOそのものではなく、UFOが出現するワープゾーン(あるいは母船でしょうか)とのことです。Tさんはこうした謎めいた光を頻繁に目にする機会があるそうです。2枚の写真に楕円状の光が写っていますが、たしかに星にしては大き過ぎです。これはTさんからのご指摘ですが、画像ファイルの詳細情報を見ると2枚の写真は2分ほどの間隔で撮られています。となると飛行機だとしたら移動速度が異常に遅過ぎます。ますます謎のUFOっぽさが増してきてワクワクします。

TさんはとくにUFOやオカルトのビリーバーではなく、あきらかに疑わしいものは無理に信じようとはしない方ですが、実体験として不思議な体験もちょくちょくしてる方で、今回のUFOも、そうしたTさんの不思議現象を引き寄せる体質が招いたものだったのでしょう。今回の撮影では、UFOが出る前にTさんは寝ていたそうで、その夢の中でUFOを見せてくれるという予知夢を見たとのことです。たしかに、事前に出るのがわかってなければ撮影は難しいですね。今回の写真は三脚を立ててきっちり撮っておられるので、そこまで準備万端にセッティングできたのは予知夢のおかげだったのでしょう。

UFOというと、異星人の乗物というイメージばかりが先行しがちですが、今回のTさんの事例や画家の横尾さんをはじめとしたUFOコンタクティーに共通するのは、UFOはどういうわけか人間の心に反応する傾向があるということです。来てくれと願うと来る確率が上がるし、光り方や飛び方などこちらで注文するとけっこう応じてくれるものらしいのです。かつてユングも指摘していたように、UFOと人間の無意識というのは、どこか通底する何かがあるような気がしています。


 アメリカ政府はUFO情報を隠蔽しているのか?

この前の米国の大統領選挙でヒラリーさんが「政府の隠蔽している極秘のUFOファイルを開示させる」と公約を発表していたのはご存知の方も多いと思います。トランプさんに負けたのでうやむやになってしまいましたが、米国ではUFO問題を大統領選挙の公約に掲げるほどに国民的な関心が高いという所のほうに私はびっくりしました。エリア51とかメン・イン・ブラックとかMJ12とかロズウェル事件などなど、有名なUFO関連のワードのほとんどは米国発ですから、ある意味、比喩ではなくUFO問題は米国の神話≠フような面があるのかもしれません。

米国政府は長年政府機関としてUFOの調査をしてきたことは有名ですが、UFOとはすなわち未確認飛行物体のことですから、宇宙人の乗物かどうかはさておき、正体不明の飛行物体というのは、国家目線で考えれば、敵国のスパイ行為、あるいは他国からの攻撃の意図を考慮する必要がありますから、軍事的な目的でUFOの調査というのは当然ありえます。もしかしたら、UFO極秘文書というのは多くはそうした軍事機密に属するようなもので、UFOマニア的見地からはあまり面白いものじゃないのかもしれません。しかしながら、見間違いや勘違いや意図的なトリックなどを排除してもなお残る謎の物体は依然としてあります。まだまだUFOは謎めいたロマンあふれる存在であるのはたしかです。

そういえば、最近のUFOマニアがいうような銀河連邦やレプティリアン云々という話は、現実離れしすぎていてまだ信じられないですが、面白い話なのは確かです。そういうのもあってもいいとも思いますし、コンタクティーの人の多くは、そうした話に理解を示す人が多いので、もしかするとそういうSFみたいな話も現実にあるのかもしれません。コンタクティーも多くは眉唾な体験談を語る人が多いですが、とても面白い話が聞けるので、あきらかに嘘っぽい話は別として、面白い見解をもったコンタクティーの話は真偽は保留にして楽しんでいます。後述するハイネック博士の本でも宇宙人と直接コンタクトをした人の体験談とか載っているので、もしかしたらそういうのもあるのかもなぁ、くらいには思っています。まぁ、真偽が不明なものは、否定するより楽しんでしまうのが有益だと思っているので、UFO情報においてはあらゆる可能性を担保して考えてみたいですね。有る無し論争より、人生を豊かにしてくれるかどうか、という視点で捉えるのがUFO(あるいはオカルト全般)に関しては正しいのかな、と思ったりもします。

メモ参考サイト
「UFOの極秘ファイルを開示する」ヒラリー・クリントン氏が前代未聞の選挙公約(The Huffington Post様)



 頭上にいつもある無限

数年前に話題になった宇宙人の屍体解剖の極秘ビデオというのは検証の結果、残念なことに捏造の可能性が高いという結論でしたが、UFOや宇宙人関連の話の多くは、そういったインチキか、あるいは見間違い、勘違いがほとんどを締めるというのはUFOマニアであっても常識のようなところがありますから、私も「またか」という気分になりました。しかしそれでもまた、トリックでも勘違いでもなく、まさに正体不明の飛行体は少なからず今も現実に空を飛んでいるのは間違いないとも思っています。深海には謎の生物がまだまだたくさん生息しているわけですが、海よりも広大な空には、その何倍も謎が蠢いていてもおかしくないように思います。

考えてみると空というのは不思議な空間です。日常の人間の視点は自分の身長の高さで平行に世界を見ているので、いつも有限な世界に生きている錯覚をしてしまいがちですが、ふと空を見上げるだけで、突如無限に底なしの天空が広がっている事実に向き合います。空のどこを見ても、無限に遠く、果てのない空間です。いつも人間は、その頭上に無限≠背負いながら、地球という有限の世界が全てだと、ワザと錯覚しながら生きています。それは、自分はいつかは死ぬ存在だということを無意識に考えないようにして生きているのと似ています。この世的な考えでは、無限というのは扱いにくく、不安なモノだからです。しかし、元を辿れば人間もまた、この無限なる宇宙を母体にして誕生した存在ですから、あえて死とか宇宙などといった無限≠象徴する存在と、正面から向き合って対峙したときに、本来のパワーが目覚め、より人生をパワフルに生きれるのではないか、とも感じます。



 北米インディアンとスターピープル

アメリカのUFO関連のユニークな最近のトピックとして私が関心をもっているのは、インディアン自治区での頻繁なUFO飛来に関するものです。特定のインディアン自治区では、UFOはかなり頻繁に目撃され、宇宙人にさえちょくちょくコンタクトをとったりしているという人も珍しくないらしく、そうしたインディアン自治区における特殊な事情をレポートした『「YOUは」宇宙人に遭っています』という本が最近気になっているところです。まだ未読なのですが、著者がインディアンの血をひく大学の研究者で、そうした出自の利点を生かしたインディアン自治区でのUFO問題のフィールドワーク、という、タイトルのうさん臭さとは逆にけっこう真面目に書かれたもののようです。そのうち読んでみたいと思っている本です。

メモ参考サイト
『「YOUは」宇宙人に遭っています』レビュー(「毎日がエドガー・ケイシー日和」様のブログより)

北米インディアン自治区でのUFO現象は、ケーブルテレビのヒストリーチャンネルで以前『HANGAR 1 〜UFOファイルが眠る場所〜』というタイトルで放映された番組(現在はhuluでも配信されているようです)でも紹介されていて、シーズン2の第5話目「スターピープルの存在」というサブタイトルで、インディアン自治区での不思議なUFO目撃談の数々を紹介していて、すごく興味深いです。アメリカ先住民族である彼らは、古来から宇宙人(スターピープル)とコンタクトをとっていたようなのです。UFOというと、未来的というかSF的なイメージがありますが、このエピソードはUFO問題にしては毛色が変わっていて独特の民族学的なテイストがそそるものがあります。諸星大二郎の短編『商社の赤い花』は普通のサラリーマンが宇宙船で遠い惑星に単身赴任する話ですが、宇宙を舞台に生活感のある話を描いているのがすごくユニークでした。番組もそういうのに似たノリが面白く、インディアンのUFO目撃や宇宙人との遭遇も、ごく普通の日常の出来事みたいに語るインディアンの青年のインタビューにグッときます。目撃談も、巨大な銀色の葉巻型UFOを至近距離で見た話など、UFOの窓から宇宙人がこちらを覗いているところまで証言していて、迫力があります。



 生きている宇宙

UFO問題をいろいろ調べていくと、UFOというものは単なる物理的な物体が飛んでいるというだけではないような気がしてきます。現在の科学の常識では、遠い星から地球に宇宙人がやってくるというのは非現実的に思えますし、環境の異なる星の生物なら、地球上に存在するウイルスや微生物に免疫がないでしょうから防護服も無しに地球に降り立ったりするのもおかしい話です。また、コンタクティの多くが遭遇する宇宙人が人間型、とくにアングロサクソン系が多いのも、どこか地球的な価値観が反映されているような気もします。しかし、途方もない距離の移動には途方もない時間がかかるはずだ、というのもまた常識という名の固定観念ですし、常識に外れているものは存在しないとは言い切れないのも事実です。ある意味UFOは理屈を超えた存在なので、理屈で解釈しても面白くなりません。

よく考えてみれば、我々がモノゴトの真偽を計るモノサシにしている「常識」というものも、地球上の人間だけに通用するだけのモノサシです。この宇宙における生命の発生パターンは、まだ我々の地球上での1パターンしか知らないのが現状ですから、ヒューマノイドが宇宙における知的生物の定番のフォルムなのか、異質でレアなフォルムなのか、全く解りませんし、仮にコンタクティーがヒューマノイドタイプにばかり遭遇しているとしても、それがその異質な体験を否定する根拠にはならないでしょうね。

メモ参考サイト
プラズマ状態で「無機的な生命」が誕生――最新の物理学研究(WIRED様)
人間は地球上での生命の発生パターンしか知らなかったために、永らく「生命の発生には水が必要である」とか「生命体は炭素で出来ているはずだ」とかという常識が支配していましたが、最近の研究ではプラズマ状態の中で無機的な生命体が発生する可能性を示唆しているようですね。こうしたタイプの生命が存在するならば、地球型生命体のパターンを基準に考えられてきたハピタブルゾーンに限定しなくても、もっと多様な可能性がひらけるわけですから、案外宇宙における生命の発生というのは、今まで考えられてきたよりもレアなものではなく、意外とこの宇宙は生命に満ちた世界なのかもしれませんね。

自らも宇宙存在である人間が、面白い℃魔良しとしたり、好んだりするのは、この宇宙自体が面白い事に肯定的であるということだろうと思います。つまり、この宇宙は、つまらない事よりも、面白い事のほうが起こりやすい仕組みになっており、つまらない事よりも、面白い事のほうが真理である場合が多いような、そういうシステムで宇宙は存在しているように思います。一見、つまらない事のほうが頻繁に起こっているように感じるのは、人間のマインドが、この世的な、有限性の罠に陥っているからであり、思考のダイヤルを本来の宇宙の性質である無限に合わせると、面白い事のほうが圧倒的に頻繁に生じているのがわかってきます。

リチャード・モーリス・パックの神秘体験「宇宙が死せる物質によって構成されているのではなく、一つの生ける¢カ在であることを知った」という言葉にあるように、ふだん有限に囲われている心がふとした瞬間無限に開かれると、世界の様相はまったく見た目を変えずに質が逆転します。コンピュータのクロック周波数など、一昔前にいわれていた物理的な上限を今や軽く飛び越えてしまっているように、人間が「できる」と固く 信じた事は、なぜか必ずできてしまうようにこの世界はできているような気がします。これは、宇宙から与えられ人間にそなわった無限≠フ魔法によるものなのでしょう。

天才といわれる数学者や物理学者は、真理はつねに美しいはずだという漠然とした確信をなぜかもっていたようで、正しい答えを必死で求めるというよりは、美しい解法を求めていくうちに歴史的な発見をしたりしたといった逸話を目にしますが、それは逆に言えば、真理に近づくほどソレを美しいと感じるようなアンテナを人間は持っているからかもしれませんね。

私は基本的にUFO肯定派ですが、キャトル・ミューティレーションやミステリー・サークルなどは、懐疑派の主張のほうが説得力があるように思えますし、なんでも信じるというよりはケースバイケースですが、逆にマトモな肯定派(科学的な推論によって解釈する山本弘さん系の懐疑主義的なUFO肯定論者)なら信じないようなことの中にも意外な真実が隠れてる気がしています。宇宙人と頻繁に遭ってコミュニケーションしているとされるコンタクティーの人たちの話は、金髪美人の金星人とデートしたとか突拍子も無い話をする人もいますが、中には真偽は別にして、横尾さんや秋山眞人さんなどの、捨て置けない興味深い体験談を話すコンタクティーもいます。横尾さんはUFOをどこか霊的な現象とよく似た捉え方をしており、そういうところも面白いです。



 J・アレン・ハイネック博士

 私は最初、まったくのUFO懐疑論者だった。つくり話のような(当時の私はそう信じ込んでいた)UFO目撃報告を、片っ端から見破ってはひとり悦に入り、満足していた。UFOが宇宙船であれとこよなく願う円盤狂信者のくやしそうな顔を思い浮かべては、溜飲をさげていたものである。彼らにとっては、たぶん、私は仇敵であったろう。
 だが、そんな私も、徐々にUFO肯定論者になっていった。1960年代の後半になると、完全な肯定派になっていた。これは、当初まったく予想もしなかったことである。
 現在、私は寸暇を惜しんでUFO問題に取り組んでいる。私に変身をとげさせ、これほどかりたてる理由は、UFO現象はたしかに存在するものであり、それを調査し、理解し、最終的には解答をあたえることが、人類の宇宙観にはかりしれない影響を与え、変革への大きな足がかりになると信じているからにほかならない。
───J・アレン・ハイネック

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『ハイネック博士の未知との遭遇レポート』J・アレン・ハイネック著 青木榮一訳 二見書房 1978年


UFO問題の権威というとハイネック博士に言及せねばなりませんね。天文学者のJ・アレン・ハイネック博士は、アメリカ空軍のUFO調査機関「ブルーブック」の顧問であったという過去を持ちながらも、調査を積み重ねていくうちに、たんなる誤認やインチキだけでUFO問題を片付けられないという考えに至り、肯定論者に転向したという特殊な経歴を持つUFO界の重鎮です。「第1〜3種接近遭遇」などのUFO目撃事件の分類を提唱したことでも有名で、UFO映画の金字塔であるスピルバーグの『未知との遭遇』ではアドバイザーをつとめました。肩書き的にも社会的な信用をもった人がUFOに肯定的な情報発信をするのは珍しいですし、それなりにUFO問題が単なるテレビのバラエティネタとしてでなく、人類にとってなんらかのけっこう重要なメッセージを秘めた真面目なものなもののようにも思えてきます。

ハイネック博士によるUFO接近遭遇の分類

第一種接近遭遇
 空飛ぶ円盤を至近距離から目撃すること。

第二種接近遭遇
 空飛ぶ円盤が周囲に何かしらの影響を与えること。

第三種接近遭遇
 空飛ぶ円盤の搭乗員と接触すること。

ウィキペディア「接近遭遇」より


ハイネック博士の著書に、UFO目撃から宇宙人との遭遇まで幅広く証言を集めて分類したものがありますが、やはり宇宙人との直接コンタクトの証言はインパクトがあって興味深いですね。宇宙人と呼ばれている存在が、ほんとうに外宇宙からの使者なのかどうかはさておき、そのような出所不明の謎めいた知的生物が地球のどこかに平然と暮らし、時折人間とコンタクトしている、と考えるととてつもないロマンを感じます。

プロジェクト・ブルーブック(※米国空軍に実在したUFO調査機関の名称)が、夜間の発行物体、空飛ぶ円盤、第一種と第二種の接近遭遇のどの場合にせよ、「信用ある目撃者の語る信じがたい話」をまじめにとりあつかうのを拒否しているのだから、生物≠フ存在をともなうUFO目撃事例、つまり第三種接近遭遇を邪険にあつかったとしても、なんの不思議もない。空飛ぶ円盤≠フ目撃より、生物≠ニの遭遇のほうが認めがたいのは、どうしてなのだろうか?ひとたびわれわれ以外の生物の存在をあえて認めれば、まず競争と敵対関係が怖いだけでなく、未知の存在に対する恐怖の深淵に直面せざるをえないからだろう。p196

『ハイネック博士の未知との遭遇レポート』J・アレン・ハイネック著 青木榮一訳 二見書房 1978年


UFOを単に好奇な珍現象としてだけでなく、真面目な研究対象として確立させたのはハイネック博士の大いなる貢献で、1967年に米国テキサス州に発足した世界最大のUFO研究団体「MUFON(ムーフォン)」でも、ハイネック博士の分類に準じて資料を集めているようです。MUFONは民間団体であり、また調査員も研究員も基本的にUFO肯定派ですから、真偽がグレーのものはシロとして扱ってしまう側面はありますが、それなりに精査して資料を収集しているので捨て置けない情報も多く眠っているようです。このMUFONという組織自体にスポットを当ててUFO問題をマニアックに紹介した米国の番組が上記でも触れた『HANGAR 1 〜UFOファイルが眠る場所〜』というシリーズで、毎回興味深い切り口でUFO問題を紹介していくとても面白い番組でした。UFOに興味のある人には機会があればぜひ全話視聴をお勧めしたいです。




 第三種接近遭遇(=宇宙人との接触)

オカルト好きで有名な音楽家の細野晴臣氏は、昔の雑誌の記事で『ムー』と『UFOと宇宙』を愛読していることが書かれていて、『ムー』は知ってましたが、『UFOと宇宙』という雑誌がどんなものなのか気になっていました。『UFOと宇宙』というと、子供の頃、親戚のお兄さんの本棚にUFO関係の本といっしょに挟まっていたのを覚えているくらいで、よほどコアなUFOマニアが読む雑誌なのだろうという漠然とした印象だけがあったのですが、最近古本市で安価で大量に見かける機会が何度かあり、思いきって何冊かゲットしてみました。

『UFOと宇宙』(14 隔月刊 1975年10月号 ユニバース出版社)には表紙に「特別取材」という煽りで「円盤をよく見る人」という大いにソソるタイトルが書かれており、ものすごく気になったので入手してみました。記事の内容は、イラストレーターの池田雅行氏による詳細な目撃事例がメインで、ものすごい至近距離でのスリリングな目撃事例や詳しい図解などが興味深く紹介されており、またそれだけでなく、第三種接近遭遇、つまり宇宙人との遭遇体験まで含む驚くべき内容で、「信じる気マンマン」の体制で読んでいた私もにわかには信じがたい内容でした。しかしながら、UFO問題でもっとも面白いのがこの第三種接近遭遇の事例であります。そうした事が実際にこの世界では知らない所でちょくちょく起こっているのかもしれない、という気分に浸るのは楽しいです。そうして第三種接近遭遇の事例として宇宙人コンタクティの体験談などに関心が芽生え、関連情報を集めていくうちに、宇宙人とのコンタクトというのは、一般に考えられているほどトンデモでもなく、妄想でもないのではないんではないか?という気分になってきました。UFO問題は、この第三種接近遭遇の事例を受け入れるかどうかがターニングポイントで、ここを超えると一般に真性ビリーバーとして映ってしまうことは避けがたくなってきますが、同時にここを避けて通るとUFO問題の本質に触れることはできませんから、このラインを超えて信じるのはそれなりに勇気のいる決断です。

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UFO専門誌『UFOと宇宙』(右・No.43 1979年2月号、左・No.14 1975年10月号 ユニバース出版社)

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『UFOと宇宙』No.14に掲載されたUFOコンタクティーを紹介する記事。UFOを至近距離で目視したり、新宿駅で宇宙人と遭ったりと、かなりディープなコンタクティーであります。ここまでくるとなかなか信じられないレベルの体験ですが、逆にもっとあいまいで不確かな体験であれば信じるのか?というと、それはそれで疑いの余地がでてきますから、信じるかどうかよりも、まずはありうるかもしれないひとつのファンタジーとして楽しんでしまうのもひとつのスタンスなのかもしれません。

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上記の記事にあるUFOスケッチ部分と目撃情報の図解。ここまで至近距離でUFOを見れたら面白いでしょうね。でも実際にこういう場面に出くわしたら、楽しいというより、怖いかもしれないですね。

UFOとの接近遭遇は、第一種、第二種と進むにつれて信憑性が疑われる度合いが高くなり、第三種、つまり宇宙人などUFO搭乗員との遭遇に至ってはUFOマニアですら意見の別れる事が多く、一般にはほとんどデマ扱いになってしまうのが現状だと感じます。私も、懐疑的であった時期ですら目撃談くらいなら誤認の可能性もありますから真偽は別にして変な飛行物体を目撃することは「ありうる」と思っていました。しかし「宇宙人とコミュニケーションした」とか「UFOに乗って宇宙を旅した」とかいうレベルになると、妄想か虚言のどちらかであるとしか思えませんでした。でも、もしUFOが地球製の物体でないなら、中の人も地球人でない可能性のほうが高いのですから、UFOを目撃するのも宇宙人と話すのもいっしょのようにも思えますし、信じた方が面白いというのもあって、今では、第三種接近遭遇にすごく興味がわいてるところです。

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雑誌『[荒俣宏・責任編集]ボーダーランド』1997年4月号 角川春樹事務所

第三種接近遭遇へ興味がわいたきっかけはたまたま雑誌『ボーダーランド』で横尾忠則氏が語った宇宙人とのコンタクト体験談を読んだことでした。横尾さんといえば、グラフィックデザイナーの時代からオカルト全般に興味を持っていたことで知られますが、横尾さんは芸術家であって荒俣宏のような学者ではないので、オカルトへの距離感がなく、浮き輪の無い状態でオカルト世界を潜水している感じで、横尾さんのオカルトの話はとても直接的でリアルなところが荒俣先生とはまた違った面白さがあって好きです。横尾さんの宇宙人コンタクト体験は、チャネラー(宇宙人や天使や守護霊など、異次元的な存在とコンタクトする人)を通したりするコンタクトの他に、ドリームコンタクト(夢の中で異次元的な存在、霊的な存在とコンタクトすること)がメインだそうです。ただの夢と断じる意見もあると思いますが、ルドルフ・シュタイナーのいうように神秘学的には、夢は単なる脳の生理的な現象ではなく、実在するアストラル界(幽界。霊界と物質界の中間の世界)であるとされています。

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『私と直感と宇宙人』横尾忠則著 文春文庫 1997年
UFOを呼び出すだけにとどまらず、宇宙人との直接コンタクトまで頻繁に行う横尾さんの、相当にディープなコンタクティーとしての側面が垣間見える奇書。


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『優しい宇宙人』秋山眞人・坂本貢一著 求龍堂 2000年
テレビなどでもお馴染みの日本オカルト界の古株、秋山さんの宇宙人とのこれまたディープなコンタクト体験が綴られています。UFOに乗せてもらったり、UFOを操縦させてもらったりという、2百回を越える驚愕の超常体験が次々と語られていきます。と学会の『トンデモ本』シリーズでも取り上げられてましたが、そこでは過剰に思えるようなバッシングをされていて、同意しにくい批判内容でした。秋山氏の容姿を馬鹿にしたり、内容が突飛だから嘘に決まってる的な安直な批判はいただけません。初期のと学会はオカルトを茶化しながらもきちんと論理性をもった批判をしていて安易な中傷は少なかった印象がありますが、後に会長の山本弘さんが脱会したりなど、いろいろトラブルがあったようで、と学会の後期の本はとりあげる本の批評にも少し問題があったように感じます。とはいえ、横尾さんや秋山さんの体験は、理性的なUFO研究家なら退けてしまいそうなぶっとんだ話であるのも事実ではあります。しかしそうしたマトモな常識とやらに揺さぶりをかけてくれる快感もまたあって、私はそうした話を応援したい気持ちがあります。この本も、一方ではトンデモ扱いされながらも、ディープなオカルトファンにはひそかに支持されている本でもあり、古書相場はけっこう高値で取り引きされているレア本だったりもします。


調べていくと、宇宙人コンタクティは思ったより希少でもなく、現代でも、世界中に、また日本にも意外に多くのコンタクティが存在しているみたいで、だんだんと第三種接近遭遇という未知の領域への敷居も低く感じられてきます。第一種、第二種の接近遭遇は、目撃や痕跡など、未知の存在との間接的な遭遇ですが、第三種になると直接的で個人的な体験で、体験という圧倒的なリアリズムの凄みがあり、すべてのコンタクティが事実を証言してるとはさすがに思いませんが、中には真実の体験もあると思いたいですね。

映画やドラマでは、宇宙人は地球を侵略するためにやってきたという設定で描かれる場合がけっこうありますが、米国のサイエンス系の番組でお馴染みのNY市立大学のミチオ・カク教授(理論物理学)は、宇宙人が地球に来ているのだとしたら、彼らはおおむね平和的であるはずだという発言をしたそうです。地球外惑星から地球に来れるほどの科学力ということは、彼らは地球人より軽く数百、あるいは数千年は進んだ文明をもっているはずであり、それだけ長い事文明を維持できたのなら、戦争や犯罪や宗教や差別などの様々な問題はとっくに解決しているはずだというのが根拠で、なるほど科学者らしい合理的な推理だなぁと思いました。たしかに、無駄な争い事が繰り返されていたら、なかなか文明の維持は難しいでしょうし、みんなが協力する社会なら、あらゆる学問や技術が飛躍的に発展していくでしょうね。

ふと思い出すのは「人間だもの」で大ブレイクした相田みつをさんの言葉です。彼の言葉で一番感銘を受けたのは「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」です。これほど人間社会の矛盾を端的に突いた言葉はないですね。この世のあらゆる問題の多く、エネルギー、お金、食料などは、奪い合って足りなくなることで人を不幸にしますが、そのどれもが実は「分け合えば余る」ようなものばかりです。人が人を疑えば、奪うことでしか得られない世界ができますが、人と人が信じあえるならば、分け合ってみんながいっぺんに幸せになれる世界が生まれるのかもしれませんね。

メモ参考サイト
相田みつを「わけ合えば」(相田みつを美術館様)



 赤瀬川原平とUFO

赤瀬川原平といえば、ユーモラスで哲学的な、四畳半シュルレアリスムというか、庶民派前衛芸術家ともでもいうべきか、とても個性的でありながら親しみを感じる独特の表現で昭和を駆け抜けた天才ですが、彼もまたUFOに見入られたひとりでした。UFOというと、宇宙ロマンな存在で、ブームのきっかけはアメリカからの舶来のものですから、なんとなく原平さんの世界とは違和感があるような気がしてましたが、実際に著書『円盤伝説』のページを開いていくと、さすがのUFOも原平さんの世界観に引きずられて、畳の空間が似合う物体になっていて面白いです。日本のごく平凡な庶民の暮らしの中から深遠な哲学的な謎を掘り起こすような独特の原平さんの目線がUFOの考察に独自の切り口を見せていて興味深かったです。

『円盤伝説』は、著者の赤瀬川原平さん本人を主人公に、UFOをお馴染みの哲学的なユーモアで考察していく漫画イラスト集です。絵もシュルレアリスム的で面白いですが、考察の内容も面白いです。第1話の「円盤からの手紙」の中で、UFOの運転手から聞かされるUFOの真実がユニークです。

「そうですよ。この円盤には足がない。だからフワフワ飛ぶんです。だから空飛ぶ円盤なんて実際には存在しないんです。エンジンの音なんて聞こえなかったでしょ?」
「はァ、私もヘンだとは思ったんですが……」
「エンジンがあるとああいうふうにフワフワとは飛べないんです。人間だってそうでしょう。足があればどうしてもエッチラ、オッチラ歩くことになる。足があるのに幽霊みたいにフワフワ飛ぶことなんて出来ませんよ」
p22

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赤瀬川原平著『円盤伝説』 青林堂 1989年


円盤から降りてきた運転手の幽霊が、自分が操縦しているUFOもまた幽霊、つまり霊的なモノだと証言しているくだりです。お話はフィクションではありますが、なかなか興味深い説です。UFOは現実的な物質で出来ているのではなく、そもそもこの物質世界のマテリアルが材料なのではなく、霊的な、別の次元の物体であるということです。この本は、1978年に青林堂から『虚構の神々 超科学紙芝居』という題で出た作品の改題復刻版です。このユニークなUFO幽霊説は、実はあの日本SF界の第一人者、星新一も同じ考えを常々漏らしていたようです。

 敬愛するSF界の大先輩、星新一さんは、私の顔を見るたびに、同じ質問をする。「ねえ、UFOの正体わかった?」そして判で押したように、こうつけ加えるのである。「ぼくはUFOは宇宙から来るのではなく、幽霊だと思うんだがね」
 星さんが隠れたUFOファンであることは知る人ぞ知るだが、べつに専門的データを集めて研究しているわけではない。恐らく作家としての直感からそう言われるのだろうが、案外それがUFO現象の本質を言い当てているのではないかと、いつも内心ぎくりとさせられる。

「UFOは本当に宇宙から来るのか」南山宏 (『月刊ポエム』8月号「特集=星の詩学」 すばる書房 1977年)



UFO現象を正体不明の物理現象としてではなく、そもそもその現象自体が物理的なものではなく幽霊のような心的な現象なのではないか、という星新一の推察は、けっこう鋭いものだと思います。というのは、UFOの目撃も、たまたま目撃するケースだけでなく、頻繁に目撃する人もおり、そういう人は多くの場合、受動的に偶然多く目撃できているのではなく、積極的にUFOが現れるようにテレパシーを送り、かつて流行ったUFO呼びかけの呪文「ベントラ、ベントラ」みたいにUFOを自覚的に呼び寄せるという方法をとるケースもよくあり、もしUFOが人間が念じるとそれに応えてやってくるのであれば、物理現象というより心の関係する領域の現象としてUFOを考えてみるのも有効であるように思えます。深層意識が空に投影されたものがUFOである、というユングの仮説も、またそうした「呼びかけに応えるUFO」を解釈する仮説のひとつだと思います。



 思念とUFO

精神分析学の巨人、ユングもUFOは人間の無意識が空に投影されたものだという風変わりな考察をしていました。

魂はプラトンの「世界霊魂」になぞらえて球形と考えられていたが、現代人の夢の中にも同じシンボルを見ることができる。この古いシンボルの起源をさかのぼれば、すべての「イデア」が貯えられているプラトンの「天外の清浄界」という宇宙空間にまで達するだろう。したがってUFOを単純に「魂」と解釈して一向にさしつかえない。もちろんUFOが現代風に理解された魂というのではない。そうではなく、ある無意識内容、つまい個人の全一性を表す「円環 rotundum」の、自然発生的な元型的、神話的なイメージなのである。p34-35

第二次世界大戦以後、とくに頻繁に現われているようだが、それは共時的現象、つまり意味上の一致であると考えられる。人類の心的状態と物理的現実としてのUFO現象のあいだには、たがいになんの因果関係も認めれない。両者は意味において一致して見えるのである。その意味による結びつきは、一方では投影によって、他方では投影された意味に都合のよい円形や円筒状という、古来対立物の統一を表す形によって生じたものにほかならない。p196

『空飛ぶ円盤』C・G・ユング著 松代洋一訳 朝日出版社(エピステーメー叢書)1976年


文中に出てくる「共時的現象」というのは、今や一般的な名詞に昇格した感のある「シンクロニシティ(synchronicity)」の和訳です。よく例に使われるのは、「久しく会ってない友人のことを思い出していたら、偶然その当の友人から電話がかかってきた」というようなものです。昔の友人の記憶を思い出すことと、その友人から電話が来ることは、合理的な因果関係は存在しないはずなのに、ふたつの事象には偶然で片付けがたい意味的に共通する一致点がある場合に、そうした事象をシンクロニシティ(共時性)とユングは命名しました。凡人ならふつうは単なる偶然として見過ごしがちな現象に着目して研究対象にしてしまうところにユングの並々ならぬ非凡さを感じますね。

ユングの言う、UFOを物理的存在としてでなく、心的な、あるいは霊的な存在として解釈する説はメジャーではないものの、少なからずあるようで、コリン・ウィルソンが著書『ミステリーズ』の中で、科学者でUFO研究家のトマス・ベアデンの奇妙な説を紹介しています。

個人の無意識は物質世界に直接影響を与えることがある。ポルターガイスト現象、サイコキネシスがその直接的な例である。集合的無意識は個人的無意識よりはるかに強力であり、適切な条件のもとでは思念の形を直接具体化できる。それは物体かもしれないし、生物のことすらある。現われ出てくる思念の形(タルパ)は集合的無意識の中の元型として出発し、実体化する途上で通過しなければならない無意識の比較的浅い層によってしだいに変容され、形成されていく。UFO、妖精、天使、サスカッチ、ネス湖の怪獣等は、このようにして無意識のタルパが物質化したものである。つまり、それらは人類の「夢」なのだ。───トマス・ベアデン

『ミステリーズ』コリン・ウィルソン著 工作舎 1987年



トマス・ベアデンなる人物は、もっぱら疑似科学として有名な謎の電磁波「スカラー波」の提唱者といううさん臭いところがある人ですが、それゆえに直球のオカルトな説を唱えていて、この論は仮説としてはけっこう面白いと思いました。タルパというのは最近はネットでも見かける単語になりましたが、元はチベット密教の奥義にある秘術のようで、精神の力で人工的に人間や動物などの生命体を物質化させたものを指します。術者の力が弱いと、術者本人にしか見えない淡い存在しか生み出せないですが、達人になると他人にも見えるレベルで物質化できるみたいです。これは中国の道教の秘法、仙道でも「出神」といって、自らの氣を練りあげることで人間や動物などの形をとった僕(しもべ、式神)を生み出す術がありますし、西洋魔術でも錬金術師のパラケルススや魔術師のアレイスター・クロウリーがホムンクルスと呼ばれる人工生命体の生成に成功したという伝説がありますから、そうした秘術は洋の東西を問わず古(いにしえ)から秘伝として存在したのでしょうね。誰しもが寝てる時に見る「夢」では、実在するようにしか見えない人間や世界そのものをいつも当たり前のように生み出しているわけですから、現実世界にタルパを生み出すようなパワーが人間に秘められていてもおかしくないように私は思います。実際タルパの生成に成功した現代人の体験談はネットを検索するとけっこう出てきますし、チャレンジすれば意外にそれほど難しいものではないのかもしれません。UFOも、そうしたタルパ的な存在であるという説も、赤瀬川原平や星新一の幽霊説と同様、いわばUFOを物質面ではなく唯心論的な視点から解釈したもので、意外に真相に近い説なのではないか、と思います。

空は、ある意味人間の無意識を象徴する空間≠ナ、普段の日常の目線で見る街や人などの有限の世界(=理性、有限の象徴的世界)と対になったものであると解釈することもできると思います。学校、会社、自宅など、日常で経験する目線の世界を毎日9割がた眺めて生活していますが、目線を空に向けるだけで、その何万倍も広大な無限の空間にいつでもアクセスできるわけで、それは当たり前のようでいて、よく考えてみると底知れない不思議さを感じます。よく、大海に浮かぶ浮き島の水面から上の見える部分が理性(顕在意識)で、その下の9割がた水面下に沈んでいる部分が無意識(潜在意識)だという例えを聞きますが、空もまたそうした無意識が現出したものであるのだとしたら、理性を超えた部分を担当している「空」に人間の思念が物質化してUFOとなって飛んでいるという考えは、意外にしっくりくるところがありますね。UFOコンタクティーの人や、UFO目撃者の多くが、UFOを念じて呼んだり、UFOに「まだ消えないで」と心で願うとそれに応えてくれたりするという話をよく聞きますが、そのように、UFOが人の精神に感応するのは、UFOの真相に、何らかの形で「心」が深くかかわっているのかもしれませんね。
posted by 八竹彗月 at 23:59| Comment(3) | 宇宙
この記事へのコメント
哇哦,写的很详细,也帮助了我很多,谢谢
你很擅长写作,也让我了解到了这些我以往所不知道的知识。
非常感谢
Posted by gledos at 2018年05月24日 22:17
それは、中国語の文字フォントは、それをサポートしていないようだ......
要するに、この記事を書いてくれてありがとう、それは私に大きな恩恵をもたらしました。
Posted by gledos at 2018年05月24日 22:19
コメントありがとうございます!
お役に立てて嬉しいです。
UFOは謎が多いですが、それゆえに好奇心をくすぐりますね。
Posted by 八竹釣月 at 2018年05月25日 03:54
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