2017年07月11日

おかしなひらがな

今回は先日古本市で見つけたイタリアで復刻された18世紀フランスの百科事典「Encyclopédie di Diderot e d'Alembert」という本をご紹介します。イタリアで復刻されたので書名はイタリア語ですが、直訳すると「ディドロとダランベールの百科事典」となります。フランスの美術批評家ドゥニ・ディドロ(Denis Diderot 1713〜1784年)と、同国の哲学者、数学者、物理学者であるジャン・ル・ロン・ダランベール(Jean Le Rond d'Alembert 1717〜1783年)による共同編集による百科事典で、この本は彼らの代表的な仕事として知られているようです。フランス語のオリジナルの原本のタイトルは『Recueil de planches, sur les sciences, les art libéraux, et les arts mécaniques, avec leur explication(科学、リベラルアーツ、工芸品などのコレクションと解説)』となっています。

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とにかく大きいです。400×270mmくらい、タブロイド新聞とだいたい同じ判型です。比較のために文庫本を置いてみました。


私が手に入れたのはイタリアのグラフィック・デザイナー、フランコ・マリア・リッチ(1937年〜)による編纂の復刻本で、1970年代に全18巻のシリーズで出されたものです。ゲットしたのは、このシリーズの2巻目です。

中身は18世紀の科学技術や工芸、伝統的な紋章などの図版が、百科事典らしく雑多にたくさん収められています。中でも目を引くのは中程のページに収められている世界各国のアルファベットで、アラビア語や中国語、はてはどこの異次元世界の言語か?と思うような見た事の無い文字まで、68ページに渡って紹介されています。

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紹介したい珍奇な図像はたくさんありましたが、とりあえず今回は日本の「ひらがな」が載っているページをご紹介します。よく見るといくつか間違いはあるものの、大筋では正確とも言える微妙な感じが、18世紀という時代の情報伝達のレベルを感じさせる興味深い図像だと思います。

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「Alphabets Japonois(日本語のアルファベット)」と題されたプレート。ひらがな、カタカナに並んで元になった漢字も添えられています。大筋合ってますが、ところどころ怪しい部分があって、そこがまた面白いところです。そもそも致命的なのは、この表の作成者が、ひらがなとカタカナが同じ漢字を崩して出来ていると勘違いしているらしいところですね。対応する漢字のところをよく見ると、ひらがなの元の字だったりカタカナの元の字だったりとマチマチです。表を作りながら、「いったい、どういう崩し方をすればこうなるんだ!」と混乱しながら作成したことでしょう。

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へんてこな文字をいくつか拾ってみました。草書体の日本語からアルファベット表を作成していますから、かなり苦労したのではないでしょうか。連綿(文字同士の繋がり方)によってさらに崩れた文字は日本人でも読解に苦労するほどなので、異国人が作成したわりにはけっこうがんばって解読してると思います。「ふ」とか「ゆ」など、はじめて外国人がひらがなを見たら、たしかにこんな感じに見えてもおかしくない気がしてきます。

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よく見ると「う」と「ん」が重複していますね。「う」も「ん」も実際の発音は、外国人からは似たように聴こえるのかもしれないので、こういう誤記の理由もそのあたりにあるかもしれないですね。

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「お」と「を」も重複しています。ここまで一致してると、表の作成者もさすがに気づいていながら作ってると思います。たしかにこれは日本人でも発音を区別しない事が多い文字なので、作成した人も混乱しながら「同じだろ!」と思いつつ作ったのでしょう。

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参考までに、現代の書道でも手本として参照されるかな草書の達人、紀貫之(872〜945年)の達筆な書です。こういう感じの文字が書かれた資料を、日本語をはじめてみる外国人が解読しようとすると、あのようなアルファベット表になるのは、ある意味当然の成り行きかもしれないですね。

18世紀というまだまだ世界が無限に広かった時代と、ヨーロッパという当時の世界最先端の学問、科学、技術を誇っていた人たちの目から見た世界というのは、なかなか興味深いものがあります。人間の文化はほんの百年遡っただけでもとたんに別世界ともいえるほどガラリと様相が変化していきますが、そういうとこが歴史の面白さですね。

12世紀あたりから続いて来た欧州の黒歴史、魔女狩りがようやく治まるのが17世紀後半なので、18世紀というと、そうした迷信の時代から科学の黎明へと脱皮を遂げる時代だったのでしょう。こうした百科事典が出版されるような科学と文化の発展が見られた時代でもあり、アメリカの独立宣言(1776年)やフランス革命(1794年)などもあったりと、新時代への変革に伴うエネルギッシュな熱気に満ちたものを感じる時代ですね。

話を戻して、今回の本についてですが、古本市では、この百科事典の2巻目しか置いてなかったので他の巻に何が載っているのか気になって調べてみました。そしたら、な、なんと当時モノのオリジナルの百科事典を全ページをスキャンしたデータがネット上にありました。恐るべしインターネット。

原本『Recueil de planches, sur les sciences, les art libéraux, et les arts mécaniques, avec leur explication』の全ページが無料公開されてました。
https://archive.org/details/fre_b1886824

今回ご紹介した妙なひらがなの該当のページはこちらです。
https://archive.org/stream/fre_b1886824#page/n951/mode/2up

毎回、こんなマイナーなものはさすがにネットに転がってないだろう、と思ってるものが当たり前のように転がってるのを目の当たりにすることが多いですが、まさしくネットの世界も「電脳コイル」の世界みたいに、どんどん現実世界と拮抗する底知れない世界に膨れ上がっているような錯覚を感じる昨今です。
posted by 八竹釣月 at 05:00| Comment(0) | 古本
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