2016年07月12日

銀河鉄道操縦マニュアル


電車天駆ける列車のロマン

私の感じる宇宙への興味は、主に三つあります。ひとつはオーソドックスに、宇宙創成の謎や、恒星や惑星やら彗星のロマンなど宇宙の仕組みに関する天文学的な興味。二つ目にUFOや異星人などに関する謎や、シュタイナーやスウェデンボルグなどに見られる宇宙のオカルティックな解釈などの神秘学的な興味。三つ目には、稲垣足穂や宮沢賢治などの描く天文ファンタジー、今回のテーマでもあるSFや文学的なロマンとしての芸術的興味です。宇宙は、人間の思考の領域を遥かに超えた「壮大」そのものの暗喩でもあり、また壮大そのものの実体でもあります。また、人間の感覚で言えば無数と言っていい膨大な星の数ですから、そこには当然無限の多様性、無限の可能性があるでしょう。宇宙という途方も無く大きなキャンバスには、今もあらゆる可能性が描かれている最中です。創作のテーマとしては、これほど可能性に満ちたテーマもないでしょうね。そういうわけで、今回は、ふとしたきっかけで読みはじめた宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をテーマに語ってまいります。

松本零士の漫画『銀河鉄道999』は、宇宙を旅する列車という叙情的なSFストーリーでしたが、言うまでもなくアイデアの元になっているのは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』です。999(スリーナイン)号はC62蒸気機関車をモチーフに描かれているようで、そうした松本零士版銀河鉄道の強烈なイメージの影響からか、宮沢賢治の元ネタの銀河鉄道もしばしば蒸気機関車のような外見で描かれます。現代人にとっては宮沢賢治よりも先に松本零士の999を先に触れているケースもあるでしょうし、最初からそういう先入観で宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読むものですから、もう当たり前のように蒸気機関車のイメージで銀河鉄道を想像しながら読み進めることになります。本の挿絵などでも銀河鉄道はしばしば蒸気機関車の姿で描かれますが、いろいろ調べていくと、実は蒸気機関車ではなくディーゼル機関車か電気機関車がモデルであるという説を目にしました。『銀河鉄道の夜』で最も重要な存在である銀河を巡る列車ですが、実際その外見に関する描写は詳細には書かれておらず、具体的にどのような外見の汽車なのか?というのは、たしかに気になるところです。まぁ、999の影響もあって蒸気機関車の銀河鉄道というのはもはや定着したイメージになっていますし、見た目的にも蒸気機関車風のフォルムのほうがロマンチックですから、怪我の功名、結果オーライという感じでしょう。

漫画ファン、SFファンのみならず、鉄道マニアからも支持され日本中に大ブームを巻き起こした松本零士の『銀河鉄道999』。主人公の鉄郎とメーテルが乗車する宇宙列車は、蒸気機関車型の999号の印象が強いですが、他にもユニークなデザインの機関車がたまに出てきます。111〜999号までちゃんとビジュアルや運行経路などの設定があり、また銀河鉄道全体の路線図の設定もあるようで、そうした細かいこだわりが世界観に深みを出していますね。

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『銀河鉄道999』のモデルになったC62型蒸気機関車。

鉄郎「えーっ これがうわさの あの999(スリーナイン)号・・・・!?」
メーテル「そうよ 驚いた?」
鉄郎「だって こんな旧式な列車だとは・・・・!?」
メーテル「大丈夫よ鉄郎。耐エネルギー無限電磁バリヤーに守られた超近代化宇宙列車なんだから。みかけが心やすまる大昔の蒸気機関車にしたててあるだけ。中身は近代的だけど、外側は昔のままのSL。二度と帰らないお客のためには、こんな型の列車じゃないとダメなの」
鉄郎「二度と帰らないって・・・・? ぼくは機械の体をもらって必ず帰るつもりなんだよ。必ず!」
メーテル「そうだったわね。いいわ、そのうちわかるから」(p51〜53)

『銀河鉄道999 第1巻 〜タイタンの眠れる戦士〜』松本零士著 少年画報社 1977年


蒸気機関車が宇宙を飛び回るわけですから、それなりの設定がないとSFとしての説得力がでませんので、松本零士氏は999号にはじめて主人公ふたりが乗り込むシーンで、このようにメーテルの口を借りて、汽車が宇宙を飛べる理屈を説明しています。では、元ネタの宮沢賢治の元祖銀河鉄道は、どのような仕組みで動いているのでしょうか?賢治のほうはSF(サイエンスフィクション)ではなく、ファンタジーであり、童話ですから、本来はそのような細かな設定は無くても問題はなく、賢治自身もそのような設定をするのは冗長だと感じていたためか、最終的な決定稿の物語の中には説明がありません。しかし、実は推敲の段階では賢治はちゃんと銀河鉄道の動作する仕組みを想定していました。


電車銀河鉄道の謎

賢治の『銀河鉄道の夜』は、現在本になって読まれている物語に行き着くまでに、4度も書き直され、その過程で、銀河鉄道の仕組みについて語る謎の声の描写は、最終的にカットされています。現在知られている『銀河鉄道の夜』は、第三稿と最終形の第四稿のふたつのバージョンが元になっているため、出版社によって『銀河鉄道の夜』のストーリーに微妙な違いがあります。青空文庫で新潮文庫と角川文庫のふたつのバージョンの『銀河鉄道の夜』が読めますが、新潮バージョンは第四稿の最終形が元になっており、角川バージョンは第三稿のストーリーを元にしています。そのため、角川バージョンでは、銀河鉄道の仕組みについて書かれている興味深いシーンを読むことができます。まず新潮バージョンから件のシーンを見ていきます。

「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。
「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。
 ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。

青空文庫(底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社)



銀河鉄道の推進原理が気になった主人公のジョバンニが親友のカムパネルラに話をふるのですが、「アルコールか電気だろう。」というあやふやな答えが返ってくるだけで、第四稿ではそのまま物語は進んでしまいます。次は角川バージョン。ジョバンニの疑問に、どこからともなく聴こえる謎の声がとても興味深い回答をします。

「それに、この汽車石炭をたいていないねえ」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら言いました。
「アルコールか電気だろう」カムパネルラが言いました。
 するとちょうど、それに返事するように、どこか遠くの遠くのもやのもやの中から、セロのようなごうごうした声がきこえて来ました。
「ここの汽車は、スティームや電気でうごいていない。ただうごくようにきまっているからうごいているのだ。ごとごと音をたてていると、そうおまえたちは思っているけれども、それはいままで音をたてる汽車にばかりなれているためなのだ」
「あの声、ぼくなんべんもどこかできいた」
「ぼくだって、林の中や川で、何べんも聞いた」
 ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。

青空文庫(底本:「銀河鉄道の夜」角川文庫、角川書店)


謎めいた「セロのようなごうごうした声」が、銀河鉄道の謎に迫る興味深い事を言っています。セロというのは楽器のチェロの事。この声の主は、後に出てくるブルカニロ博士という重要キャラですが、どういうわけか最終形の第四稿でブルカニロ博士の登場シーンは全てカットされてしまったために、この意味深な台詞も最終形ではカットされています。第三稿までに登場するブルカニロ博士は、物語にわかりやすい理屈を与えるキャラでもあるので、多分賢治はそれを無粋に感じて、不思議そのもののムード感を出したかったのかもしれませんね。しかしながら、私が『銀河鉄道の夜』に魅かれるのは、人間ドラマよりも、むしろ銀河鉄道というロマンの塊のような存在そのものの魅力によるものなので、当該の謎の列車、銀河鉄道の秘密を知る唯一の人物が最終稿で消されてしまったのは惜しい気がします。まぁ、おそらく賢治は逆に人間ドラマのほうを際立たせたかったのでしょうね。

それにしてもこのセロのような%艪フ声の語りは絶品です。主人公は当然の疑問として銀河鉄道がどのような仕組みで動いているのか気になってカムパネルラに尋ねますが、カムパネルラもよく分かっていません。そこでカムパネルラの代わりにセロのような%艪フ声が説明します。「ただ動くように決まっているから動いているのだ」と。一見説明になっていないような説明ですが、よくよく噛みしめると深い言葉です。そもそも私たち人間も、どうして生きているのか、何のために存在しているのか、そんなことすら知らずに、「ただ生きるように決まっているから生きているのだ」とは言えないでしょうか?答えが存在しないのではなく、この世界にはソレを説明する言葉が無い、ように思えます。「動くように決まっているから動く」、動力がどうのという機械的なモノなのではなく、生き物のように自分の意思で動いているとでも言いたげなユニークな回答です。あるいは、陰陽師の式神のように、動くように決めた主人の意志こそが動く理由であるような。この宇宙列車は物質的な実体ではなく、霊的なマテリアルで出来た、思念で動く列車であることを示唆しているのでしょう。

セロのような%艪フ声は続けて言います。「ごとごと音をたてていると、そうおまえたちは思っているけれども、それはいままで音をたてる汽車にばかりなれているためなのだ」。とても深遠な謎めいた台詞です。実際に汽車が音を立てているのではなく、汽車は音を立てて走るものだという思い込みによって、音が聴こえているにすぎない、と説明しているわけですね。賢治は熱心な仏教の信仰者でもありましたが、謎の声の台詞には、どこか仏教的なロジックを感じます。こうした唯識的な考え方は仏教思想の根幹にあり、般若心経でもお馴染みですね。

電車銀河鉄道の宗教観

物語の後半では、「あなたの神とわたしの神、どちらが本物なのか?」という興味深い会話や、南十字星を具象化した十字架や賛美歌「主よみもとに近づかん」やハレルヤのかけ声などキリスト教的なモチーフが出てきますが、カムパネルラが消えて狼狽するジョバンニを慰める博士の言葉からは、諸行無常や色即是空を感じる「空」の哲学を感じます。本当≠セとされている事は昔と今では変わっているが、今の本当≠ェ正しいというのでもなくて、ただ昔の人がそれを本当≠ニ信じたように、今の人も今の本当≠信じているにすぎない、といったような興味深い思想が語られます。このセロのような%艪フ声の主、つまりブルカニロ博士は、銀河鉄道の一連の旅を「私の考えを人に伝える実験」と言っています。博士の想念を材料に組み上げられた結界の中を異動するための唯一の乗物が銀河鉄道だったのかもしれません。そうして考えていくと、ブルカニロ博士の正体というのは幻影を操る仙人か魔術師のような存在のように思えますね。

電車神話の法則

この『銀河鉄道の夜』物語全体の構造は、世界の英雄神話に共通する構造をもっていることにも気づきます。いわゆる「神話の法則」に、この『銀河鉄道の夜』も合致しているのですね。神話の法則というのは、最近話題になっているようで、一言で言うと「面白い物語」に共通する構造のことです。古来から伝わる神話ストーリーの骨組みに添った展開をするシナリオに、人は「面白い」と感じる、という隠された法則性を指摘していて、逆に言えば、この法則どおりに物語を書けば面白くなる、という重宝な法則のようです。

名作といわれる物語や売れている作品の多くにこの法則に準じた共通する構造があるのはたしかで、SF映画の傑作「スターウォーズ」も、表面的には未来的なスペースオペラですが、物語の骨格はアーサー王伝説などの英雄神話であり、その神話的な構造に未来的な設定を肉付けして作られた、という話は有名ですね。20年くらい前にも、「ドラゴンボールの設定にはオイディプス神話の構造がみられる」等の指摘をしている精神分析学関係の本を読んだ事がありますから、けっこう前から知られていたノウハウなのかもしれません。そういえば、子供の頃に読んだ漫画入門の本に、物語の作り方の一例として、似たようなものがありました。桃太郎などの昔話を骨格にして、そのままキャラや舞台を未来に変更した設定をするだけでユニークなSFストーリーが作れます、という感じの手法だったと思います。似たようなノウハウが昔からあったということは、意外とストーリーテリングの常道なのかもしれません。神話や昔話など、時代を超えて残っている物語には、それなりに人を引きつける普遍的な力が潜んでいるのでしょうね。

とはいっても、神話の法則も万能ではなく、実際に大事なのは根幹となるアイデア、今回の場合は「宇宙を走る汽車」というような秀逸なアイデアだと思います。マニュアル的に物語を作るための方法論というよりは、アイデアを生かすような物語を考える時の参考書みたいな使い方が良さそうです。

ちなみに神話の法則で言われる物語の型は以下のようなものです。数字は物語の流れの順番です。このような構造を持つ物語は人の琴線に触れ、面白いと感じさせる力があるそうです。どの項目も必須というのではなく、ひとつかふたつ抜けるパターンもあります。

「神話の法則」おける物語の型

1.日常の世界
2.冒険へのいざない
3.冒険の拒絶
4.賢者との出会い
5.第一関門突破
6.敵との戦い・仲間との出会い
7.最も危険な場所への接近
8.最大の試練
9.報酬
10.帰路
11.復活
12.帰還



電車宇宙への郷愁

銀河鉄道の旅は、宇宙がまるで遊園地のようで、万博のパビリオンのように星座を具象化させた感じの観光名所が次々に現れるところが楽しいファンタジーです。盛り込まれている教訓や哲学もユニークかつ普遍的です。しかし、この作品が読み継がれる一番の要因はなんといっても、「宇宙を走る汽車」という、並の人間にはなかなか思いつかない突拍子も無いアイデアのインパクトによるものだろうと思います。空を飛ぶ列車の鮮烈なイメージは松本零士によって引き継がれ、さらに壮大な世界観をもって描かれましたが、よく考えてみれば、銀河鉄道というアイデアは、実に松本零士が好きそうなアイデアであったとしみじみ感じます。「宇宙戦艦ヤマト」「キャプテン・ハーロック」などでみられるように、松本零士氏は、宇宙をたんに未来的な舞台としてではなく、人間の回帰すべき故郷のようなノスタルジックな世界として描く特異な感性を持っていますから、宇宙を駆ける汽車というイメージは、さぞや心を鷲掴みにされるほど好みのイマージュだったのでしょう。

賢治の銀河鉄道では、車内でジョバンニは知らないうちに緑色の切符を手にしているのに気づきます。途中で知り合った鳥捕り≠フおじさんは、その切符を見て驚き、こう言います。

「おや、こいつはたいしたもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでもかってにあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方たいしたもんですね」


ジョバンニは、何の対価も無しになんとなく最高の切符をゲットしてしまっていますが、面白いことに999でも鉄郎は銀河鉄道の無期限のパスをメーテルから無償で受け取っています。鉄郎が貰ったオリオン、プレアデス経由の地球とアンドロメダとの往復パス、本当に羨ましい気持ちになった覚えがあります。機械の身体をタダでくれる星に行くというのが鉄郎の旅の目的なのですが、無期限の銀河鉄道のパスで優しい美女と宇宙旅行が出来ること自体が機械の身体うんぬん以上の幸運です。おそらく鉄郎は、メーテルと汽車に乗り込んだ時点で機械の身体などどうでも良いと内心思っていたに違いありません。目的地に着いてしまえばメーテルとはお別れなんですから、むしろ永遠にゴールの無い旅こそ最高の至福なわけです。999では暗に、旅の本当の至福は旅自体であり、そこにはゴールすること以上の価値があるという松尾芭蕉的な旅の哲学を描いているのかもしれませんね。

あまりストーリーに絡む機会はないもののチョイ役というには存在感ありすぎの謎の車掌さんもいいキャラですね。顔が影のようになってふたつの目だけがギラギラ光っているだけという不気味な外見ながら、けっこう気さくないい人で、その正体はいつも気になってたんですが、意外にかなり詳細な設定がされてるようですね。実はアニメも漫画もちゃんと通して見ていないので最近コミック版を少しずつ読んでるところです。イメージでは架空の惑星に停留して事件が起こる、という感じの連作の印象があったのですが、火星や土星の衛星タイタンや冥王星など序盤では普通に実在する惑星に停留しているのが意外でした。タイトルの999は、1000のひとつ手前ということで、大人を1000に例えて子供以上大人未満、青春の終わり、という意味が込められてるそうです。

そんなこんなで、汽車のかっこよさにも目覚めかけているところでもあり、以前に汽車をテーマにした記事もその勢いで書いてみましたが、汽車の世界も調べていくと、想像もしなかったような不思議な格好の機関車がたくさんあるものでびっくりします。そうした中で、ぜひとも銀河を駆け巡ってほしい懐かしのレトロ機関車たちを独断と偏見で四つほど選んでみました。

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イギリス国鉄 2C1形 ドワイト・D・アイゼンハワー
1935年から活躍した流線型が美しい機関車。


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フランス国鉄 232・U・1形 特急・急行旅客用
最高速度時速140Km、4000馬力。1949年製造。蒸気機関車が主流であった時代の最新型高速蒸気機関車として登場。レトロフューチャーな感じの、いかにもスチームパンクSFにでも出てきそうなかっこよさです。


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西ドイツ国鉄 06形
1939年製造。弾丸のような無骨でシンプルなフォルムがかっこいい急行旅客用蒸気機関車。蒸気機関車とは思えないSFチックなフォルムですね。最高速度時速140Km。ドイツで製造された最も大型で強力な蒸気機関車ながら、2両試作されただけで終わったようです。


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チェサピーク・オハイオ鉄道 490号
単眼ライトが魔物っぽくてミステリアス。ウルトラマンの兜のような面構えが不思議なムードを出しています。これもまたシビれるかっこよさですね。



電車宇宙と霊界

宮沢賢治の描く銀河鉄道による宇宙の旅は、さまざまなアトラクションに満ちていて楽しいのですが、全編を通じて、楽しさと同時に悲しさや淋しさが、音楽の低音と高音のように、まさに宇宙的なハーモニーを形成しています。銀河鉄道で旅する宇宙というのは異界そのものであり、多くの研究でも指摘されているように銀河鉄道の旅は死後の世界の旅であり、宇宙は冥界の象徴として描かれているという説があります。カムパネルラの描写などにみられるように、むしろ賢治はあからさまに銀河鉄道をそのようなものとして描いていますし、私もこの説に異論はありません。

神秘学や密教などでは、死後の世界は大きく3つに別れていて、魂の霊的な進化とともに「幽界」→「霊界」→「神界」という順に昇っていく、とされています。信じるかどうかは置いておいて、オカルト的にはそう考えられている、というくらいに思ってください。で、死んで最初に行く世界、「幽界」は、この世の物質的なものとあの世の非物質的なものの中間の物質で出来ていて、想念がそのまま実体化するような世界だとされています。『銀河鉄道の夜』で、ブルカニロ博士がジョバンニに明かした銀河鉄道の旅の秘密、「私の考えを人に伝える実験」となんとなく重なるような気がしませんか? 銀河鉄道が旅していた空間は、宇宙であると同時に、この現世的宇宙と重なり合って存在する幽界の宇宙なのではないのか? 想念が実体化する空間、幽界の宇宙であるからこそ、鳥がお菓子になったり、南十字星はキリストの十字架だったりしていても、おかしくないのかもしれませんね。
posted by 八竹彗月 at 01:20| Comment(0) | 宇宙
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