2015年11月05日

桃源郷・東洋のユートピア幻想

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中島来章『武陵桃源図』 江戸時代
右図は、ひとりの漁師が桃源郷の入り口である洞穴を発見し、船を岸に置いていざ穴の中へ入ろうとしている様子が描かれています。左図は、穴を抜けて広がるのどかな異世界の隠れ里の風景。中島来章(1796年〜1871年)は、幕末から明治時代にかけて活躍した絵師。


桃源郷と聞くと、金銀財宝に溢れた城、きらびやかな芸術と楽しい娯楽、豊富な山海の珍味に、白い羽衣をまとった美しい仙女たちのハーレム、といったお伽噺のような欲望全開の絢爛で贅沢な世界をイメージしがちですが、その桃源郷の語源となっている陶淵明の詩『桃花源記』で描かれているのは、自然と共に質素な人々が平穏に暮らす小さな隠れ里です。そこでは、物質的にはたしかに不便で、たいした娯楽もなく、一見退屈な世界のようにも思えますが、人間の本当の幸福は、次から次へと欲しい物を手に入れる豊かさだけにあるのではなく、精神的自由、心の平安こそが本当の人間の行き着く幸福のカタチなのかもしれません。

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諸星大二郎『桃源記』トビラ絵
諸星大二郎の作品に『桃源記』という短編漫画があります。これは『桃花源記』をベースに陶淵明の他の作品や道教の神仙思想なども織り込み、独自の解釈でミステリアスな作品に仕上げた名品で、見事に漫画で古典を蘇らせています。諸星先生、ほんと天才です。陶淵明に興味を持ったのはこの作品を読んだおかげです。


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陶淵明(とう えんめい)365年〜427年 

本陶淵明『桃花源記』全文

とても短い詩でありながら、幽玄なロマンチシズムあふれる世界観を描き出していて、味わい深い作品だと思います。陶淵明の生きていた時代は戦乱の続く混乱期だったようで、苦悩の現実から逃避したいという気持ちから当時は陶淵明以外の作家の作品でも神仙の住む理想郷に遊ぶ詩が作られていたようです。この頃の日本はまだ邪馬台国の時代ですから、そんな昔からこれほどファンタジックな創作が残されているというのは凄いですね。

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(左)『中國詩人選集4 陶淵明』岩波書店 昭和33年[1958年]
陶淵明の主要な作品が治められています。世俗を離れて隠遁し、酒と詩を愛した陶淵明、その生き様は仙人のようでもあり、また人間らしくもあり、忙しい現代にこそまた見直されるべき文人かもしれません。
(右)『陶淵明ノート』高橋徹著 国文社 昭和56年[1981年]
もはや陶淵明研究では定番ともいえるトマス・モアの『ユートピア』との比較論をはじめ、帰去来、隠遁の嗜好から陶淵明の人生を読み解いていったり、桃源郷を民族学的なアプローチで論考したりと、興味深い考察がされていました。


『桃花源記』は、主人公の漁師が谷川を船で下っているうちに迷ってしまい、いつしか桃の花が咲き乱れる不思議な景色に出会う、というところから物語ははじまります。桃の林を進んでいくと山の麓に小さな穴が開いており、奥から光が差し込んでいるので船を降りて穴をくぐります。そう、そここそが俗世から隔絶された異世界だったのです。そこに住む村人の話では、先祖たちが戦乱を避けるために数百年前にこの里に移り住んだのだそうです・・・ 『不思議の国のアリス』の兎の穴や『千と千尋の神隠し』のトンネルなどにみられるように、薄暗い小さな穴をくぐり抜けるというのは、異世界に迷い込む描写の典型的なパターンですね。産道の寓意的なイメージなのでしょうか。

日本の昔話にもよく出てくる「隠れ里」のイメージは、『桃花源記』の強い影響を受けていると思われます。『桃花源記』で描かれている異世界の隠れ里は、とくに奇矯な描写はなく、世俗の情報から完全に切り離されている以外はごく普通の平穏な村です。しかし、桃は中国では不老長寿のシンボルで魔除けの効果や仙人伝説とも関わりのある木ですから、桃の林に誘われてたどり着いた里、ということは、見た目に仙境のような派手さはなくとも、そこが単なる隠れ里ではなく神秘的な異次元の世界であることを匂わせます。戦乱が続いて混迷しているのが当時の中国ですから、平穏無事に数百年暮らせてる世界というだけで十分に楽園の条件を備えていたのでしょうね。『桃花源記』の理想郷のイメージは、老子の理想とした国のあり方「小国寡民(国は小さく民は少ないほうが平和にまとまるのだ、という考え)」がベースにあるのだと思います。

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仇英(きゅうえい)『武陵桃源図』
仇英(1494年頃〜1552年)は中国、明の画家。太倉(江蘇省)の人。人物・山水にすぐれ、美人画は明代第一と評価されているようです。


さて、外界から隔絶された異世界に俗世の人間が迷い込むのはまれなこと。頻繁に誰かが迷いこんでくるような所だったらよそ者として排除されるだけですが、なにしろ数百年もの間「外の人間」を見た事も聞いた事もない住人たちは珍しがって歓待します。村人は外界の様子を全く知らず、自国の王朝が何度も変わったことさえ主人公から聞いてはじめて知るというありさまです。つまり、この村は自国の政治からも切り離されているということで、完璧な自給自足がなりたっている箱庭というか、ミクロコスモスというわけですね。主人公は数日留まってから村人に別れを告げますが、「外の人間にココの事を決して口外しないでほしい」と頼まれます。主人公は無事に異世界から現実世界に帰りますが、こうした希有な体験をした者の常で、結局主人公はその村のことを土地の権力者にペラペラしゃべってしまいます。ですが、主人公はその場所にもう一度行こうとしても、もう二度とあの桃の林すら見つけることはできず、以後誰もその村に行き着いた者はいなかった。というのが結びです。もう一度そこに行こうとしても二度と見つけることは出来ない、というのも異世界モノでは今でこそ珍しくない展開ですが、1600年も昔にそうしたパターンの原型がすでにあったというのは驚きです。

そういえば烏龍茶のCMにも使われた中国江南の伝統的な民謡で『太湖船』という楽曲がありますが、広大な湖に浮かぶ船をイメージした風流な曲調や詩が、どこか『桃花源記』の雰囲気にも通じる感じでイメージがふくらみますね。太湖は美しい景観で知られた名所だったようですが、現在では残念な事に周辺の急激な工業化によって深刻な汚染状態にあるようです。

るんるん太湖船

【太湖船】
山青水明 幽かに静静たり、
湖心にひるがえり来たる風一陣、
行けや行け、進めや進め。

黄昏の時候人少なに行く、
月影空半ばに水面遙かなり、
行けや行け、進めや進め。

水草漫々たり太湖の岸、
陣陣と漂い来たる蘆花の香、
行けや行け、進めや進め。

水色山光斜陽を迎う、
湖面点々これ帆影なり、
行けや行け、進めや進め。


なにかと『桃花源記』と比較されて論じられることが多いトマス・モアの『ユートピア』(1516年)ですが、ユートピアとは「どこにも無い」という意味のギリシア語からきているそうです。ここで語られている理想世界も、自然と共に平和に暮らす国家であり、ネットにも興味深い比較論が見つかりますし、ウィキペディアの「桃源郷」のページにも興味深い論説が載っています。西洋と東洋の楽園の捉え方の違いや共通点などが見え隠れして面白いですね。

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ユートピア島(1518年版の『ユートピア』に掲載された版画)


楽しい生活、つまり快楽に満ちた生活が、もし悪であるとするならば、われわれは相手が誰であろうとそのような生活を求めようとする者を助けてはならない、いや、むしろ、これほど有害なものはないとして、このような生活から極力遠ざけねばならない。しかしもしそうではなくて、かような楽しい生活を隣人のために求めてやることが許されるばかりでなく、むしろそうする義務さえあるとするならば、われわれは隣人に対して親切にすると同じく、何よりもまず第一にわれわれ自身に対しても親切にすべきではないだろうか。なぜなら、自然がわれわれに、隣人に対して親切丁寧であれと命じた時、それは、自分自身に対しては残酷無情であれという意味ではなかったからである。だから、じつに自然そのものが、楽しい生活を、つまり快楽を、われわれのあらゆる行為の究極の目的としてはっきり指示しているのだ、と彼ら(=ユートピア人のこと)は言うのである。徳とは、かくて彼らの定義によれば、自然の法に従って規定される生活なのである。
トマス・モア『ユートピア』平井正穂訳 岩波書店 1957年


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『SFファンタジア 3・異世界編』小松左京、石川喬司監修 学研 昭和53年[1978年]
SFという狭い意味にとらわれず、神話、オカルト、映画、漫画などなど、SF的なものを全て対象としたSF百科、『SFファンタジア』。全7巻、カラー図版も多く、編集もマニアックで、この手の企画ものの中では一級のものではないでしょうか。小松左京というと、日本SFの巨匠というにとどまらず、元祖荒俣宏というべき博覧強記の知識人の側面もありましたが、この本でもその幅広い知識をいかんなく発揮しています。このシリーズの3巻目は一冊まるごと異世界をテーマにしていて、楽園伝説、異境探検など、古今の異世界モノの冒険譚を集めたビジュアルガイドになっています。序盤に東洋的ユートピアとして桃源郷に関する記述も少し有ります。ちなみにこの異世界編では当時三十路になったばかりの若き荒俣宏も寄稿しています。当時の荒俣宏は西洋の幻想文学研究の第一人者でもありました。異世界好きにはたまらない一冊。


楽園伝説は古今東西いろいろなバリエーションがあり、どれも魅力的で心地よい空想に浸れます。昔から人は「理想の場所に行く事ができて、その理想の世界に住むことができたら、きっと私は幸せを得ることができるはずだ」という希望を抱いてきたのでしょう。だからこそ、多種多様な楽園が語られてきたのですが、結局のところは楽園は見つからずじまいで、アトランティスやムーやエルドラドのように過去の「かつてあったかもしれない楽園」の幻想が残るばかりです。地球規模で詳細な地図が作られ、それを誰でも利用できるようになってしまった現代、ますます楽園の存在はファンタジーな概念になってきたのかもしれません。ですが、そう安易に楽園はなかった!などとペシミスティックに考えるのもつまらないことです。『青い鳥』の童話のように、探し求めていたものは、どこか遠い辺境の異国に存在するのではなく、身近な所にいつもあったのだ、というのもひとつのゴールだと思います。身近なところとは、心の世界であり、心の中に楽園を抱く人は、どこで暮らそうともその場所が楽園になる、という境地こそが本当のゴールなのかもしれません。
posted by 八竹彗月 at 02:11| Comment(0) | 精神世界
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