2015年08月01日

ダリ 深層意識の遊園地

ダリは小学生の頃からファンでしたから、今では「いまさらダリでもないだろう」などと知ってるつもりになっていてあまりダリ作品と向き合う機会が減っていました。しかし、先日古本市でダリの展覧会の図録を手にしてなにげなくめくっていたら、さすがは20世紀を代表する巨匠だけあって、けっこう知らない作品がまだまだあったりして新鮮でした。普通、そういう未見のレアな作品って駄作だったりするのが理由で見かける機会が少ないだけだったりするのですが、ダリの場合はやはり格が違います。未見の作品も代表作に退けを取らないレベルの面白いものが多く、天才にも程があるだろ!という感じです。そういうわけで、今回は、上記の本だけでなく、多分ダリの熱心なファン以外は見る機会が少ないであろう作品の中からとくに好みのものを取り上げてみようと思います。

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ダリ「狂人協会 Board of Demented Associations (Fireworks)」 1931年
昔見かけた小さなモノクロ図版でしか見れなかった作品ですが、インターネットの恩恵でやっとカラーで見れました。異世界の生物、というより心の奥深くに潜んでいるまだ物体化していない何かの標本、みたいな感じが面白いです。


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ダリ「コンビネーション Combinations.The CombinedDalinian Phantasms;Ants, Keys, Nails」1931年
くりぬかれた石板から蟻や鍵などのダリの偏愛するオブジェが覗いていますが、よく見ると、全裸の女性が鍵の刺さった蟻の湧いた性器を弄んでいるエロスでシュールな逸品ですね。上記の作品もそうですが、こうしたグラフィックデザイン的な方法論で描かれた作品に最近は惹かれています。これもモノクロ図版でしか知らなかった作品なので、ネット様様(さまさま)です。


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左:ダリ「無題(性病に関するキャンペーン) Untitled - for the campaign against venereal disease」1942年
右:ダリ「骸骨の中のバレリーナ Ballerina in a Death's Head」1939年
骸骨をモチーフにしただまし絵をふたつ選んでみました。だまし絵(隠し絵というのが正しいでしょうか)の傑作が多いのもダリの面白さの大きなアドバンテージですね。知的で遊戯的なイメージにワクワクします。


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ダリ「シュルレアリスト・ミステリー The Surrealist Mystery of New York」1935年
展覧会のカタログかポスターか何かでしょうか。この不思議な空気感、現実とは全く異なる物理法則が支配するかのような異世界感がいいですね。全くの別世界ではなく、時計やら安全ピンやら馴染みのあるアイテムも見受けられることから、やはり、どこか人間の無意識に広がる内的な世界のようなムードがありますね。


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ダリ「"バッカス祭"用の衣装 Costumes for "Bacchanele"」1938年
つっかえ棒のような杖が拘束具のように身体にまとわりついていて面白いですね。シンプルで大胆な色使いのセンスも抜群です。この杖のアイテムは30年代後半から頻繁に現れ、ダリの偏愛するお馴染みのモチーフのひとつとなっていきます。


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ダリ「ある家畜小屋−図書室の解釈のための草案 A Cattle Shed for Interpretation of the Library」1945年
ハリウッド女優っぽい大衆好みの美女のタッチといい、抽き出しのついた子羊に羊毛の電話機が乗っている可愛いらしさといい、ダリらしくない作品で、なんとなくこれも広告ポスターを連想させる感じで、構図の安定したいい感じの作品ですね。


ダリのアートワークを年代別に整理してあるサイトがありました。自分的には初期のレアな作品が圧巻ですね。シュルレアリスムに傾倒しはじめた1930年の作品群の目映い幻惑的なイマジナリーに圧倒されます。1940年代は脂がのって傑作を多産し、1950年以降は完成されたダリワールドといった感じで絵に迷いが無いですが、やはり20年代後半から40年代中盤にかけての初期の作品群の凄みは特筆に値するパワーを感じますね。

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左:「アパートの部屋として使用可能なメイ・ウェストの顔」の唇部分の小さなレプリカ。スポンジみたいな素材で、柔らかいです。この元になった作品は油絵のほかに、ダリ美術館ではこの顔の部屋が再現されています。右:ダリのシール。

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ダリ・タロット。深紅のベルベットケースに金の箔押し文字が耽美な感じです。ちなみに中身のカードのデザインはこんな感じです。

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ダリデザインのトランプもあるみたいですね。こちらはあのマルセイユ・トランプばりの素晴らしいデザインで、ぜひコレクションに欲しいところですが、相応にいい値段してますね。海外のトランプ研究サイトにダリトランプの高解像度の画像がありました。他に岡本太郎池田満寿夫のカードもあるようです。(芸術新潮 1978年1月号)

夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である。
ジークムント・フロイト


ネットに拡散しているフロイトの名言の中で一番面白い言葉を引用してみましたが、なんか学者というよりオカルティストのような印象の言葉で、この発言は何の本からの引用なのか気になるところです。アンドレ・ブルトンのシュルレアリスム運動の思想的な背景にはフロイトの夢理論が色濃く反映されていますが、後にシュルレアリスム運動に関わる事になるダリもまた、この運動を通じてフロイトに傾倒していくようになります。ダリの絵画はたしかに夢の世界のような非合理な幻想を描きますが、特異なところは、その「夢」をまるで実際に今目の前に広がっている現実の風景を描いているかのように写実的に描き出しているところです。本来目覚めてから思い出す夢は漠然とした曖昧模糊としたものですが、ダリの絵では、シャガールなどの絵のように「目覚めてから思い出す夢」ではなく、「今見ている最中の夢そのもの」として提示されるので、強烈なインパクトがあるのだと思います。

たとえば夢の世界では、大人でも無邪気に濃い想像(イマジネーション)の世界に遊ぶ事ができるので、そんなときこそ常識で押さえつけている力の弱まった隙をくぐり抜け、底に隠されていた人間本来の欲望やイメージがあらわに浮かびでてくるのです。このような自分自身にもはっきりわかっていない心の奥底に生き続けている意識のほうが、世間体だの常識などによって、無理に歪められた意識上のものより真実だ。だからこれを直接に表すことが、もっとも純粋で正しい芸術表現だというのです。超現実主義(シュルレアリスム)は、たんに夢の世界とか狂気の世界などにとどまらないで、あらゆる技術をつかい、思いがけない組み合わせによって、新鮮なドラマをつくりあげます。つまり、人間本能の非合理生を追求したのです。
岡本太郎「新版・今日の芸術」p76 光文社 1963年


ダリの絵は、幻想を好まないオーディエンスからは、奇抜で奇を衒ったこけおどしに見えるかもしれませんが、私たちの意識の底にある広大な無意識の世界は、まさにダリの描き出しているような非合理で不条理で、まだこの世界に生み出される前のアイデアのスープや、未来の展望や希望、過去の雑多な記憶、社会規範を逸脱した欲望、喜びと愛に満ちた高貴な理想、そんなような、天国と地獄が重なり合っているようなところです。ダリの幻想は、非現実としての幻想ではなく、無意識の世界を写実的に暴きだすリアリズム的なものです。ダリ自身が自分の方法論を「偏執狂的批判的方法」と言ったように、意識の外縁にある非合理世界を可視化させ、このリアルな合理的世界に引っ張り出してくる魔法であり、それは一種の錬金術なのかもしれません。

錬金術は、ご存知のように、鉛(価値の低い物質)を金(価値の高い物質)に変える魔法のことです。無意識という未開拓な世界を絵画によってリアルな現実に変容させるという観念的な意味だけでなく、実際に脳内幻想をキャンバスの中に現象化させることは、ダリにそうとうなお金も生み出したようで、奇しくもダリ自身それを錬金術に例えていました。

−あなたは絵の制作にどれだけ時間をつぎ込みますか?
「1年のうち6ヶ月ほど。ポルト・リガトの私のアトリエで。その時は太陽とともに目を覚まし、日の沈むまで仕事をします」
−では、あとの6ヵ月ニューヨークでどう過ごすのですか?
「ニューヨークでは大抵眠るだけです」
−6ヵ月も?
「そうですとも。ずっと眠っています。このインタビューだって、私は時間が来るまでベッドに居ました」
−ニューヨークをねぐらに選んだわけは?
「他の場所より、ここにいろいろなアイデアがあるから、ニューヨークが好きなのです。アイデアがファンタスティックなくらいどっさりと。だが、もっと肝心なことは、ダリ夫人にならって、私はお金が一番好きです。ニューヨークではいつもびっくりするほど多くのお金を手に入れる事ができます。このお金の歓びの源は、私のスペイン流の神秘主義。中世の錬金術師たちは、手に触れる全てのものを黄金にしようと思いました。この物質の転換は精神的なものにするための最善の方法です」
米国のプレイボーイ誌によるインタビュー 1964年 (「芸術生活」1964年10月号の記事「サルバドール・ダリの生活」小川正隆:文 
より引用)


いやぁ優雅な暮らしぶりですね〜 このインタビューを受けた当時はダリがちょうど60歳の時です。天才画家というと、ゴッホやセザンヌなどのイメージからか、なんとなく生前は不遇で後世認められ、みたいな固定観念がありますが、ダリはかなり若い時期から認められ、30代の半ばにはブルトンから「ドルの亡者」と不躾な言葉を浴びせられるほど稼ぎまくっていました。上記のインタビューでは、寝てばっかりでグウタラしてそうに思われるかもしれませんが、ダリはいつも朝は6時に起床するようで、けっこう生活スタイルは規則正しいようです。この記事より10年前の1954年にはヒッチコックの「白い恐怖」で、夢の中の情景を描いたシーンの美術をダリが担当してましたが、件のシーンはヒッチコックの個性と正面から食い合う感じの個性的すぎる映像でしたね。

TVダリを起用したチョコレートのCM
大げさすぎるアクション、世紀の天才画家がノリノリでチョコレートを宣伝する絵面が珍妙です。

TV短編映画「アンダルシアの犬」1929年 ルイス・ブニュエル&サルバドール・ダリ
ダリとフランス映画の巨匠ルイス・ブニュエルが共同脚本でつくった実験映画「アンダルシアの犬」はシュルレアリスム映画の代表的な作品ですね。不条理なシーンが次から次へと展開されていて、まさに夢の中にさまよい込んだような妙な感覚になる映像です。

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「芸術生活」1964年10月号 「ダリ・その幻覚的な生活」より
作品だけでなく、存在そのものが稀代のトリックスターだったダリ。普通という言葉がこれほど似合わない人はいないですが、だからこそ、普段どうしているのかがとても気になるのは、当時の人たちも同様であったみたいですね。私が気になったのは、この写真でダリが手にもっている怪しげなパズルボックスのようなオブジェ。

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下手にいじくると異次元の扉が開いてしまいそうなオブジェですね。

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「芸術新潮」1976年5月号 「ダリの料理」より
ダリは絵画や彫刻などにとどまらず、珍妙な料理のレシピからジュエリーデザイン、舞台美術など、様々なジャンルでその才能を発揮しました。かなり多作な作家ですから、なかなかその全貌をつかむのが難しいですが、だからこそ宝探しのように、ダリのイマジネーションの断片を探索していくのは楽しいです。


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なんかものすごく着させられてる感が否めないダリの法被姿。あまりの似合ってなさが珍しくも微笑ましい一枚です。写真では一見日本贔屓っぽいですが、残念ながらダリにとって日本はさして関心のある国ではなかったようです。とくに美術に関しては日本の美術界にはまったく関心がなかったような印象があります。たしか横尾忠則がアポをとってアトリエで面会したときも、持ち込んだ自身の作品に目もくれずまったく興味がなさそうなダリに憤慨したというような記事をどこかで読んだような記憶があります。唯一認めていた日本人画家は岡本太郎だけだった、という記事も何かで読んだ気がします。
posted by 八竹彗月 at 05:17| Comment(2) | 芸術
この記事へのコメント
ダリというと、特徴的な跳ねひげと 大きく見開いた目という本人自身のインパクトが なかなかサマになってて、ファンと云うほどではないですがわりと好感持ってます。

ファンと云うほどではない...知ってる作品が、時計がたれてる「記憶の固執」ぐらいしかないもので。

ピクシブの「だりぱんだ」...ダリの世界にたれぱんだを持ち込んだようなファンアートで、好きな作品です。
Posted by あっきー ( t-aki ) at 2015年08月01日 13:51
ダリのあのヒゲは決定的なキャラ付けになってますよね。絵の才能だけでなく、自己演出なのか地なのか分からない大げさな挙動や奇行など、存在のすべてがユニークな人でしたね。まさに、一生をかけて油絵だけでなく「ダリという存在」そのものを作品として残そうとした芸術家だったのかもしれません。

「だりぱんだ」見てみました。面白いですね。もともとのオリジナルが風変わりな絵なので、作家のパロディ欲のようなものを刺激しそうですね。「記憶の固執」といえば、ドラえもんのタイムマシンに乗るシーンで周囲に歪んだ時計が描かれますが、あれもダリの件の絵画からの影響じゃないか、とひそかに思ってます。藤子不二雄もシュルレアリスム絵画に強い関心を持っている作家で、マグリットの作品「ピレネーの城」を題材にした「マグリットの石」という短編を描いていますから、あながち間違った推測でもないんじゃないか、と思っています。
Posted by イヒ太郎 at 2015年08月01日 23:05
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