2014年12月24日

シークレット・サンタ

クリスマスなのでクリスマスをテーマにコレクションを引っ張り出してきました。

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UFOで聖夜の空を飛び回るサンタさんの絵葉書

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まずは「少女世界」(大正8年12月 発行:博文館)の12月号から、大正時代のクリスマスの光景をピックアップしてみます。表紙の可愛らしい絵は大正〜昭和初期に活躍した童画家、本田庄太郎。

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同上。目次。

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今日はたのしいクリスマスです。花子さんも雪子さんも美知子さんも、お友だちと教会に参りました。みんなで賛美歌をうたって、いま余興の遊戯がはじまった所です。あとで、サンタクロースの贈り物を、みんな分けていただくのです。
画:本田庄太郎


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絵さがし
クリスマスの日にサンタクロースは俊子さんへの贈り物を大きな袋に入れて、うんとこうんとこと担いで来ました。中に何があるでしょうか。この絵の中から捜し出して下さい。

巻末の懸賞クイズです。隠し絵のようで、右上の屋根にお伽噺の本、サンタの腕と袋にかけて女の子の人形が隠れていますね。
画:本田庄太郎


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「アサヒグラフ」(昭和4年12月25日 第30巻 第26号)の表紙写真。ふたりのお洒落なセーラー服のおかっぱ小学生がクリスマスツリーの脇でサンタ人形らしきものを手に遊んでいる様子。

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同上、クリスマス関連の記事。

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今年、特別のクリスマス・プレゼント
毎年毎年クリスマスプレゼントは同じ物ばかりで、皆様がお飽きになったとおっしゃいますから、コドモグラフでは何か良い思いつきが無いかと、サンタクロースのおじさんに相談しましたら、やっぱり靴下の中はチョコレート、ボンボン、キャラメル、玩具が昔から決まっているから、それになさいと、おじさんはとても頑固です。
それならご相談は申しませんと、こちらも少し腹が立ちましたから、いろいろ考えましたが、皆様のお気に召すようなものがありません。
だもんですから、不思議に毎晩夢を見るのです、もちろんクリスマスプレゼントのことばかりでございます。
ところがいよいよ明日の晩はクリスマスという、前の晩夢を見ていると、枕元で犬の子がクンクンと鳴いています。夢かなと起きて縁の下を捜すと、なんと可愛い犬の子ではありませんか。
あぁ、これだとたちどころに皆様へ差し上げる今年特別のクリスマスプレゼントができたわけでございます。


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「アサヒグラフ」(大正15年12月)


最後に、とても心温まるイイ話。
プレゼントシークレットサンタ( その1 その2 その3 )

ラリーさん、凄い人ですね。結局人生というのは、いかに多く貰えるかではなく、いかに多く与えられるか、と生きた人だけが、自分の人生の主人になれるのでしょうね。貰う人生には相手がいりますが、与える人生なら自分が主人公になれるような気がします。こうした無償の愛の実践はキリスト教の思想が根底にあるのでしょうね。シークレットサンタのエピソードが、ただの美談を超えて注目したい部分は、「与えたものが思いも寄らぬカタチで返ってくる」展開です。当初は自分も貧しい中で行われたシークレットサンタ活動ですが、与えれば与えるほど何故か仕事が順調に進み豊かになっていくという奇跡が起き、やがてラリーさんは富豪になっていきます。まさに「情けは人のためならず」、善意は巡り巡って自分を豊かにしてくれるものなのでしょうね。

与えよ。そうすれば、自分にも与えられるだろう。
ルカによる福音書6章38


まさに聖書の教えを地でいっていますが、この不思議な運命の法則「与えたものが返ってくる」はスピリチュアルな思想でもよく言われていますね。エックハルト・トールも著書「ニュー・アース」の中で、上記の聖書の引用をしながらこのような事を言っています。


世界が物惜しみをして与えてくれないと思っているが、実は自分自身が物惜しみをして世界に与えないでいる。
なぜ物惜しみをするかと言えば、自分は小さくて、何も与えるものがないと奥深いところで信じているからだ。
次のことを何週間か試して、結果がどうなるかを見ていただきたい。人々が物惜しみをして与えてくれないと思っているもの――賛辞、感謝、援助、愛情をこめた気遣い、等々――を自分から他人に与えるのだ。そんな持ちあわせはない、って?あるようにふるまえばよろしい。そうすれば出てくる。そして与え始めるとまもなく与えられるようになる。与えないものは受け取れない。出力が入力を決める。世界が物惜しみをして与えてくれないと思っているものは、あなたがすでにもっているのに出力しようとしないもの、それどころかもっていることを知らないものだ。
エックハルト・トール「ニュー・アース」


善い行いというのは、道徳的だからとか、誰かに褒められたいからとか、いい人に見られたいからとか、そうした事で人類に推奨されていることではなく、まして、権力者や政治家が下々の民衆をコントロールしやすくするため、という陰謀論的なものでもなく、ただただ精神的にも物質的にも人間にとって最大の有益な事であるから、というシンプルな理由によるものなのかもしれませんね。

ラリーさんの遺志は現在でも引き継がれているそうで、そんな数多のシークレットサンタさんのひとりがネット上で話題になってました。元になっている記事は2011年のものですが、今年のクリスマスもきっとどこかの街で無償の愛を配って歩いてることでしょう。一年に一度、何の理由が無くても、ちょっぴり気恥ずかしくても、「クリスマスだから」という理由だけで誰かにほんのちょっとでも優しくなれる日なのだったら、それだけでクリスマスは祝われるだけの値打ちの有る日なのだなぁ、と思いました。
posted by 八竹彗月 at 21:23| Comment(0) | 古本
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