2022年02月17日

忍性さんの話

鎌倉時代の真言律宗の僧、忍性(にんしょう・1217〜1303)について知ったきっかけは、東洋哲学研究の巨匠・中村元先生が珍しく感極まった口調で件の僧を紹介しておられた映像でした。忍性さんといえば日本のマザーテレサと評されることもあるくらいに慈悲に厚く、人々の救済に生涯を捧げたことで知られるお坊さんです。また、同時代の僧侶、日蓮と意見が合わず対立していたこともエピソードとしてよく語られる部分ですね。たしかに戦うお坊さんというイメージの日蓮の激しいキャラは、忍性さんとは正反対な感じで、いかにも水と油っぽい感じですね。僧侶といえども人間ですから、やはりウマが合わない人とはうまくいかないものなのでしょう。

忍性さんといえばボランティア≠ナすが、当時は仏教の修行のひとつとして考えられていた人助けなどのボランティアに、忍性さんは仏教の勉強そっちのけの勢いで熱心に働かれ、そのあまりのエネルギッシュすぎる慈悲の精神に、師匠の叡尊(えいそん・1201〜1290)から「いくらなんでも慈悲が過ぎる!」(注1)と苦笑されたほどだったようです。そこまで人助けに熱心なお坊さんになった背景には、忍性16歳の時分に早くに亡くした母親の影響が大きかったといわれています。

生涯に施した貧困者への衣服3万3千着、架橋した橋189カ所、掘った井戸33カ所、病人や被差別者のために築造した家屋5カ所、草創したお寺が93カ所、などなど、他にも数知れないほど世のため人のために奔走し、87歳で逝去した後にその功績を認められ後醍醐天皇から「忍性菩薩」の称号を授かったそうです。その偉大な業績のわりにいまひとつ知名度が高くないのが不思議なところですね。

忍性さんのエピソードとしてとても好きなのは、中村元先生をも感涙せしめたあるハンセン病(注2)患者とのふれあいの不思議な逸話です。ハンセン病は、当時は治療法も確立されておらず触れると感染する伝染病の一種だと思われていたため、ハンセン病患者は集落から離れた場所にまとめて隔離され、不便な生活を強いられていたそうです。以下のエピソードはそうした時代背景の中で起きた奇跡です。

奈良の北にある奈良坂には貧しい人たちの集落があり、その小屋の住人のひとりにハンセン病で歩くのもままならない男がいました。彼は奈良の街中で出て働く事が出来なくなってしまったため毎日の食事にも事欠くほど困っていました。それを知った忍性さんは、この男を毎日背負って街まで送り迎えしようと決心します。片道一時間もかけて雪の日も真夏の暑苦しい日も急な坂を男を背負って毎日休む事無く彼を街へ送り届け、夕方にはまた彼を背負って小屋まで帰してあげるのでした。「忍性さま、なぜです?なぜそこまで私などのために尽くしてくださるのです?」との問いかけに「心配せんでもよろしい。これも修行です」と忍性さんは笑って答えました。そうした忍性さんの姿を遠巻きに見ていた世間の人も次第に大いに忍性さんを尊敬するようになっていったそうです。

送り迎えは彼が亡くなる前まで数年間に渡ってずっと続けられました。ハンセン病が恐ろしい伝染病と誤解され、病人には触れるどころか近づくこともできなかった時代、そしてハンセン病は過去世での悪行の因縁であるという差別的な考えも蔓延していた時代であることも鑑みるに、忍性さんのとてつもない慈愛の精神は胸を打たれるものがあります。当時の常識から察すれば同じ病を患う覚悟無しには出来ないことです。リスクの無い善行でさえ、思っていてもなかなかできないものですが、罹患のリスクのあることならなおさら覚悟と勇気のいることだったでしょう。そこまでしても自分の善行に満足することなく、一人では救済にも限界があるからと、忍性さんは後に病院や療養所「北山十八間戸」(現代も跡地が残っているそうです)の建立などに着手していったそうです。

さて毎日背負って送り迎えしていた件の男は、ある日いよいよ病気も重くなり死期を悟ったのか忍性さんにこう言います。「忍性さま、私は必ずやこの世に生まれ変わってきて、お世話になったあなたに報いられるようお仕えしたしましょう。その時は額にアザのある姿であなたの前に現れますから、きっとすぐお分かりになるでしょう。」男はそんな不思議な言葉を言い残し息を引き取りました。

それから月日は流れ何年かの後に、なんと実際に門下生の一人に額にアザのある者が現れたそうです。その者はよく忍性さんに尽くし働いたということです。件のあの男の生まれ変わりだったのでしょうか。件の門下生であるアザの男は、忍性さんにとっては、おそらく疑う余地もなく、恩に報いるために生まれ変わってでも会いにきてくれたあの時の彼(注3)だったのでしょう。運命は時として粋な事をするものです。


(注1)ウィキペディアによれば『聴聞集』に「良観房ハ慈悲ガ過ギタ」と忍性に対する叡尊の苦言が記載されているようです。良観とは忍性さんの通称です。

(注2)「ハンセン病は,らい菌という細菌による感染症ですが,感染力は弱く,感染したとしても発病することは極めてまれで,しかも,万一発病しても,現在では治療法も確立し,早期発見と適切な治療により後遺症も残りません。」(法務省HPより)

(注3)現代では額にアザのある男、といえば昨今大人気作品の「鬼滅の刃」主人公、炭治郎が思い浮かびますね。これも個人的には最近気になっている忍性さんとのちょっとしたシンクロニシティ的なものを感じます。どういう意味が託されたシンクロなのかは今の所分りませんが、タイミング的には面白い一致だと思っています。「鬼滅の刃」はアニメ版の第一期の途中までしか見てませんが、序盤の岩を刀で割るところとか、ゲンセンカン主人みたいな天狗面の男、鱗滝さんとの師弟愛などすごくグッときました。ネットでよく見かける煉獄さんとは何者なのか気になるので、そのうちアニメか漫画などで続きを見てみたいです。


メモ参考サイト

2016年に映画も作られていたんですね〜
狂言師の和泉元彌さんが忍性さんを演じているようです。
機会があれば見てみたいですね。


posted by 八竹彗月 at 02:00| Comment(0) | 精神世界