2015年08月03日

戦前の図鑑「普通植物図解」

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戦前の味のある植物図鑑をご紹介します。これは大阪の出版社、虎谷誠々堂から刊行された「普通植物図鑑」(小笠原利孝:著)で、大正十三年に初版が刷られ、これは昭和3年の7版目です。

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戦前の古書は、旧仮名遣いだったり、横書きが逆であることや、フォントが今は無いレトロな活字だったりと、いろいろとレトロ感を匂わすポイントが多く、また江戸の和本までさかのぼると文字が草書が多くなるので読めないのですが、明治以降の本は活字が主体になってくるので文章がちゃんと読めるのも、馴染みやすい部分ですね。

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この図鑑のユニークなところは、インデックス的な部分や見出しは活字なのですが、植物についての個別の説明図に付随する文章はなぜか手書き文字なところです。図鑑類はページ内にたくさん情報を詰め込むタイプが多いものですが、この図鑑の図版は基本的にほとんどが1ページに1種類のみ描かれていて、画集のような贅沢感があります。これは、小中学生の野外学習での使用を目的に編纂された図鑑ということで、情報量よりも、見やすく分かりやすい図鑑を目指したためだと思われます。ペン画のような繊細な図版に縦書きの流麗な筆文字の説明文が入っていて、カッコイイです。

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せっかくの図鑑なので、なにか調べてみることにしました。ということで、植物図鑑ならではのネタということでコレ。レトロゲーム好きには有名な「弟切草(おとぎりそう)」。けっこう普通に雑草っぽい感じで、思ったより存在感のない植物なんですね。名前の由来は、この草を原料にした秘薬の秘密を漏らした弟を兄が切り殺したという平安時代の伝説からきている、とwikiにありますが、図鑑では、この弟殺しの犯人の名前が「藤原為頼」とズバリ書かれてますね。平安時代に同名の歌人がいますが、こちらの藤原為頼は鷹匠ということで、別人のようです。植物名に抜擢されてしまったおかげで千年以上前の平安時代の庶民のピンポイントな事件が未だに語り継がれることになろうとは因果なものですね。このエピソードもゲーム内で少し説明されてましたが、たんなる衝動殺人と片付けれない背景がその事件にはあったようです。弟が秘伝を漏らしたのは金儲けのためとかの私欲からではなく、恋人のためだった、というのが泣けます。この草からくつられる秘伝の薬は鷹の傷の治療に使われていたものです。恋人の父も鷹匠で、天皇から預かった鷹にうっかり傷を負わせてしまい困り果てているのを助けようとしたのが動機だという説があり、なんとも切ない事件です。植物名ひとつにもけっこう奥の深い人間ドラマが見えてくるものですね。

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百花繚乱、菊やら牡丹やら複数の花を一枚に詰め込んだページ。詳しく解説するまでもないメジャーな花や、南国の植物やシダやキノコ類など、「普通植物」という目的から外れるものはザックリと説明していますが、逆にそれが面白いレイアウト効果になっています。

タグ:植物 古本
posted by イヒ太郎 at 00:57| Comment(0) | 古本

2015年08月01日

ダリ 深層意識の遊園地

ダリは小学生の頃からファンでしたから、今では「いまさらダリでもないだろう」などと知ってるつもりになっていてあまりダリ作品と向き合う機会が減っていました。しかし、先日古本市でダリの展覧会の図録を手にしてなにげなくめくっていたら、さすがは20世紀を代表する巨匠だけあって、けっこう知らない作品がまだまだあったりして新鮮でした。普通、そういう未見のレアな作品って駄作だったりするのが理由で見かける機会が少ないだけだったりするのですが、ダリの場合はやはり格が違います。未見の作品も代表作に退けを取らないレベルの面白いものが多く、天才にも程があるだろ!という感じです。そういうわけで、今回は、上記の本だけでなく、多分ダリの熱心なファン以外は見る機会が少ないであろう作品の中からとくに好みのものを取り上げてみようと思います。

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ダリ「狂人協会 Board of Demented Associations (Fireworks)」 1931年
昔見かけた小さなモノクロ図版でしか見れなかった作品ですが、インターネットの恩恵でやっとカラーで見れました。異世界の生物、というより心の奥深くに潜んでいるまだ物体化していない何かの標本、みたいな感じが面白いです。


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ダリ「コンビネーション Combinations.The CombinedDalinian Phantasms;Ants, Keys, Nails」1931年
くりぬかれた石板から蟻や鍵などのダリの偏愛するオブジェが覗いていますが、よく見ると、全裸の女性が鍵の刺さった蟻の湧いた性器を弄んでいるエロスでシュールな逸品ですね。上記の作品もそうですが、こうしたグラフィックデザイン的な方法論で描かれた作品に最近は惹かれています。これもモノクロ図版でしか知らなかった作品なので、ネット様様(さまさま)です。


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左:ダリ「無題(性病に関するキャンペーン) Untitled - for the campaign against venereal disease」1942年
右:ダリ「骸骨の中のバレリーナ Ballerina in a Death's Head」1939年
骸骨をモチーフにしただまし絵をふたつ選んでみました。だまし絵(隠し絵というのが正しいでしょうか)の傑作が多いのもダリの面白さの大きなアドバンテージですね。知的で遊戯的なイメージにワクワクします。


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ダリ「シュルレアリスト・ミステリー The Surrealist Mystery of New York」1935年
展覧会のカタログかポスターか何かでしょうか。この不思議な空気感、現実とは全く異なる物理法則が支配するかのような異世界感がいいですね。全くの別世界ではなく、時計やら安全ピンやら馴染みのあるアイテムも見受けられることから、やはり、どこか人間の無意識に広がる内的な世界のようなムードがありますね。


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ダリ「"バッカス祭"用の衣装 Costumes for "Bacchanele"」1938年
つっかえ棒のような杖が拘束具のように身体にまとわりついていて面白いですね。シンプルで大胆な色使いのセンスも抜群です。この杖のアイテムは30年代後半から頻繁に現れ、ダリの偏愛するお馴染みのモチーフのひとつとなっていきます。


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ダリ「ある家畜小屋−図書室の解釈のための草案 A Cattle Shed for Interpretation of the Library」1945年
ハリウッド女優っぽい大衆好みの美女のタッチといい、抽き出しのついた子羊に羊毛の電話機が乗っている可愛いらしさといい、ダリらしくない作品で、なんとなくこれも広告ポスターを連想させる感じで、構図の安定したいい感じの作品ですね。


ダリのアートワークを年代別に整理してあるサイトがありました。自分的には初期のレアな作品が圧巻ですね。シュルレアリスムに傾倒しはじめた1930年の作品群の目映い幻惑的なイマジナリーに圧倒されます。1940年代は脂がのって傑作を多産し、1950年以降は完成されたダリワールドといった感じで絵に迷いが無いですが、やはり20年代後半から40年代中盤にかけての初期の作品群の凄みは特筆に値するパワーを感じますね。

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左:「アパートの部屋として使用可能なメイ・ウェストの顔」の唇部分の小さなレプリカ。スポンジみたいな素材で、柔らかいです。この元になった作品は油絵のほかに、ダリ美術館ではこの顔の部屋が再現されています。右:ダリのシール。

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ダリ・タロット。深紅のベルベットケースに金の箔押し文字が耽美な感じです。パッケージデザインは完璧なのですが、肝心の中身のカードのデザインがいまいちな印象です。

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ダリデザインのトランプもあるみたいですね。こちらはあのマルセイユ・トランプばりの素晴らしいデザインで、ぜひコレクションに欲しいところですが、相応にいい値段してますね。海外のトランプ研究サイトにダリトランプの高解像度の画像がありました。他に岡本太郎池田満寿夫のカードもあるようです。(芸術新潮 1978年1月号)

夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である。
ジークムント・フロイト


ネットに拡散しているフロイトの名言の中で一番面白い言葉を引用してみましたが、なんか学者というよりオカルティストのような印象の言葉で、この発言は何の本からの引用なのか気になるところです。アンドレ・ブルトンのシュルレアリスム運動の思想的な背景にはフロイトの夢理論が色濃く反映されていますが、後にシュルレアリスム運動に関わる事になるダリもまた、この運動を通じてフロイトに傾倒していくようになります。ダリの絵画はたしかに夢の世界のような非合理な幻想を描きますが、特異なところは、その「夢」をまるで実際に今目の前に広がっている現実の風景を描いているかのように写実的に描き出しているところです。本来目覚めてから思い出す夢は漠然とした曖昧模糊としたものですが、ダリの絵では、シャガールなどの絵のように「目覚めてから思い出す夢」ではなく、「今見ている最中の夢そのもの」として提示されるので、強烈なインパクトがあるのだと思います。

たとえば夢の世界では、大人でも無邪気に濃い想像(イマジネーション)の世界に遊ぶ事ができるので、そんなときこそ常識で押さえつけている力の弱まった隙をくぐり抜け、底に隠されていた人間本来の欲望やイメージがあらわに浮かびでてくるのです。このような自分自身にもはっきりわかっていない心の奥底に生き続けている意識のほうが、世間体だの常識などによって、無理に歪められた意識上のものより真実だ。だからこれを直接に表すことが、もっとも純粋で正しい芸術表現だというのです。超現実主義(シュルレアリスム)は、たんに夢の世界とか狂気の世界などにとどまらないで、あらゆる技術をつかい、思いがけない組み合わせによって、新鮮なドラマをつくりあげます。つまり、人間本能の非合理生を追求したのです。
岡本太郎「新版・今日の芸術」p76 光文社 1963年


ダリの絵は、幻想を好まないオーディエンスからは、奇抜で奇を衒ったこけおどしに見えるかもしれませんが、私たちの意識の底にある広大な無意識の世界は、まさにダリの描き出しているような非合理で不条理で、まだこの世界に生み出される前のアイデアのスープや、未来の展望や希望、過去の雑多な記憶、社会規範を逸脱した欲望、喜びと愛に満ちた高貴な理想、そんなような、天国と地獄が重なり合っているようなところです。ダリの幻想は、非現実としての幻想ではなく、無意識の世界を写実的に暴きだすリアリズム的なものです。ダリ自身が自分の方法論を「偏執狂的批判的方法」と言ったように、意識の外縁にある非合理世界を可視化させ、このリアルな合理的世界に引っ張り出してくる魔法であり、それは一種の錬金術なのかもしれません。

錬金術は、ご存知のように、鉛(価値の低い物質)を金(価値の高い物質)に変える魔法のことです。無意識という未開拓な世界を絵画によってリアルな現実に変容させるという観念的な意味だけでなく、実際に脳内幻想をキャンバスの中に現象化させることは、ダリにそうとうなお金も生み出したようで、奇しくもダリ自身それを錬金術に例えていました。

−あなたは絵の制作にどれだけ時間をつぎ込みますか?
「1年のうち6ヶ月ほど。ポルト・リガトの私のアトリエで。その時は太陽とともに目を覚まし、日の沈むまで仕事をします」
−では、あとの6ヵ月ニューヨークでどう過ごすのですか?
「ニューヨークでは大抵眠るだけです」
−6ヵ月も?
「そうですとも。ずっと眠っています。このインタビューだって、私は時間が来るまでベッドに居ました」
−ニューヨークをねぐらに選んだわけは?
「他の場所より、ここにいろいろなアイデアがあるから、ニューヨークが好きなのです。アイデアがファンタスティックなくらいどっさりと。だが、もっと肝心なことは、ダリ夫人にならって、私はお金が一番好きです。ニューヨークではいつもびっくりするほど多くのお金を手に入れる事ができます。このお金の歓びの源は、私のスペイン流の神秘主義。中世の錬金術師たちは、手に触れる全てのものを黄金にしようと思いました。この物質の転換は精神的なものにするための最善の方法です」
米国のプレイボーイ誌によるインタビュー 1964年 (「芸術生活」1964年10月号の記事「サルバドール・ダリの生活」小川正隆:文 
より引用)


いやぁ優雅な暮らしぶりですね〜 このインタビューを受けた当時はダリがちょうど60歳の時です。天才画家というと、ゴッホやセザンヌなどのイメージからか、なんとなく生前は不遇で後世認められ、みたいな固定観念がありますが、ダリはかなり若い時期から認められ、30代の半ばにはブルトンから「ドルの亡者」と不躾な言葉を浴びせられるほど稼ぎまくっていました。上記のインタビューでは、寝てばっかりでグウタラしてそうに思われるかもしれませんが、ダリはいつも朝は6時に起床するようで、けっこう生活スタイルは規則正しいようです。この記事より10年前の1954年にはヒッチコックの「白い恐怖」で、夢の中の情景を描いたシーンの美術をダリが担当してましたが、件のシーンはヒッチコックの個性と正面から食い合う感じの個性的すぎる映像でしたね。

TVダリを起用したチョコレートのCM
大げさすぎるアクション、世紀の天才画家がノリノリでチョコレートを宣伝する絵面が珍妙です。

TV短編映画「アンダルシアの犬」1929年 ルイス・ブニュエル&サルバドール・ダリ
ダリとフランス映画の巨匠ルイス・ブニュエルが共同脚本でつくった実験映画「アンダルシアの犬」はシュルレアリスム映画の代表的な作品ですね。不条理なシーンが次から次へと展開されていて、まさに夢の中にさまよい込んだような妙な感覚になる映像です。

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「芸術生活」1964年10月号 「ダリ・その幻覚的な生活」より
作品だけでなく、存在そのものが稀代のトリックスターだったダリ。普通という言葉がこれほど似合わない人はいないですが、だからこそ、普段どうしているのかがとても気になるのは、当時の人たちも同様であったみたいですね。私が気になったのは、この写真でダリが手にもっている怪しげなパズルボックスのようなオブジェ。

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下手にいじくると異次元の扉が開いてしまいそうなオブジェですね。

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「芸術新潮」1976年5月号 「ダリの料理」より
ダリは絵画や彫刻などにとどまらず、珍妙な料理のレシピからジュエリーデザイン、舞台美術など、様々なジャンルでその才能を発揮しました。かなり多作な作家ですから、なかなかその全貌をつかむのが難しいですが、だからこそ宝探しのように、ダリのイマジネーションの断片を探索していくのは楽しいです。


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なんかものすごく着させられてる感が否めないダリの法被姿。あまりの似合ってなさが珍しくも微笑ましい一枚です。写真では一見日本贔屓っぽいですが、残念ながらダリにとって日本はさして関心のある国ではなかったようです。とくに美術に関しては日本の美術界にはまったく関心がなかったような印象があります。たしか横尾忠則がアポをとってアトリエで面会したときも、持ち込んだ自身の作品に目もくれずまったく興味がなさそうなダリに憤慨したというような記事をどこかで読んだような記憶があります。唯一認めていた日本人画家は岡本太郎だけだった、という記事も何かで読んだ気がします。
posted by イヒ太郎 at 05:17| Comment(2) | 芸術

2015年07月30日

芸術は爆発だ!

芸術とは何か?というのは、どこか「神とは何か?」という問いに似ていて、誰もそれを明確に定義できないのに、誰もが漠然とその意味を非言語的に知っているように感じます。岡本太郎は「芸術は爆発だ!」と定義しましたが、これは誰にでも当てはまる定義ではありません。しかし、そもそも芸術は、誰にでも当てはまる定義を持たないもののように思います。誰もが自分自身にとって一番しっくりくる定義があるはずで、それを見つけるのもまた芸術というゲームの醍醐味でもあると思います。

TV「芸術は爆発だ!」のあのCM。カッコイイ!

芸術というものが何なのか、気になってしかたがない人だけが、それについて考え探求する動機を与えられます。私にとって、そうした問いを投げかけてきたのはダリでした。小学校の図書室で美術事典をなにげなくめくっていたら、ダリの代表的傑作「記憶の固執」の小さな図版が目にとまり、ピカソの絵を初めて見た岡本太郎のように「なにだこれは!?」という衝撃で、しばらくその意味不明でありながら純粋に「面白さ」だけがビンビン伝わってくる不思議な絵に見入っていました。ダリという面白い絵を描く画家の作品をもっと見たい!というのが発端で、そのうち、彼の絵はシュルレアリスムという芸術運動を母体にしているという知識を得ますが、そこで気になるのは、そもそも芸術って何だろう?ということでした。

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1972年のミュンヘン・オリンピックのために造られた岡本太郎デザインのメダル。

芸術とは何か?という問いに応えてくれたのは、岡本太郎でした。これも学校の図書室に並んでいた岡本太郎全集をパラパラとめくっていたときに偶然目に入った一文「今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはいけない。ここちよくあってはいけない」という衝撃の思想で、なんとなく「芸術というのは、何か上品な、きれいな観念やモノを上手に描いたり演奏したりすること」という漠然とした幼い定義を覆すものでした。岡本太郎から学んだことは、芸術にはこれといった定義など無い!好きにやれ!といった感じの自由さでした。これは芸術だと思えば何でも芸術なんだ、というなんでもアリとは違います。真剣にキャンバス(あるいは楽譜でもいいですが)の中に自由を見いだし、己の魂を無上の喜びで満たすような表現を追求する精神こそが芸術なのだ、ということなのだと思います。

まことに、芸術っていったい何なのだろう。
素朴な疑問ですが、それはまた、本質をついた問題でもあるのです。
芸術は、ちょうど毎日の食べ物と同じように、人間の生命にとって欠く事のできない、絶対的な必要物、むしろ生きることそのものだと思います。
岡本太郎「新版・今日の芸術」p48 光文社 1963年


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岡本太郎の芸術論は独特で、岡本太郎自身の主観的な見方が主体になっていますが、芸術というのは根本的に主観的にしか捉える事の出来ない部分に本質的なものがあったりするわけで、そういう意味では岡本太郎という人は、教科書的な美術論などよりも芸術とは何なのかを直感的に教えてくれる最良の先生だと思います。この「今日の芸術」もどのページもほとばしるパッションに満ちていてとても面白い本です。

岡本太郎のユニークなところは、作品のユニークさだけでなく、その思想にも及んでいます。シュルレアリスム運動やピカソの強い影響などから、前衛芸術家にみられる特有のニヒリズム(「芸術なんてものはくだらないお遊びを権威付けしただけのガラクタのようなものだ」みたいな)があってもよさそうな気がしますが、まったく逆で、とても前向きでポジティブな価値を芸術に与えています。それは、斜に構えた反芸術気取りの自称芸術家などよりもよほどカッコイイですね。岡本太郎の芸術は、前衛芸術でありながら、そのモチーフとするテーマは縄文土器などに見られるプリミティブな生命力の表現であることも、その情熱的で生き生きとした思想が生まれる源泉となっているのでしょうし、それは、ピカソがアフリカの原始美術に傾倒して新境地を描き出した事からの影響もあるだろうと思います。

なんとなく、芸術など無くても人は生きていける、と思いがちですが、では、もし無くても困らないようなものなら、なぜ人類の歴史の最初の頃からすでに絵や音楽があったのか?芸術には人間生活においてどういう価値があるのか?そうした問いに、ああ、なるほど!と感服したのは、昨今再評価の声が高まっている反逆の神秘思想家、OSHOことバグワン・シュリ・ラジニーシの言葉でした。

誰かが何不自由ない暮らしをし、何でも必要なものが手に入るとき、、芸術がなくてはならないものになる。こんなふうになぞらえてみるといい−科学は肉体であり、芸術は心(マインド)であり、宗教は魂である、と。肉体的な欲求が満たされたとき、心は何かを求めはじめる−よい音楽、絵画、芸術、彫刻、小説、詩などといったものを。肉体が満たされたとき、心は新たなものを求めはじめる。体の欲求が満たされて初めて心の欲求が起こってくるのであって、けっしてそれ以前ではない。それはより高い欲求、心の欲求だ。
OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)「英知の辞典」p185 めるくまーる 1996年


芸術は心の栄養というわけですね。これはとても得心のいく考えです。体を生かすだけでは満たされないのが人間の人間たる所以です。物質的な豊かさだけに囚われるのではなく、心の豊かさがあってはじめて人生という壮大なゲームを両輪で乗りこなし、トゥルー・エンドに導いてゆけるのかもしれませんね。

先日古本市でダリの図録を手に入れたのをきっかけにダリの記事を書こうとしたのですが、いつのまにか岡本太郎の記事になってしまいました。ダリの記事はまた頁を改めて書こうと思います。
posted by イヒ太郎 at 06:43| Comment(0) | 芸術

2015年07月20日

最近ぐっときた曲

最近は60年代のポップスやマーティン・デニーなどのエキゾチカ系を中心に聴いてるせいか、ここ最近ぐっときた曲に最近の曲がありません。

るんるんCombustible Edison「Bluebeard」
るんるんCombustible Edison「Morticia」
けだるいようで軽快で、不思議な空気感を纏ったスキャットがクセになる曲です。アルバム「Schizophonic!」(1996年)に収録された曲ですが、このアルバムは、全体を通して、アルバム名のスキゾフォニック(精神分裂病)に似つかわしい、ねじれた奇妙な味わいでコーディネートされた曲揃いです。ピックアップした曲は聴きやすいですが他は歪んだモンドな感じの曲が多くかなりクセがあります。

るんるんMel Torme「A Day In The Life Of Bonnie and Clyde」
るんるんMel Torme「Brother, Can You Spare A Dime」
ダンディなオジサマの魅力あふれるメル・トーメのシブくてカッコいい歌い回しに惹き込まれます。実在した銀行強盗カップル、ボニーとクライドを描いた有名な映画『俺たちに明日はない』をテーマにしたアルバム「A Day In The Life Of Bonnie & Clyde」より。

るんるんThe Swingle Singers「G線上のアリア」
ザ・スウィングル・シンガーズはロンドンを拠点に活動中のアカペラ・ユニット。ビートルズからモーツァルトまで幅広くカバーする精力的な活動で最近ちらほら耳にするようになりましたが、結成は1962年にフランスのパリということで、実はけっこう年季の入ったグループのようですね。ポップミュージックのカバーよりも、個人的にはクラシック音楽のカバー、とくにバッハのカバーが素敵ですね。オーケストラの生楽器に退けを取らない美しい肉声の神秘を感じます。ほかバッハのカバーのみのプレイリストも貼っておきます。

るんるんConnie Holiday「Mrs. James I'm Mrs. Brown's Daughter」
60年代ポップのコンピレーションで見つけた曲で、ざっと検索してみましたがアーティストの詳細は分かりません。いかにも60年代っぽい質感がある曲で、レトロキュートな感じがいいですね。

るんるんGreen Lyte Sunday「Chelsea Morning」
知る人ぞ知る名バンド、グリーン・レイト・サンディの代表曲。といいつつ私もこのバンドの素性はよくわかってませんが、バンド名を冠したアルバムが一枚だけしか検索にかからないので、多分1枚を残して解散したのでしょう。70年代初頭のバンドとは思えぬお洒落なアコースティックサウンドに並々ならぬ才能を感じます。60〜70年代のヒット曲を集めたコンピレーションで上記の曲を知っただけですが、調べてみると「My Own Time」とか、「If You Wanna Be Free」など、アルバムの他の曲もそうとうにイイ感じですね。

るんるんSolomon King「I Get That Feeling Over You」
耳馴染みのいい心地さがあって浸れる感じのいい曲です。どことなくビートルズの 「All My Loving」っぽい感じのメロディですね。ソロモン・キング(1930 - 2005)はアメリカ、ケンタッキー州出身の歌手。旧約聖書に登場する偉大な王様の名前を名乗っているので当人を検索するのに手間がかかりましたが、結局詳細はよくわかりません。ソロモンの名がつく歌手というと先頃亡くなったソウル歌手のソロモン・バークがヒットするのですが、彼とは別人です。

るんるんTed Mulry「Julia」
るんるんTed Mulry「Louisa」
テッド・モーリー(1947 - 2001)はイングランド出身のミュージシャン。どことなくビートルズっぽいノリがいかにも英国風ですね。

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タグ:音楽 洋楽
posted by イヒ太郎 at 03:58| Comment(0) | 音楽

2015年06月19日

Come To The Sunshine

ハーパーズ・ビザールといういい感じのバンドを知ったのでご紹介、ついでにふと聴きたくなった曲などを加えて選んでみました。

るんるんHarpers Bizarre「Come To The Sunshine」
ハーパーズ・ビザールは60年代後半から70年代にかけて活躍したアメリカのバンド。60年代の音楽を漁っていたときに偶然知った掘り出し物バンドです。優しく包み込むようなボーカル、ドリーミーなパラダイス感覚あふれる凝ったアレンジ、心地いい音空間に浸れます。これほど質の高いアーティストでありながら、それに見合った認知度が無いのが不思議です。1967年のデビューアルバム「Feelin' Groovy」から聴きはじめていますが、しょっぱなから名盤ですね〜 ほとんど捨て曲無しの傑作揃いです。どれもいいですが、「Raspberry Rug」「I Can Hear Darkness」などイイですね。

るんるんThe Cherokees「Minnie the Moocher」
ベティ・ブープのアニメで使われたことで大ヒットしたキャブ・キャロウェイの1931年のジャズナンバーをロックな感じにかっこよくアレンジした1967年の曲。大人の色気を感じるカッコよさにシビれます。

るんるんMary Lou Collins「I've Got An Awful Lot Of Losing You To Do」
1969年の曲。切なく可愛くしっとりしたメロディが耳に馴染みます。

るんるんAndrew Lloyd-Webber「Theme And Variation 1-4」
英国の作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーとチェロ奏者である彼の弟ジュリアン・ロイド・ウェバーによるクラシックとロックを融合させたユニークな楽曲。

るんるんStrawberry Switchblade「Since Yesterday」
なんとなくふと聴きたくなった曲。パンクな見た目に似合わずとてもキュートな感じの曲ですね。この1984年のヒット曲は日本では「ふたりのイエスタディ」というタイトルで大ヒットしました。

るんるん三保敬太郎「11PMのテーマ」
夜が大人の時間だった時代を象徴する娯楽番組「11PM」のテーマ曲。ウッドベースのアダルトなグルーヴと、スキャットのコーラスが妖しいエロス感を醸し出していますね。作曲者の三保敬太郎は東京生まれ東京育ちの生粋の都会人で、稀代のプレイボーイでもありました。作曲だけでなくジャズピアニストでもありレーサーでもあり俳優でもあり映画監督でもあり・・・とマルチな活躍をした異才。この曲からも、そうした人生を遊び尽くした三保敬太郎のにじみ出るセンスが伺えます。

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タグ:音楽 邦楽 洋楽
posted by イヒ太郎 at 14:07| Comment(0) | 音楽