2014年12月20日

イップ・マン

ブルース・リーの師匠だったという実在した伝説の武術家イップ・マンの人生を描いた映画が数年前に公開され、カンフー映画としては日本でもひさびさのヒット作だったそうですね。私はいまさら知りましたが、YouTubeでいくつか断片的な映像を見て、主演のドニー・イェンのアクションにいっぺんで惹き込まれてしまい、衝動的に「イップ・マン 序章」「イップ・マン 葉問」「イップ・マン 誕生」の3本を借りてきて立て続けに鑑賞しました。さきほど見終わった所ですが、いや〜超絶面白かったです。時代背景が戦争をまたいでいるので、「序章」では反日的なシーンもありますが、拳法のアクションの見事な演出に目を奪われっぱなしで、それほど嫌みな描写という印象は個人的にはなかったです。ソコはやはりアクション映画ですから、悪役はそれなりにキチンと嫌なやつとして描かれていないとカタルシスを作れないですから、ある意味お約束だと思うしかないですね。「序章」では日本人、「葉問」ではイギリス人が悪者として出てきますが、かなりトンデモなキャラに描かれてますし、忠実な自伝映画ではなく、かなりフィクションを混ぜてそうな感じですね。イップ・マンという実在の人物をモデルに描くヒーローモノとして見たほうが良いでしょう。ただ、実際イップ・マンは当時日本軍にそうとうヒドイ目にあわされ、「(詠春拳を)日本人には教えてはならない」と遺言を残したほどだったそうですから、ブルース・リーが学んだ拳法という圧倒的なアドバンテージがありながら詠春拳が日本では耳慣れない拳法である理由も、そうした事情が関わっているのかもしれません。

映画「イップ・マン」シリーズは、この詠春拳を自在に操るドニー・イェンの芸術的ともいえる見事なアクションを堪能する映画です。格闘技とか全く詳しくないですが、中国武術(カンフー)って単なる格闘術というだけでなく、独特のユニークな「型」が魅力です。その絵になる「動き」の美しさはまさに映画向きで、香港映画だけにとどまらず「マトリックス」をはじめ世界中のアクション映画に絶大な影響を与えていますね。「北斗の拳」「男塾」などもそうですが、少年漫画でも定番ともいえるほどカンフーアクションは浸透してます。演出面ではワイヤーアクションで現実ではありえないようなアクションまで表現するところも面白いですし、型を演じる動きにいちいちブオッ!ブオッ!という風を切る摩擦音が入るのも気持ち良くて好きな演出です。今回のイップ・マン演じるドニーの操る詠春拳は女性武術家が創始した流派のようで、俊敏な動きの中に流麗な美しさを感じますね。「イップ・マン 葉問」ではドニー・イェンVSサモ・ハン・キンポーという興味深いバトルも見所です。というか全てのバトルシーンがかっこ良くて美しいです。ドニー・イェンの演技はこの映画で見たのがはじめてですが、目にも留まらぬスピードの中に何か静けさと色気を感じる個性的なアクションは新時代のカリスマ性を感じ、とても楽しませてもらいました。

「イップ・マン 序章」のワンシーン。
武術の街、広東省仏山市に突如現れたガラの悪い道場破りが街一番の使い手であるイップ・マン宅に押し掛け、そのままバトルに突入した場面です。秒単位で計算されつくしたアクション演出が素晴らしい。こんな感じの胸躍るアクションシーンが序盤からクライマックスまでバランス良く配置され、構成も見事なものです。このシーンでは、イップ・マン宅のインテリアも実に趣味がよく、不思議な形の奇石の置物や盆栽、円形の飾り棚などのオリエンタルな小物とアールヌーボー調の建具やシャンデリアなどの洋風デザインがいい感じに融合していて、こんな家に住んでみたいと思わせる趣味人っぽい豪邸にも惹かれます。美術さんもいい仕事してますね。

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「イップ・マン 序章」のワンシーン。物語的には重要ではないシーンですが、テーブルの上に置かれたユニークな奇石の置物に思わず反応してしまいました。イップ・マン宅の描写では、そこかしこに不思議な置物があって面白いです。建物や景観やインテリアなどなど、オリエンタル情緒あふれる美術も見てて楽しいです。

大好きなシーン。「イップ・マン 葉問」の序盤のワンシーンです。仏山市から香港に移ってきたばかりの頃、生活のために道場を始めるイップ・マン。門下生がひとりもいなくて悶々としているときに現れた第一弟子との出会いを描いたシーンです。ちょうど、ケンカ自慢の若者が「俺に勝ったらとりあえず稽古代を払う」とイップ・マンを挑発し手合わせを始めるところからの場面ですが、その圧倒的な強さにプライドを傷つけられ不良仲間を連れて復讐に来ます。が、あっという間に彼の詠春拳で制圧され、それによって完全に降参した若者は素直に土下座して弟子入りを懇願、この後にすぐ残りの不良たちも次いで土下座して弟子入りを希望します。これにより道場経営がやっとスタートするというイイ展開に繋がります。それにしても速くて美しいほれぼれするアクションです。カンフー独特の技巧的な魅せる格闘術を鮮やかに表現していますね。
posted by イヒ太郎 at 09:56| Comment(0) | 映画

2014年12月06日

ロマネスコ

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異次元の先進都市のようなファンタジー感覚あふれるオブジェ。最近日本でもだんだん流通量が増えてきて、目にしたことがある人も多いかもしれません。

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イタリア生まれのカリフラワーの品種「ロマネスコ」、食べれる芸術品です。

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この念願のミステリー野菜が近所に売ってたので思わずゲット。新鮮なうちに写真を撮ってみました。

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実際に目の前にして、フラクタルな造形美をしばし堪能いたしました。自然の驚異ですね。配列した蕾や円錐の数はフィボナッチ数に一致するとwikiに書いてありましたが、ここまで幾何学的な形状をしていると、まるで現実世界に飛び出てきたコンピュータ・グラフィックのようで、不思議な気分になってきます。

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ゲットしたのは埼玉県産のロマネスコ。見事なフラクタル形状に育てるのは簡単ではないそうですが、このロマネスコはなかなか奇麗に育っていて、農家さんの意気込みと愛情が伝わってきます。食べるのがもったいない造形美です。

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しかし見事なものです。こうした感じの造形の植物って、サボテンなどの多肉植物をなんとなく思わせます。
観賞用に育ててみたいですね。

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ポーズ人形を添えてみました。

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シンプルに塩ゆでしてマヨネーズをかけただけですが、なかなか美味しかったです。食感もよく上品な甘みがあります。
posted by イヒ太郎 at 08:30| Comment(0) | 日記

2014年11月15日

気持ちいい曲

最近見つけた素敵な曲や、ふと聞きたくなったあの曲まで。

Yann Tiersen「Rue des Cascades」
ヤン・ティルセンはフランスの音楽家、作曲家。ミニマル音楽のようなモダンさと民族音楽のような情感が見事に融合した感じで、才気と癒しに満ちた素晴らしい空気感を感じます。女性ボーカル、クレア・ピチェの透き通るような歌声が、意味ありげな歌詞を聖歌のように表現していてユニークですね。

Schroeder-Headz「Blue Bird 」
心が洗われるような心地よく軽快なピアノが気持ちいいです。シュローダー・ヘッズは2010年デビューの渡辺シュンスケによる日本のインストゥルメンタルバンド。つい先日デパートの某ショップでかかっていて気になったバンドですが、とてもいい感じですね。ライブで聴いてみたいです。

Little Pattie「Pushing A Good Thing Too Far」
オーストラリアのシンガー、リトル・パティによる1965年の曲。軽快で可愛らしい感じの曲です。

Andy Fairweather Low「Hymn 4 My Soul」
英国のギタリスト、アンディ・フェアウェザー・ロウの2006年の曲。ギターも声も渋いですね。心に染み入るような感じのメロディです。

Valerie Lemercier「Bungalow」
お洒落な90年代フレンチポップ。ヴァレリー・メルシェはフランスの女優、作家、シンガー。1996年のアルバム「Valérie Lemercier chante」より。

Flo Rida「Whistle」
フロー・ライダーはアメリカのラッパー。メロディやアレンジは切なく情緒的なイイ感じですが、歌詞はそうとうな下ねたソングですね。ペニスをホイッスルに例えてフェラチオの事をえんえんと歌っています。

浜渦正志「閃光」
たまに聞き来たくなる曲です。ゲーム「FINAL FANTASY XIII」の戦闘シーンに使われているお馴染みの曲です。本編のゲームの評判は賛否が極端に別れましたが音楽のクオリティは毎回高いですね。小気味いいバイオリンの旋律が高揚感を誘います。

Twinkle「Tommy」
英国のシンガー、トゥインクルの1965年のヒット曲。情感のあるいい曲ですね。

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60年代東京、ヴァイオリンを弾く少女。アメリカの写真家シェルダン・ブロディの作品。「2. Weltausstellung der Photographie」(1968年刊)より。
タグ:音楽 邦楽 洋楽
posted by イヒ太郎 at 02:50| Comment(0) | 音楽

2014年11月04日

一ねんせいのこくご(昭和25年)

先日の古本市で見つけた小学1年生用の国語の教科書(教育図書研究会:編 昭和25年[1950年]発行)をご紹介します。この時代は日本は高度経済成長が開始、テレビ放送がスタートした頃です。インスタントラーメンの誕生、ゴジラ公開、メートル法実地、東京タワー完成、など1950年代は、日本大躍進のスタート地点ともいえる時代で、そうした時代背景を考えながら見ると当時の空気感が伝わってくるような気がします。

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リズム感のある絵本感覚あふれる教科書です。可愛らしい漫画風の流暢なタッチが全編にわたって眼を楽しませてくれます。挿絵を手がけたのは童画家の林義雄(1905〜2010)。

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当時の人気絵師、松本かつぢのクルミちゃんを思わせる画風がかわいいですね。林義雄は「コドモノクニ」「キンダーブック」などの有名な児童雑誌や教科書の挿絵など精力的に童画を発表し続け、100歳を過ぎても筆を握っていたそうです。2010年没、享年105歳。

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躍動感のあるブランコ遊びのイラスト。

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教科書は低学年になるほどカラーページが多く、目で見て楽しいですね。

全ページに可愛いイラストが溢れていて、絵本以上に絵本らしいユニークな教科書です。他のページもなかなか楽しい感じです。以下、序盤から中盤までのページを紹介します。

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posted by イヒ太郎 at 11:30| Comment(0) | 古本

2014年10月31日

古本市巡り

先日百冊あまりの本を売ったり捨てたりして処分し、微妙に部屋がすっきりしました。昨今流行りの開運術に断捨離(だんしゃり)というのがあるそうですが、ポイントは掃除の極意は収納にあらず、思いきって捨てる!ということのようです。収納でなんとかしようとする時点で、収納アイテムを追加しないとマズイ状態であるわけですから、本当にすべきなのは「片付ける」ではなく「捨てる」という勇気ある決断しかありません。とくに日本人に根強く残っている「もったいない」「まだ使える」、本だったら「いつか読む」という感じでしょうか、そうした執着を手放し「いやいや思いきって捨てましょう」というのは理性では理解できるものの、なかなか思いきるのは難しいわけで、だからこそ、「捨てれば幸運を呼ぶ」というさらなるプラス要因によって背中を押してもらう、というのが断捨離が流行った背景にあるのかもしれません。(こうして引き合いに出してるわりに断捨離についてはwikiを読んだ程度の知識しかありません)

シンボリズムとしての「部屋」というのは拡張された自分の身体を象徴しています。窓は外界を見渡す眼であり、玄関のドアは生気を取り入れる口です。ちなみに「密室」は処女性を意味するようです。肉体の内部は自分では見えませんが、部屋という第2の身体は目の前に展開されています。掃除によって整理されスッキリした部屋の心地よさによって、それに対応する自分の精神がクリーンになるというのはあります。トイレを奇麗にすると金運がアップするというのは風水とかでよく聞きますね。実際に繁盛している店や企業や羽振りのいい人の自宅などのトイレは一様に奇麗だという話をよく聞きます。掃除とか洗濯という日常に埋もれたままなにげなくしている行為も、それを意識して行うことはある種の瞑想なのかもしれませんね。

まとまった数の本を捨てた反動で最近古本市でいろいろ本を買ったという話をしようと思ったのですが、それでは簡素になりすぎるので「よし!何か余計な事を語ろう!」と思ったら、意外に長くなってしまいました。ここから本題に入ります。

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第55回 東京名物 神田古本まつり。あいかわらず賑わってました。歩道にズラーッと本棚が並ぶ光景がシュールでたまりません。来週月曜日(11/3)まで開催してます。

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こちらは池袋の古本まつり。神保町ほどではないですがけっこうたくさんの本棚が並ぶ青空古本市です。ゆっくりと本棚に並ぶ背表紙を全部チェックしながら歩いてるだけで相当な時間がかかります。

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今回の古本市巡りでの戦利品。掘り出し物がいろいろ見つかりました。後日何冊かピックアップしてご紹介していこうと思います。

古本古雑誌は古いものほど背表紙のダメージがひどいです。主に紙束をまとめている針が錆てボロボロになってたり、糊の接着力がなくなってページがバラバラになりかけてたりします。そのまんまにしておくと、手にするたびにダメージが蓄積していってしまうので、古本を購入するとその日のうちに背表紙の糊付け作業を必ずするようにしています。自分の利便性でもありますし、後に誰かの手に渡った時のためにも良い事だと思います。さらに、どこか、文化保存という大きな人類的な意義にほんのわずかでも貢献しているような気分になりますし、意外に楽しい作業です。

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補修ネタで記事を書こうとして撮ってた写真があったので、ついでに載せておきます。とくに便利な裏技があるわけでもなく、ふつうに接着剤でくっ付けてるだけなのでボツにしたのですが、まぁ、ノウハウというより、古本お迎えの儀式をご紹介するという意味でお見せします。
1. ダメージの大きなバラけてる部分に木工用ボンドを塗る。
2. ちょっと多めに盛ってしまいました。
3. 楊枝で糊を伸ばし、余分な糊は取る。
4. 背をクリップで押さえてから乾かす。
5. 乾いたところ。透明になってますが、ちゃんとバラけず固まってます。
6. 完成
修復をしないと、ダメージが進行するのを恐れてその本を手にする事を躊躇しがちになり、結果的に手に取る機会を減らしてしまいますが、背表紙の堅牢性を高めてやるだけで、本棚からの抜き差しでダメージが進行することをそれほど考えなくてよくなります。


本だけではなく、ある意味、あらゆるモノの所有、コレクションというのは永続的なものではありえず、人から人へ受け継いでいくバトンリレー、というのが俯瞰した実体だと思います。所有者は縁あって手渡された品を出来る範囲でベストなコンディションに整えてあげて、いつか手を離れて次の主人の元で可愛がってもらえるようにすることが、現在の主人である所有者の役割なのかもしれません。

冒頭で本を捨てた話から始まって、本を大事にする話で締める、というのは一見矛盾しているようですが、要は、必要でないモノと必要なモノを自分の中で明確にする、という感じでしょうか。定期的に捨てたり売ったりして本棚に並ぶ本に流動性をもたせると、どんどん本棚の本の並びが理想に近づいていきます。微妙な本を処分することで空いたスペースに、次々とお気に入りの新参の本が収まっていきます。本棚に並んでいる本というのは、私という人間の趣味嗜好を一冊の本であらわしたときの「目次」のような意味合いがあります。本を捨てたり買ったりすることで流動的に組み替えていくことにより、コンテンツのクオリティがどんどん高まります。食べ物は食べれば無くなりますが、本はいらなくなっても無くならないので、意識的に処分していくことが、逆によりいっそう愛着を寄せれる本との出会いを生むのかもしれません。

本であれ鉱物であれ、コレクションの対象になるようなモノというのは、自分にとってこの世界で特別の意味を持つ好きなモノです。それを見たり触れたりするたびにニンマリしてしまうようなモノというのは、すなわち"物質化した幸福"でありますから、コレクションをどう扱うか、どういうスタンスでコレクションとつきあうのか、は明確な幸福論的な行為といえるかもしれませんね。
タグ:日記 雑記 古本
posted by イヒ太郎 at 02:12| Comment(0) | 古本