2014年10月20日

COOL!な感じ

最近よく聴いているお気に入りの中から、かっこいい感じの曲をいくつか選んでみました。

るんるんDIMIE CAT「AAA (triple A) 」
近頃注目を集めているフランスの新星、ディミー・キャット。エレクトリック・スウィングな楽曲がお洒落で可愛いです。レトロな未来感が気持ちいいですね。

るんるんIrene Reid「I Must Be Doing Something Right」
ファンキーでかっこいい曲です。アイリーン・リード(1930〜2008)はアメリカのシンガー。

るんるんNatalie MacMaster「In My Hands」
ナタリー・マクマスターはカナダのフィドラー。ケルト音楽などの土着的な味わいと現代的なアレンジが絶妙にブレンドされた良質な1999年のアルバム「In My Hands」からの表題曲。

るんるんBlue Aeroplanes「And Stones」
ブルー・エアプレインズは1983年デビューの英国イングランドのバンド。1990年のアルバム「Swagger」からの曲です。小刻みなギターが気持ちいいですね。

るんるんFrankie Angel et les Auréoles「Ne Reviens Pas」
グルーヴィーなサックスがカッコいい60年代フレンチロック。

るんるんGeorge Michael「Faith」
たまに聴きたくなるジョージ・マイケルの80年代のヒット曲。余分な音を削ぎ落としたような透明感のあるシンプルなアレンジがカッコイイですね〜

るんるんThe Power Station「Some Like It Hot」
たまに聴きたくなる曲というと、この曲もそうです。パワーステーションは、デュラン・デュランのアンディ・テイラーが憧れのロバート・パーマーに呼びかけたことで誕生したバンドで、この曲が代表曲ですね。独特のテンポ感が面白いクールな曲です。

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タグ:音楽 洋楽
posted by イヒ太郎 at 05:21| Comment(0) | 音楽

2014年10月14日

エックハルト・トール「ニュー・アース」

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「ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる- 」エックハルト・トール (著), 吉田 利子 (翻訳) サンマーク出版 2008年

エックハルト・トールというと、欧米ではけっこう有名人のようで、現代の精神世界のリーダーとして注目を浴びている人物みたいです。1977年、29歳のある夜、自殺を考えるほどの深い苦悩の中、突如として自分の内部で変革が起こり悟りを得たそうです。YouTubeで和訳された彼の動画も見れますが、見た目も、どこか静寂を身に纏った感じの落ち着いた雰囲気の人物です。ここのところ、ひさびさに精神世界系の本などを読んでますが、その流れで最近読んで感銘を受けたのが、このエックハルト・トールの代表作のひとつ「ニュー・アース」です。今回はこの本のレビューを書きたいと思います。この本は、読み進めるうちに自分の心の奥深くに自然に誘(いざな)われ、心の本質というか、「私」という自覚の本質に気づかせてくれます。自分で自分の心を制御するのは悟りへの第一歩ですが、まず「心」とか「私」と呼んでるものの正体を知らねばどうにも対処のしようがありません。この本では、大多数のページを割いて、この自分の内部を覆っている「自分のフリをしているやっかいな心の機能」であるエゴやペインボディ(過去のトラウマなどが堆積した古い感情。精神的苦痛をもたらす)に気づかせ、それを制御していくノウハウを噛み砕いて説明してくれます。

難解な本や退屈な本を読んでいると眠くなる、というのは良くある話ですが、エックハルト・トールの代表作「ニュー・アース」は、平易に面白い事が書いてあるのに眠くなるという不思議な本です。この本を必要としている度合いが高い人ほど眠くなると思います。私も読了までに何度も睡魔に襲われ、何度も眠ってしまいました。それはこの本が、「私」だといつも思い込んでいる部分、「エゴ」を暴きだし、「私」をエゴから解放するノウハウを語っている本だからかもしれません。エゴとは、普段「私」と同一視して「私」そのものだと勘違いしてしまっている部分であり、「私」を乗っ取っている「思考」という名の精神寄生体です。エゴを本来の「私」に制御されてしまうと、エゴは脳内の安楽な居場所を追われる事になります。なので、このようなエゴを暴くような"エゴにとって危険な本"を読む時にはエゴは必死になって眠りに誘い邪魔をするのでしょう。

そもそもエゴは「私」の一部であり「私でないもの」ではないので、基本的に敵対するようなものではなく、扱い方を知っていれば良い友人です。エゴがやっかいなのは、エゴは私の部分としてではなく、エゴのはたらきが「私そのもの」であるような錯覚を私に与え、問題の無いところに問題を創造する機能があるからです。エゴは私の心の機能の部分的なはたらきである、という自覚をもたなければエゴが暴走をはじめたときにブレーキをかけることができません。エゴの存在に気づき、制御するためには、エゴを客観的に眺める距離感を感じることから可能になります。そうするにはどうすればいいかというと、「"今"に気づくこと」です。

エックハルト・トールの根本思想はいたってシンプルで、「"今"という唯一の場所に気づき、"今"を生きよ」ということです。一見当たり前のように聞こえますが、普段我々の心は一日の大部分が「今」でない場所に居ます。過去の失敗を悔やんだり、未来の予定を立てて不安になったり、心配したり、いつも「今」でない時間に心を飛ばして、なんの得にもならないのにネガティブな気分になって過ごす事で、余計なストレスを抱え込んでいます。こうした心のはたらきを、なにげなく「自分の心」がそうしているのだからしかたない、と、当然のように感じて過ごしてしまい、そうしたストレスからは逃げられないのが当たり前のように思い込んでいます。しかし、「思考」と「私の本質」とは別であるという認識にいったん立って、「思考」を客観的に眺める、という感覚をマスターすることで、そうしたストレスを回避することが可能になります。

この「思考」を客観視する「私」という心はどこにあるか?というと、「今、ここに」あるわけです。「今」について「考える」こと無しに、「今」をただただ「感じる」ようにしていくと、突然、「思考≒エゴ」とは別の種類の「心」のはたらきを感じることができます。エックハルト・トールは、この「今、ここ」にある「心」を起点にすることの重要さを何度も繰り返し示しています。そして、この「今」こそが唯一不動の安息をもたらす場であると主張しています。とてもシンプルな思想なのですが、本質的な部分の理解は「それ」を体感した時の実感を必要とします。「ニュー・アース」は、「心のおしゃべり」を止めて、「今」という場を感じる気持ち良さに浸るためのノウハウ本といえるかもしれません。興味を持たれたらぜひ"今"を体感してみてください。
posted by イヒ太郎 at 22:46| Comment(0) | 哲学

2014年10月03日

マーク・ライデン

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「Anima Mundi」Mark Ryden 2001年発行

マーク・ライデンの初期画集「アニマ・ムンディ」をようやく手に入れましたので、記念にマーク・ライデンをテーマに記事を書こうと思います。念願の「アニマ・ムンディ」、「大肉天」の文字も金箔押しで入っていて妖しさ満点、造本的にもナイスな逸品です。公式サイトの情報では、発売当時はスペシャル・エディションも限定500部で出されたみたいです。しおりや大型カードなどが画集と共に観音開きのボックスに納められた豪華なバージョンのようで、コレクター心のツボを突きまくる素晴らしさですね。

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「アニマ・ムンディ」の裏表紙。

少女やレトロ玩具のモチーフに通じる「可愛らしさ」と、オカルト的な象徴や生肉などのミステリアスだったりグロテスクであったりするモチーフを自在に操り、ポエティックで幻想的な世界を構築し続けるマーク・ライデン。戦後のアートは難解で思索的なものになっていきましたが、ミレニアム以後の新しい潮流は、哲学から魔術へ、社会風刺から神話、寓話へ、といった感じで、象徴主義の復権のような雰囲気がありますが、まさにマーク・ライデンはそうした流れの先導者であるといえるでしょう。バービー人形などの60〜70年代のレトロ玩具や、可愛らしいぬいぐるみのような動物や少女たちが、ヒエロニムス・ボスやブリューゲルらのルネサンス期フランドルの画家のような技法で描かれているのもユニークですね。

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「アニマ・ムンディ」の背表紙と扉。

そういった魅力に満ちた現代美術のスター、マーク・ライデンですが、私が彼に惹かれる一番の理由は、中原淳一や沼田元気などのように、「作品のグッズ化」に非常に熱心なアーティストであることです。作品を豆本とかポストカードなど雑貨や文具的な玩具として商品化してみたりするところなどは、バービー人形とキリスト教を混交させたりする「呪物としての玩具」のような表現を得意とする彼らしいアプローチだなぁ、と感心します。美術館や画廊というある意味芸術の牢獄から解放し、むしろ作品を玩具とみなすことで、美術作品というよりは、さらに根源的なものへ、コケシや雛人形のような、現代におけるシャーマニックな呪物に変容させています。

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マーク・ライデンの作品集いろいろ。

さまざまな現れ方をする精霊か妖怪のようなエイブラハム・リンカーンは彼の作品の象徴的なキャラクターですね。どこか都市伝説の「小さいおじさん」のような奇妙な存在として、頻繁に、そしてシンボリックに描かれます。なにか個人的な特別な思い入れがあるのでしょうか。こうした「自分にしか分からないこだわり」というものは、しばしばクリエイターを名乗る人たちは恐れを抱き、敬遠する傾向にありますが、マーク・ライデンはそうしたモノほど作品における重要な役割を与え、愛情を持って描き続けます。表現に制限はないのだ、という真理を感じます。閲覧者に伝わるかどうかなどを気にせず、「マーク・ライデンの"リンカーン"みたいにパーソナルな内面のこだわりを表現してもいいのだ!」と教えてくれます。自分が本当に面白いと思っているなら、その「意味」は伝わらずとも「面白さ」は伝わるんですよね。また、その「意味」の所在の不透明さが、かえって謎めいた魅力にもなるわけです。

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「Hi-Fructose Collected Edition vol.1」2009年発行 風変わりでキッチュな現代アートを紹介するユニークな美術雑誌「Hi-Fructose」の特別編集版で、ハードカバー装のしっかりした造本です。表紙のシャボン玉少女の絵はレイ・シーザー。

クラシカルなモノと現代的なメージが融合したひとつの世界、立体を再解釈したキュビズムのように、マーク・ライデンは時間のキュビズムとでもいうべき、時空を自在にあやつる魔術師のようです。腐敗することのない生肉の楽園、魔術的な象徴に満ちた遊園地、愛くるしい少女たちはままごとのように錬金術で遊び戯れています。
posted by イヒ太郎 at 06:23| Comment(4) | 芸術

2014年07月11日

音楽探検隊

ちょうど聴きたい気分になったいい感じの曲を集めてみました。ムーディーな感じの曲からノリのいい感じの曲まで、とくにテーマは無くノンジャンルで選んでみました。

るんるんMadeline Bell「Beat The Clock」
るんるんMadeline Bell「I'm Gonna Make You Love Me」
心地よく惹き込まれるエモーショナルな曲です。この2曲はアメリカのソウル・シンガー、マデリン・ベルの1967年のデビューアルバム「Bell's A Poppin'」からの曲です。良い曲が多い名盤です。

るんるんPhonorama「La Promenade」
レトロ感のあるスキャットがパラダイスな世界に誘(いざな)います。この曲は以前に紹介したフォノラマの傑作アルバム「レトロロジー(Retrology)」にも収録されています。どこかで聴いたようなメロディが耳に心地いいです。多くの方はJRの「そうだ、京都行こう」のBGMを彷彿すると思います。あのCMの原曲になっているのは、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の中の1曲、「私のお気に入り(My Favorite Things)」のようです。

るんるんClaudine Longet「How Insensitive」
メランコリックなメロディ、可愛らしいウィスパー・ボイス、ムーディーな雰囲気に癒されます。クロディーヌ・ロンジェは60〜70年代に活躍したフランス人の女優、シンガーですが、多くの曲は英語で歌われていてフランス語の歌は多くないようです。この曲はアントニオ・カルロス・ジョビン作曲のブラジル音楽の英語ヴァージョンです。

るんるんJohn Farnham「One」
オーストラリアのシンガー、ジョン・ファーナムの1969年のヒット曲。エモーショナルな盛り上がりが気持ちいい良質のポップスですね。

るんるんClaire Martin「Up From The Skies」
クレア・マーティンは英国のシンガー。2000年のアルバム「パーフェクト・アリバイ(Perfect Alibi)」の収録曲。ムーディーなジャズボーカル、お洒落な感じの曲です。

るんるんThe Grid「The Must Be Heaven」
グリッドは英国のテクノ系ダンスミュージックのユニット。1990年のファーストアルバム「Electric Head」に収録されている曲です。なんとなく80年代あたりのディスコ音楽っぽいメロディにシビれます。

るんるんBalanescu Quartet「Revolution」
アヴァンギャルドな質感を保ちながら聞きやすく耳に馴染んでくる旋律、かっこいい曲です。バラネスク・カルテットはルーマニア人のアレクサンダー・バラネスクを中心に結成された弦楽四重奏ユニット。フォリップ・グラス、マイケル・ナイマンなどの現代音楽からクラフトワーク、YMOなどのポピュラー曲までカバーするユニークな活動で知られていますが、オリジナル曲もかっこいいです。曲は1994年のセカンドアルバム「ルミニッツァ(Luminitza)」より。このアルバムは全篇オリジナル曲で、バラネスク・カルテットのクリエイティビティがよく伝わってくる良いアルバムだと思います。

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タグ:音楽 洋楽
posted by イヒ太郎 at 17:41| Comment(0) | 音楽

2014年07月07日

ペイズリー 躍動するうねり

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カップ&ソーサー

ここのところペイズリー文様に取り憑かれたように惹かれて、生地や小物などいろいろなペイズリーパターンを集めるのが趣味になってましたが、ようやっとマイブームも落ち着いてきたので、この辺りでペイズリーに対する思いの丈を語ってみたいと思います。

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ペイズリーが連なったネックレス。

ペイズリーの魅力は、あの勾玉のような美しいフォルムですが、またそれには同時にゾウリムシのような気持ち悪さもあって、程よい悪趣味さが逆にただ美しいだけのデザインよりも心をつかむところがあります。そういえば、かつて岡本太郎は、"美しい"というのは"きれい"というのとは全く別の概念だ。と著書やインタビューなどで語っていましたね。「きれい」というのが時代の流行によって変化する相対的なものであるのに対し、「美しい」というのはむしろ醜悪さを感じるくらいのパワーをもった激しいものだ、というのが彼の芸術論ですが、それはとても共感するところです。岡本太郎によれば、人間精神の奥深くを刺激する高貴さを「美」と呼ぶ、ということなのですが、たしかに200年近く廃れることなく何度もスタイルを変化させながらいつの時代の人間にも愛されたペイズリーには、そうした「美」の真相を体現するオーラのようなものを感じます。

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ドイツ製の生地。金色の地にシックなオレンジ色の美しいペイズリーが編み込んであってゴージャスな雰囲気の布です。

ペイズリー文様のモチーフになっているのは、もちろん勾玉でもゾウリムシでもなく、植物の図案化されたもので、花や葉が密集した小灌木をモチーフにしたものが源流になっています。

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レノマのスカーフ。なかなか良い感じのお気に入りペイズリーです。

ペイズリーという名称は、あの勾玉のようなフォルムを意味する言葉なのか、または発祥の時代や地域を表す言葉なのかが気になって、手元にある「ペイズリー文様の展開」という本を参照しながら調べてみたら、ちょっと面白い事が分かりました。この模様の起源は17〜18世紀、北インドのカシミール地方に遡りますが、この模様を「ペイズリー」と呼ぶようになったのは、18世紀後半にヨーロッパにもたらされ英国スコットランド地方の工業都市グラスゴーの隣町ペイズリー市でインドのカシミアショールを真似た機械織りのショールを大量生産してきたことに由来するようです。実際にグーグルマップで見ると、現在も英国にたしかにペイズリー市というのがありますね。ペイズリーという名前は、形に由来するわけでも発祥地に由来するわけでもないというのは面白い発見でした。

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「ペイズリー文様の展開(カシミアショールを中心に)」渋谷区立松濤美術館:刊 1993年
日本で最初のペイズリー模様をテーマにした企画展の図録です。ちょっとしたペイズリー図鑑のように作られていて、見て楽しい図録になっています。けっこうたくさんの種類の図版が納められていますから、かなり充実した展覧会だったんでしょうね。生で黎明期のペイズリー模様の織り物を見てみたいものです。

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同上 18世紀前半に描かれたデザイン画。ペイズリーだけで造られた礼拝堂みたいな風情がシュールですね。明治時代にベルリンに留学した旧津和野藩主亀井茲明侯のコレクションのようです。

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「RATTI AND PAISLEY」 FASHION INSTITUTE OF TECHNOLOGY NEW YORK 1986~1987
ファッションにおけるペイズリーデザインというとイタリアのエトロ社やラッティ社などが双璧ですね。この図録は、そのラッティ社の創設者、アントニオ・ラッティとそのチームによるペイズリーデザインの探求の足跡をたどった展示会のもの。ニューヨークを皮切りに東京その他世界の主要国を巡回して開催されたようです。イタリアのペイズリーデザインは緻密でスタイリッシュそして独創的で好きです。

かわいいペイズリー・コレクション
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プリンスの名を不動のものにしたアルバム「パープルレイン」(1984年)に続き1985年に発表されたサイケデリック感溢れるユニークなアルバム「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ(Around the World in a Day)」で、単なるポップスターではなく天才の地位も不動のものとしました。「一日間世界一周」という人を食ったこのアルバムに収録された曲の中に「ペイズリーパーク(Paisley Park)」というタイトルだけで不思議なトリップ感を覚えるユニークな曲があります。歌詞もシュールで、奇抜な出で立ちをした人々が束縛もなにもない自由な公園、"ペイズリー公園"に集まって、平和と愛に満ちた微笑みを浮かべている、といった感じの70年代のヒッピーカルチャーを思わせるユニークな世界を描いています。この曲に出会ったことも、ペイズリーへの関心の萌芽になったような気がします。そういえばジョジョの奇妙な冒険 第8部『ジョジョリオン』の登場人物、広瀬康穂のスタンドが「ペイズリーパーク」という名前のようですが、ネーミングの元ネタはおそらくプリンスの曲名からでしょうね。

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イタリア製のシルクスカーフ。サイケな色使いの繊細な模様が素晴らしい。

ペイズリーという200年の伝統を持つ古典的デザインは60年代のアメリカを中心にしたヒッピーカルチャーではサイケデリックなシンボルとしても再生され、伝統文様というだけでなく、ポップなデザインにまで広まった気がします。文様の歴史からいえば、二千年以上の歴史のある唐草模様やロゼッタ文様などがありますから、それと比べればペイズリーの200年に満たない歴史は、まだまだ可能性を持った若い文様といえるのかもしれませんね。
posted by イヒ太郎 at 15:45| Comment(0) | コレクション