2014年11月15日

気持ちいい曲

最近見つけた素敵な曲や、ふと聞きたくなったあの曲まで。

Yann Tiersen「Rue des Cascades」
ヤン・ティルセンはフランスの音楽家、作曲家。ミニマル音楽のようなモダンさと民族音楽のような情感が見事に融合した感じで、才気と癒しに満ちた素晴らしい空気感を感じます。女性ボーカル、クレア・ピチェの透き通るような歌声が、意味ありげな歌詞を聖歌のように表現していてユニークですね。

Schroeder-Headz「Blue Bird 」
心が洗われるような心地よく軽快なピアノが気持ちいいです。シュローダー・ヘッズは2010年デビューの渡辺シュンスケによる日本のインストゥルメンタルバンド。つい先日デパートの某ショップでかかっていて気になったバンドですが、とてもいい感じですね。ライブで聴いてみたいです。

Little Pattie「Pushing A Good Thing Too Far」
オーストラリアのシンガー、リトル・パティによる1965年の曲。軽快で可愛らしい感じの曲です。

Andy Fairweather Low「Hymn 4 My Soul」
英国のギタリスト、アンディ・フェアウェザー・ロウの2006年の曲。ギターも声も渋いですね。心に染み入るような感じのメロディです。

Valerie Lemercier「Bungalow」
お洒落な90年代フレンチポップ。ヴァレリー・メルシェはフランスの女優、作家、シンガー。1996年のアルバム「Valérie Lemercier chante」より。

Flo Rida「Whistle」
フロー・ライダーはアメリカのラッパー。メロディやアレンジは切なく情緒的なイイ感じですが、歌詞はそうとうな下ねたソングですね。ペニスをホイッスルに例えてフェラチオの事をえんえんと歌っています。

浜渦正志「閃光」
たまに聞き来たくなる曲です。ゲーム「FINAL FANTASY XIII」の戦闘シーンに使われているお馴染みの曲です。本編のゲームの評判は賛否が極端に別れましたが音楽のクオリティは毎回高いですね。小気味いいバイオリンの旋律が高揚感を誘います。

Twinkle「Tommy」
英国のシンガー、トゥインクルの1965年のヒット曲。情感のあるいい曲ですね。

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60年代東京、ヴァイオリンを弾く少女。アメリカの写真家シェルダン・ブロディの作品。「2. Weltausstellung der Photographie」(1968年刊)より。
タグ:音楽 邦楽 洋楽
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2014年11月04日

一ねんせいのこくご(昭和25年)

先日の古本市で見つけた小学1年生用の国語の教科書(教育図書研究会:編 昭和25年[1950年]発行)をご紹介します。この時代は日本は高度経済成長が開始、テレビ放送がスタートした頃です。インスタントラーメンの誕生、ゴジラ公開、メートル法実地、東京タワー完成、など1950年代は、日本大躍進のスタート地点ともいえる時代で、そうした時代背景を考えながら見ると当時の空気感が伝わってくるような気がします。

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リズム感のある絵本感覚あふれる教科書です。可愛らしい漫画風の流暢なタッチが全編にわたって眼を楽しませてくれます。挿絵を手がけたのは童画家の林義雄(1905〜2010)。

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当時の人気絵師、松本かつぢのクルミちゃんを思わせる画風がかわいいですね。林義雄は「コドモノクニ」「キンダーブック」などの有名な児童雑誌や教科書の挿絵など精力的に童画を発表し続け、100歳を過ぎても筆を握っていたそうです。2010年没、享年105歳。

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躍動感のあるブランコ遊びのイラスト。

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教科書は低学年になるほどカラーページが多く、目で見て楽しいですね。

全ページに可愛いイラストが溢れていて、絵本以上に絵本らしいユニークな教科書です。他のページもなかなか楽しい感じです。以下、序盤から中盤までのページを紹介します。

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posted by イヒ太郎 at 11:30| Comment(0) | 古本

2014年10月31日

古本市巡り

先日百冊あまりの本を売ったり捨てたりして処分し、微妙に部屋がすっきりしました。昨今流行りの開運術に断捨離(だんしゃり)というのがあるそうですが、ポイントは掃除の極意は収納にあらず、思いきって捨てる!ということのようです。収納でなんとかしようとする時点で、収納アイテムを追加しないとマズイ状態であるわけですから、本当にすべきなのは「片付ける」ではなく「捨てる」という勇気ある決断しかありません。とくに日本人に根強く残っている「もったいない」「まだ使える」、本だったら「いつか読む」という感じでしょうか、そうした執着を手放し「いやいや思いきって捨てましょう」というのは理性では理解できるものの、なかなか思いきるのは難しいわけで、だからこそ、「捨てれば幸運を呼ぶ」というさらなるプラス要因によって背中を押してもらう、というのが断捨離が流行った背景にあるのかもしれません。(こうして引き合いに出してるわりに断捨離についてはwikiを読んだ程度の知識しかありません)

シンボリズムとしての「部屋」というのは拡張された自分の身体を象徴しています。窓は外界を見渡す眼であり、玄関のドアは生気を取り入れる口です。ちなみに「密室」は処女性を意味するようです。肉体の内部は自分では見えませんが、部屋という第2の身体は目の前に展開されています。掃除によって整理されスッキリした部屋の心地よさによって、それに対応する自分の精神がクリーンになるというのはあります。トイレを奇麗にすると金運がアップするというのは風水とかでよく聞きますね。実際に繁盛している店や企業や羽振りのいい人の自宅などのトイレは一様に奇麗だという話をよく聞きます。掃除とか洗濯という日常に埋もれたままなにげなくしている行為も、それを意識して行うことはある種の瞑想なのかもしれませんね。

まとまった数の本を捨てた反動で最近古本市でいろいろ本を買ったという話をしようと思ったのですが、それでは簡素になりすぎるので「よし!何か余計な事を語ろう!」と思ったら、意外に長くなってしまいました。ここから本題に入ります。

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第55回 東京名物 神田古本まつり。あいかわらず賑わってました。歩道にズラーッと本棚が並ぶ光景がシュールでたまりません。来週月曜日(11/3)まで開催してます。

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こちらは池袋の古本まつり。神保町ほどではないですがけっこうたくさんの本棚が並ぶ青空古本市です。ゆっくりと本棚に並ぶ背表紙を全部チェックしながら歩いてるだけで相当な時間がかかります。

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今回の古本市巡りでの戦利品。掘り出し物がいろいろ見つかりました。後日何冊かピックアップしてご紹介していこうと思います。

古本古雑誌は古いものほど背表紙のダメージがひどいです。主に紙束をまとめている針が錆てボロボロになってたり、糊の接着力がなくなってページがバラバラになりかけてたりします。そのまんまにしておくと、手にするたびにダメージが蓄積していってしまうので、古本を購入するとその日のうちに背表紙の糊付け作業を必ずするようにしています。自分の利便性でもありますし、後に誰かの手に渡った時のためにも良い事だと思います。さらに、どこか、文化保存という大きな人類的な意義にほんのわずかでも貢献しているような気分になりますし、意外に楽しい作業です。

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補修ネタで記事を書こうとして撮ってた写真があったので、ついでに載せておきます。とくに便利な裏技があるわけでもなく、ふつうに接着剤でくっ付けてるだけなのでボツにしたのですが、まぁ、ノウハウというより、古本お迎えの儀式をご紹介するという意味でお見せします。
1. ダメージの大きなバラけてる部分に木工用ボンドを塗る。
2. ちょっと多めに盛ってしまいました。
3. 楊枝で糊を伸ばし、余分な糊は取る。
4. 背をクリップで押さえてから乾かす。
5. 乾いたところ。透明になってますが、ちゃんとバラけず固まってます。
6. 完成
修復をしないと、ダメージが進行するのを恐れてその本を手にする事を躊躇しがちになり、結果的に手に取る機会を減らしてしまいますが、背表紙の堅牢性を高めてやるだけで、本棚からの抜き差しでダメージが進行することをそれほど考えなくてよくなります。


本だけではなく、ある意味、あらゆるモノの所有、コレクションというのは永続的なものではありえず、人から人へ受け継いでいくバトンリレー、というのが俯瞰した実体だと思います。所有者は縁あって手渡された品を出来る範囲でベストなコンディションに整えてあげて、いつか手を離れて次の主人の元で可愛がってもらえるようにすることが、現在の主人である所有者の役割なのかもしれません。

冒頭で本を捨てた話から始まって、本を大事にする話で締める、というのは一見矛盾しているようですが、要は、必要でないモノと必要なモノを自分の中で明確にする、という感じでしょうか。定期的に捨てたり売ったりして本棚に並ぶ本に流動性をもたせると、どんどん本棚の本の並びが理想に近づいていきます。微妙な本を処分することで空いたスペースに、次々とお気に入りの新参の本が収まっていきます。本棚に並んでいる本というのは、私という人間の趣味嗜好を一冊の本であらわしたときの「目次」のような意味合いがあります。本を捨てたり買ったりすることで流動的に組み替えていくことにより、コンテンツのクオリティがどんどん高まります。食べ物は食べれば無くなりますが、本はいらなくなっても無くならないので、意識的に処分していくことが、逆によりいっそう愛着を寄せれる本との出会いを生むのかもしれません。

本であれ鉱物であれ、コレクションの対象になるようなモノというのは、自分にとってこの世界で特別の意味を持つ好きなモノです。それを見たり触れたりするたびにニンマリしてしまうようなモノというのは、すなわち"物質化した幸福"でありますから、コレクションをどう扱うか、どういうスタンスでコレクションとつきあうのか、は明確な幸福論的な行為といえるかもしれませんね。
タグ:日記 雑記 古本
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2014年10月20日

COOL!な感じ

最近よく聴いているお気に入りの中から、かっこいい感じの曲をいくつか選んでみました。

るんるんDIMIE CAT「AAA (triple A) 」
近頃注目を集めているフランスの新星、ディミー・キャット。エレクトリック・スウィングな楽曲がお洒落で可愛いです。レトロな未来感が気持ちいいですね。

るんるんIrene Reid「I Must Be Doing Something Right」
ファンキーでかっこいい曲です。アイリーン・リード(1930〜2008)はアメリカのシンガー。

るんるんNatalie MacMaster「In My Hands」
ナタリー・マクマスターはカナダのフィドラー。ケルト音楽などの土着的な味わいと現代的なアレンジが絶妙にブレンドされた良質な1999年のアルバム「In My Hands」からの表題曲。

るんるんBlue Aeroplanes「And Stones」
ブルー・エアプレインズは1983年デビューの英国イングランドのバンド。1990年のアルバム「Swagger」からの曲です。小刻みなギターが気持ちいいですね。

るんるんFrankie Angel et les Auréoles「Ne Reviens Pas」
グルーヴィーなサックスがカッコいい60年代フレンチロック。

るんるんGeorge Michael「Faith」
たまに聴きたくなるジョージ・マイケルの80年代のヒット曲。余分な音を削ぎ落としたような透明感のあるシンプルなアレンジがカッコイイですね〜

るんるんThe Power Station「Some Like It Hot」
たまに聴きたくなる曲というと、この曲もそうです。パワーステーションは、デュラン・デュランのアンディ・テイラーが憧れのロバート・パーマーに呼びかけたことで誕生したバンドで、この曲が代表曲ですね。独特のテンポ感が面白いクールな曲です。

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タグ:音楽 洋楽
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2014年10月14日

エックハルト・トール「ニュー・アース」

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「ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる- 」エックハルト・トール (著), 吉田 利子 (翻訳) サンマーク出版 2008年

エックハルト・トールというと、欧米ではけっこう有名人のようで、現代の精神世界のリーダーとして注目を浴びている人物みたいです。1977年、29歳のある夜、自殺を考えるほどの深い苦悩の中、突如として自分の内部で変革が起こり悟りを得たそうです。YouTubeで和訳された彼の動画も見れますが、見た目も、どこか静寂を身に纏った感じの落ち着いた雰囲気の人物です。ここのところ、ひさびさに精神世界系の本などを読んでますが、その流れで最近読んで感銘を受けたのが、このエックハルト・トールの代表作のひとつ「ニュー・アース」です。今回はこの本のレビューを書きたいと思います。この本は、読み進めるうちに自分の心の奥深くに自然に誘(いざな)われ、心の本質というか、「私」という自覚の本質に気づかせてくれます。自分で自分の心を制御するのは悟りへの第一歩ですが、まず「心」とか「私」と呼んでるものの正体を知らねばどうにも対処のしようがありません。この本では、大多数のページを割いて、この自分の内部を覆っている「自分のフリをしているやっかいな心の機能」であるエゴやペインボディ(過去のトラウマなどが堆積した古い感情。精神的苦痛をもたらす)に気づかせ、それを制御していくノウハウを噛み砕いて説明してくれます。

難解な本や退屈な本を読んでいると眠くなる、というのは良くある話ですが、エックハルト・トールの代表作「ニュー・アース」は、平易に面白い事が書いてあるのに眠くなるという不思議な本です。この本を必要としている度合いが高い人ほど眠くなると思います。私も読了までに何度も睡魔に襲われ、何度も眠ってしまいました。それはこの本が、「私」だといつも思い込んでいる部分、「エゴ」を暴きだし、「私」をエゴから解放するノウハウを語っている本だからかもしれません。エゴとは、普段「私」と同一視して「私」そのものだと勘違いしてしまっている部分であり、「私」を乗っ取っている「思考」という名の精神寄生体です。エゴを本来の「私」に制御されてしまうと、エゴは脳内の安楽な居場所を追われる事になります。なので、このようなエゴを暴くような"エゴにとって危険な本"を読む時にはエゴは必死になって眠りに誘い邪魔をするのでしょう。

そもそもエゴは「私」の一部であり「私でないもの」ではないので、基本的に敵対するようなものではなく、扱い方を知っていれば良い友人です。エゴがやっかいなのは、エゴは私の部分としてではなく、エゴのはたらきが「私そのもの」であるような錯覚を私に与え、問題の無いところに問題を創造する機能があるからです。エゴは私の心の機能の部分的なはたらきである、という自覚をもたなければエゴが暴走をはじめたときにブレーキをかけることができません。エゴの存在に気づき、制御するためには、エゴを客観的に眺める距離感を感じることから可能になります。そうするにはどうすればいいかというと、「"今"に気づくこと」です。

エックハルト・トールの根本思想はいたってシンプルで、「"今"という唯一の場所に気づき、"今"を生きよ」ということです。一見当たり前のように聞こえますが、普段我々の心は一日の大部分が「今」でない場所に居ます。過去の失敗を悔やんだり、未来の予定を立てて不安になったり、心配したり、いつも「今」でない時間に心を飛ばして、なんの得にもならないのにネガティブな気分になって過ごす事で、余計なストレスを抱え込んでいます。こうした心のはたらきを、なにげなく「自分の心」がそうしているのだからしかたない、と、当然のように感じて過ごしてしまい、そうしたストレスからは逃げられないのが当たり前のように思い込んでいます。しかし、「思考」と「私の本質」とは別であるという認識にいったん立って、「思考」を客観的に眺める、という感覚をマスターすることで、そうしたストレスを回避することが可能になります。

この「思考」を客観視する「私」という心はどこにあるか?というと、「今、ここに」あるわけです。「今」について「考える」こと無しに、「今」をただただ「感じる」ようにしていくと、突然、「思考≒エゴ」とは別の種類の「心」のはたらきを感じることができます。エックハルト・トールは、この「今、ここ」にある「心」を起点にすることの重要さを何度も繰り返し示しています。そして、この「今」こそが唯一不動の安息をもたらす場であると主張しています。とてもシンプルな思想なのですが、本質的な部分の理解は「それ」を体感した時の実感を必要とします。「ニュー・アース」は、「心のおしゃべり」を止めて、「今」という場を感じる気持ち良さに浸るためのノウハウ本といえるかもしれません。興味を持たれたらぜひ"今"を体感してみてください。
posted by イヒ太郎 at 22:46| Comment(0) | 哲学